過去に戻ったので、破滅する推し箱の未来を変える。 作:5/19更新あるよ
:ぺすのモデルまだ?
ここ数ヵ月で何度目になるかもよくわからない、もはや見慣れた文字列が目に留まった。
最低でも週に1度は行っている、俺の生存報告配信のコメント欄だ。
Vtuberのくせに、一般的に書き入れ時であるGWさえも通常通りの少ない配信頻度だった俺は、やっぱり忙しいんやろなぁ~と察する声も少なくないのだけど、このような無慈悲なコメントも稀によくあった。
その成果として熱烈なファンである彼女のリスナー『感染者』を獲得しているのだが、その様相はカルト宗教に片足を突っ込んでいるんじゃないかと思えるほどに統率が取れていて、少し恐怖さえ覚える熱量を持っている。
このように、Live2Dモデルの作成をしていると言ってしまった俺の配信には、感染者からのコメントが絶えた日はない。
「あー、感染者もいるね。ごめんな、今は三期生で手一杯なんだ」
:それはしゃーない
:お疲れ様です
:もっと頑張れるよなぁ!?
:お前に休む時間はない
:鬼畜で草
:そんなペースで別衣装なんてできるのか?
痛いところを突いてくる。
事実、某大手がLive2Dのクオリティをあえて妥協しているのには、スマホ単体のみで安定した配信を完結させるという環境的な理由の他に、別衣装の実装しやすさというのがある。
恐れ多いことに、一部の意見ではVNIVEARTHが大手を含めた他の箱よりも遥かに進んだ技術を有しているとされているが、その実態はまるで異なっている。
俺は未来の知識でカンニングをしているだけで、現段階ではまだ追求が進んでいないLive2Dモデルの作り方や発想といった、洗練された前提条件を備えているだけに過ぎない。
パーツの使い方や、理想とする挙動を知っている。
逆に言えば、それだけだ。
この時代ではオーパーツと呼ばれるまでのモデルを組み上げるに至っているが、自社ソフトを作成できるプログラミング技術がない以上、俺にできることには限界がある。
今は既存のソフトだけで無理矢理それっぽくしているが、すぐに技術の発展に追い抜かれるだろう。
実際にカメラに向かってトラッキングをしながら、少しの挙動ごとに馬鹿みたいに調整をして、できる限り俺の記憶にある2024年のモデルに近づけるように魔改造を重ねている。だけ。
代償として汎用性がこれでもかというほどに犠牲となっていて、性能に関係なく俺指定のwebカメラでしか通用しない互換性の欠片もない設定で、かつパソコンの要求スペックも引き上がる。
その上、モデル自体に個別で特化した設定でもあるため、別衣装となるとそれだけで始めから調整を組み直さなくてはいけない。
設定ファイルにまで干渉しているため、モデルを切り替えるならトラッキングソフトそのものをパソコン内に複数用意し、対応したモデルに合わせて起動し直すことが必要になってくる。
これを衣装ごと、差分があれば差分ごとだ。
某大手の自社ソフトのようなワンタッチで切り替えられるような利便性は皆無である。
2020年にもなればVTube Studioがリリースされて、この地獄の調整は全く必要がなくなるものの、そこまでくればすでに俺の専売特許は消え失せているので、俺がLive2Dモデルを組む意味もなくなる。
俺の
今だけのドーピングと割り切っているとはいえ、このモデルのクオリティの高さがVNIVEARTHのためになっていることも事実。
萬屋ぺすとに報いたいと思ったこともあって、この事情をべらべらと公にすることは躊躇われた。
「うーん……」
ただ。
以前は企業秘密で躱した話題ではあるが、俺の実力を大きく見せているようで居心地は良くない。少しくらいなら、言及してもいいか。
「実を言うとVNIVEARTHには大きな欠点があって、本職のプログラマーってのがいない」
:へー?
:プログラマーはいませんと
:なんかやばいの?
:本職じゃないってだけだろそれ
「だから俺が力技で無理矢理どうにかしていて、見た目ほど高度な技術力が詰まってるわけじゃないんだよね。その分作成スピードが死ぬほど遅い」
:なんかすごそう
:力技だけでなんとかしてますw
:俺なんかしちゃいました?
:遠藤最強! 遠藤最強!
:それってリグ? トラック?
