人気投票企画が本格的に始まった。
開催に伴い、9日間、連日1日1人、20時から1時間のプレゼン配信が予定されている。
その1日目。当然の如くトップバッターとして抜擢されたのは、
人気投票のための配信――といってもそこまで大掛かりで特別な内容となっているわけでもなく、その実『各ライバーを改めて紹介するための配信』というコンセプトが指示されている。
選挙活動のような、投票を呼び掛けることを目的としたものではない。
この夏休み企画の連打による『お祭り感』をきっかけにしてVNIVEARTHに触れるようになった人でも、すぐにVNIVEARTHに親しんでいけるようにするための案内、というのが俺の意図するこの投票企画中の配信だ。
各ライバーは投票を募るためという名目で、改めて個人の自己紹介をゆっくりと行う。
そしてこれまでの配信活動を経て形成された、あるいは気づいた、ライバーとしての自分自身が真骨頂とする要素を前面に出した配信を行い、各人のライバー情報をわかりやすく掲示するのだ。
筋書きとして予定された結末が、やっぱ全員分作ります、となっているのもあるように。
俺が日和りすぎているだけなのかもしれないけれど。
リスナー同士、ファン同士の対立ほど虚しく悲しい、無駄なものはない。
競争という概念は必要ではあるんだけれど、まあそれはさておき。
配信自体に大掛かりなものはない。いや、まあないこともないというか実はあるんだけど、特にこの萬屋ぺすとの場合はすでに1位が予想されるような濃いファン層の持ち主であり、また最初の1人ということもあって、これから祭りが始まるぞ! と開催を宣言するような役割を任せているので比較的おとなしい配信となる。
特に、彼女のライバーとしての特徴、売りとなるものはゲームの腕前や企画自体ではなく、そのキャラクター性やリスナーとの掛け合い、またはVNIVEARTHの頼れる姉御という周囲との信頼関係にあるので、目立つような企画内容を主軸としたものではなく雑談を中心としたものになる。
本当に何も特別なものがないのはさすがに絵面的に地味なので、お祭り感を演出するために少しの画像素材提供などは行っているし、1番手ならではの役割をお願いしている。
この配信が始まる1時間前、
そこでVNIVEARTHの女性ライバー4人のコラボによる投票企画の予告があったものの、4人の仲の良さを印象付けるパートを重視したことや、波羅劾ざくろへの負担を考慮して情報番組は1回30分程度と枠組みを決めていることもあって、詳細を全て説明する尺はなかった。
だからこそ、投票企画をリスナーへ周知させるのは、萬屋ぺすとの役割となる。
今までのVNIVEARTHの流れなら俺が全部やっちゃうところなんだけど、その役割をできるキャラ属性が俺しかいないという状況でなくなってくるようであれば、少しずつ俺以外の人間に役職を回していくようにしないといけないだろう。
司会だとか、良く考えなくても目立つポストなんだし。俺が人柱としてある程度のノウハウやセオリーを試したり、他ライバーの参考情報になるようなものを残せたら、俺は身を引くことを考えなくてはいけない。
夏の企画は全てを成功させることも目標だけど。後に役立てることのできる経験データを残すことも目的に含まれる。
萬屋ぺすとは安定したトークと立ち回りで、
彼女のファン――感染者たちは、グッズ作成という褒賞、目の前にぶら下げられた餌にもう目が眩みまくって萬屋ぺすとを置いてきぼりにして彼女を1位にするぞとコメントを列挙しており、それを上手く
全員分が作成されると知っているからこその落ち着きでもあるのかもしれないけれど、萬屋ぺすとの周囲への気づかう優しさといった、頼れる姉御としてのキャラを彼女の特徴として紹介するための内容になったと思う。
あとは、この後の運びのためにも、彼女たちが仲間思いの平和主義であることも印象に残しておきたい。
*
翌日。日曜日。
だいたい昼前になった頃、LIIVEに送られてきたメッセージを受けた俺は、事務所――配信スタジオを出て、最寄りの駅へと向かった。
8月も中旬、さすがにスーツ姿は暑い。しかし総括マネージャー南條亜紀人としての俺はそういうキャラ付けでやっているのだから、ここでラフにアロハシャツとハーフパンツでサンダル、みたいな格好で向かうようなことはできなかった。
『もう着きます』
新しく来た通知とともに表示されたメッセージ。それからほどなくして、俺が待ち合わせ場所とした駅に到着する。
いや暑い。日曜日だし、思いっきり都心でもないのだが人もそれなりに多い。
『こちらは到着しました。駅内、売店の向かいでお待ちしております』
メッセージを送って数分間、俺はその場で待つことになるんだけど、なんだか人目が気になってきた。
日曜日の真昼間、上着着用でネクタイもきっちりと止めたスーツ姿の男性。
冷静になるとこれ、悪目立ちしてないか?
