過去に戻ったので、破滅する推し箱の未来を変える。   作:匿名

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#040 伊能凛

 ──この夏。

 

 ──VTuber界に、革命が起こる。

 

 圧倒的カリスマ!!

 天才的頭脳!!

 

 超絶!!

 無双!!

 抹殺!!

 

 誰も見たことのない配信が、ここにある。

 

 この世界が変わる瞬間を見届けろ。

 

 刮目せよ。

 

 この日、

 

 VNIVEARTH最強の男が

 

 君臨する──。

 

 2019.07.13.Sat.

 

 A NEW ERA - BEGINING -

 

 

 このアホみたいな煽り文句が多用された、一目で頭の悪そうなのが伝わってくる短い動画こそ、俺がVNIVEARTH四期生としてデビューする男性ライバーのために用意した15秒のPVである。

 

 デビュー配信まで完全にシークレットという扱いであるため、その容姿の一部を先行公開することはできず、キャラを象徴するセリフを入れることもできない。

 

 配信をするにあたっての心得だって、既知のものだとして特に聞こうとせず、配信のスケジュールだってなんとかなるだろうと用意しない楽観的な構え。

 

 同期の女性が健気に頑張る様子を見ていた俺は、当然良い顔をしない。

 

 ほんの悪戯心から、あるいは悪意のある嫌がらせ、もしくは裁きでも下すように無茶振りをしてやろうということで、デビュー予告PVはエフェクトと演出によって、無駄に壮大なものへと仕立て上げられたのだった。

 

 むしろこの期待値を裏切らないのであれば、それはこの男が本物であるということを意味する。

 

 このPVを見たリスナーの反応は、

 

『またVNIVEARTHが滅茶苦茶なことやってるぞ』

 

 だった。

 

 これまで、カルト宗教化、配信で一切喋らない、配信しない、意味不明な名前の自称、社長の本名の晒し上げ、社長への殺害予告、友人との百合惚気話、意味不明な名前の自称、先輩の妻を自称し燃やそうとする、意味不明な名前の自称、マイクを殴る、マイクを殴る予告、DV、社長への暴行予告、コンプライアンス研修配信、などと好き勝手やってきたVNIVEARTHが、また何かやべーことをしようとしているぞ、と少なくない注目を集めていた。

 

 直前の波羅劾(ハラアバキ)ざくろの配信ほどではないが、ついでに見てやってもいいぞというリスナーも多いのだろう、小規模箱の男性ライバーとしては異常の300を超える同接を維持していた。

 

 この数に圧倒されるならざまあ見ろ、無事に捌くならそれもまたよし。

 

 それこそ、どうにでもなれと俺も楽観的というか、高みの見物、傍観する姿勢でいることにした。

 

 失敗するなら失敗してしまえばいい。

 それはそれで本人の薬になるだろうし、自身の考えが浅はかだったと思い知るだろう。

 

 むしろ失敗しろ。

 

【初配信】VNIVEARTH最強の男【VNIVEARTH】

 

:早く始まれ

:また男かよ

:男なの!?

:男って最初から言ってた

:ちょっと髪長かったじゃん。騙されたわ

:何がはじまるんです?

:最強が来るって

 

 コメント欄も、VNIVEARTHのリスナーの特色でもある悪ノリが蔓延していた。

 

 そして。

 

 ついに。

 

 VNIVEARTH最強の男の、デビュー配信が、始まる。

 

:!?

:???????

:なにこれ

:マジかwww

:嘘だろ笑

 

 配信画面には、新人男性ライバーのL()i()v()e()2()D()()()()が表示される。

 

 やや無造作に伸びた髪と、少しくたびれたTシャツ。無難なジーンズ。

 これまでのVNIVEARTH男性ライバーよりやや高いと一目でわかる身長。整った顔立ちのデザインながら、常に目を細めて笑うような不気味な男。

 

「──ふむ。こんな景色か、VTuberというものは。

 

 やあやあ。

 よく来たね、

 ボクの名前は伊能(いのう)(りん)

 VNIVEARTHの社長だ」

 

:ん?

:マジかよwww

:社長本人!?

:草

:やりやがった!!

:な、何が起こってるのかわからねぇが

:伊能って本名じゃないの?

