過去に戻ったので、破滅する推し箱の未来を変える。   作:5/15更新なし

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地獄を終わらせる為に推しをこの手で殺す話

 詩星(うたいぼし)せるり。

 

 登録者20万人を誇るVシンガー。名実ともにVNIVEARTHの看板である歌姫。

 

 歌唱力単体で見るならば、彼女より実力を持つVTuberは少なくないのかもしれない。

 しかし、キャラクターとしての声を維持したままで高い歌唱力と両立させることに関しては、業界でもトップクラスだと評価している。

 

 もしも彼女が大手の箱ような規模の大きい会社、あるいは堅実な運営ができる会社からデビューしていたのならば、その登録者数は今よりも遙かに多かったに違いない。

 

 VNIVEARTHというのは、無能な社長によって起業されたVTuberタレント事務所だ。

 

 2018年12月に起業、12月中旬にオーディション。翌2019年の1月1日から3日までの正月中には一期生の3人をデビューさせてしまうような、計画性の欠落がまず問題点として挙げられる。

 このスケジュール進行で、オーディション段階でもLive2Dモデル(使用するガワ)が未作成というのが異常だ。作成を依頼したイラストレーター兼モデラーが、1週間もあれば十分と豪語したからといって、それを鵜呑みにする時点でVTuber業界への理解が致命的なまでに浅い。

 

 たったの1週間かそこらで、3体ものLive2Dモデルを、デザインするところから用意するなど現実的ではない。

 案の定、クオリティが犠牲となったモデルは、3体でパーツの色を変えて使い回している上に動きも少なく、お世辞にも画力も高くない悲惨なものだった。

 

 VTuberとしての活動が始まってからも、運営は一切のバックアップをしないという正気を疑うような杜撰な体制で進められた。

 

 3人いた一期生の内、2人は完全にやる気がなく、1人はVNIVEARTHに見合わない熱心な努力で奮闘していたものの、やはりキャラクターのデザインによる不利は大きく、ある程度の数を超えると完全に停滞してしまった。

 

 そんなVNIVEARTHの二期生としてデビューした詩星せるりが、どのようにして登録者20万人という中堅規模帯の上澄みへと至ったのかと言えば、それは2020年の初頭から始まった新型コロナウィルスによるパンデミックの巣籠り需要に、上手く乗ることができたのがきっかけだ。

 

 ──乗ってしまった、というべきか。

 

 音楽というものは、耳や記憶に残り、普段の日常の中でも脳内で再生されるというライフハックのような側面があり、いわば『心に残る』というべき中毒的な要素がある。

 

 詩星せるりの実力や、投稿した歌唱動画の選曲も噛み合ったのだろう、おそらく偶然、ここまでの計算はされないまま、たまたま小さな流行(バズ)を生んでしまった。

 

 おそらくこれが──

 

 

 ──地獄の始まりだった。

 

 

詩星(うたいぼし)せるり』。VNIVEARTH二期生としてデビューする以前は、『のめぬあ』というほぼ無名の歌い手として弐コ弐コ動画で活動していた彼女。 

 

 VTuberとしてデビューする直前まで、いや、デビューしてから少しが経過するまでは、歌い手としての活動休止を宣言していなかった詩星せるり。

 のめぬあとしてのTvvltterアカウントが存在していた末期には、とある新設の芸能プロダクションを自称する男から声を掛けられていた。

 当時の彼女の歌唱力を評価してというよりは、誰にでも粉をかけておく一環に含まれただけだと言っていいだろう。

 

 残念ながら今の詩星せるりと比べてしまえば、のめぬあ時代の技量とは大きな隔たりがある。ただ唾を付けておくだけの行為でしかない。

 

 ──いや、だからこそ、だ。

 

 箸にも棒にも掛からないような、ネットの片隅にいただけの、密かに歌手へ憧れる高校生にとって。

 

 その声掛けは、劇薬だったのだろう。

 

 のめぬあの活動を休止してからほどなく、アカウント自体は削除される。しかしその裏で、彼女は男とやりとりの手段を持ち続け、Vtuberとして活動することも全て伝えていた。

 

 VNIVEARTHは、運営からのバックアップを見込めない劣悪な環境だ。

 よく言えば自由主義だが、活動の一切は自らプロデュースするしかないという、元々ノウハウを持った人間でもなければ、成功する将来など思い浮かべることもできなかった。

 

 将来性に期待はできないが。最低限のガワ(見た目)を得た、それだけですでに『のめぬあ』時代よりも夢へと近づいた進歩であったため、VTuberを辞めるという選択肢はなかった。

 

 いつか、VTuberとしての活動をする内にもっと実力をつけたときのために、プロダクションとの(コネ)を持つことは無駄ではないと考えたのだ。

 

