今回のオーディションを通して三期生として採用となった1人目は、予定調和というか、歴史の強制力とでもいうのか、あの未来でも三期生だった
社長が適当に考えた設定である高校生ボクサー。それと偶然合致していたボクシング経験者というのが、伊能凛にとってはどうしても運命的だと感じたらしく、配信経験者の他候補を差し置いての採用となった。
兵藤枢は配信未経験者であるが、面接の受け答えははっきりとしていたし、何より声質や性格が、社長の雑企画書にあった『クラスの誰とでも友達になる爽やかな好青年』に一番近かった。
他の候補者と比べ実績や実力では劣るが、選出自体は妥当ではある。
なお東京在住というのも高ポイント。
VNIVEARTHの活動が順当に続いていって、いつか3D配信なんてものをできるようになった時には。気軽に収録スタジオに足を運び、ボクシング経験者のフィジカルを存分に発揮するだなんて、あの未来では実現しなかったことも、できるのかもしれない。
あの未来では、おそらくどこぞの無責任な馬鹿のせいでほぼ実名を晒され、ひどく被害を
だから、ぜひとも。今回こそは、Vtuberとしての活動を謳歌して欲しい。
そしてもう1人の採用が、例のみなしごエンドレスフォロワーを自称する女性。
名前は
俺は反対した。俺のリスナーという時点で信用ならないし、百歩譲ってそれを良しとしても、こういった所属ライバーの熱烈なファン──それも異性を対象としたものは、基本的に採用すべきではない。
これが女性同士、同性間であればキャラ付けとして活用できるが、異性となればリスナーからの不必要な反感を買うことにつながるだけで、この2019年ではデメリットしかない。
だが、あの男はあれに感じるものがあったらしく、俺の反対する理由を聞いても考えを変えなかった。
経験者の即戦力ということもあったし、何よりももっとやばそうな人間を俺はあの未来で知っているので、俺は明確にアウトな人間でないならまあいいかと受け入れた。
社長に最終決定権を委ねることを決めたのは俺自身だ。
絶対面白がって採用したんだろうけど、これ以上はもう言うまい。
まさかのあの一期生の
こうして。
応募総数511名から2名を採用し、509名を不採用として三期生オーディションは幕を閉じた。
俺はあの
こうして一件落着。
俺は気兼ねなく、今後のVNIVEARTHの維持に尽力していくことができる。
*
──本当に?
*
「それで亜紀人、四期生はどうするんだい?」
会社の狭いオフィス。いつも通りの胡散臭い笑みを顔に張り付けながら、伊能凛は機嫌良さそうに俺へ問いかけた。
三期生に自分の案を採用されたからか、また2人の採用自体を自分で行ったからか、もうウキウキのノリノリといった感じで、調子付いてきているのを感じる。
兵藤枢を実名で活動させようとした件で説教した時の、しょぼくれた姿が嘘みたいだ。
もう一回しょぼくれさせたろか……。
「四期生については一旦保留でお願いします。俺にはとにかく、2人のLive2Dモデルを実用レベルにまで仕上げていく作業があります」
三期生として採用となった2人とのやり取りを経た上で、ラフ段階だったデザインを決定稿まで進め、そこからやっとLive2Dモデルとしての制作へ入ることができる。
正直言って、
あれは数ヵ月の猶予があったその間にずっと、気が向けばその度に弄りクオリティアップに努めていた、俺の最高傑作。
今から1ヵ月やそこらで2人分のモデルをあそこまで組み上げるには、俺が3人くらい必要だ。平行作業なので機材も3倍よこせ。
「四期生のオーディションはどうする? 亜紀人が手を離せないなら、ボク1人でやろうか?」
何言ってんだこいつ。
お前1人で全部できると思ってるのか……?
いや、もしかして。
できるのか、伊能凛。
やれんのか、伊能凛。
俺はこの男を見くびっている節がある。
Vtuber事務所の運営にかけては比肩する者がいないほどのゴミカスさを誇るこの男だが、その本当の実力と言うものを知っているわけではない。
謎に株で損害を出していなさそうなところを見ても、隠し持っている才能というものが彼にあっても、おかしくはない。
一時期は趣味程度に鍛えていた俺よりは、遙かにひょろそうな体つきだけど、まさか成し遂げられるバイタリティを持っているのか……?