:本名。遠藤の配信で言ってたよ

:公式サイトにも書いてあるぞ

 

 まず。コメント欄は、男の放った言葉を素直に受け取り驚愕した。

 

:いや草

:今度は自称社長が来ちゃったかww

:ヴニバのお約束

:名前の偽称ね

:この新人もやばそう

:もうVNIVEARTHだわ

:社長のなりすましもいます

 

 次に。これもVNIVEARTH特有の、名前や肩書を偽る天丼ギャグだとして、冷静な考察をした。

 

:ギャグ、だよな?

:あれ

:ん??

:でもよ

:なんか書いてね?

:名札が、付いてるし……

 

 首から下げたクソデカ名札には、大きくはっきりと印字がされている。

 

社長

伊能(いのう) (りん)

 

 これまでの奇抜な名前の自称とは違う、OBSで表示されるだけの安っぽい文字ではない、モデルの一部としての表記。

 それに気づいたリスナーたちが、なんか違うぞとコメントを始める。

 

 男が少し動けば名札も揺れる。かつての萬屋(よろずや)ぺすとのような、外付けの透過画像(P N G)ではない、モデルの一部としての名札。

 この名乗りを自称であると鼻で笑うには、手が込み過ぎている。

 

 リスナーたちの反応はいくつかに分かれ、混沌としていた。

 

 素直に驚く者、疑う者、理解しないまま呆れる者、理解して驚く者。

 

 新人男性ライバーは、勢いを増すコメント欄を無言のまま眺めてから、呑気に口を開く。

 

「なるほど。コメントが速すぎて、読めないね」

 

:は?

:いやマジで社長なの?

:訂正が来ないんだけど

:こマ??

 

「なんだか疑われているね。仕方ない、もう一度だ。

 

 

やあやあ。

 

ボクの名前は

 

伊能(いのう)(りん)

 

VNIVEARTHの

 

社長だ」

 

 そう。

 

 VNIVEARTH四期生、シークレット枠。

 

 その男とは──

 

 ──伊能凛なのだ。

 

 

 伊能凛なのだ。

 

 

 俺だって認めたくない現実を前にして、コメント欄も理解を拒んだように、若干の硬直が訪れたので。

 

 配信をより良いものにするためという名目で、俺はすかさず起爆剤を投げ込む。

 

みなしごエンドレス:本物です

 

 

 ──爆ぜる。

 

 

:マジでかwww

:社長本人wwwwww

:本名でデビュー!?

:実名は草ww

:いや馬鹿

:遠藤乙

:なにやってんだ

:これがVNIVEARTHなんだよなァ!!

 

 

 ──あの日。

 

 伊能凛は言った。

 

『四期生の残った枠だけど、ボクに任せてくれないか?』

 

 そして渡された企画書には、この男の正気を疑うようなことが書かれていた。

 

 VTuber名:伊能凛 / 演者:伊能凛

 VNIVEARTHの社長 4月2日生まれ 21歳 身長180cm 64kg

 四期生の新人ライバー。株が趣味で……

 

 キャラクターをデザインするにあたって参考にすべき画像も添付されており、設定の詳細としても、俺が会社で見受けられる伊能凛の様子がそのまま書かれている、VTuberのガワも設定も全てが完備された、完璧な企画書だった。

 

 というか参考にする画像は本人の写真である。

 

 つまり。

 

 この男は。

 

 自分自身をVTuberとしてそのままデビューすると宣言したのだ。

 

『ボクに任せてくれないか?』

 

 その言葉通りに。

 

 これを何も知らない人が見たら、この会社の社長を有能だと判断するだろう。

 俺は内情を知っているから、この男の正気を疑うんだけど。

 

:社長!?

:お前を殺す

:ぺすにあんな思いをさせた男……?

:殺せ!!

:いやまだ自称かもしれん

:偽物だろうとその名を名乗ったのが間違い

:死ね!

:ぺすの恨み

:お前だけは許さん

:なんでイケメンなんだよ

:社長の権力でしょ

:遠藤見損なったぞ

 

 いや俺にも飛び火するのかよ。

 

「なんだか盛り上がっているみたいだね。早速人気になったみたいで嬉しいよ」

 

:はぁ!?

:ふざけるなよ

:こんな感じなんだw

:これが所属ライバーに殺害予告されても平気な男か

:仕事しない社長なんでしょ?

:まりもの身体を低予算にした恨み……!!!