 不謹慎ながら、コロナブーストと呼ばれる、実際にエンタメ業界全体が恩恵を得た期間に入り、彼女もようやく日の目を見ることができたことで、その喜びを原動力に実力を伸ばすことに繋がった。

 

 それでもまだ実力不足は否めなかったのだが、VTuberという現在進行形で拡大を続けるコンテンツであることも相まって、詩星せるりは件のプロダクションの男から、チャンスを与えられることとなる。

 

 それは、オーディションへの誘いだった。

 

 詩星せるりは歌ってみた動画で何度かデュエットを投稿していた二期生の同期であるライバーと、ちょうど交流を重ねていた三期生の黒宮院みやみを誘い、3人のユニットとしてオーディションに参加した。

 

 結果は落選。

 

 しかし、音源を聴いたプロダクションの責任者が、秘められた可能性に期待し彼女たちを拾い上げることになった。

 プロダクションがレッスンを紹介し、実力をつけてから社内のレーベルからデビューするという、華々しい予定が提示される。

 

 彼女たちは喜んだ。狭き門には届かなかったものの、その判定を覆すような才能があるのだと、発言力のある人間に認められたのだ。

 

 ──というのが、彼女たちに引き際を見誤らせたカバーストーリー。

 

 一度は駄目だったという宣告が、直後の歓喜をより大きなものへと引き立てる。

 

 それが、彼女たちを誘いおびき寄せ、ゆっくりと地獄へ落としていくための、ただの甘い餌でしかないとも、知らないままに。

 

 レッスンの費用は彼女たちの負担となった。決して安い額ではなかったが、VNIVEARTHという運営がサポートしてくれない箱、実力で手繰り寄せたチャンス、確約された未来、それらの要素が、彼女たちから退路を奪ったのだ。

 

 少しずつ、搾り取るように蓄積していく金額。

 

 VNIVEARTHでのVTuber活動では資金を得ることが難しく、そこでようやく断念する選択肢が浮かぶ。

 だがそれも、悪意の前では封殺される。

 

 あなたたちには期待している。

 

 あなたたちには才能がある。

 

 そんな月並みな言葉を巧みに操り、プロダクションの案内で3人は借金をする道を選んでしまう。

 

 レーベルからデビューしCDをリリースすれば、まとまった金銭が手に入る。そうすれば、VTuberとしてもファンが増え、配信活動でも収入が生まれる。

 

 これは投資なのだと。

 

 操られていく。

 

 当時未成年であった詩星せるりの分は、成人済みである二期生のもう1人の名義で契約を交わすことで条件をクリア。

 返済義務は一方にしかないが、一方を通して2人で分割して支払っていくことになる。

 

 最初こそ熱心にレッスンを熟し実力も目に見えて伸びていくのだが、すぐに頭打ちになっていく。

 

 当然だ、今まで本格的なトレーニングを受けていなかった者が、専門の人間から手ほどきを受ければ、最初だけはすぐに改善されたと実感できる。

 

 デビューできる実力を目指してレッスンを重ねるが、レーベルの基準には届かないまま、費用だけが嵩んでいく。

 決断力のない二期生2人と違い、黒宮院みやみがこのあたりで引き際を悟り始めるが、しかし残りの2人が諦めきれずにいることを優先して、継続。

 

 ようやくレーベルデビューが決まった頃には、すでに引き返せない金額に膨れ上がっていた。

 

 そこからオリジナル楽曲の作成や、CDのリリース、ライブの開催などがトントン拍子に進んでいく。

 

 ああ、やっと努力が報われる。

 

 自分たちの実力が、こんなにも順調な展開をするほどのものだと認められたのだと。

 

 思わされる。

 

 これらのメディア展開における、一部の費用が自己負担として彼女たちに課せられることになった。

 見落としたものなのか、改竄(かいざん)されたものなのかは定かでないが。最初に交わした契約書にはその旨が明記されていた。

 

 成功すれば、返済できる。

 

 ただそれだけが、積み重なった借金をどうにかできる唯一の手段だった。

 

 ──しかし。

 

 ここで、二期生の片割れが、詩星せるりと黒宮院みやみを残して行方不明となる。

 ただ逃げるために行方をくらませたのか、または、なんらかの事件に巻き込まれたのか。

 

 明確な答えこそ与えられることはなかったが、ただ恐怖だけが残された2人を支配した。

 

 黒宮院みやみは、抵抗を試みたのだろう。現代社会において、警察や司法など抜け出す手段は残されている。

 

 しかしそれは卑劣で残忍な方法で封殺される。

 

 その時期を境に、彼女の配信内容が狂い始めた。

 

 不審な行動、言動。

 

 酒。タバコ。そして。

 