まあ、地味で無難すぎて向こうから気づかれないよりはいいか。
と思ったのに送られてきたメッセージはそうでもなかった。
『どこにいるかわかりません。改札前まで移動できますか?』
いいけど。
俺は素直に改札付近へ近づく。
『こっちは緑のパーカーです』
緑のパーカーね……。
『豹柄のニーソです。ヘッドフォン付けてます』
いや何のアニメのキャラクターだよ。感染者じゃないんだし、そんなニーソ履くな。
視界にそれらしき姿を探すが、いやいない。緑のパーカーに豹柄ニーソとか、そんなのいたらすぐわかるはず……。
『内緒にしてましたが、身長180あります』
それは、でかいな。俺よりあるじゃん。
というかさすがに冗談を言われてる気がしてきたので、何か仕返しでもしてやろうかと考え始めたとところで次のメッセージが送られてくる――
――『今あなたの後ろにいます』。
ゆっくりと後ろへ振り向くが、誰もいない。
じゃあ仕方ないので正面へ向き直り、スマホをタップし短くメッセージを送る。
『いませんね』
ぽすん。
不服を示すように、背中に軽く拳を当てられた。
俺は再度後ろへ向き直り、高めに向けていた視線を下ろしてから『あ、いたんだ』とでも言いたそうに少し目を見開いて見せる。からかわれていたので、ちょっとしたやり返しである。
ちょっとジト目で頬を膨らませる少女がそこにはいた。
『٩('ω')و オイコラ』
――神海まりも、その襲来である。
夏休み企画の一環として、VNIVEARTHライバー全員が一堂に会するオフコラボを行う。運営の招集に応えて一番に馳せ参じたのが、彼女であった。
配信以外でもフットワークが軽い。
「失礼しました、神海まりも様。緑のパーカーに豹柄のニーソ、ヘッドフォン、身長180cmと伺っておりましたので……」
『冗談じゃん ( '3') ブー』
神海まりも。16歳。今年で17歳になる高校2年生。
当然その髪はLive2Dと違って黒く、Live2Dより少し長い。
身長は、俺より頭1つ分くらい低いので150前半か。
白い長袖ブラウスにフリル系のボウタイ。腹部から下は黒いパーツになっていて、コルセットみたいだけどたぶんウエストを締めていない見た目重視の服飾と、プリーツスカート。黒いニーハイソックス。
クラシックやゴシック系の制服っぽいコーデというか、地雷系にちょっと掠っていて、ゴスロリに近い分類なのかもしれない。
お前どこのお嬢様キャラだよ。
『あの、怒ってます……?』
ちょっとだけ、ばつが悪そうに俯いてスマホをいじった神海まりもから、そんな文章が送られてくる。
……。
「あ、いえ。いいえ、全く。良く似合ったお召し物ですねと、少し考え込んでいました」
『怒ってないならいいや ٩('ω')و』
というか、実際に対面しても喋らないつもりなんだ……。
「岩手からここまで3時間でしたか? 疲れたでしょう」
『疲れた!! -⁽ -´꒳`⁾- ペショ…』
「お疲れ様です。ちゃんと切符の半券は持ってますか?」
『ある!』
「経費にしますので、後で提出してくださいね。観光などは後日として、今日はまっすぐ事務所へ向かいましょう。荷物もありますし、何をするにもそれからで、いいですか?」
『異議なし ٩('ω')و』
無駄に大きくてごついキャリーケースを引きずる俺の後を、面白いものでも見るかのようにどこかニヤつきながら付いてくる少女。
両手を後ろに組んで、涼しそうな顔で歩を進めながら、ゆらゆら揺れるようにしている。
……なんかこの感じ、既視感あるな。
「コントローラーなどの最低限の機材は持参すると言ってましたね。この中にあるんですか」
『( ´ω`) ウン』
「では丁寧に運ばないと」
『下着とかも入ってるから取らないでね (*´ω`)』
「誰が取るか」
雑にツッコむと、満足そうにニターっとドヤ顔っぽく笑う。
配信画面の向こうだとこんな感じでおちょくってたのか。このクソガキめ。
『٩('ω')و』
「どうしましたか?」
『なんでもなーい ('ω')』
いちいちスマホ見るの面倒なんだぞ。
*
「ここが事務所です」
『おー ٩('ω')و』
「外から戻ってきたら、必ず手を洗ってうがいをしてくださいね」
配信スタジオに戻ってきた俺は、荷物をリビング兼オフィスに置くと洗面所へ向かう。
来たる新型コロナに向けての習慣づけでもあるし、元々俺自身が手洗いうがいはちゃんとする派というのもある。
『おじいちゃーん ( ´∀`)』
そのメッセージを見て神海まりもの方を見れば、ニヤーッと薄く笑う様子を見せてから洗面所へ向かっていく。
……。
この愛嬌を配信で発揮してくれねぇかな。無駄に顔もいいし、こいつVTuberよりも生身の配信者向きだったろこれ。未成年だし絶対にさせないけど。
『暑いから着替えていい?』
むしろよくあの服装でここまで来たなと思っていると、送られてくるメッセージを見るにどうやら駅に着いてからトイレで着替えたらしい。なんでそんなことを……?