……コメントの内容でそのコメントした人の知識の量がわかるんだよな。
俺の言うことが抽象的なせいだけど、大半はなんか専門的なこと言ってんだろくらいのノリで終わる。だがこうして、ときどき詳しそうな人が探りを入れてくる。
「──トラック」
:運転免許なら持ってるで
:絶対違うw
:プログラマーがいればいいんか?
「まあ、そうだね」
:ならワイがプログラマーになるで!
:よく言った!
:お前がヴニの救世主や笑
:あほくさ
:なんか言っておるww
現実的に考えて無理な話だ。
トラッキングソフトの開発など、その辺の人間にはできることではない。
それもVTube Studioクラスとなれば、専門のチームで取り組んでるレベルじゃないと望めない。
……いっそVTube Studioの開発会社に俺のモデルを提供して、なんらかの契約で自社ソフトにするか?
いや、それも無理だろう。
荒唐無稽な考えに、我ながら苦笑する。
VNIVEARTH程度の知名度では、社会的な信用度がない。俺のモデルだって既存ソフトで成り立っている以上、専門の開発職から見れば少し詳しい一般人の域を出ないだろう。
逆にパーツの使い方が革新的なだけだと気付くだろうし、それを観察して見当をつけ、提供するまでもなく発想を取り込んで終わりだ。
俺が提供する側になれるほど、技術の進歩にかける努力というのは甘くないのだ。
:ソフト組むからモデル貸してください
またか。これまた見るのが何度目になるかわからない内容のコメントだ。たまにこういったものが、VNIVEARTH宛のメールでも送られてくる。
産業スパイのような感覚で、実績や身分の証明もないままなにかと理由をつけてモデルデータの共有を求めてくるのだ。
そろそろ名前を覚えておいた方がいいか……?
でもこういうアカウントって大体捨て垢なんだよなぁ。
「まぁなんにせよ、萬屋ぺすとのモデル更新はまだ少し先になりそうなんだ。実は裏で動かしてる企画もあるし……」
:まさか……ぺす!?
:萬屋ぺすとに近づくな
:めでたいからな。俺らも祝わないと
:ぺす姉のためなら許したるわ
:期待してるぞ
怖ぇよ。
俺なにも言ってないのに、勝手に萬屋ぺすとのために何かしてることにされている。
……まぁ、そうなんだけどさ。
記念に何かをしたいという彼女の要望を受け、簡易的な動画編集ではあるが、歌ってみた動画を作成しているところだ。歌部分の編集は詩星せるりが協力している。
歌がメインウェポンとなるであろう詩星せるりのためにも、俺はほとんどヤケクソで有名どころから今後ヒットしそうな新人まで、俺でも知っているような名前のボカロPには片っ端から許諾を得るためのメールを送り付けていて、そこそこレパートリーには困らなくなっている。
詩星せるりがGW中に歌枠を行うことができたくらいだ。ボカロ曲限定だけど。一般のレーベルから出ている曲はさすがに敷居が高く、気軽に許諾をとるのは難しい。
今回は実際に配信中に歌うことに挑戦した都合上、時間は親が外出している昼間になったのだけど、彼女のファンはちゃんと集まり配信は盛り上がっていた。
せっかくの休日、昼間に配信を見る……何も言うまい。ありがたいね。
ちなみに
許諾取れないって俺の話を聞いて、わざわざ弐コ弐コでやってくれるあたり神海まりももああ見えて真面目である。
俺ができるだけ許諾を取りたいだけだから、最悪勝手にやっててもいいよって言ったんだけどね。良い子だ。
24時間中、台パン回数は56回だったそうだ。
本人はほぼ無言なので、息遣いと台パンしかない24時間とか狂気だろ……。
何度かチーターに当たって、言語未満だが発狂っぽい発声が何回かあったらしく、まりもリスナーには当たり枠とされている。こいつのファン層も怖いよ。
対して俺は平常運転。佐土原恭子も同じく。新興勢力VNIVEARTHの、Vtuberする気がないのかとリスナーに苦言を呈されるお荷物2名である。
:つかまりものモデルは作らないの?
:一期生全員新調するって言ったじゃん!
:そうだそうだ!!
:嘘つき!!!!!!!
「ははは。待て待て、ちゃんと佐土原恭子と神海まりもにも改修案は送ってるよ。本人たちが他の人優先でいいよって言ってどの案がいいかを決めてくれないんだ。
だから、余裕ができたらちゃんと一期生全員のモデルは作るよ」
:言質はとった
:ちゃんと作れよ
神海まりも:いらなーい (乂'ω')
:!?