 何かに取り憑かれたような──何かに、浸され漬け込まれたかのような。

 

 皮肉なことに、普段からヤンデレ毒舌系VTuberとして、変人ロール(センセーショナル)な発言で話題を作ろうとしていたため、彼女のキャラゆえのものだとリスナーには見過ごされてしまう。

 

 こうして、デビュー予定だったユニットは立ち消えた。

 

 詩星せるり自身に借金をした記録はない。

 

 けれども。

 

 他の2人を、他でもない、自分が誘ったという罪悪感が。

 

 はたしてどれほどのものだったのか、想像もできない。

 

 想像して、理解した気になるのは、彼女への侮辱だ。

 

 自分の夢のために、稚拙な憧れで、招いてしまった

 

 

 地獄。

 

 

 もはや詩星せるりに正常な判断ができていたかも怪しい。

 

 大学を中退、進学用の資金を全て返済に充て、家族からは勘当され縁を切る。

 

 3人分の借金を1人で返済することを決めた彼女は、成人したときに改めて自分の名義に契約を集約して、組み直す。

 

 逃げようとすれば、自分の誘った人間(黒宮院みやみ)を見捨てることになってしまう。

 

 プロダクションの言いなりになるまま、借金返済のために奴隷のように働くようになった彼女は、契約の仕様上、活動すれば活動するほど借金が増える負の連鎖に身を置くことになる。

 

 

 当然、表立った芸能活動では完済などできないので、裏での仕事を行うしかなかった。

 短時間で、手っ取り早く大きな金額を手にすることができる仕事。つまりは、身体を売ることだ。

 

 どこからか事情を聞きつけた一期生が、そう、唆したとのだと、推測できた。

 

 萬屋(よろずや)ぺすと。あの劣悪を極めた環境に置かれた一期生の内、唯一残存したVNIVEARTH最古参のライバー。

 一定の実力派あったはずだが、どんなに精力的な活動もガワのせいで報われることがなく、そしてこのコロナ禍になっても、『黒死病(ぺすと)』という感染症を由来とする名前のせいで、一切の恩恵を得ることができなかった人物。

 恩恵を受けるどころか、不謹慎だと中傷され、Yovitubeの検索アルゴリズムが影響しシステム上での不利さえも(こうむ)っていた。

 

 特に、萬屋ぺすとの信者は過激なことで有名で、配信中の発言ひとつでそれなりの数の人間が動いていた。

 身近な人間にも、その過激な信者がいたので、その恐ろしさをよく知っている。

 

 コロナ禍で大成した詩星せるりと、コロナ禍でも停滞したままだった萬屋ぺすと。

 

 詩星せるりを貶めようと画策していたとしても、疑問はない。

 

 VNIVEARTHに復讐する為に在籍しているとの噂も耳にしたことがある。

 嫌なら、辞めてしまえばよかったのに。彼女なら、他の箱でもやっていける技術があった。なぜそれをしなかったのだろう。

 

 

 詩星せるりが有名になればなるほどに、表の仕事も、裏の仕事も、増えていく。

 

 次にプロダクションは、彼女の所属する箱に目を付けた。

 

 VNIVEARTH。社長のワンマンで経営される、何もしない無能会社。

 

 そこへ、ノウハウの提携という名目で、悪意を隠して忍び寄ったのだ。

 社長はこれを快く了承。ここでようやく普通程度の運営がなされるようになったことで、VNIVEARTHは表面上はまともなVTuber企業らしく、箱としての企画を行うようになる。

 

 もっとも、プロダクションの傀儡である詩星せるりを贔屓するようなものばかりで、他ライバーとの格差と確執は、大きくなるばかりだったのだけれど。

 

 今まで沈黙していた社長も急に勢いづき、昆虫食や、怪我人の出そうな危険な企画ばかり提案し始め、骨折する者があらわれるまでになった。

 そして詩星せるりはそれに積極的に参加していた。

 

 ──なぜこんなにも、この会社に付いていくのか聞いたことがある。

 

 最初は無難な答えではぐらかされたが、顔を合わせる度に疲労を増していく様子を不審に思って、問い詰めた時。

 

『お金が……必要なんだ』

 

 そう、小さく呟いて。

 

 彼女は背を向けた。

 

 明確な拒絶を感じて、その後を追うことができなかった。

 

 返済のために、必死に歌った彼女は。

 

 VTuber歌星(うたいぼし)せるりは、皮肉にも、その環境ゆえに、歌姫と成った。

 

 そして。

 

 彼女が実力をつけ、評価され、成功すればするほどに、借金は増えた。

 

 

 ここが、

 

 

 

 地獄だ。

 

 

 

 

 以上が──

 

 

 ──1年半のゴシップ活動で培った情報収納力で得た、

 