『南條さんがいつもスーツだって言うから、面白いと思って』
『面白い……ですか?』
『コスプレかと思った(笑)』
なるほど、夏でもスーツのコスプレっぽい男が迎えに来るから、自分もコスプレっぽくしたと。
『(# ゚Д゚) ゴルァ』
『ε=ε=٩(๑・∀・)۶ ニゲロー』
……なんで俺、室内でこんなチャット打ってるんだろ。
脱衣所のドアが開く音。お待たせ、と言わんばかりに軽装になった神海まりもが姿を現す。
半袖のシャツに短パン、ポニーテールにしている。いや急にラフすぎるだろ。部屋着か?
『ここがあの女のハウスね』
「うちの事務所に女性社員はいませんよ」
『テーマパークに来たみたいだぜ。テンション上がるなぁ~』
「……」
えっ、なにこのデジャブ。
ここじゃないけど、かつてVNIVEARTH事務所に来て同じことを言った男がいた気がする。
こんなところでネタ被りするのかよ。
「こちらがVNIVEARTHの現在の拠点です。この部屋がリビング兼オフィス。そこの窓際のそれぽいのが社長席で、こっちの長机が事務作業をする場所です」
すると真っ先に社長の椅子に勢いよく座る神海まりも。
もう全てが面白いよこいつ。配信でそれをやれ。
本人が喋らず、この場に俺しかいないせいで誰もこれをエピソードトークにできないというジレンマ。社員の密告という形で、波羅劾ざくろの『まりも観察日記』コーナーにしてもらおうかな……。
いけない、情報屋の使い勝手が良過ぎて波羅劾ざくろが過労死してしまう。
そして運営に恨みを持った彼女は、復讐として社内情報を漏洩して――。
まずいな。仕事を与えすぎても不満に繋がるかもしれない。波羅劾ざくろだけじゃない、俺の代わりに箱を振り回す役割が担えるであろう
ライバーのメンタル、そしてスケジュール。
俺は彼女たちが道を踏み外さないようにケアしていかなくてはいけない。
神海まりもだってそうだ、あの未来で事件を起こしていない彼女だって、今後何かが起こるかもしれない。なんか、こう……ゲームの相手を煽りすぎてリア凸されるみたいな。
現状だって、登録者の少ない一期生が顔文字で出しゃばってるみたいなコメントがなくもないし、彼女は高校生、大人である俺が気を使って行かないと……。
「飴、食べますか?」
ミルク味の国っぽい飴を差し出すと、頷いて受け取る。
「チョコクッキーがありました。どうです?」
会釈しながら受け取る。
「茎わかめもどうぞ。個包装なので少しずつ食べられますよ」
『喉渇いたー ٩('ω')و』
「おっと、これは失礼しました。飲み物も出さずご無礼をば。……麦茶です。どうぞ」
『くるしゅうない』
そんなわけで、VNIVEARTHに襲来した少女、神海まりも。
事務所に招いたライバーという意味では一番じゃないんだけど、オフコラボを目的に訪れたのは彼女が最初だ。
最初というのも当然と言うか、そもそもオフコラボのためにライバーたちが集まるのはお盆が終わった次の週。日付で言うなら23日ごろ。1週間どころか2週間近く早い。
高校生である彼女は夏休みというのをいいことに、今日からオフコラボまで、いやそれどころかオフコラボが終わっても月末まで、2週間以上をVNIVEARTH事務所で過ごす気でいるらしい。
スタジオか、本社か、俺の家。いずれかで寝泊まりをするため宿代も食事代もかからない、そして親の目もない中で、ゲーム三昧の
なんかすごい、学生の夏休みをエンジョイしてやがる……。
同じ高校生ライバーである
「ちなみにこちら。こっちの部屋が収録部屋となっています。空調の難はありますが小さな防音室もあるので、事務所で配信をする際はこちらを使用しても良いでしょう」
社長席で茎わかめをなんか無表情で齧っている神海まりもにドアを開けて見せると、立ち上がって部屋をのぞき込む。
「神海まりも様は声を出さないタイプのライバーですので、こちらが使用中の時は私の自宅にあるPCを使っていただいても構いません」
いや、喋らないタイプのライバーってなんだよ。そんなのがいてたまるか。
