過去に戻ったので、破滅する推し箱の未来を変える。 作:1週間お休み中。次回投稿6/8(月)
緊張が途切れたことにより、心地の良い疲労感と達成感だとかほざきながら、会社の床で爆睡した俺。
倒れた人間への対処なんかしたことがなかった、というか寝ている人を起こした経験がないとかいう寂しい社長。
呑気にスヤスヤだった俺の周りで社長はあたふたと戸惑い、ついには錯乱して救急車を呼ばれてしまったことで、行政、救急隊員、医療機関、ご近所さん、と洒落にならない迷惑をかけてしまったらしい俺は、めちゃくちゃ謝った。
救急隊員の皆さんは良い人たちで、呆れつつも、何事もなかったなら良かったと苦笑してくれていた。
わりと病院が近くにあったので、不幸中の幸いとまでは言わないけど、本当に救急が必要だった人がいて俺たちのせいで間に合わなくなった、という可能性は少ないだろう。
なかったと、思いたい。
というか後日に改めて謝罪の電話を入れた時に、そういうことはなかったから安心しなよと教えて貰った。
時々ただの悪戯で呼んでしまう人もいる中で、そんなに真面目に謝る子も珍しいと笑われもした。というか悪戯で呼ぶって子供とかでしょ。それか酔っ払い。それと同列な俺たち。
いやまあ、冷静に考えるとえぐい迷惑かけてるんだよね。
俺も気が気ではない。
漫画や小説のギャグ描写とかでも、情報化が進んだこのご時世を考えると読者からは冗談で済まされない場合があるため、やらない方が吉である。
いやコメディ作品ならやってもいいのか……?
──という経験談を基に、俺は配信で笑い話として、そして笑い事ではない教訓話として熱弁したのだった。
もちろん全てをそのまま言うわけもなく、配信上では
「コスト的には、1回の出動で5万円とかかかります。
いや急性アルコール中毒とかもあるから、ガチでやばそうなら呼んだ方がいいんだけど」
:へー
:5万!?
:そりゃ悪戯で呼べねーわ
:小学生の授業かな?
:たまに先生になるよね
:小学校じゃそんな生々しい話されなかったからな
:狂人ロールとれてますよ
:呼んでいいのかダメなのかはっきりしろ
経験談を活かした、ある程度の具体性を持った話だからこそ伝わる説得力や臨場感がある。
「急性アルコール中毒への対処は──」
などと、スマホを使いその場で調べながら脳味噌をフル回転させ、あたかも最初から知ってましたよという体で簡単な説明をして、実際にその事態に遭遇した時は店の人とか俺よりもっと詳しい人に判断を仰いでねと予防線を張る。
アドリブで話題を拡張してそれっぽいことを語る。
あとは自分の知ってることだけをタイミングよく拾い続けることで、博識というイメージを付けることができるのだ。
博識の偽装というのは常に知ったかぶりをしているようなものなので、少し荷が重いが、雑学系VTuberとしての戦略を検証するという俺の目的にはかなり役立っている。
これをノウハウとしてまとめ、再現性のある事象に落とし込むことが、俺みたいな凡人の生存戦略だ。
ただの雑談1つでバズってしまう『才能』の持ち主でない以上、この
特に
──と思っていたのだが、先日のデビュー配信でその『バズ』を起こしてしまい、何かが起こった結果、たったの数日で登録者数はすでに新人としては破格の2000人を突破した。
俺の思いつく限りの相性の良い性癖を搭載したキャラデザに、彼女の庇護欲を掻き立てる
それがこの半年で積み上げてきたVNIVEARTHという箱の話題性の、社長が暴れた一番勢いが強くなったタイミングで拡散されたのだ。
一部のイラストレーターの琴線に触れて、FAが量産されたのも運が良かった。
モデル、話題性、ノウハウ、タイミング、そして運。
この流れは計算して起こしたものではないが、現状におけるVNIVEARTHの、集大成とも呼べるVTuberに、彼女は位置する。
……足りないものがあるなら俺が補充するから、ゴシップなんかしないでくれよな。
頼むぞ。
無駄に救急車を呼んだうっかりやさんと、それが冗談で済まない実態。そんな教訓話+雑学を導入に語ってから、俺の配信恒例の出席取りに移る。
「ただのギャグで救急車を呼ぶな。これテストに出ます」
:出ねーよ
:何の授業だ
:保険体育だろ
「病院から救急要請があった場所の距離と、その地域における総人口に、重症の発生率、所要時間などから、悪戯で呼んだときに本当に迷惑をかける可能性を求めてもらいます」
:算数だった
:わかるか!!
