「──それで、南條さん南條さん! うち考えたんですよ!」
標準語に、京都弁が隠しきれずに滲み出たようなイントネーションの声。
その声はのんびりしているようでいながらも、跳ねるような元気さを感じさせる口調だった。
「三期生のデビュー配信とコンプラ研修コラボを見て、このままじゃVNIVEARTHの先輩方にキャラクター性で負けてしまうって!
だから考えてきたこと聞いてもらって、アドバイスいただけたら……って! いいですか?」
……正直、俺は困惑していた。
あの未来において、『
俺はVNIVEARTHの存続のためにこの人生を使うと決めたので、そのためにはなんでもするという気概でいる。
存続という一点にだけ集中するならば、災いの原因を完全に排除するのが最も手っ取り早い。
しかし『あの少女の愛したVNIVEARTH』を守るという観点では、可能な限りの範囲で、あの未来を再現したいと思ってしまった。
俺にとっても、2年目の夏の箱合同コラボは今でも大切な記憶として残っている。
そんな自己満足ともいえる俺の都合によって、最後の不穏因子である『波羅劾ざくろ』の中の人である『喜多見明日』を、採用候補という体で切り捨てずに確保していた。
悪く言えばキープ。
デビューするならどうするか、という仮の前提での打ち合わせを行うことで採用の合否を決める。
そんな建前で会話を行い、彼女が善人であるか悪人であるかを見極めようと、この数ヵ月でやり取りを何度か行ってきたのだけど、会話を重ねる度に、俺の中での彼女の印象が崩壊していくようだった。
今だって、彼女の方から相談があるとLIIVE通話を申し出てきたのだ。
その勤勉さには、素直に好感が持てる。
「まず名前ですよね。『
……。
お前もかぁ。俺は内心でギャグっぽく打ちひしがれる。
「それはやめましょうか。でもちゃんと相談してくれたのは良い判断ですよ、喜多見様」
「えへへ……、うちもコンプラ配信ちゃんと見ましたから!」
あの病室で見た、画面の向こうで醜悪にあざけり笑うような波羅劾ざくろと同一人物とは思えない、朗らかな様子。
それどころか、無邪気さが隠しきれない幼い印象さえ受ける。
「でもぉ、南條さん南條さん、『茨城』もVTuberのお名前にするにはその、地味ぃ……ですよね?」
なんかもう最近は、ついに尻尾を振る子犬のような姿まで幻視しかけていて、俺の脳裏に焼き付く波羅劾ざくろ像とはかけ離れていて脳がバグりそうになっていた。
「『茨城』じゃなくて、なんかこう……もっと、『アラハバキ』みたい苗字にしたいなぁって、思うんです」
なんで地味に『
ジャスティスパンチといい、なにかの強制力でも働いてるんじゃないか?
「アラハバキ……、ちょっと調べますね」
神話関係のゲームで聞いたような名前だけど、詳細な意味は知らないので、ここは素直に調べるから待ってくれと返答する。
えーっと、東北や関東で祀られる神。
それならまあ、VTuberの名前に使ってもいいかな? と、言おうとして、思いとどまる。
「喜多見様、アラハバキについてお調べになりましたか?」
「あ……、すいません。とにかく名前を変えようとだけ思って連絡しちゃいました。なにか悪い意味でもありました?
今調べます。えっと……あっ、ご、ごめんなさい……」
検索してまず出てくる百科事典サイトには、確かに神と表記されている。
ただ内容としては生殖器を語源にしていると説明をされているので、格好良い語感とは相反して女性VTuberの名前としては少々……というか真面目に活動するなら使わない方が良い名前である。
神や悪魔を召喚するゲームにおけるデカラビアと似た系譜だったか。あっちの方がやばそうな名前なのに、百科事典サイトの内容ではアラハバキの方がまずいという。
あぶないなぁ。
VNIVEARTHにまたイロモノが増えるところだった。
「うぅ……語感もええし、これだ! 思たんですけど……」
「気に入ってましたか?」
「はい、正直……」
じゃあ、もういいか。
「でしたら、ちょっと弄って『ハラアバキ』にしましょうか」
どうにでもなれ!!
「えっなんですその……怖い名前?」
「なんか浮かんだので。ハラアバキざくろ。しっくりきますよ不思議と」
「えぇ……うちそんな印象あります?」
困惑したような声。
ある。俺にはむしろその印象しかない。
でもこうして会話してると全然違うんだよなぁ。頭おかしくなりそう。
「漢字も個性的にしましょう。六波羅の『
「ハラアバキざくろ、ですか。前に出た、『
そしたらうち、ゴシップ系やりますけど!」
「それは絶対に駄目です。そこに手を出したら、仮に採用されたとしても解雇します」
「解雇!? で、ですよね……すみません」
あぶねぇ。以前、俺が試す為に誘導したとはいえ、なんかゴシップ系を選択肢に入れてくるんだよなぁ。
やっぱり潜在的な悪人かこいつ?