「スペックとしてはこっちにある方が良いのですが、私の自宅の方もそこまで低いわけではありません」
今ここにあるのは俺が作業用にしているメインPC。元々は自宅で使っていたものだが、会社で泊まることの方が多くなってからは会社で使っていたそこそこのやつと入れ替えている。
「大喜利大会のリハーサルの時のように、8人全員の画面を全部共有みたいなとち狂ったことをしなければ普通に使えて――」
俺の話が脱線しているのをよそに、神海まりもが収録部屋の隅を指さす。そこには寝袋が置いてある。
「あれは私が寝るときに使うものです。今日持ち帰りますね」
『自宅って?』
「自宅……? ああ、すいません。ここの近くに私の自宅があります。歩いて10分ほどです。ここより古くてボロいアパートで、防音性はここより悪いですが、神海まりも様の配信なら可能でしょう。
仕事が終わったら私は自宅に帰りますので、神海まりも様は事務所で寝泊まりしてください」
「……」
少し無言のまま、スマホを操作すること数分。
『事務所で1人なの?』
いやそんな不安そうに見られても。
「……まあその辺は、過ごしてみて決めましょう。PCの関係で移動が増えるかもしれませんが、それも込みで考えて。あ。あとちなみに――
――実はここ、公式サイトにあるVNIVEARTH本社ではありません」
「!?」
「サイトにあるのはダミーです。まあれっきとした事務所なんですけど、あくまでここは収録スタジオ。ファンの凸などはありませんから、安心してください」
「……!!」
「内緒にしてくださいね」
ゆっくりと頷く彼女。
し、神海まりもの目が、輝いている――。
「……こういうの、好きですか?」
『かっこいい! ٩('ω')و』
これがどうも琴線に触れたらしく、小刻みのメッセージが飛んでくる。
『隠れ家! ٩('ω')و』
『アングラ! ٩('ω')و』
『VNIVEARTH ٩('ω')و』
そんなに喜ばれると嬉しくもある。神海まりもも年相応の高校生だったか……。
「あー、本社の方にもスペックは低めですが一応PCがありましたね、最悪あっちに行って配信してもいいし、寝泊まりすることもできますね」
一応補足にと伝えると、神海まりもは勢いよくスマホをタップする。
『家出するときはここに来ていいですか!? ( ・`ω・´)』
「それは、駄目です」
疲れていた様子はどこへやら、一気に調子に乗ってきた神海まりも。
調子に乗ってきたというか、調子づいてきたというか。……元々か。
そんなとき、玄関から物音がする。
あの男が戻ってきたか。ライバーと対面してちゃんと話せるか? とちょっと考えてしまうが、配信が終わった後に
ふむ。
……俺の中に悪戯心が芽生える。
社長を初めて見た拳藤正義の反応。配信中ゆえに騒ぎは起こさなかったが、あの反応を記憶に新しい。
ここにいる女子高生。
なんかすげぇ調子に乗ってるクソガキまりもんに、あの男をぶつけた時どんな反応をするのか。
「やあ亜紀人、戻っていたんだね――おや?」
社長は真っ先に俺に声をかけ、そして室内にいる異物を認識する。
その異物もまた、社長、つまりは異物から見て異物となるその男を認識して――
――硬直。
俺の方を見る。
俺はなんとなく頷く。
社長の方を見て。
俺の方を見て。
社長の方を見て。
何度も繰り返し、綺麗に5度見くらいしてから、呟く。
「――伊能凛の、コスプレ……?」
【誰のビジュアルを先に見たい? VNIVEARTH人気投票!!】四期生のデビューにともなって、二次投票の受付を開始します!! 現在公式Tvvltterにて公開されている画像は、制作途中のラフ段階のものです。そこで、本アンケートの結果に基づいて完成させる順番を考慮いたします。皆様の推しにぜひご投票ください!(※なお一期生については、本編では未改修のためネタバレが含まれます)
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