設立から間もなくして、圧倒的速さで一期生をデビューさせたそのVtuber事務所は、正月に初配信という物珍しさによって何のバックアップもない無名の事務所にしては少しの人を集めるきっかけを得ていた。
しかし速度の代償というべきか、そのアバターの質は非常に低いものとなっていた。
具体的には、1年遅れの技術。Live2DアバターをVtuberのガワに使おうと試みた某大手企業の最初期モデルと同等のクオリティ、つまりLive2Dモデルが使用される
初配信のページを開いた者のほとんどが、一目でハズレと判断してブラウザバックを決めただろう。
あの
一期生たちは逆境の中、VNIVEARTHの冬ともいえる黎明期を、ただ懸命に耐え忍んだ。
そして。
3ヵ月が経ち、一期生達はそれぞれ3月に二期生がデビューした。
──それが革命の狼煙だった。
まだ発展途上のLive2Dモデル技術において、明らかに未来を先取りしたかのような革新的な技術により作成されたアバターを、この二期生は使用した。
この技術者を社長はどこから捕まえて来たのか、詳細は不明のままだ。
二期生の2人は、安定したトークスキルと強いキャラクター性をも備えており、Vtuberとして必要なものをあらかじめ知っているかのような盤石な配信ノウハウを持っている様子も垣間見えた。
これは二期生の1人や一期生の口からも語られている。
Vtuberについて理解の無い社長を憂いて、Vtuberについて理解のあるクリエイターユニットが全面的にバックアップを行い社内改革を起こしている最中なのだ。
一説では、その引き金となったのは『萬屋ぺすと』だと言われている。
萬屋ぺすとの境遇に見合わない配信スキルの高さを評価した彼らが、VNIVEARTHという底辺Vtuber事務所を根城とすることを決めたのだ。
また、VNIVEARTHは大手企業と違ってろくに社員もいない社長のワンマン企業であることから、社長の意向に縛られずに自分たちの思い通りな活動ができる、というのも理由に挙げられるのだろう。
基礎画力が高くデザインセンスにも秀でた、Vtuberのセオリーを熟知しているかのようなイラストレーター。
自身もVtuberとして活動しチームの蓄えたノウハウを証明する、先鋭的なLive2Dモデルを作成するエンジニア。
そしてマネージャーとして相談役となっている、Vtuberに必要な配信スキルを分析して運用できるアドバイザー。
このVtuberに特化した少数精鋭チームが、VNIVEARTHをサポートする救世主として裏に暗躍する。
彼らの本気は、口先だけのものではない。
一期生たちの悲惨なモデルは彼らの技術力によって現在進行形で改善が進んでいる。生配信でその経過は披露され、感涙するライバー本人とリスナーによって劇的な演出がなされた。
そんなVNIVEARTHから、三期生としてデビューするタレントの募集がされていた。
募集の枠は2名。
公式サイトには作成中でラフ段階のガワが掲載されており、合格者とも話し合って調整し、これから完成品へと至るらしい。
ガワを先行公開してその演者を募集することは珍しくないが、演者の希望も取り入れることを確約していることは稀だ。
──これは
圧倒的な技術力とノウハウによるバックアップ。
所属ライバーの意見も聞き入れようとするマネジメント。
企業規模こそ小さいものの、業界でもトップクラスの技術が秘められた箱。
切り抜き文化の最初期から、アタリのライバーだけを切り抜き続けている慧眼を持った切り抜き師も、この箱には期待し注目しているらしい。
その者に実力さえあれば、確実に、成り上がるための1歩目となるだろう。
これからVtuberを目指そうとしていた者も。
すでに大手のオーディションに落ち続けてきた者も。
このオーディションは受けるしかない。
運よく2席の枠を手にした者に与えられる注目度は、そこらの箱の比ではない。
VNIVEARTHとは、この界隈を最下層から一気にぶち抜き駆け上がろうとしている、Vtuber界の新進気鋭の箱である。
*
というのが、世間から見たVNIVEARTHの姿らしい。
……マジかよ。
裏でこそこそやってる人、そこまで考えてないと思うよ。
もちろん界隈の全体がVNIVEARTHを認識してるわけじゃないが、VNIVEARTHを知っている層はうちをこんな風に捉えているらしい。