:いやまりもは喋らないし妥当

 

「いま一瞬だけ読めたぞ。殺害予告か……そうだね、みなしごエンドレスと同じように、ボクの配信でもボクの殺害予告はしていいものとしよう」

 

:草

:ああVNIVEARTHだわ

:あの社員にしてこの社長だったか

:自分のこと僕っていう社長かぁ

:僕っ子いなかったし

:ショタですらないとか需要ないよ……

 

 結構叩かれているように見えるんだけど、伊能凛は余裕そうな口ぶりだった。

 

 サイコパスか何かじゃないかと思う時あるもんなぁ。

 俺か、俺以外か、みたいこと言いそう。悪い意味で。もしかするとコメントの内容とか全部他人事に見てるんじゃないかな。

 

:本当に仕事してないの?

 

「ふむ、仕事の定義にもよるだろうね。現状においてVNIVEARTHの運営をしているのは、エンド──エンドを始めとした彼らクリエイターチームだ」

 

:無能

:無能

:あの伊能凛だぞ

:モデル作成丸投げの?

:ガワだけ渡して放置

:無能だわ

:じゃあ何してんの?

:会社にはいるんだって遠藤が言ってた

 

「ボクは普段、資産運用をしているよ。キミたちの言う遠藤に支払われる給料は、ボクが稼いだものだ。VNIVEARTHはまだ収入がないからね」

 

:え

:じゃあ有能か?

:有能

:有能

 

「エンドが言うにはね、ボクはVTuber事務所を運営する才能がないらしい。実際、今まで彼の手腕を見てきたが、ボクには到底できなかったことばかりだったね。

 VNIVEARTHには優秀な運営がいるんだ。ならボクはもう何もせず、全て任せてしまった方がいいだろう」

 

:それはそう

:有能だわ

:サツヨコされても文句言わんしな

:有能社長

:ごめん誤解してたわ

 

 あれ。なんか社長が許される空気になってきている。

 いやまあそうなんだけどさ。適材適所を弁えた良い社長だよ。ここだけ見ると。

 

 俺は普段の社長とか、あの未来の顛末を知ってるからなぁ。

 

 ……。

 

「だから、もし彼が──彼らがVNIVEARTHに来なかったら、ボクはずっと何もしなかっただろうね。フフフ、そう言ったらエンドにも怒られてしまったよ」

 

:はぁ!?

:そら怒るわ

:無責任社長

:つか良い話風だけど一期生があんなガワだったのはお前のせいだからな

:シャレにならんわ

:お前を殺す

:なんでデビューしようと思ったの?

 

「デビュー決めた理由か……。元々ボクはこうして、VNIVEARTHの社長だと配信に出たくてVTuber事務所を起業したんだけどね。彼らを見ていたら、ボクも混ぜて欲しくなって、しまってね」

 

:死ねよ

:そんな理由で起業するな

:アホか

:社長が一番やべーわ

:それで実名でデビューするか?

:遠藤よりヤバいやつっていたんだ

 

 

 そんなこんなで、普通に叩かれながらものらりくらりと気ままに雑談をしていく伊能凛。

 

 視聴数は……500!?

 

 何事かとまずTvvltterを開けば、あの個性的な面子が揃うVNIVEARTHを腐らせようとしていた無能、あるいは社員と腐ってそうな男が、自らVTuberデビューしてしかもイケメンデザインだと、半分悪ふざけ、半分ガチ話題として拡散されていたのだ。

 

 男だぞ、500人ってなんだよ。

 ツイートを拡散してるアカウントの中には、重度の萬屋ぺすとリスナーとして名前をよく目にする例の『豹柄鼠』などもいて、感染者が怒りで拡散している側面も見受けられた。

 

 社長自らVTuberデビューというのは前例がないわけではないのだが、本名そのままというのは流石に正気じゃないとボロクソに言われまくっていた。

 

 俺は少し戸惑う。

 

 実名を晒して実写で映っている社長だって存在する。某大手企業がそうだ。

 それに比べてしまえば、実写じゃないのだからそこまで騒ぐほどではないと思っているのだけど、おそらくこれは、字面のインパクトが先行して過剰に反応をされているのだろう。

 

「ふぅ、コメントを見ながら話すのも疲れるね。どちらかならまだどうにでもなるけど、エンドに言われた最低限のルールを守るのも同時に考えると、さすがに疲れるよ」

 

:というか配信初めてなの?

:初配信でこのコメント読めてるのはすごい

:エンド?

:遠藤のことか?

:仲いいね

:配信経験ある?