:確率なら数学じゃね?
:数字がわかるなら問題自体は簡単そう
:答えは沈黙
「じゃあ出席とるぞ──、──、『黒子宮』くん、──、──、『黒宮院みやみ』くん、──」
三期生もしれっといつメン
ちなみに、救急隊に謝る俺の隣で、全く謝ろうとしなかった男のクズエピソードには配信中では触れない。触れられるか。
*
「お疲れ亜紀人。飲み物だよ。調子は悪くないかい? ふらつくとかは?」
「ないですよ。……いただきます」
配信を終えて防音室から出た俺は、差し出されたスポーツドリンクを受け取る。
普段のねっとりした怖い言動はそのままなのだが、やたらと俺の体調を気遣うような確認が多くなったのだ。
しまいには──
「来月には新拠点だね。防音室は月曜の午前には解体して配送させるけど、その間は問題ないかい?」
──なんか急に、事務所の移動を提案したのだ。
提案というか、もう確定事項かのように話を進め始めていて、何言ってんだとそれこそ俺は動揺した。
理由は、職場の環境とセキュリティ面の向上。
あれから色々調べたらしく、中途半端な知識をつけた社長は、俺がコンプライアンスを語る上で基盤として所属ライバーにしている『ネット=悪意の温床』という偏見も相まって、過激なアンチがリア凸してくる可能性に危機感を抱いたのだとか。
ええ。どこかの誰かが2回目の配信にして特大の失言をかましてくれたせいで、社長には新人として破格の数のアンチが付いている。
──伊能凛。VNIVEARTHの社長は、無能であるというのが通説だ。
事実だし、他でもない俺が後先考えずに流布した。
VTuberとして目を見張る才覚を備えていた一期生をろくなバックアップもない状態で放置して、危うく駄目にしてしまうところだった置物というか、
特に某一期生の癖が強いリスナーたちからは石でも投げられるかのように、配信では思わず同情しそうなコメントが飛び交っていたのだが、しかしその場で、この伊能凛ということはとんでもないことを口走ったのだ。
:無能社長
:何もしなかったカス
:燃やすぞ
:お前のせいで一期生は潰れるところだった
『……? ボクが何もしなかったのは事実だ。けれど、一期生については全てがボクに責任があるとするのは疑問が残る。
だって──
──エンドなら1人でもできただろうからね』
:は??
そして炎上。
社長自らVTuberデビューという話題性で、男性ライバーでありながらデビュー数日で登録者数が1000を超えたのにも関わらず、一気に登録者が減り900台に。
いやだって、まさかこの方向で失言するとか思わないじゃん。
リスナーの中では密かに、俺が悪く言い過ぎているだけで実は逆に有能なんじゃないかと上がり始めていた株が、一気に下落。
株は得意な癖に、自分の株を維持するのは下手なのかよ。
伊能凛は、あたりまえのことを言ったのになんで怒っているのだろうと疑問符を浮かべるように、コメント欄を眺めていた。
配信はVNIVEARTH史上最高の低評価を叩き出しているし、コメントも大荒れだった。
俺はその場で防音室に突撃し、なんか嬉しそうに俺を見た社長をその場で説教をするような構図に持っていくことで、なんとか、このVTuberを舐めていた無能社長をボコボコに殴って
かろうじて、コメディチックな雰囲気に無理矢理に収束させることができた、のだと思う。
あんな言い方、俺にも飛び火するところだっただろうが。
それから改めてコンプライアンス解説を行ったことにより、社長は自身の振る舞いが社員を巻き込む行為になりえるのだと自覚をしたらしい。
明後日の夜に配信を予定している第2回コンプライアンス研修では、コンプラとは名ばかりの大喜利大会を予定していたが、多少は真面目にやらないといけない空気になってしまった。
このとき過剰な説明をし過ぎてしまったのか、本当にこの雑居ビルが放火でもされたらと社長の思考が飛躍したのも、事務所が移転することになった理由の1つだ。
伊能凛は社長であることから元々の本名は割れているし、公式サイトにはここの住所がはっきりと記載されている。
現在使用しているここを表向きの所在地としてこのまま記載し、移転先をメインに使うのだと言う。
ただ、それだけだと普通に不正扱いで割とマジの法的なお叱りがくるので、何やってんだ無能社長と俺が待ったをかける。伊能じゃなくて無能じゃないか。
じゃあどうすればいいと聞かれたので、なんかこうお問い合わせ窓口とか適当に部署の名前を付けて、1日1回は行けばいいんじゃない、と言えば、さすが亜紀人と言い出す始末。
マジでこいつさぁ。
敷金礼金諸々、ひっくるめて三桁万は余裕でかかることをいきなり実行しようとするとか、思い切りが良過ぎるというか、計画性がないというか、正気じゃないというか。