VNIVEARTH事自体の公式アカウントも、Tvvltter・Yovitube共にフォロワー・登録者が微増を続けている。所属ライバーについても同様だ。
つい先日の萬屋ぺすとの仮モデルお披露目配信によってこれらの風説が広まり、応募者はすでに500を超えていた。
なお少しずつ増える応募フォームの管理数を見て、俺は静かに応募を締め切った。
我こそはとこぞって迫り来ようとしているVtuber志望者の群れを幻視し、俺は店のシャッターを下ろしたのだ。
入荷している果物がたまたま話題になったからって、過疎地にある商店街の八百屋に、都会から来た者が行列を作ろうとしないで欲しい。
そんな感じ。
俺が各所で名義を分けていたせいで、こんなことに……。
ガワを先に公開したのも、間違いだったかもしれない。
VNIVEARTH三期生オーディションは、公式Tvvltterと公式サイトで告知がされた。
募集する枠は2名。
普通に考えて、VNIVEARTHとかいう無名の底辺Vtuber事務所のタレント募集に応募するようなもの好きはいないと判断した俺は、あらかじめガワのイメージイラストを掲載した上でその中の人を募集する形式をとった。
あの未来よりも早い時期の募集であることから、本来の三期生の中の人がVNIVEARTHをまだ知らないのでは……と考慮してのことだったが、後から思えば、これらはまったく意味をなさなかったと言える。
そもそもVNIVEARTHは今の時点ですでに俺のせいで別の方向へ舵を切っているため、もはや俺が何をしようとも意味自体はなく、俺が何か対処をした気になって満足しているだけなのだ。
であれば、ガワの掲載だって
掲載されたイメージイラストは完成されたものではなく、一時的に萬屋ぺすとが使用していたようなラフ段階のものだ。
それでさえマイナスに働くことはなく、これから進化していく可能性として期待され、プラスに働いてしまうのでは、俺にはもうどうすればいいのやら。
VNIVEARTHという箱はすでに俺が知っているような底辺Vtuber事務所というポジションには無い。すでに未来は変わった。俺はそのことを全く理解できていなかったのだ──。
完。
俺は、想定より応募数が多くなってしまったことにより募集を締め切ったことをお詫びする文面を作成し公式サイトとTvvltterに掲載する。
それから、俺は防音室へ入り配信画面を立ち上げた。
【緊急記者会見】お詫び・オーディション募集終了のお知らせ【遠藤・VNIVEARTH】
「えー。この度は、予定よりも早く募集を終了したことをお詫びいたします」
:草
:ふざけんな
:俺も応募したかった
:茶番
:ぺすの同僚になり損ねた
:俺は応募した!これでペす姉の後輩だぜ!!
:その手があったか!
あ、これ感染者も応募してんのね。
面白いけど、何やってんだ。個人情報入力する欄だってあっただろうに。
いつか使おうと思っていた記者会見用の素材を使い、みなしごエンドレスとして謝罪ネタに活用していく。ちゃんとカメラのシャッターを切る発光エフェクトも付いている。
デフォルト衣装もスーツだし、なんか絵面はそれっぽい。
:おい詫びろ
:ぺすを先輩って呼びたかった
:つかなんで遠藤が謝罪してんだw
:あの、真面目な話、再募集できませんか……?
「あー、真面目な動機で応募したい人もいるとこ悪いんだけど、無理なんだ。もう。物理的に。
応募がな、511人、来ちまった……」
:草
:510!?
:ヴニってすごいとこだったんだな
:倍率255倍www
:ゲームのカンストかよw
「だからもう……無理なんだ。というか感染者も応募してんだなこれ!? お前らのせいです。あーあ。
というか先輩呼びしたいなら配信のコメント欄ですればいいだろ! 萬屋ぺすとなら普通に相手してくれるぞ!」
:ちゃんと会話したいじゃん
:俺たちだって応募してもいいだろ!!!
:応募条件に感染者はダメって書いてなかったぞ!
「つかなんで俺の配信に萬屋ぺすとリスナーがよくいるんだよ」
:元はぺすの紹介でお前のデビュー配信見てたし
:遠藤じゃなかったら潰してたところだ
:ぺすに近づくならお前も殺す
こわ。
:でも遠藤には感謝している
:ぺすのモデル作ってくれてるんだろ?
