「それでは、今日の配信はこれでおしまいですっ!
せるりあんのみなさん! 今日もご視聴、ありがとうございました~っ!」
夜の9時。私は配信を終了する。
私は未成年だから、安全を考慮して早い時間に行われることが多い。
同じ高校生のまりもちゃんは、その辺は全く考慮せず好きな時間に好きなだけ配信をしていて、時には夜通しずっとやっていたりもするけれど、私の場合はこうした配慮をすることが、親にもVTuber活動を認めてもらう条件だった。
周りの友達と比べて少し厳しい両親だから、Vtuber活動なんて認めてもらえないと思っていた。
元々夢にしていた、歌い手の活動だって、そう。
だから、最初は全部内緒にして勝手にやろうと思っていたんだけど、minaちゃんのアドバイスでちゃんとした条件を作った上で、南條さんも通話で説明をしてくれて、ちゃんと許可を得て活動をしている。
……スマホを手に取り、その南條さんのLIIVEアカウントのチャット画面を開く。
mina。ミナちゃん。
私の大切な友人。私の大好きな人。
けれども、私の知らないミナちゃんを、知っている人がいる──。
私は思い切って、そのメッセージの送信ボタンを押した。
『少しお話をしてもいいですか?』
送信した相手は、南條亜紀人。VNIVEARTHのマネージャーを名乗る人物だ。
放任し過ぎていたVNIVEARTHを改革し、真っ当なVTuber事務所へと変えているクリエイターチームの1人。他のマネージャーはいないらしいけど、総括マネージャーと自称していて、本人もクリエイターらしく、高めの画力があると噂の人。
その返事はすぐに帰ってきた。
南條さんは返信が早い。社員としてVNIVEARTHに人生を捧げる気概でいるらしく、公私関係なく仕事用のスマホを手元においているようで、何か質問をすれば大抵はすぐに答えが送られてくる。
プロ意識が高いというか、そのせいでまりもちゃんが玩具にしてすごく頼りにしている。
『はい。大丈夫ですよ。どうされましたか?』
うう。次のメッセージを送るのもちょっと怖い。
でも送る。送っちゃう。
『南條さんの知っているミナちゃんって、どんな子ですか?』
好きな人の、自分の知らない一面を知るというのは、怖いものだ。
自分の知らないその姿、そしてそれを知っている人がいるということに、私は少し、あ、頭が変になる。
以前に似たようなメッセージを送ったんだけど、あれはざくろちゃんとの配信中だったし、私もなんとなく怖くて追求はしないままでいた。
けれども、やっぱり気になってしまったのだ。
ミナちゃん本人に聞いても、南條さんとの関係は協力者としか教えてくれないし。
そして南條さんから帰ってきたメッセージは。
『minaのことで合ってますか?』
しまった、『ミナちゃん』って送っちゃった。
カタカナ表記なのは私だけの呼び方だから、リスナーにも隠しているのに。
『はい。私はminaちゃんとは1年以上の付き合いがありますが、minaちゃんについて知らないことも多いんです』
『minaちゃん』に直す。気を付けなきゃ。
『南條さんの知っているminaちゃんのことを、知りたいんです』
そうメッセージを送ると、これまですぐに帰ってきていた返事が止まった。なにかあったんだろうかと心配しかけるけど、そもそも常に即返信がくる方が、逆に心配かもしれない。
言葉を選んでいるか、長い文章を用意しているのだろう。
それか、ミナちゃんに確認でもしているのか。
待ってる間にミナちゃんとお話でもしてようかな……と考え始めていた数分後。間隔が空いていたことで、まるで意を決したかのように感じさせる、短い文章が送られてきた。
『少し通話をしてもいいですか?』
*
「あ、あの……もしもし」
「はい、詩星せるり様。突然の通話、申し訳ございません。ご対応感謝いたします。夜分遅くになりますが、ご家族様などは問題ないですか?」
「い、いえ、質問したのはこっちからですし……。まだ9時ですし、平気です。大きな声を出さなければ、気づかれません」
うう……なんか耳元で声がするのむずむずする。
ちょっと演じてる感強いけど、すごい丁寧な口調だし、なんかこう……というか男の人と通話することとかほとんどないし……。