「ゴシップ……やなくっても、何か強いキャラ、欲しいんですよね」
どこかしょぼくれたまま、話題は名前から
喜多見明日は、どうやらネーミングや配信内容に不安があるようだった。その理由はこうして打ち合わせをする度に伝わってきている。
彼女は配信未経験者で、そして『強い武器』というものを持っていないように思えた。
トークもあまり強いとは言い難く、専門的な知識や趣味も持たず、特殊な技能もない。
言ってしまえば平凡で、本来であればこのようにオーディション後に補欠としてキープするのも考えてしまうような人材だ。
それこそ、何か武器を探し求めて一番強烈な『ゴシップ』を手に取っても不思議ではないような──いや、この思考の結びつけは俺の先入観か。
ともかくこのままでは採用されないと彼女自身も自覚しているのだろう、熱心に改善点を求めてくる。
その向上心に対して、できる限り俺も応えたいと思う。
でもこいつ、あの『波羅劾ざくろ』なんだよなぁ……。
どうしてもあの未来での姿が脳裏に浮かぶ。なんというか、この会話ではすごい人懐っこく感じるのに、その声が嫌でもあの未来での配信動画を連想させる。
『例の動画? ああ、あれどすかぁ。教えてあげてもいいですけど、えぇ、どうしましょ。いいですよ、教えてあげましょう。
――あれは、
うぅ……。
「南條さん南條さん! なんかうちにできそうなこと、ないですかね!?」
つかなんかやたらと俺の名前よく呼んでくるし。やめて怖い。わざとやってるのか?
毎回、会話が長引くほどに標準語が崩れて京都弁になっていくし。俺の記憶にある波羅劾ざくろの口調に近づいていくようで、うぐぐ……。
「南條さん……」
言いたくないけど、勧めたくないけど、俺は彼女にひとつの答えを提示する。
「まあ、そうですね。喜多見様も考えているように、現段階ではVTuberになるにはキャラクターとして弱いですよね。
そのためには、初めから演じるキャラクターを決めてしまうのが手っ取り早いのですが、その設定も思いつかないと」
「そ、そうなんです」
「……ではまず、いっそのこと口調を京都弁にしてしまうのはどうですか?」
「え……」
「京都出身。それを活かさない手はないですよ」
現地出身という方言への正しい理解というのは、大きな武器だ。
方言キャラを演じるのは簡単なことではなく、どうしても実際にその方言を使う人からは、指摘されてしまうのが常。だからこそ、実際に馴染みのある彼女には強力なアドバンテージとなる。
「喜多見様は、普段は標準語を心がけていますよね?」
「あ、はい。
モデルがあの黒宮院みやみさんのじゃないなら、もう
「でも、これってリスナーからしたらそれだけで強いキャラクター性です。あのモデルでなくても活かすことはできます。
こうして会話を続けていると自然と崩れていきますし、隠すことはありません」
「え」
「いやむしろ、普段通りの隠そうとしているけど無理してて方言が出てしまう、というのはすでに属性として成り立っています。トーク面はこれを押し出しましょう」
「ちょ、ちょっと待ってください。そんなに訛り、出てます……?」
「出てます」
「~~っ!!」
即答すると、マイクの向こうで狼狽えるような声が聞こえてくる。
なんだこいつ、萌えキャラか何かか?