 私の、

 

 波羅劾(ハラアバキ)ざくろの、

 

 調べ上げた、全てだ。

 

 

 私は、VNIVEARTHに入ったことを後悔している。

 

 VNIVEARTHのオーディションを受けたのは、兄の勧めだ。

 

 疎遠だった兄が、唐突に布教してきた箱。

 

 詩星せるりという推しができて。

 

 自分も所属して。

 

 兄という情報提供者がいたことから、ゴシップの道を選んで。

 

 そして、活動で得た技術と人脈で、

 

 詩星せるりの、真実を、

 

 ようやく知った。

 

 

 知った頃には、もう全てが手遅れで。

 

 全ての始まりはそう、詩星せるりが、この世に誕生する前。

 

 のめぬあとして、詐欺会社に目を付けられたあのときには、すでに地獄は始まろうとしていたのだ。

 

 

 こんなことなら、何も知りたくなかった。

 

 こんなことなら、ゴシップなんてやらなければよかった。

 

 こんなことなら、VTuberにならなければよかった。

 

 こんなことなら、VNIVEARTHに入らなければよかった。

 

 こんなことなら、VNIVEARTHなんて、見なければよかった。

 

 

 警察に相談しよう。

 

 私は、詩星せるりに提案した。

 

 彼女は、首を振った。

 

 

『これは、自業自得だから。

 

 私のせいで、生まれた地獄。私のせいで、私が誘ったせいで、2人の人生を、滅茶苦茶にした。

 

 これは私が、受けるべき罰だから』

 

 

 ──私だけ逃げるなんて、許されないよ。

 

 ──お願いだから、私から、罰を奪わないで。

 

 

 そんな悲痛な叫びを聞かされて。

 

 私には、何もできなかった。

 

 1人ではまともにVTuberとして活動ができず、たまたま兄が事情に詳しかったから、ゴシップ系VTuberとして活動ができて、その経験で今の技量があるだけで。

 

 本来の私は、無力な人間。

 

 培った能力も、推しの為に活かすことすらできない。

 

 

 2021年3月20日。

 

 深夜未明。詩星せるりの、不祥事となる動画が流出した。

 

 掲示板では、悲鳴を上げるときの声が一致していると、騒ぎ立てられていた。

 根も葉もない噂が、拡散されていく。

 

 ある程度は事実かもしれない。

 

 けれど、それ以上に酷く、醜く、『詩星(うたいぼし)せるり』というVTuberには、好き勝手にレッテルが貼られていく。

 

 

 私にできることは、

 

 私が詩星せるりの為に出来ることは、何もない。

 

 朝になる頃には、店の登録情報を経由して、本名まで拡散されていた。

 

 あまりにも、早すぎた。

 

 どこかに情報に通じている人間がいて、意図的に拡散しているようだった。

 

 私に、インターネット上の様々な不祥事の情報を提供してくれていた人物がいる。

 詩星せるりの成り立ちに関わる情報も、その人物が、私との共同で、調べあげたものだった。

 

 その人物なら──兄なら、知っていても、おかしくない情報ばかりだった。

 

 兄が主導しているという確証は、ないけれど。

 

 共同で、調べたのだ。

 

 私の推しを、貶めているのは、

 

 私なのかもしれない。

 

 

 こうなってしまえば、もう、終わりだ。

 

 どう繕おうとも、好転することなどない。

 この形のスキャンダルはもう、どうしようもなく、致命的だ。

 

 私が推しの為にできることは。

 

 この地獄を、終わらせることだけだ。

 

 

『例の動画? ああ、あれどすかぁ。

 

 教えてあげてもいいですけど、えぇ、どうしましょ。

 

 いいですよ、教えてあげましょう。

 

詩星(うたいぼし)せるりの流出動画――

 

 

 ――あれは、本人(ガチ)ですわぁ』

 

 声が震えそうになるのを必死にこらえて、いつものように、冷淡な口調を心がけた。

 

 

 心にもないことを言った。

 

 推しを貶した。

 

 推しを穢した。

 

 これ以上、事実ですらない誹謗中傷で彼女が貶しめられるくらいなら。

 

 最低限の事実だけを肯定して、私がこの話題を終わらせる。

 

 

 全部。

 

 全部を、終わりにしたかった。

 

 

 今から警察に全部提出して、この地獄を、終わらせて、

 

 ただ、

 

 それでも──

 

 

 ──詩星せるりの心は、救えない。

 

 

 この地獄が始まっていたのは、詩星せるりが、デビューする前なのだから。

 

 

 お願い。

 

 誰か──

 

 

 

 

 

「──せるりちゃんを……助けてよ」

 

 

 




 今はもうどこにもない未来の話。
 
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