「じゃあ、お願いします」
「わかったよ亜紀人。任せたまえ」
「次はもっと宣伝に力を入れて、募集期間も短縮せずに丸2週間はかけましょう。前回落ちた人にも可能性があると喧伝しますので、1000人は来ますよ」
「やっぱりやめておこうか」
判断が早い。
恥のはの字もないように、余裕たっぷりなお手上げ降参ポーズをするこの社長に、俺はどうにか一度だけでも苦労をさせてみたいのだけれど、この男がそういった追いつめられたときにどんな奇行に出るか予想ができないので、強すぎるストレスを与えられずにいる。
「でも亜紀人。ボクにできることがあったら頼ってくれていいんだよ。ボクたちは
でもお前、本当に困ったら渡米するだろ。
嫌だよ俺は、社長の姿を見ないと思ったら、数日後に違法カジノで逮捕されてるニュースが流れてくるのとか。警察にも、なんて説明すればいいんだよ。
「ちゃんと給料を貰ってますよ。好きなことやって金貰ってるんです、俺からはこれ以上求めませんよ。
むしろ俺に月給払ってて問題ないんですか? V事業ではまだ収入ないでしょう」
「その質問は何度目だったかな。キミの給料くらいは余裕さ、むしろ増やすべきだろうに」
「VNIVEARTHが収益を得るようになったら、そうしてください」
……この資金的な余裕はどこから来るんだろうな。
親の金を元手に株で稼いでいるとは言っているが、元手が大きすぎるのか、伊能凛の株売買が上手すぎるのか、どちらかなのか判断ができない。
「四期生は、まあ最悪、三期生で不採用になった人に声をかけるという手段もあります。というか時間がないので、そうなると思います」
「現実的だね亜紀人は。リアリストだ。それでいてロマンチストでもある」
だからなんだよ。
「四期生もスカウトだとかの、予定している人物はないのかい?」
「ないですね」
「デビューするVtuberのデザイン案も?」
「ないこともない、ですけど、厳守するほどではないですよ」
VNIVEARTH四期生。
6月に三期生がデビューした後すぐに、7月にデビューする四期生。
あの未来では2人。男女で1人ずつ。両方とも柄の悪い、地毛ではない後天的に染めたタイプの金髪キャラだった。
1人は波羅劾ざくろ。女の方。もうこの世界にはいないVtuber。
そしてもう1人だけど、正直こっちの男の方も、ぶっちゃけいらない。
人間関係、特に女性方面に難があって、他の箱のライバーを孕ませて中絶させていたような人物。他にも複数の女性とよくない噂があり、波羅劾ざくろにリーク爆撃されていたのを覚えている。
そのくせ
三期生オーディションにそれっぽい男がいて、実は真面目だったけど社長のせいで道を踏み外した、とかだったら考え直したかもしれないんだけど。
いや、それでも採用はなかったかな。
彼自身は他のVNIVEARTH所属ライバーには被害を出さずに自滅して消えていったわけだけど、さすがに男女の関係において不誠実な人間というのは好きになれない。
今となっては、波羅劾ざくろをVNIVEARTHから消し去った以上はもう、男の方も含めて四期生の予定ごと白紙にしてしまっていいだろうとも、思っている。
「じゃあ男性の方は、またボクが考えてもいいかな?」
「まあ……いいですよ。それを反映するかは別ですが。もしかして、三期生みたいに実は考えてました?」
「いいや。今度こそは本当に何も考えていなかったさ。なんだい亜紀人、ナイショにされていたのを気にしているのかい? 心配しなくてもボクはキミに(略」
調子に乗った伊能凛は頼りになるのだろうか、それともただうざいだけなのだろうか。
俺にはもう後者にしか受け取ることができない。
雑居ビルの狭いオフィスに2人。
やる気のあるこの男とは対照的に、俺には煮え切らないままで、ただ目の前の作業へと向かっていた。
*
「少し、仮眠をとってもいいですか?」
「ああ。とるといい。ボクも一緒にとろうか?」
は? なんだその意味不明な質問。驚いて目が覚めたわ。
「亜紀人は昼食後が弱いんだね」
「やっぱり寝ないのでこっちに来ないでください」
「そんなに連れない事言わな(略」
なんとか伊能凛を拒否した俺は、気分転換に屋上へと足を運んだ。
この雑居ビルは伊能凛の親が所有しているもので、鍵を貰ったので屋上の出入りは自由となっていた。
親の金を元手に株ギャンブルをする男だ。親の金とそれを元手に稼いだ金で起業した男だ。親の所有するビルに住む男だ。親の所有するビルを職場にする男だ。
……。
今日は晴れている。
太陽の光はいつだって変わらないはずなのに、どうしてあの日のものとは、こんなにも違うように感じてしまうのだろうか。
わかっている。
それは隣に、あの少女がいないからだ。
ただそれだけ。
わかりきった理由。
俺はあの日々を忘れらずにいる。
あの未来に、囚われ続けている。
俺という
あの少女だったら、なんと言うだろうか。
ジャケットのポケットの中で、スマホが通知に振動する。
あえて通知音を設定していないこのスマホは、詩星せるりとの連絡にのみ使用している、minaのアカウントがあるものだ。
『ミナちゃん♪ 今なにしてる??』
脳に、あの少女をインストールしていく。
『ご飯食べたところ! 食べた後は眠くなっちゃうよね。せるりちゃんはどう……?』
『私もー(笑) 一緒にお昼寝しちゃおっか』
『するー。一緒だね! ふふっ』
……。
こんなこと、言ってたか……?