俺の知ってる波羅劾ざくろじゃないぞ……。
「喜多見様?」
「す、すいません……立派に標準語使いこなせていると思っていましたので、はい、です」
「方言キャラで押していって大丈夫ですよ。トークはそれで問題ないです。あとは特徴的な雑談方針や企画があると良い、という話ですが──」
こうして、打ち合わせという名の、彼女を見極めるための会話は続いていった。
VNIVEARTH四期生は2名の予定となっている。
内訳は、男が1、女が1。
男性は社長である伊能凛プロデュースとして別の進行を行っていて、残るは女性の1枠。
このまま喜多見明日に危惧していたような不審さが感じられないままであれば、このまま四期生としてデビューしてもらう運びになるだろう。
というか彼女の不審点が最初からほぼなかったので、他に候補者の選定を行っていないままなのだ。
わりとちゃんとした打ち合わせを重ねてきているし、むしろデビューして貰わないと困る。
「──と、いったところで今日は終わりにしましょうか」
あまり長くなっても仕方がないので、適当なところで切り上げる。
「あ、はい! ありがとうございました! 毎回、とても勉強になります!」
今年で20歳になる大学生の2年目。俺の1つ年下かぁ……。
彼女についてはこれくらいしか把握していないけど、相応の真面目さと幼さが見受けられる、素直な子だ。
しかし彼女について、俺はまだ知らないことばかり。
腹の内に化け物を住まわせていないと仮定するとして、これが道を踏み外すことがあるのならば、一体何が原因なのだろう。
俺は、それを阻止したいと、思っている。
声とか、ぶっちゃけ聞くと怖いんだけど。一種のトラウマである。
実質採用が確定しているところを保留と伝えているのが少し罪悪感が芽生えてきたので、俺は茶目っ気を見せるように声を潜めていう。
「……ここだけの話、おそらくですが、このままいけば喜多見様が四期生として採用されますよ」
「ほ、本当ですか!? 嬉しいです! うち、精一杯頑張ります!! こうしておにぃにもえらく教えて貰ってますし……」
「おにぃ?」
「あっ、ちが、その、間違えて……あ、あっ、~~~~っ!!」
こいつ、妹属性あるのかよ。
*
無事にVNIVEARTHの三期生がデビューしたことにより、予期してはいなかったが強烈に濃密なキャラクター属性が追加され新たなファン層の獲得し、箱全体は追い風を受けるように勢いを増していく。
VNIVEARTHの運営も一段落して夏の企画に専念できる──
──とはならない。
6月に三期生がデビュー。では四期生がいつデビューなのかと言えば、翌7月なのであった。
いや、ぶっちゃけ、馬鹿。
大手企業が短期間に大勢をデビューさせたことと比べてしまえば大したことではないのだけど、しかしVNIVEARTHという社員2名の箱という現状の規模を鑑みれば、あまりにも早すぎる。
というか社長は株か俺で遊んでいるだけなので、実質的に俺1人の運営と言ってもいい。
本業として運営だけに専念できる上、俺自身がやりたくてやっているということもあって作業効率は非常に良い。
本当に、不本意ではあるんだけど。
ここまで自由にさせてくれる社長には、感謝をしなくてはいけないんだけど──
「打ち合わせは終わったのかい?」
いつもの社長の席で静かにしていた伊能凛が、こちらに声をかけてくる。
「はい。四期生のもう片方は彼女でいいでしょう。聞いていたならわかると思いますが、VTuberのキャラクターとして強い要素はあります」
「そうかい。意外だね、彼女よりも実力がありそうな応募はいくつかあったと思うけど、まあキミが見出したなら、それだけの根拠があるんだろう」
伊能凛は、いつものように飄々と言ってのける。
ちゃんと見ていないようで、実は見ているかのような言動。それどころか、何かを見抜いているかのような凄みが、この男にはある。
それがただそれっぽいだけなのか、本当に何かを見抜けているのかは、俺にはわからないけれど。
「それより、本当に大丈夫なんですよね? 四期生のデビューは来月ですよ」
四期生としてデビュー予定の男性。
その男は、VNIVEARTHの配信を見て学んだから俺の指導はいらないと言い張って、俺がVNIVEARTHライバーにしている配信の注意やノウハウの解説を聞こうとはしない。
かくいう俺も、熱心に教えるつもりはない。
社長曰く、モデルさえ用意すればあとは自己責任で好き勝手やるとのこと。
それならば、もうこれ以上は言うまい。コンプライアンス的に絶対にしてはいけないことだけをいくつか言い含めるだけにとどめている。
変にこれ以上教育係を申し出てしまうと、俺の首を絞めるようなことになるのは目に見えているし。
「……少し、外に出てきますね」
「気分転換かい?」
「ええ。何気なく歩いている方が、アイデアは出てきます。ずっと画面を見ているのも疲れますし」
そして俺は失言をする。
「社長こそ、ずっと引きこもっていないで少しは身体を動かしたらどうです?」
「そうだね。キミが誘ってくれるのも珍しい。ボクも一緒に行こうかな」
……!?