:話慣れてる感じするよな

 

 ……話慣れてるように感じるのは、普段から厨二っぽい良い回しや演技掛かった喋り方をしてるせいだろうな。

 その辺の人と会話させたら相手の人戸惑うだろうし。

 

 なんでこいつ普段から2.5次元みたいになってるんだよ。

 

 容姿(見てくれ)も良いから、撮影中の感覚が抜けない俳優か、ガチの中二病のどっちかにしか見えない。大体後者。

 この前ラーメン屋に行こうとした時だって、周りから少しやべー奴に見られてて俺恥ずかしかったよ。

 

「配信をするのは初めてだよ。……これを1時間か。うちのライバーはすごいね」

 

:おいww

:なんで他人事なんだよ

:え、マジで舐めてたの?

:ぺすに謝れ

:本当にこんなのが社長か?

 

「……そうだね、1人で喋るのも荷が重い、少し社長の力を使おう──」

 

 伊能凛は、そう言って。

 

「──エンド。来てくれ」

 

 は?

 

 うん?

 

「見ているんだろう? キミのことだ。ボクの配信だろうと、VNIVEARTHに傷がつくようなことを言おうとした時に備えて、ちゃんと最後まで監視をしているはずだ」

 

:ん?

:おや

:エンドって遠藤?

:なんだこの

:おお?

 

 いやコメントも悪ノリしようとしてやがる。

 

 え、マジ?

 

「エンド。来たまえ。社長命令だ。ボクを助けてくれ」

 

:助けてくれww

:遠藤ってエンドのこと?

:エンドって遠藤のこと?

:社長命令wwwwww

:来 た ま え

 

 防音室の戸が開く。

 

 え、嫌なんだけど。嫌です。

 

:助けてやれよエンド

:同棲してんの?

:来ないとクビです

:助けて遠藤!!!!

 

「エンド?」

 

 いやこっちに呼ぶなよ。

 

 ……。

 

「はい、遠藤です……」

 

「よく来てくれたエンド。ボクの配信へようこそ。いやぁよかった。信じていたよエンド。実は心細かったんだ。少し狭いが我慢をしておくれ」

 

:急に元気になるじゃん

:マジで来たwww

:これが権力か

:権力に屈した男

:一緒に住んでるの?

:┌(┌^o^)┐

 

「一緒に住んでいるわけではないさ。VNIVEARTHには防音室があってね、エンドのために用意したんだ。そうすればエンドは配信の度に会社に来てくれるだろうからね。いつもボクはエンドの配信をすぐそばで見ているよ。ねえ、そうだろう、エンド?」

 

「そっすね……」

 

:なんだこの

:いつもそばで!?

:┌(┌^o^)┐

:そういえば同衾してましたね

:仲良くおさんぽしたって

:仲良くおちんぽ!?

:ラーメン

:ポテトをシェア……

 

「ああ、この前一緒にお昼を食べに行ったんだ。そうだよね、エンド。ボクはああいう店に行ったのは初めてだったから、ハンバーガーとナゲットというのを食べたんだが、ポテトはエンドから拝借してね。エンドもファーストフード店で昼を友人と2人で食べるのは初めてだったらしい。初めて同士さ。ねぇ、エンド」

 

「はい……」

 

:遠藤wwwwww

:めっちゃ喋るやんこの男

:死にかけてる……

:社長のことげんなりしながら話す理由わかったわww

:なんでや! 仲良しやろ!

:ざくろ「お二人さん、えらい仲がよろしいんやねえ」

 

「どうしたんだいエンド。まさか緊張しているのかい? キミとあろうものが、そんなことないだろう」

 

「そっすね……」

 

:相手してやれよwww

:え、社長かわいいのか?

:かわいそうだろ

:かわいそうはかわいい……?

:本当に仲いいのか?

:さっき友人って言ってなかった?

 

「ああそうだ。ボクたちは親友。ベストフレンドだ。彼はキミたちに、もう男性ライバーをデビューさせないと言ったが、ボクがさせたがっているのを察して融通してくれたりしている」

 

:そういえば!!

:遠藤テメェ!!!!

 

 もう許してくれ……。

 

「……俺の名前はみなしごエンドレス。この男を殺してVNIVEARTHの社長になる男だ」

 

:出たwww

:やっと喋った

:出殺害予告ww

:いやーVNIVEARTHだわ

 

「でもエンド。ボクが思うに、社長の仕事は全部ボクに全て任せて、キミはこのまま運営やVTuberの活動に専念した方がいいんじゃないか?」

「……」

 

:論破ァ!

:草

:どうした遠藤!? 戦え!!