記憶は
曖昧になって、微かになって、朧気になって。
人間の脳はそれを補完し、思い出は美化されていく。よりかけがえのないものへ、しかしその輪郭をぼやけさせながら、幽かになっていくようで。
食後は薬を飲むから眠くなるものだ。
俺もあの子も、基本的にいつもそうだった。一緒にお昼寝だなんて言わないまでも、なんだかんだタブレット片手に寝落ちして看護師さんに怒られていたっけ。
これで、いいのかと。
問いかける。
俺自身に。
問いかける。
俺の中の、あの少女に。
あの少女は、なんて答えるだろう。
──それがお兄さんが決めたことなんだよね。うんっ! 私もそれでいいと思うよ。
──私のためにお兄さんがいっぱい考えて、頑張ってくれたんだから、それだけで私は嬉しいよ……っ!
──ぬーっ! なんで落ち込んでるのかなぁ。ほら! 元気出す出す! 一緒に配信見よっ!
「そう言って、くれるのかな……」
ベッドに腰掛けたまま、歩けなくなってきている俺の隣に勝手に座って来て、愛用のタブレットを指さす少女。
その画面には──
──波羅劾ざくろだって、いたはずなんだ。
俺の脳裏に色濃く残った、VNIVEARTH2年目の夏に行われた合同コラボ。
規模こそ小さくて、今思えばまるでたいしたことないんだけれど、俺にとって病室で過ごす最初の夏で、あの少女が隣にいる初めての夏で。
俺にとって、学生の時よりもずっと特別な、忘れられない夏のこと。
画面の中で、楽しそうに笑い合うVNIVEARTHの姿が、まだギリギリ、あったはずだ──。
この4人は、不祥事なんてなくてもVNIVEARTHの中心だった。
その活躍や数字に、格差はあれども。
正しく、VNIVEARTHの四天王であった。
いつだ。
いつからだ。
思い出せ。
思い出すんだ。
俺の脳裏に焼き付いた、あの醜悪な笑みを、今だけ、一度だけ、忘れろ。
波羅劾ざくろが、波羅劾ざくろだったのはいつからだ。
コンプラさえも無視するようになったのは。
身内のスキャンダルでさえ暴くようになったのは。
過激なものを扱うようになったのは。
いつからだ。
あの夏では、どうだった──。
そうだ。それまでは、再生数目当てに過激な話題にも触れるようになってきた程度。
唯一身内の箱内で起こっていた、同期の不祥事を告発したのが、一番大きなリークじゃなかったか。
夏が終わって。それから、彼女は、より過激になっていった。
【コンプラ無用! 全方位爆撃感謝祭
全てを壊そうとするかのように、全方位に
本名、
波羅劾ざくろは企業所属の身でありながら、ゴシップ系Vtuberなんてものを強行し、配信者という同業種を始めとしたネットで活動する人間のスキャンダルをダシにして配信するという、過激な個人勢のような活動を行っていた。
これは全て数字のために行われた活動で、波羅劾ざくろ本人が開き直って配信中に語っていた。
『ゴシップやる理由? 決まっとります。そんなん全部、数字のためです』
無論、企業に所属したVtuberがこんな活動をできるはずもない。
だがVNIVEARTHは普通の会社ではない。あの伊能凛が社長を務める会社だ。どうせあの男は所属タレントがどんな活動をしても関与しなかったのだろう。
四期生の片割れである、もう1人の男性ライバーが箱外の女性ライバーと関係を持っているとの噂が流布されても、その男性ライバーにペナルティを与えた様子はなかった。
その噂の裏を取って晒し上げたのは、波羅劾ざくろだ。
伊能凛はその様子を見て、笑っていたのだろうか。
数ヵ月の時間を、同じ会社のこの狭いオフィスで時間を共にした人間が、そこまで腐った性根の愚かな人間だとは思いたくないけれど。
これまでの、ろくでもないという言葉では足りないほどに致命的なやらかしの可能性があったことを見て来てしまったからには、否定ができないのも事実。
あの未来は今のところ防がれているけれど。
いるはずだけれど。
劣悪な環境で放置された一期生がいたことは、すでに起こっていた現実のものだ。
ついでに俺もモラハラの類をされていると言ってもいい。セクハラかもしれない。なんらかのハラスメントを受けている。
──同じ時間を過ごして。
俺は伊能凛という男を、実は悪い奴じゃないんじゃないかと、思ってしまうことがある。
