過去に戻ったので、破滅する推し箱の未来を変える。   作:匿名

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#003 たったひとつの冴えたやり方(当社比)

 現職を当面は続けるにしても、どちらにせよ機材的な資金難には直面する。そこで俺が選んだのはリボ払いという諸刃の剣だった。

 

 リボ払いだけはやめておけ。有識者なら誰もがそう言う。

 

 俺みたいな、一回死んだから別にもう死んだっていいんだぞって人間だからこそできる最終手段だ。流石にすぐ使うわけじゃないけれど、いざというときはクレカ5枚が火を噴く。

 

 こういう担保は必要だ。本当にヤバければ200万くらい使える。そう思うだけで余裕が生まれる。

 実際に使おうが使うまいが、このプラスチック製の切り札(ジョーカー)を握っているという事実だけで面構えが違う。

 

 貯金でパソコンと液タブなら妥協すればギリギリ買えなくもないが、それだとボロアパートの契約に必要な敷金だのが用意できないか。

 じゃあ……最終手段の出番か?

 

 夏まで待とう。ボーナスがあれば──

 

 ──いや、ボーナスで買うなら今リボで買っても変わらんか。

 

 つまり低額で長期間に渡って返すからリボ払いはやばいやばいと言われるのであって、ボーナスで短期的な完済できるのであれば、ただ前借りに手数料が生じるだけでしかない。

 結構ダメ人間に寄っている思考の気がするが、返す目処があるのだから問題はない。

 

 というわけで購入確定。最終手段起動。

 俺は無敵の人だからな、どうとでもなる。最悪、VNIVEARTH事務所に火を放って破滅させずに前もって焼却したっていいんだぞ。

 

   *

 

 逆行なんてものをして早数ヵ月。

 

 俺は休日をカラオケでボイトレをして過ごしていた。

 

 なぜそんなことを……? 我ながらそう思う。

 ボイトレ。ボイストレーニング。

 

 自身の技術をあのクソカジノ社長に叩きつけるにあたって、実際にVtuberの動画を作成して見せるのが手っ取り早いというのが俺の戦略だった。

 そこに声がなくてはやや印象が弱くなるだろう。少しでも印象を損なうならば改善する。

 

 ないよりはある方が良い。男の髪と身長も、ないよりはあった方が良い。異論は認めるが、世間の評価は辛辣だ。

 

 動画だってそうだろう。視覚と聴覚に企画内容が伴って形成するコンテンツ。

 聴覚情報は、良いものがあった方が良い。

 

 合成音声ソフトを使用する選択肢もある。だが俺は実用性、口の動きも示したかった。だから敢えて肉声に拘ることにした。

 したがって俺の発声が悪ければ全体の評価が低下することに繋がる。

 トーク内容についてもそうだ。俺は未来の多様化したVtuber文化を知っている。少しずるいことだが、内容をそのまま使うことは避けるとしても、俺の企画力として応用させてもらう。

 

 この努力だって加点に繋がるはずだ。

 

 あの社長は、その場の快楽や好奇心で動いている。なにせVtuberタレント事業を突発的に始めた男だ。

 2018年の末には起業。オーディション。1月にはデビュー。

 VNIVEARTH(ヴニヴァース)の末路もやむを得ないと思わせてくれる無計画性を感じさせる。その上、面白いからと無茶な企画を強要し所属ライバーを骨折させていたという。

 

【骨折だってエンタメだ カジノキング(笑) 伊能凛】

 

 利益だとか野心で動いていないと断言していい。

 でなければ企業のくせにゴシップ系Vtuberなど許容するわけがない。

 

 そんな社長だ。

 こんな実績も後ろ盾もない無名の会社相手にガチでやればやるほど、面白いと喰い付くはずだ。

 

 といった経緯でのボイトレである。

 

 流石に死ぬ前に病室の死に体でボイトレなんかできなかったし、出来たとしても喉は持ち越しできないし。死にかけの心で死んだように見ていたボイトレ動画の記憶を頼りに自己満足の練習をする。

 もちろん今の段階でも調べるが、流石にまだそういう動画が増える前だ。

 やはりコロナ禍に入ってからはそういったノウハウの解説動画が爆発的に増える。おぼろげな記憶とはいえ、少しでもその時代の解説動画を見た記憶を活かせるのはアドバンテージとするべきだ。

 

 何もしないよりマシだろう。その程度の練習。

 