:まりも、エンドレスの配信よく見に来てるよね
:遠藤テメェ!
こういった、配信者に対する愛を感じるコメントは読んでいて楽しい。俺が標的じゃなければもっといいんだけど、まあ、いいか。
配信を終えた俺は、うんざりしつつ、アーカイブのコメントを遡り、モデルについて探りを入れてきたアカウントを眺めていた。
俺はデビュー配信を除いて、自分の配信ではコメントの規制をしていない。
ただの連投コピペの類はただの荒らしなので非表示にするが、ただの罵倒もガチの誹謗中傷も、普通に放逐する方針にしている。
けれど、モデルに関して聞いてくるだけのアカウントが完全にいなくならないので、そろそろ他のリスナーのためにも非表示などの対処をしようかと考えたのだが、やっぱり捨て垢っぽいのがほとんどだ。
──と、この配信で最初に萬屋ぺすとのモデルはまだかと催促したアカウントが目に留まる。
『豹柄鼠』。萬屋ぺすとの配信でもよく見かけるアカウントだった。
俺の配信にも黒子宮だのLUKKYYだの御珍歩だのとよく見る名前があるように、萬屋ぺすとの配信にも名物リスナーがいる。
このアカウントもまた、萬屋ぺすとの配信における常連の1人だ。
彼女のデビュー初期からいる最古参の狂信者と呼ぶに相応しいアカウントで、萬屋ぺすとの配信でもノリの良いコメントをする空気を形成するのに一役買っている。
一役どころか、むしろ感染者の代表、感染者を先導していると言ってもいい。
萬屋ぺすとに紹介されて俺の配信を見て、俺の配信におけるコメントのノリにも間接的につながっているわけだから、存外、俺にとっても感謝しないといけないのかもしれない。
感染症であるペスト。それを全世界に拡散したのは鼠なので、この『豹柄鼠』という名前はかなり思想がキマった重度の萬屋ぺすと感染者と言えるだろう。
狂信者は毒にも薬にもなる。
これも一瞬ブロックに入れてみようかと考えてみて、やっぱいいやと、俺は1人で苦笑した。
*
予想通りというか、配信中に感極まってまた泣いていた萬屋ぺすとの2000人記念配信があったりして、5月の終盤、ついに三期生のモデルが完成した。
完成、といっても時間に余裕のあった詩星せるりのモデルには程遠く、限られた時間の中で妥協したものである。
納期のあるクリエイターにはよくあることだけれど、こういう妥協に慣れてしまわないようにしたい。
どうせ後からいくらでも調整できるし、というかこの段階で満足できても後から直しただろうから、そもそも完成という概念がないとも言える。
かつての
髪は赤く、全体的に赤をテーマカラーとしており、俺のデザインセンスや中の人となる
熱血主人公みたいだし、まあいいか。
そしてVtuberの宿命というか運命というか、男女で比べてしまうとどうしてもクオリティに差が出てしまうもので、簡単に説明の終わった拳藤正義と比べ、三期生のもう1人である
これがまた、製作までの話し合いの長さも段違いである。
黒宮院みやみの中の人となる
俺の知る元の黒宮院みやみが黒髪だったので髪の毛を紫にするのはとりあえず避け、代わりに
オーディション告知の時のラフ画が黒髪だったので、これには意は唱えられなかった。
ただ、瞳の色をどうするかの話になったときだけほんの少し揉めた。
彼女は瞳の色に緑を希望。しかし指定された緑の色がどう見てもみなしごエンドレスカラーだったので、黄緑じゃダメかと交渉したのだが、それなら髪と同じ紫がいいと言う。
髪の色が紫なのだから、瞳の色は別の相性の良い色を入れるべきだと俺は判断したのだが、彼女はこれに微妙な反応を返す。
みなしごエンドレスは髪も目も両方とも緑だけど、これは主人公らしさのない色としての選定だ。古来より緑髪は不人気と言う。
あとは
緑か紫か。協議の結果、髪のインナーカラーと瞳が紫色のキャラデザとなった。
着物は無難に黒。黒地に白い花を主体として装飾に金色の模様を入れたのだが、結構な難航を見せた。これは俺の技量の問題で、着物の柄をそれっぽく仕上げるのが難しかった。
後は着物の帯に、彼女の希望した鍵の錠前をアクセサリーとして使用。
当初はチョーカーを付けてそこに錠前を……と言われたのだが、四期生でデビュー予定の波羅劾ざくろがチョーカーをしているので、
ただ、帯の横側に付けようとしたところ、中心が良いと言われたので、そうした。