しかし移転理由はつまり、社員の安全を守るため。
そして、俺が使う仮眠室を用意するためだと言われ、何も言い返せなくなる。
雑居ビル持ってるような伊能凛の親にはこの手の知り合いも多少いるらしく、親のツテ──親のコネでかなり安い破格のお値段で紹介してもらったのだとか。親のスネをかじることに抵抗のない男である。
あんまり子供を甘やかすからこんなのになっちゃうんだろ、とはちょっと思っても言わないけど。
VNIVEARTH四期生はなんでもかんでも破格が好きだな……俺がそう言っているだけか。
とはいえ、今まではなかった固定の出費がかかるようになるのだ。VNIVEARTHを過剰に大きくする気はないとはいえ、収入がないことを全く問題視しないわけにもいかなくなる。
それに。
つい先日になって公式サイトに追加されたとある文言。
『運営スタッフ募集のお知らせ』
これも社長の勝手な判断なのだが、これに関しては事務所の移転以上に譲ろうとせず、彼の中では絶対条件となっていた。
確かにアルバイト程度に1人いれば全然違うんだけど、人員不足の理由はそもそも俺がモデレーターも並行してやろうとしているからであって、逆にモデレーターだけで人を雇うなんて聞いたことがない。
モデレーターだけなら、信頼できるリスナーを見つけて頼めばいいだけの話なのだ。
まあ、その信頼できる人を見つけるのは大変なんだけど。最初は信頼できても、少しずつ優越感で変わっていくかもしれないし。
だが某大手も初めはそうやって費用をかけない工夫してきたのだ、VNIVEARTHのような小規模箱がモデレーターだけで雇うのは贅沢である。
こんなことを順立てて説明すると──
『でも、キミの負担は減らせる。モデレーターだけでなく、キミが必要だと思ったことをさせればいいだろう。その判断が、キミならできる。雑務担当としてキミが好きに使っていい。
これは社長としての決定だよ。キミにボクの気持ちがわかるかい? ボクは怖かったんだ、キミというボクの唯一の親友が倒れたあの日──』
良いこと言ってるんだろうけど、ごめん、怖い。
俺の両肩に手を置いて語る伊能凛の表情は真剣で、いくら倒れていないと弁明しようとしても、でもだけどしかしと、譲らない。
伊能凛の元々おかしかった何かがもっとおかしくなってしまった。
やたらと費用をかけようとする社長。金も無限ではないだろうにと確認をすれば、当面は心配はいらないと返事をする。最悪親に頼るとか臆面もなく言うんだけど、そういう問題じゃないだろ。
呆れて指摘すると今度は、株式会社らしく投資を受ける方向で話し始めたので、一度この話は保留にして貰う。
元々事業を拡大する予定の無かったVNIVEARTHを、俺のせいでそうさせてしまうのは、心苦しいのだ。
結局は、俺が自己満足のために、VNIVEARTHを変えようとしているのだから。
主に雑務を任せることとなるこの求人、1人いればいい程度なのであまり目立つようなものではないのだが、すぐに話題として取り立てられ、早速応募が来ている。
どこまでが真面目な応募で、どこからが悪ふざけで、どこが情報を抜くための悪意なのかの判別は、難しい。
自意識過剰かもしれないが、下手にLive2Dモデルで注目されているVNIVEARTHには、
だって、俺のチャンネルが登録者3000人になったのは、俺がエンジニアとしてこのモデルを調整していると公言したことが理由にあるだろうし。
応募者から採用候補を絞るのは社長がやってくれるらしい。
自分でやると決めたことだから、俺には迷惑をかけない、とのことだけど、この男がこの意識を持ったことを喜ぶべきなのか、勝手に何かをすることに不安を覚えるべきなのか。
「ところで亜紀人。今日はこの後、
「……は?」
また変なこと言い出したぞこの男は。
「モデレーターなんかできるんですか?」
「できるとも。ずっとキミのことを見ていたんだ、それくらいできる」
「いや、それ言って配信のレクチャーを受けずに、先日の失言があったんでしょう」
「……それを言われると、痛いね」
わかりやすく落ち込むこの男の姿も珍しくなくなってきた。
社長がやらかす度に苦言を呈して、やっちゃいけないことをひとつずつ伝えていく。
俺、いつから社長育成ゲームを始めたんだろう。
「ボクに何かできることはないかい? キミの補佐が見つかるまでの間でいい、少しくらい手伝わせて欲しいんだ」
……。
──ボクは何もしない。
何度も、彼の口からその言葉が出てくるのを聞いてきた。
それが伊能凛のスタンスだと言うのは理解していたし、実際問題、余計なことをされるくらいならそれでいいと、むしろそれがいいと俺も思っていた。
けれど。
伊能凛から、こうして、何かがしたいと言われてしまうと。
うるせぇじっとしてろ、とは、言い難い。