夜に親に隠れて、大人の男性との通話。
パパに聞かれたらめんどくさそう。絶対内緒にしなくちゃ。
「文章だと長くなってしまいますからね。時間もかかってしまいます。
とはいえ、私に答えられることは少ないですよ。どこまで話せるか、話してよいのかも判断が難しいですし。むしろ詩星様の方が詳しいくらいだと思います」
「そ、それでもいいんです。ミナちゃんが私に言い忘れてそうな好きなものとか、あとは南條さんから見て普段のミナちゃんはどうなのか、とか……」
「彼女が、仲の良い詩星様にも伏せていることがあったとして、それを私の口から勝手に伝えてしまうのも、褒められたことではありません。私に話せそうな範囲のことだけになりますよ」
「……何かの事情があるのは察しています。踏み込んだことは聞かないので、普段の印象とか、南條さんから見たミナちゃんのことが知りたいんです」
そうですね、と南條さんは少しだけ考えるようにして。
「minaは──
──彼女は、明るくて、元気な子ですよ。自分が辛くても、他のもっと辛そうな人を励ますことのできる、優しい子です」
私でも、知っていることだ。
だけど、その声色は、私の知っているどんな男性の声より優しく、そして、そして……? なにか、優しさ以外の余韻があるように感じた。
「身体が弱くて、友達と遊びに行くようなこともあまりできなくて、インターネットに傾倒した生活をしていて。だからか少しアングラというか、マイナーなものが好きで」
それも、知っている。
「VTuberが好きで、VNIVEARTHが好きで。
それになにより──
──詩星せるりが好きで」
し、知っているけど。
「普段から、そんな感じなんですか……」
「……私の知っている彼女のままであれば、詩星せるり様が活躍することが、何よりも彼女の喜びとなるはずですよ。
安心してください。minaは貴女一筋です」
なな、なんか私の考えてることがばれてる気がする。
「詩星せるり様のため。そしてminaのため。2人が笑顔でいるためならば、私は何でもします」
なんかすごいこと言ってるし。
……。
き、聞きたくないけど、怖いけど、聞いちゃおうかな……。
「南條さんは……ミナちゃんのことが、好きなんですか?」
「はい」
即答!?
「もちろん、恋愛感情ではありませんよ。歳の差もありますし、具体的なことは伏せますが、詩星せるり様の方が近い年齢です。
これは何と言いますか、親心というか、あるいはそう、推しの幸せを願う感情に近いのです」
「お、推し……」
年の差。私の方が近い。
南條さんの言葉から感じる、優しさというか、尊ぶような響きはそこにあるのかもしれない。
ひとつ、情報が増えた。ミナちゃんと南條さんは、おそらく親戚のような間柄、が近いのだと思う。
「私がVNIVEARTHを根城に活動しようと思ったのは、minaに勧められたからです。詩星せるり──貴女を好きな彼女が、VNIVEARTHという箱に私を、私や遠藤を、呼び寄せた。
VNIVEARTHは、minaのために、改善の手が加えられました。
VNIVEARTHは、詩星せるり様のために、真っ当なVTuber事務所へと改革された」
インターネット上では、VNIVEARTHは初期の
特に誰も肯定していない噂だけど、状況からして間違っていないと思っていた。
けれど、そもそも南條さんや遠藤さんがVNIVEARTHに集まった理由自体が、私にあると、そしてミナちゃんのためだと言われて、混乱する。
「変な言い方をしましたね。そのくらい、minaはあなたを大事に思っているということです。運営上における私とminaの想いは同じですよ。詩星せるり様が、活動しやすい場を整えるために、VNIVEARTHはまともな運営がされています。
……今となっては、VNIVEARTHのライバー全員が、楽しそうに、幸せな配信生活を送れることが目標になりましたが」
私が何を言えばいいのか迷っていると、南條さんはいつも以上に真面目な語感で続けた。
「インターネットというのは、常にどこかに、悪意が潜んでいるものです。夢を追う若者を騙して搾取するような悪人がいます。不祥事を面白がって馬鹿にし、拡散するような悪趣味な人間がいます。