横の方が無難だと思うけど……。へそのあたりに錠前ってなんだよ。身体の中心から真っ二つに裂けて開閉しそうだなこれ。
意見を聞きながら俺が描いたラフを見てなんかすごい嬉しそうだったので、もう本人がそれでいいならそれでいいよ。
オーディションでの面接では配信経験者ゆえの余裕や備えがあったので頼もしかったのに、いざデビューが決まると話がスムーズに進まない。
あのほんわかおねーさん、実はこんなに手のかかる人だったのか。
デビュー配信の予定もここに来て初配信からみなしごエンドレスとコラボがしたいと言い出す始末。
まあ、やんわりと却下しつつ絶対にダメと言ったらすぐに諦めたんだけど。
はあ……。
拳藤正義は不慣れゆえに話がスムーズに進んだので、経験者と未経験者のメリットとデメリットを実感した。
*
6月8日(土)。VNIVEARTHから待望の三期生がデビューする。
6月は祝日が存在しない月だ。
1年の中で祝日がないのは6月と12月だけで、しかし12月は年末休暇があるので(あるよな……? ない人のことは考慮しない)、3連休以上の休みが完全にないのは6月だけとなる。
デビューするなら連休中か連休前の祝日が望ましいのだが、祝日がないのでは仕方がない、せめてもの足掻きとして土曜日を選択。
土曜日の夜にデビュー配信を行い、土日というリスナーの多い時間を活用する。
もっとも、祝日がないからこそ楽しみを増やそう! とも言えるので、ものは言いようなのだった。
あの未来でのデビュー順では最初にデビュー配信を行なったのは兵銅要──拳藤正義だったのだが、普通に考えて経験者を先にデビューさせて空気を温めてもらった方がいいので、黒宮院みやみからのデビュー配信となる。
1時間でも行けるかと確認すれば、任せてください! とのことだったので、1時間と告知をしてしまう。
今回から簡単なPR動画も作ろうと思っていたが、俺がギブアップ。そんな時間があるならLive2Dモデルのクオリティアップに費やすことにした。
デビュー配信の前には、ちゃんと2人と打ち合わせを行ったし、これで安泰だろう。
『絶対に、顔出し配信はしないようにしてくださいね?』
『ははははっ。するわけないじゃないですか』
拳藤正義に念を入れて注意すると、笑いながら否定された。
でもしたんだよ、未来のお前は。
絶対生配信で人を殴っちゃダメだからな。約束だぞ。
そして迎える、配信当日。
この時の俺は呑気で、この配信で起こることを全く予想していなかった。
みなしごエンドレスのファンを自称する人間が、どんな配信をするかということを。
*
黒髪で着物。王道の和風美少女としてデザインされたモデルが画面に現れる。
長い黒髪が揺れる様子にコメントが勢いを増した中で、彼女の口がゆっくりと動く。
いったいどんな雅な姫君のようなことを言うのだろうと、多くの視聴者が期待する中で。
VNIVEARTH三期生、黒宮院みやみのデビュー配信が始まる。
「皆様、ようこそお越しくださいました!
わたくしの名前は──
──『紫式部フォーリンダウン』
ですわ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」
なんで?
※ネタバレですが、紫式部フォーリンダウンの名乗りはこのデビュー配信にしか出てきません。
次回には黒宮院みやみに戻ります。さすがにね。
【誰のビジュアルを先に見たい? VNIVEARTH人気投票!!】現在公式Tvvltterにてシルエット画像を公開中。4期生デビュー後に内容が明らかになりますが、これは制作途中のラフ段階のものです。そこで、本アンケートの結果に基づいて完成させる順番を考慮いたします。皆様の推しにぜひご投票ください!(※なお一期生については、本編では未改修のためネタバレが含まれます)
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萬屋ぺすと
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佐土原恭子
-
神海まりも
-
詩星せるり
-
遠藤
-
黒宮院みやみ
-
拳藤正義
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波羅劾ざくろ
-
4期生の2人目