 実際に専門の講師に授業を受けるには費用が大きすぎる。交通費、レッスン料。何よりどの講師が良いのか判断が出来ない。将来的に問題を起こす講師がわかるのなら良かったが、そういった知識は限定的過ぎて知る由もない。

 都内で実績のある者がいいのか、地方でも信頼できる陰の実力者でもいるのか。やってみてやっぱ駄目でしたは今の俺には厳しい。

 

 マイクを使わずに発声練習だけを行うことに時間のほとんどを使い、カラオケを後にする。これなら話に聞く、公民館で部屋を借りるやつの方が良いかもしれない。

 本当にできるのかは知らんが。

 

   *

 

 自転車を漕ぐ帰り道。駅前のカラオケに行くには車は使い勝手が悪い。車は休憩の日。明日は? 閉店の日。くぉら!

 ペダルを踏む時間は悪くない。程よい有酸素運動が脳の動きを活発にする。ペダルと一緒に思考も加速するようだ。

 

 

 帰宅してシャワーを浴びてからパソコン操作に移る。

 自己アピールの素材制作の他に、俺にはやっておきたいことがあった。

 

 いいや。これはやっておきたい、などと軽いものではない。

 それはもしも。可能性があるのならば。

 

 やらなくてはいけないことがある。

 

 ブラウザを開き、ブックマークバーから選択するのは『弐コ弐コ動画』。

 マイページに表示される唯一のフォローに目的がある。

 

『のめぬあ』。弐コ弐コ動画で活動する歌い手だ。

 

 初めての動画投稿は1年ほど前。まだ高校生であることを考慮すれば妥当な歌唱力。しかし凡。中の下、良く見積もって中の中。良くも悪くもカラオケが上手いただの女子高生。

 女性であることに対して付くファンがいるかってところ。

 

 何を隠そう、俺も彼女のファンだ。

 

 ――それも、未来のファン。

 

 いずれ数年後に彼女が辿り着くであろう、彼女の完成形の歌声に魅入られた一人のファンだ。

 俺は未来から来たファン。

 

 とある地方の病院で、夢も希望もなかったあの病室で。

 俺に手を差し伸べてくれた少女が、俺の底に穴が空いたような心になお溢れんばかりの夢も希望も詰め込んでくれた少女が、愛してやまなかった人物。

 そのせいで、いつしか俺にとっても推しになっていた人物。

 

 つまるところ。

 

 彼女こそ、『のめぬあ』こそ、『詩星(うたいぼし)せるり』その人なのだ。

 

 

   *

 

 未来の知識の過去話、つまり現代に匹敵しかねない時系列の話として、彼女の根幹に関わるものがある。

 それは今でも虫唾の走るような軽薄な声と共に、俺の記憶に強く残っている。

 

『例の動画? ああ、あれどすかぁ。教えてあげてもいいですけど、えぇ、どうしましょ。いいですよ、教えてあげましょう。詩星(うたいぼし)せるりの流出動画――

 ――あれは、本人(ガチ)ですわぁ』

 

 ブロンドとは違う、染めた金髪。嫌らしく嗤う細い目。瞼から覗く赤い瞳。

 生放送で行われた波羅劾(ハラアバキ)ざくろによるリーク。

 

『詩星せるり先輩はなぁ、デリヘルもやっとるんよ。ふふ。みんな可哀想やねぇ。あの歌姫はんの口は、綺麗な歌のためにあるんやないんどす。汚い棒を咥えるためにあるんどす。ふふふ。

 惨めどすなぁ。裏切られる気持ちはどうですか? 私にも良くわかりますよ。胸が痛くて痛くて、張り裂けてしまいますわぁ……』

 

 流出した動画自体は出所が不明となってはいる。

 だが、波羅劾ざくろのこの告発により、中の人の本名やデリヘルの従業員登録などと情報が繋がっていき、事態は逃れられない確定されたものへと変わっていった。

 

『あの人には借金がありますからね。それも占めて500万! ……大金どすなぁ。どんな金遣いが荒ければそうなるのやら。

 前に会った時言いはってましたわ。あの社長の無茶な企画にも参加するから、なんで参加するんですかぁって聞いたら、お金が欲しいって。皆さんのスパチャも一体何に使われていたのやら』

 

 ──詩星せるりには借金が500万あった。

 

 その真偽は定かではない。だがそうであると仮定する。

 

 であれば、原因とは何か。

 

 決してクレジットカードのリボ払いで豪遊した程度の額ではない。家や車のローンだとしても、デリヘルで働くほど切羽詰まった返済を迫られることもないだろう。

 