利益を優先して、タレントの意向を蔑ろにする運営だって、あります。
そんな悪意を全て排除した上で、ライバーの皆様がのびのびと活動できる場を整えるのが、今のVNIVEARTHの運営方針です。
これはVNIVEARTHのライバーたちのためであり、そして詩星せるり様のためです。もっと言えば、minaのためなんです」
mina。ミナちゃん。その人物像が、逆にわからなくなってくる。
それを補足するかのように、南條さんは何かを語り始めた。
「これは関係のない話なので、聞き流して欲しいのですが──
──あるところに、生きる希望をなくした男がいました。
大きな挫折だとか、努力が裏切られただとか、そう大したものではありません。
ただ無気力が祟って、時間が足りなくなった、だけ。
労せずして手にした自由の中で、必死に何かを求めることもなく、ただ怠惰に過ごしていた人間が。
いざその自由を取り上げられて、漠然とした夢を、見ることを許されなくなって、いじけていた。
自分がいる場所を地獄の入り口だと思っていた人間が、いたのです。
いずれ、時が来れば地の底へ落ちる。生きながらにして、死を突きつけられたのだと。
そこへ手を差し伸べるような、ここにいるはずもない、天使がいたのです」
南條さんは、そこで口を噤んだ。
その天使というのが……。
「
詩星せるりのためなら。
minaのためなら。
文字通り、なんだって。……そういう関係ですよ」
南條さんのいうことは、壮大なようで、その内容は狭い世界の話のようで、ただ抽象的でよくわからなかったけれど。
その言葉に込められた気迫のようななにかは、通話越しでも、私に届いた。
彼の言葉を聞いて。彼の感情が伝わって。
私にも、わかることがある。
南條亜紀人。つまり、この男は──
「──ミナちゃんの、ファン、なんですね」
「そうです」
「ミナちゃんが推すから、私も推す?」
「はい」
「それはつまり──
──カプ推しってことですか?」
「そのとおりです」
……私は、この人を誤解していた。
私の知らないミナちゃんを知っている、私とミナちゃんの間に挟まろうとする男──ではなかったのだ。
「わ、私とミナちゃんが、け、結婚するとして……どう思います?」
「全力で応援します」
南條亜紀人さん。この人は──私とミナちゃんが仲良くしているところを、遠くから見つめて腕組みをしていたい人、だったのだ。
「というか言ってしまいますが、遠藤も似たようなものです。minaの幸せを心の底から願い、minaの好きな詩星せるり様を、minaの好きなVNIVEARTHを、全力で応援するつもりでいます。
私が勝手に言ったこと、遠藤には内緒にしてくださいね」
なんと。
遠藤さん……あのみなしごエンドレスさんまで、minaちゃんの虜になっていて、私たちを応援しているのだとか。
「私も遠藤も、ライバーたちの味方。そしてminaと詩星せるりの味方です。あいつのことも、遠慮なく頼ってくださいね」
「……わ、私、頑張ります!」
「はい。お二人が幸せそうに並んでいることが、私にとっての夢なのです」
mina。ミナちゃん。
天使のような、私の友人は。
南條さんにとっても、その幸せを心の底から願うくらいの、天使のような良い子なのだ。
「肩にかかる程度の綺麗な髪です」
「綺麗な髪ですね。イメージ通りです」
「振り向きざまにふわりと揺れていたのが印象的で」
「髪ですか、バッチリです」
「笑顔は満開の向日葵のようで」
「イメージ通りです」
「でも詩星様のことを語るときは、ものすごい勢いで喋ります」
「えっ? え、えぇー……それってあの」
「オタク特有のマシンガン──」
「あっああーーっ! そ、それはちょっとその……」
「解釈違い、ですか? ですがこれも彼女の魅力です」
「ぐぬぬぅ……、で、でも、私のことを語るとき、なんですね!」
「はい。それはもう、下界に降りた天使がこれ以上ない趣味に出会ってしまったかのような……」
「えへへ……」
南條さんとはこんな調子で、2時間近くミナちゃんについて語った。
そっか……南條さんもミナちゃん推しかぁ。
遠藤さんもそうだと言うし、いつのまにかミナちゃんファンクラブは出来ていたんだね。ちょっと嫌だけど、ファンクラブ1号は私でいいって言ってくれたし。