「──モデレーター、まず俺がやるので、横で見ていてください」
「亜紀人……!」
「いつも見ていたといっても、その離れた席からでしょう」
「亜紀人……!!」
「そばで見て、どんな操作で、どんなコメントを問題視しているかを把握してください」
「亜紀人……!!」
「それからスマホを1台渡しますので、実際にやってみて──」
「亜紀人……!!!」
「──正しく規制ができていたら、社長にモデレーターをお願いします」
「亜紀人……!!!」
「うるせぇよ!!」
「亜紀人……」
合いの手じゃねぇんだぞ。
怒られて一瞬落ち込んで、でも敬語じゃなかったせいかちょっと嬉しそうなの、なんなのマジで。
実は俺、馬鹿にされてんのかな。
というかここまでおかしかっただろうか、伊能凛という男は。
救急車でも呼ぶか?
*
波羅劾ざくろのデビューから1週間が経過した。
勤勉というか。真面目な彼女はデビューからすでに20分~30分程度のニュース配信を3回ほど行っていて、その配信の度に、彼女の不器用だけど健気に頑張る様子が露呈していき、登録者数の伸びる勢いが尋常でなかった。
ついに登録者数が5000を超えたことで、そこに思うところがある人物がいた。
金曜日の夜更け、日付は土曜に変わった2時。
世の学生たちの夏休みへ合わせた企画の準備を進める傍ら。今後も長く活動していくことを見据えるのであれば、今から1周年の企画も少しづつ進めた方がいいだろう。
2020年の1月といえば、コロナ前の最後の猶予期間。リアルイベントをするならここが最後の機会だが──この箱の規模でそれは挑戦的すぎるし、今から会場を押さえるのも無理がある。
何よりそんな予算はどこにもない。
そもそもなんで正月に一期生をデビューさせたんだよ。大手の正月企画と被るわけだし、世間は正月だからこそ予定があることの方が多い。
考えれば考えるほど、リアルイベントに向いてない要素の方が強く感じた。
VNIVEARTHでもできること──と、都内の狭いくせに無駄に家賃の高い自宅で簡単な計画を立てていると、スマホに通知が表示された。
夜分遅くに失礼します、という畏まった書き出しから始まるLIIVEメッセージが、俺の元へ──総括マネージャー南條亜紀人の元へ、寄せられた。
こちらが寝ていることを想定されていただろうその文面には、簡単な経緯が記されているとともに、都合が良い時に通話がしたいというものが添えられていたので、俺はいつでも平気なので時間を指定してくれと即座に返信をした。
半分冗談で、今からでもいいですよ~のようなことを送ったら、本当にすぐに通話をすることになった。
「はいもしもし。こんばんは、南條です。どうされましたか?」
「す、すみません、南條さん。こんな時間に……」
「大丈夫ですよ。メッセージにもありましたが、登録者数のことで、ですね」
「は、はい……。その、新人の子に……あんなに、簡単に……」
「口調は、いつもどおりで大丈夫ですよ」
「……え?」
「普段の配信のように、気を楽にして喋ってください──
──萬屋様」
VNIVEARTH一期生、
【誰のビジュアルを先に見たい? VNIVEARTH人気投票!!】四期生のデビューにともなって、二次投票の受付を開始します!! 現在公式Tvvltterにて公開されている画像は、制作途中のラフ段階のものです。そこで、本アンケートの結果に基づいて完成させる順番を考慮いたします。皆様の推しにぜひご投票ください!(※なお一期生については、本編では未改修のためネタバレが含まれます)
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萬屋ぺすと
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佐土原恭子
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神海まりも
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詩星せるり
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遠藤
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黒宮院みやみ
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拳藤正義
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波羅劾ざくろ
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伊能凛