誘ってないし、こいつ付いてくる気かよ。
嫌味で言ったはずなのに、俺の言葉はハイキングに行こうとでも言ったかのように扱われている。
だから余計なこと言わなきゃよかったんだ。
「昼食にいい時間だね。どこか食べに行こうか」
「やっぱり外に出るのやめました。仕事しないと」
「いーや、行こう。例のラーメン屋だ。今度こそ行こう」
「行きません」
「……社長命令だ。行こう」
「行きません」
「なんだい、もちろんボクの奢りさ」
「行きません」
伊能凛は立ち上がると、座っている俺の肩に腕を回し、一方的に肩を組むようにして寄り掛かる。
やめて……。
「たまにはいいだろう、亜紀人」
「わかりました行きます。その代わり全部社長の奢りです」
「任せたまえ」
俺が頷くと、納得したように伊能凛は離れていく。
もう6月で気温も上がっているのだから、距離を詰めるのは勘弁してほしい。
「はは、悪かったね」
地味に歩かされた結果、そのラーメン屋は休業中だったため、帰り道で某黄色いロゴマークのファーストフード店に立ち寄り、適当に食事をとっていた。
道中、あまり会話はなかったのだけど、伊能凛は俺の隣を機嫌良さそうに歩いていた。
今も悪びれもせずに薄く笑っている。
「こういう店に誰かと来るのは初めてだよ。世の学生は放課後にでも寄るんだろうね」
「そうですね」
「キミも学生時代は来ていたのかい?」
「放課後は、ないですね」
「ふむ……。休日に友達と昼食に訪れるのは?」
「なくもない、ですけど、ちゃんとした昼食としては、ないですね」
「じゃあ初めてなんだね。ボクと一緒だ」
社長はいつも通りの変な言い回しだ。
この男について、俺はわざわざ知ろうとはしていない。知らないままにしているが、まあ、寂しい青春を送ったのだろうとは察する。
「亜紀人。ポテト、貰うよ」
自分で頼めよ。
*
最初の印象は、怖い人、だった。
三期生オーディションの面接は、ビデオ通話が用いられていた。拒否しても良いとはなっていたけど、真面目さをアピールするならビデオでやるしかないと思った。
画面に映った南條さんは、ほんの一瞬、一瞬なんだけど、この世の憎悪を1ヵ所に集めたのかと思うくらいの、見るだけで人を殺しそうな視線で、こちらを見た様に感じた。
スマホの画面越しだし、今では見間違いだったんだと……思う。
み、見間違い、だよね。
打ち合わせのときはいつも、南條さんは色んなことを丁寧に教えてくれる。
この前なんか、三期生のデビュー配信やコラボ配信をアーカイブで見て、焦って平日の昼間にいきなり電話をかけたのに、都合がいいのならとそのまま長い時間の相談に乗ってくれて、具体的な解決策まで出してくれる。
頼りになる、とても良い人だ。
そのせいもあって、こっちも少し砕けた態度になってしまい度々引かれてるのかと思う間が空くことがある。
本当に引かれていたらどうしよう。
この前だって、いきなり兄呼びしてしまって。
……うぅ、思い出しただけで恥ずかしい。
あれから少し質問をされて、兄にVNIVEARTHを勧められたことまで喋ってしまった。今では私の推しである、
今はほとんど疎遠の兄が、急にVTuber、VNIVEARTHを布教してきたので、私も配信や切り抜きを見始めた。
推しが違うせいで、また疎遠になっているけど。
私もVNIVEARTHを見始めたとを知った兄に、オーディションやってるから受けろと言われて、ダメ元で応募したっていうのも打ち明けた。
これが原因で不採用になったらどうしよう。
志望動機が弱いと思われたかもしれない。最初はそうだったかもしれないけど、今は本気でVTuberになりたいって思ってる。
そう悩んでいたら、正式に採用するという連絡が来た。
──やった、南條さんにもお世話になってるし、頑張ろう!!
同時に使用するモデルも画像が送られてきて……え、何この金髪のお姉さん。耳にピアスいっぱい空いてて不良みたい。へそピアスも付いてるし。
口を開くと舌ピアスも見えるのだとか。
似合っていると思いますとか南條さんが言うけど、私はそんな風に思われているの……!?
名前も
『波羅劾ざくろ』
漢字もすごい怖いのにされてる。
うち、実は嫌われているのかな……。
え!?
来月中旬にはもうデビュー!?
三期生がデビューしたばかりなのに!?
【誰のビジュアルを先に見たい? VNIVEARTH人気投票!!】現在公式Tvvltterにてシルエット画像を公開中。4期生デビュー後に内容が明らかになりますが、これは制作途中のラフ段階のものです。そこで、本アンケートの結果に基づいて完成させる順番を考慮いたします。皆様の推しにぜひご投票ください!(※なお一期生については、本編では未改修のためネタバレが含まれます)
-
萬屋ぺすと
-
佐土原恭子
-
神海まりも
-
詩星せるり
-
遠藤
-
黒宮院みやみ
-
拳藤正義
-
波羅劾ざくろ
-
4期生の2人目