 

「キミが自由にやるためなら、ボクは協力を惜しまないよ。初めに言っただろう、キミの作る箱が見たいって。キミたちが理想としている箱を実現するためなら、VNIVEARTHを好きにしていいと。ボクはキミに尽くすさ」

 

(みんな)、助けて……」

 

:wwwwww

:イチャつくなww

:いやイチャついてろww

:助 け て

:これがリン×エンか……

:┌(┌^o^)┐

:なんでこんなねっとりしてるのww

:あの遠藤が裸足で逃げ出す社長

 

 コメントという周囲の言葉が可視化されているせいか、その質問に答えながら俺にダル絡みをする伊能凛は普段よりも饒舌で、しかもその手の質問が多いせいでやたらとそういう方向の発言に寄っていく。

 

 ヘルプで召喚された俺がほとんど喋っていないのに、なぜかこの男は水を得た魚のように勝手にずっと喋っている。

 

「ボクたちが出会ったのは1月のことだったね。キミがボクにメールをくれたんだ。VNIVEARTHでやらせてくれないかって」

 

「まあ、そうだけど、なんでそんな言い方するの?」

 

:!?

:┌(┌^o^)┐

:やらないか

:あーあ

:VNIVEARTHは終わりです

 

「いつもボクに対してよそよそしい敬語のキミが、ここではちゃんとタメ口になってくれるんだね。こんな会話がキミとしたかったんだ。本当の意味でキミと友達になれた気がするよ」

 

「そっすね」

 

:遠藤;;

:お前……

:ずっとこんなのと戦ってたんだな

:もっとお前に優しくするよ

:2人でお幸せにな

 

「この調子で『いのりん』と呼んでくれ」

 

:いのりんwww

:お前やばいよww

:遠藤、呼んでやれ

:呼 び た ま え

 

「呼ばねーよ」

 

「ボクはちゃんと、キミがデビュー配信で呼べと言っていた『エンド』と呼んでいるのに」

 

:よく見てるわwww

:言ってたなw

:遠藤大好きがここにもいたか

:みやみにライバルが

:嫌すぎるww

黒宮院みやみ:エンド様……;;

:みゃみ!?

:!?

:修羅場か!?

 

「……エンドにVTuberをやるよう勧めたのはこのボクだ。エンドの一番最初のファンはボクなんだよ。ねぇ、エンド」

 

「……」

 

 

 そしてこの配信は、もう情報が渋滞するほど色々な要素が悪魔合体したバズりとなり、最高同時視聴者数672に到達し、不本意ながら、本当に不本意ながら、この配信がVNIVEARTHの配信における最高記録を更新したのだった。

 

 主なトピックは、妙にねっとりした言動で同性の社員に好意を向ける社長と、それを受けてあからさまにげんなりと塩対応する俺の姿。

 

 悪の元凶である伊能凛も、好意の全てを雑に切り捨てられる不憫属性が付与され、ボコボコに叩けるサンドバッグから、ボコボコに叩けるマスコット系サンドバッグへと変質したのだった。

 

 そして、この配信のうち、ショート動画として一番出回ることになるのがこのやりとりだ。

 

 

「……そういえば。ねえエンド。VTuberというのは、デザインした人をママと呼ぶんだったね」

 

:あ

:まずい

:うそだろみなちゃん

:せるりが泣くぞ

:その話題はまずい

 

「いいや違う。ボクのデザインは他のライバーと違って、エンドにして貰ったんだよね。ね、エンド」

 

:あ

:!?

:うわ

:あ

:あ

 

「つまり、だ。キミがボクの……ママ

 

「あっ、あっ、あーーーっ!!」

 

「そして、パパ

 

「うわーーっ!! うわーーーっ!!!」

 

「実はボクの写真を渡して、それを基にエンドの絵でデザインして貰ったんだ。エンドがボクを生み直して──」

 

「うぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!! 」

 

 

   *

 

「いやぁ、楽しかったね」

 

 楽しくねぇよ……。

 

 疲れた……。

 

 なんだかんだ取れ高だらけでTvvltterでは半分炎上の域でバズり、VTuberのチキンレースもここまで来たかと変な方向で物申す無関係の人まで出てくるほど、伊能凛の名前は轟いていた。

 

 これがVNIVEARTH最大の問題児。格が違う。

 

 どうせ矢面に立たないからと俺が好き勝手塗りたくっていたヘイトを、ほとんど有耶無耶にしてしまう程のキャラクターの濃さ。

 