VNIVEARTHを腐らせた男なのに。
VNIVEARTHを破滅させた男なのに。
あの少女を、殺した元凶の1人なのに。
炎上する自分の会社を放置して、海外に逃亡し、違法カジノで遊んでいた男なのに。
──憎めない男だと、思ってしまう自分がいる。
どうやら俺という人間は、そんな。芯の無い人間、だったらしい。
だって。
あの『波羅劾ざくろ』にさえ、その存在を消すことに罪悪感を覚えてしまっている。
『異常』だった、あの未来の『波羅劾ざくろ』。
『普通』だった、つい先日の『喜多見明日』。
手元のスマホに映っている。
『mina』という、あの未来の少女の幻影を、演じ続ける『
今の俺を覆うような、化けの皮の継ぎ目が。
先日、実際に言葉を交わした彼女にも、あったのだろうかと。
疑ってしまう。
そうだ。
そうだろう。
俺は酷い、勘違いをしている。
俺は酷い、八つ当たりをしている。
詩星せるりには借金があった。
詩星せるりは返済のために、その身を犠牲にしていた。
残酷な真実を突きつけたのは、波羅劾ざくろだ。
あの少女を間接的に殺したのは、波羅劾ざくろだ。
けれど。
詩星せるりの不祥事と、波羅劾ざくろの存在に、何の関係があるというのだろう。
波羅劾ざくろが、あんな大々的に流布するような証明をしなければ、あの少女にすぐ不祥事が伝わることもなかったはずだ。
それは事実。
だけど、波羅劾ざくろが黙っていたからといって、詩星せるりの不祥事がなかったことになるわけではない。
そしてこの時代、この歴史、この世界においては、俺が詩星せるりの不祥事をなかったことにすると決めている。
詩星せるりに悪意が迫るというのなら、俺が全部、潰してみせる。
VNIVEARTHに悪意が迫るというのなら、俺が全部、潰してみせる。
つまり。
波羅劾ざくろがいたところで、何も変わらない。
そうだ。
波羅劾ざくろが悪意であるというのであれば、俺が彼女を潰せばいいだけだ。
──私の最推しは、
──ヴニヴァのライバーは全員好きだけど、
──一番好きなのは
あの少女の言葉として正しいのは、これが全てだ。
*
俺は、1通のメールを送った。
宛先は、
俺は知りたい。
彼女が悪であるのか。
彼女が、彼女もまた、あの少女の愛したVNIVEARTHだったのか。
俺は知らなくてはいけない。
彼女が、俺の守るべきVNIVEARTHに含まれているのか。
──VNIVEARTHでは、近々四期生のデビューを予定しています。
──候補者の1人として、詳細な展望などについてお話しをさせていただけないでしょうか。
【誰のビジュアルを先に見たい? VNIVEARTH人気投票!!】現在公式Tvvltterにてシルエット画像を公開中。4期生デビュー後に内容が明らかになりますが、これは制作途中のラフ段階のものです。そこで、本アンケートの結果に基づいて完成させる順番を考慮いたします。皆様の推しにぜひご投票ください!(※なお一期生については、本編では未改修のためネタバレが含まれます)
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萬屋ぺすと
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佐土原恭子
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神海まりも
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詩星せるり
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遠藤
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黒宮院みやみ
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拳藤正義
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波羅劾ざくろ
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4期生の2人目