 ネット掲示板には憶測などが飛び交う中、有識者()や探偵気取り()が嗅ぎ回った結果、いくつもの確証の無い説が上げられていた。

 ただ豪遊した。親の借金。クズ彼氏の命令。病気の友人。薬物代。

 そして、そのうちのひとつに突拍子もないものがあった。

 

 ──詩星せるりは、レッスン詐欺に遭っている。

 

 Vtuberを始める前の活動、いわゆる前世において彼女は歌い手をやっていた。

 当時の交友関係において、末期にはその手の界隈では黒い噂のあった業者の関係者と交流があったと、されている。

 のめぬあのアカウントは詩星せるりのデビュー後から数ヵ月で削除されているし、その黒い噂のある人物の存在も定かではない。

 

 そもそも、レッスン詐欺でそこまでの額を背負わされるものなのか?

 決してレッスン詐欺というものを軽視するわけではないが、数十万が一般的だ。詐欺を一般的と形容したくないが。

 それほどまでの大きな額をそこいらで乱立していればすぐに足が付く。リスクを考えれば、どんなにうまくやれるとしても実際にやるわけがない。

 

 だからこんなもの、確証がない以上は信憑性のないただの妄想だとするのが当然だ。

 詩星せるりが善性のある人間だと信じたい願望が、あの少女が好きなものにせめて穢れないものが残っていると信じたかった俺の願望が、頑なにこの一説を信じたいと思わせていた。

 ただそれだけのことだった。

 

 ここまでになってなお偶像(インターネット配信者)なんかを少しでも信じたいという信者(オタクくん)の妄想。

 

 しかしそんな妄想に対して言及した者がいた。

 してしまった、者がいた。

 

『あーそうですそうです。よくお調べになりましたなぁ。自分を上手いと勘違いした愚かな歌い手は、簡単に甘い言葉に翻弄されるんどす』

 

 わざとらしい京弁が零した一言。Live2Dを通しても伝わってくるような悍ましい悪意が、あの禍々しい赤い瞳が、ほんの一瞬だけ、己の失言に見開いた。

 

 おそらくこの情報は伏せるべきだと判断したのだろう。同情の余地による炎上の鎮火では、扇動した自身に矛先が向くことに繋がる。

 以降これを肯定する言及はなかった。VNIVEARTH自体が潰れ、波羅劾ざくろも姿を消すのだから、真偽は闇の中。

 

 あの未来のVNIVEARTH(忌むべき箱)の中に封印されたまま。

 

 全てが爆散し更地になった場所には、開けてはいけない箱が埋まっている。

 

 その墓場(タイムカプセル)を、俺は過去から掘り起こす。

 

 ……不本意だが、これに関してだけは感謝しなくてはならない。

 ありがとう波羅劾(ハラアバキ)ざくろ。お前のおかげで俺はこうして、何かをすることが出来る。

 詩星せるりのアンチを装ってまで、お前の配信に居ついて連投した甲斐があったよ。

 

 見開いた後、誤魔化すように瞑られた目の動きまで思い出せる。2021年のトラッキング技術は2018年の今とは段違いだよなぁ。

 

 可能性があるのならば、食い止めることが出来るというならば。

 何があっても俺は、詩星せるりの不祥事を潰したい。

 

 これは『何もしないよりマシ』などという程度の事ではない。

 

 何もなかったとしても、やっておく価値がある。

 

 弐コ弐コ動画にのめぬあの新規投稿はなし。

 次はTvvltter(トゥヴルッター)──ブラウザ版──を開こうとして、スマホが通知により振動する。

 

 表示されたのはアプリ版Tvvltter。

 

『minaさん、素敵なイラストありがとうございます!

 こんなに素敵なものをいただいてもいいのでしょうか……? 早速アイコンに使わせていただきました!』

 

 送信者は『のめぬあ』。俺に送られて来たDMである。

 

【誰のビジュアルを先に見たい? VNIVEARTH人気投票!!】現在公式Tvvltterにてシルエット画像を公開中。4期生デビュー後に内容が明らかになりますが、これは制作途中のラフ段階のものです。そこで、本アンケートの結果に基づいて完成させる順番を考慮いたします。皆様の推しにぜひご投票ください!(※なお一期生については、本編では未改修のためネタバレが含まれます)

  • 萬屋ぺすと
  • 佐土原恭子
  • 神海まりも
  • 詩星せるり
  • 遠藤
  • 黒宮院みやみ
  • 拳藤正義
  • 波羅劾ざくろ
  • 4期生の2人目
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