:完成まで頼んだぞ…
「お前ら……。でも遠藤って呼ぶな」
:遠藤ww
:お前は遠藤だよ
:つか配信タイトルが遠藤じゃん
:じゃあ遠藤だよ
「ふざけた名前で記者会見なんてできるかよ」
:ふ ざ け た 名 前
:お前が名乗った名前だろ
:み な し ご エ ン ド レ ス
萬屋ぺすとのリスナー──感染者たちはノリが良い。Vtuber配信のリスナーとしての適性が高い、最高の視聴者たちだ。
そのノリは俺の配信でも、近しい傾向が見られる。
俺自身がこういったコメントが欲しかったので誘導していたが、それでも、このノリがすぐに受け入れられたのは、下地として感染者たちがいたからのではないかと思う。
それに、さっき萬屋ぺすとに紹介されて俺のデビュー配信を見たとコメントがあった。
確かに俺のデビュー前に行われた萬屋ぺすとの配信のアーカイブでは、二期生を宣伝するような発言があった気がする。
なるほど、萬屋ぺすとの面倒見の良さは、俺が彼女に何もしていない時からすでに発揮されていたんだな。
男は不安だとか、滅茶苦茶けしかけてるように感じたけど、そんなはずなかったよな。
あの萬屋ぺすとが陰湿なわけがない。
俺の心は穢れている。
:つかサボるな
:配信してる暇あったらモデル作れ
「応募した感染者の名前と電話番号は俺が握っているということを忘れるなよ。人柱だ」
:まずい
:汚いぞ遠藤
:それならお前を殺すしかない
:お前を殺す
「……じゃあいつもの出席でもとろうかな」
俺は無視して梯子を外すように話題を変え、このチャンネル恒例にしようとしている同接出席取りを始める。
今の同接は100人ほど。
配信開始時点では200人くらいいた気がするけど、オーディションの話とあんまり関係ないと知った瞬間すごい減った。
今いるのはいつもの常連くらいだろう。
2回目の配信以降、必ず出席している人がちらちら見えるのを少し嬉しく感じながら、名前を読み上げコメントの応答を待つ。
まあやっぱり時間はかかるし、最初の内しかできないなこれは。
:は?
:記者会見のまま出席取るのは草
:お前の生徒HR中に写真撮ってるぞ
あー、俺のボケにちゃんと突っ込んでくれるリスナー、マジでありがたい。
コメントが面白いと切り抜きもしやすいんだよね。
いくらか雑談をして30分ほど経過。配信の締め向けて、また次回に出席を取る用の挙手を要求して後から確認できるようにしておく。
また『黒子宮』とかその他の面子がいるし。何人か皆勤賞を目指してくれてるのかこれ。
これが名物リスナーってやつか。
配信者目線だと、嬉しいというか、頼りになるというか。
あの未来で何年も色んな配信を見続けて、Vtuberのことは勝手に知ったつもりになっていたけど、こういう演者目線の感想は実践してこそわかるものだ。
みなしごエンドレスの活動なんて捨て石の実験としてしか見ていなかったけど、リスナーのことも大事にしたいだなんて、思えるようになってしまった。
……懲りずにまた『緒珍穂』みたいな名前の奴いるな。
これは大事にしない。
「じゃあ
この後は『詩星せるり』と『萬屋ぺすと』の『せるぺす』コラボがあるから、見ていってね。それぞれの配信に2画面共有で並べて壺ジジイのレースをするぞ」
:ペすの配信だぞ、もちろん見るに決まってる
:壺ジジイ……あっ
:まずい
:ぺす……;;
:せるりも結構やばいぞ
『Going Over Is...』。通称『壺ジジイ』。
こういう商業利用を容認してるインディーズ作品は配信で使いやすくてありがたい。
まだ配信のガイドラインを整備していないメーカーばかりのこの時代、某大手企業以外の中小事務所は結構著作権ガン無視で色んなゲームしてるし、VNIVEARTHもそうしたっていいんだけど。
将来的に、叩かれたりアーカイブ消されるのも悲しいし、大手が頑張って許諾の前例を作ってくれるまでは、出来るだけこういう作品で進めてクリーンな活動にしていきたい。
VNIVEARTHみたいな小さい箱じゃ問い合わせても返答すらこないんだ。はは。
*
「配信終わったね?」
防音室から出ると──というか配信が終わるなり防音室を開けてのぞき込んでくる男。
「終わったよ。俺も出るから、どいてください」
こいつが防音室なんか用意するから、俺は会社で配信をしてしまう。俺の住む安アパートは壁が薄く、大声は出せない。大声を出しても良いなら、その環境でやった方が良いに決まっている。
したがって配信するなら必然的に会社になる。するとこうして伊能凛が必ず居合わせる。
クソ……これが目的か?