私が勝手に想像していたミナちゃんの姿を答え合わせできたのは大きな収穫。他の人から見ても、やっぱり天使のように優しくて、天使のように可愛いんだ。
推しについて語れる喜び。もっと早く話をしておけばよかったかもしれない。今度からはミナちゃんとだけ話すんじゃなくて、南條さんや遠藤さんとも話をしよう。
でも直接会ったことがあるのはずるいなぁ。もう何年も会ってないって話だけど……それでも、なぁ。
まさか遠藤さんまで会ったことがあるとか言わないよね。
ぬーっ……。
これが同担拒否の心か。
リスナーさんとのトークでその気持ちはわかっちゃうかもって、話題にしよう。
*
あの病院で。あの病室で。
全てがどうでもよくなって、自暴自棄になっていた俺に、手を差し伸べてくれた少女。
俺に声をかけてくれた少女。俺に、笑顔を向けてくれた少女。
俺なんかに、生きる意味をくれた少女。
今はもう、どこにもいない少女。
あの病院に行けば、彼女に会えるのだろうか。そう考えたのは、一度や二度のことじゃない。何度も考えては、首を振った。
あの時の俺とは状況が違う。どうしようもなく打ちひしがれて、彼女が心配して声を掛けようと思った俺とは、違うのだ。
下手すれば不審者扱いされるだろう。
俺に笑顔を向けてくれたあの少女が、俺に知らない人を見る目を向けたらと思うだけでも、ただひたすらに、怖い。
だから。
俺にできることは、VNIVEARTHを支えることだけ。
今はもう、会うことのできない少女。
俺という異分子が介入したこの世界で、あの少女が、あの未来と同じように過ごしているかはわからない。
VNIVEARTHを見ていないかもしれない。
詩星せるりに、見向きもしていない、可能性だってある。
俺は1つ、愚かな選択をした。
『mina』
それは、あの少女が使っていたYovitubeアカウントの名前なのだ。
本名からとっていたそのハンドルネームを、俺は軽率にも、詩星せるりを相手に使用した。それによってどうなるかと言えば、詩星せるりの配信上に『ミナ』という名前が登場するということになる。
それがどういうことかというと。
つまるところ。
推しの友人の名前と、同じものをアカウント名にするか?
しない。
そういうことなのだ。
これはあの少女の名前と、詩星せるりが会話しているという、俺の見たかった光景を勝手に捏造するという、醜い自己満足であり──
──あるいは、この世界においてあの少女がVNIVEARTHを見ていない場合というのを、確認したくなかった、のかもしれない。
だから、あの少女が今のVNIVEARTHを、詩星せるりを見ているのかは、わからない。
元々コメントはしないように親や病院の人に言い含められていたので、名前を見つけるのは難しかったのだが、その可能性を、他ならぬ俺が、わかっていながら、潰した。
俺は、怖かったのだ。
俺のせいで、あの少女が、俺の知っているあの少女でなくなった未来が。
しかし。
けれども。
それも、無駄なあがき、なのだ。
少なくとも、VNIVEARTHを見ていて、詩星せるりを最推しだと、していたとして。
あの未来にいた、俺の知っている、あの少女では、ないのだ。
──はい。
──お二人が幸せそうに並んでいることが。
──私にとっての夢なのです。
などと。
我ながら、なんて白々しいことを言っているのかと、思った。
叶いもしない光景。
mina──俺の知っているあの少女と、詩星せるりが並ぶだなんて。
そんな未来は──
──訪れないというのに。
【誰のビジュアルを先に見たい? VNIVEARTH人気投票!!】四期生のデビューにともなって、二次投票の受付を開始します!! 現在公式Tvvltterにて公開されている画像は、制作途中のラフ段階のものです。そこで、本アンケートの結果に基づいて完成させる順番を考慮いたします。皆様の推しにぜひご投票ください!(※なお一期生については、本編では未改修のためネタバレが含まれます)
-
萬屋ぺすと
-
佐土原恭子
-
神海まりも
-
詩星せるり
-
遠藤
-
黒宮院みやみ
-
拳藤正義
-
波羅劾ざくろ
-
伊能凛