 それでいて、俺が絶対にしないように念押ししていたことは守っていたし。

 何より、禁止ワードとした俺の名前である『亜紀人』を、配信中に一度も呼ばなかったのは、素直にすごいと思う。

 俺個人の実績と、名義で分散している実績を混同しないように配慮した発言も見られたし。

 

 だからと言って、こんな配信に付き合わされたことに思うところがないでもないんだけど。

 

 俺も一方的に悪く言っている罪悪感がないわけでもなかったので、だからこそ最後まで付き合ったというのもあるんだけど、この男の様子からして元々が一切気にしてなかったので、ここまでしてやることもなかった気がする。

 

 モデル(Live2D)作っただけで十分喜んでたみたいだし。

 いっそのこと本名をより多くの人に晒してやろうと、嫌がらせで俺が勝手に付けたクソデカ名札だって、わざわざアレンジしてくれたとはしゃがれてしまう始末。

 

「……本当に良かったんですか? 学生時代の知り合いとかに身バレとか、個人情報を晒されたりとか、しません?」

 

「問題ないさ。そのために実物のボクをモデルにデザインして貰ったんだ。それに、ボクには知り合いと呼べるような友人もいない」

 

 そういえば、初めて会った日にも、そんなことを言っていたな。

 

 ──ボクは友達がいないんだ。

 

 まあ、そりゃ、こんな傍若無人な男に友達はいなくても不思議じゃないけど。

 俺を友達というからには、俺が大事にするこの箱の事も大事にして欲しいものだ。

 

 そうしてくれるのなら。

 

 俺だって、この男の友人であることも、正面から受け入れられるかもしれない──

 

「いや、違ったね。

 

 ──亜紀人、ボクにはキミという親友(ベスト・フレンド)がいたね」

 

 

 やっぱ嫌かもしれねぇ。

 

 

   *

 

 波羅劾(ハラアバキ)ざくろ。

 あの未来において、一時を境にゴシップ系VTuberとして箱の内外関わらず問題を掘り返して暴れ回り、全方位にヘイトを振りまくようになる。

 最後は周知に晒されたVNIVEARTHの不祥事について片っ端から事実であると保証(リーク)し、箱の破滅を確定させた人物。

 

 伊能(いのう)(りん)

 所属ライバーの使用するガワに低予算のモデルだけを渡しサポートをせずに放置し、いざ箱の運営が軌道に乗ると社長という立場を利用して、無茶な企画を強要するようになる。

 その上で、炎上するVNIVEARTHを放置して渡米。違法カジノで逮捕され、VNIVEARTHを完全に運営不可能にした人物。

 

 この俺が恨むべきだと思っていた怨敵たちは、実際に関わってみれば想像よりもずっと普通の人間で、普通でなくとも、生まれついての悪人ではないように感じた。

 

 何か、彼と彼女にも、道を踏み外すきっかけがあったのだと思う。

 

 その何かを、俺がいることで防げたのならば。

 

 もし何もなかったとしても、俺が何かをすることで、それを阻止することができたなら。

 

 今はそう、願っている。

 

 それが。

 

 あの未来で、俺に希望をくれた少女に向けて。

 

 今の俺ができる、唯一の事なのだから。

 

 これから破滅する推し箱(VNIVEARTH)の未来を変える──

 

 

 ──そのためだったら俺はなんだってする。

 

 

 

 無事に四期生のデビュー配信が終わったことで、この数ヵ月の張りつめていた感覚が、一気に緩んでいく。

 いつだったかの不意の転倒とはまったく違う、むしろ心地良い達成感のような疲労が俺を満たす。

 

 今日はもう、このまま会社で寝てしまおう。

 

 ……許可もとらずに床で寝た俺は爆睡していて、必死に俺の周りで戸惑う男の叫びを一切聞き入れることはなかった。

 

「なんだい亜紀人。寝るなら布団を買おうかって言ってるじゃないか。

 

 ……亜紀人? 亜紀人!?

 

 どうしたんだい亜紀人!!

 

 亜紀人!!」

 

 いや俺は普通に盛大な寝落ちをかましていただけなんだけど。

 今までの人生で他人を起こしたことがなかったからだとか、無性に悲しくなることを後から言われた。

 

 取り乱した社長は救急車を呼んでしまい、俺はサイレンの音でようやく目を覚ました。

 

 救急隊の人には、めちゃくちゃ謝った。

 

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