何の目的かは知らん。
「詩星せるりと萬屋ぺすとの配信まで時間があるだろう? 休むといいさ」
いつもの調子で、機嫌良さそうにニタニタ笑うこの男。
ペットボトルで飲み物を渡してくるけど、素直にお礼も言いにくい。社長が経費で買って普段飲み食いしてるドリンクだし。
「あざます……」
……せめて普通に振舞ってくれたらなぁ。いちいち癖が強いんだ。
「それで? 例のオーディションはどうするんだい? 今回は詩星せるりのようなスカウトはないんだろう?」
「ええ。今回は──というか今後も、俺から指定した人物を入れることはありません。実力と条件を考慮して、最終的には社長が選んでください。明らかにダメそうな人選なら俺が待ったをかけます」
「フフ。優しいね亜紀人は。ボクにも楽しみを残してくれるんだね」
もちろんそのような意図はない。
俺は選択を放棄した。あの未来のVNIVEARTHのメンバーを揃えるのか、揃えようと努力するのか、それともあえて絶対に揃えないという手段もある。
VNIVEARTHを普通の箱にする。
炎上なんかで破滅しない、平和に存続する箱にする。
そのためだけに必要なのは、明らかにアウトな人間を弾くことだけを意識すればいい。
このオーディションで集まった人間の中に、本来の三期生がいるとも限らないし、むしろ本来は別の箱で活躍する人間だっているのかもしれない。
もしいたとして、故意に実力者を選ぶことも、故意に本来の三期生を選ぶことも、俺には選べそうになかった。そもそもそれを見抜けるかも怪しい。
だから、ここは社長に選択を任せる。
それが一番、丸く収まる。
あの未来で、VNIVEARTHとかいう箱の面子を揃えた男の目に任せてみよう。
萬屋ぺすとや神海まりもを採用したのもこの男だ。実は見る目があるのならば、委ねてみるのも悪くない。
「とりあえず書類選考で半分以上は落としますよ。というか落ちます。簡単に見た感じ、すでに入力自体に不備があって無効になりそうなのもありますし。空き時間で少しずつ進めますよ。
こんな作業、デビュー1週間にできなかったでしょう?」
「そのとおりだね。全く」
目を伏せて肩をすくめるのやめろ。
やれやれじゃないんだよ。お前がやろうとしてたことだぞ。
「よく500人も応募が来たものだね。ボクがやった時は7人だったよ。
これもキミの策略どおりかい?」
「全然違いますけど……」
「えっ」
つか一期生の応募7人かよ。
モデルの支給まで条件に入れてこれか。宣伝が足りなさすぎる。
……俺は逆に、何故か宣伝が広まり過ぎたわけだけど。
*
【Going Over Is...】先輩に壺(>ᴗ<#)教えてもらいます!【詩星せるり・せるぺす・VNIVEARTH】
【Going Over Is...】後輩と壺でレースよ!!【萬屋ぺすと・せるぺす・VNIVEARTH】
その後行われたコラボ配信では。
マウス操作すら怪しい詩星せるりに、面倒を見る萬屋ぺすとの世話焼きが配信の大半を占めるという、いつものせるぺすだった。
最後はどこまで登れるかを競ったが、2人とも1~2割しか進んでいなかった。
「ああっ!! 嘘! 嘘よ!! また落ちて……ああ、あああ!!」
「おかしいですよね……? なんで私はまた一番下にいるんでしょうか?」
「せめて……半分は……。後輩に、良い所、見せ……」
「この壺の中にいるのがミナちゃんだったらもっと上手くできるのに」
:ぺす俺恥ずかしいよ
:ゲームヘタクソ漫才集団
神海まりも:裏で並走。クリアした୧( ‘ω’ )୨コロンビア
:草
【誰のビジュアルを先に見たい? VNIVEARTH人気投票!!】現在公式Tvvltterにてシルエット画像を公開中。4期生デビュー後に内容が明らかになりますが、これは制作途中のラフ段階のものです。そこで、本アンケートの結果に基づいて完成させる順番を考慮いたします。皆様の推しにぜひご投票ください!(※なお一期生については、本編では未改修のためネタバレが含まれます)
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萬屋ぺすと
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佐土原恭子
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神海まりも
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詩星せるり
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遠藤
-
黒宮院みやみ
-
拳藤正義
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波羅劾ざくろ
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4期生の2人目