過去に戻ったので、破滅する推し箱の未来を変える。   作:匿名

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#006 テーマパークに来たみたいだぜ

『いつからVtuber始める!?』

 

 オーディションへの不参加を決めてくれてからというもの、Vtuberになることへ怖いくらいに乗り気なのめぬあに若干の戸惑いを覚えながらも、無事納得してくれたことに安堵する。

 

 1日だけ待って欲しい。

 そう伝えた後、俺はすぐに作業に取り掛かった。

 

 彼女を説得するために必要なものが何かを考えた結果、俺は形あるものを用意することで誠実さを伝えるほかないと結論付けた。

 当然詩星(うたいぼし)せるりのLive2Dモデルなんて用意してなかったため、そこから俺のデスレースが始まる。

 

 この半年間、自身を売り込むための素材としてVtuber動画を作っていてよかった。

 Creature(怪物的なエナジードリンク)も3本目に差し掛かり、24時間ででっちあげた突貫ではあるが、約束した期間内に間に合わせることが出来た。

 

 限定公開にしていたあの動画は今は非公開となっている。のめぬあには欲しいといわれたのでデータを贈ってしまったが、寝不足で作った動画のため少し後悔がある。

 最後に編集で用意した字幕、あれ全体的に勢いでゴリ押ししちゃったんだよなぁ。

 あとから思えば、高校生相手であれば感情に訴えかける構成で良かったのかもしれないけれど、本当なら相手を納得させる理屈(ロジック)もあるべきなのだ。

 

 ともあれ、不参加を決めてくれてよかった。

 もしも彼女が意固地で『参加だけはしておきたい』と言い出せば更にもうひと悶着あるところだった。

 

 詐欺としか思えないあのオーディションには、応募すらして欲しくなかった。応募フォームにはきっちり住所氏名年齢職業、個人情報が網羅されている。

 どんな悪用されるか、そう考えるとたまったもんじゃない。

 

『ぬあちゃんには悪いんだけど、少し時間を貰ってもいいかな? どの箱がいいか考えたいんだ』

『箱?』

『会社とか企業とか、事務所、グループの事だね。Vtuber事業にはいろんなところが参入しているし、これから先も増え続けるよ。やりたいことに対して、どこがいいか慎重に考えないと』

『へー。……えっ、会社に入るの?』

『うん。入るといっても個人事業主として提携する形になるよ』

『そっか。それって高校生でも平気?』

『一応平気』

 

 あんまり高校生って簡単に口にしないで欲しいなあ。

 諸説はある。実年齢、高校生であることを晒すことで、同じ高校生から共感を得られやすくなる可能性がある。ただし『若い女』という要素に食い付いた下心だけの人間を引き寄せる要因にもなる。

 俺自身が上手い扱い方を説明できない以上、伏せておいてもらうのが無難だ。

 

『あ、高校生ってあんまり言わないようにね。ネットで活動する上では武器になることもあるけど、悪い人を呼び寄せる要因にもなるし、身バレにも繋がっちゃう。

 ぬあちゃんに何かあったらと思うと、もうどうにかなっちゃうよ』

『過保護だなあ。大丈夫だって。こんなのミナちゃんにしか言わないよ。

 でも了解。ミナちゃんだってあんまりそういうの言わないもんね。私も言わないようにしよ』

 

 俺が年齢性別を明文化しないようにしてるのはそりゃ全部真っ赤な嘘だからなんだけど。これいつかボロがでそうだな。minaにはちょっと音信不通になるやむを得ない事情とか考えようかな。

 病気とかどうかな。嘘じゃないし。

 

『あ、それと……』

 

 少し言い出しにくいが、大事な提案を切り出す。

 

『「のめぬあ」の名前、変えることって、出来ないかな……?』

 

 Vtuberになることを提案したのは俺だ。この場合、この申し出は俺の我儘になる。

 彼女が自分で決めただろう名前を他人である俺が変えろだなんて──

 

『わかった! いいよ!』

 

 いいのかよ。

 

『適当につけちゃった名前で、ちょっと恥ずかしかったんだ。形が似てるひらがなを並べただけだしね』

 

 のめぬあ。

 確かに適当と言われれば適当だ。由来があるだけ恥ずかしくないと思うけど、それに関しては本人がどう思うかだ。俺が決めることじゃない。

 

『新しい名前は何にする? ○○(なんとか)ぬあ?』

『えぇ……? 名前が、ぬあってこと?』

『だってミナちゃんが付けてくれたあだ名だし……』

 

 名前については保留としてLIIVEのやりとりを解散とする。

 ここで『詩星せるり』の名前を俺が提案していいものなのか、もう少し考慮時間が必要だ。

 詩星せるりの名前がすでにVNIVEARTH(ヴニヴァース)社長の中で予定されているものだったとき、非常に面倒なことになる。

 

 

 というかあれ以降やり取りがLIIVEになったのが少し気になる。挙動的には履歴を遡るのが手軽になったんだけど、アカウント名を変更する必要があった。

 現在のLIIVEアカウント名は『M』。俺の本名のイニシャルとは違う英単語。

 友達追加直後はわかるように『mina』にしたけど、それで普段使いは難しいため『家族とも連絡するアカウントだから名前はそっちで設定して』と伝えることで『M』に変更した。

 

 これ友達登録する前に気付いて良かった。元は無難に俺の名字が入っていた。名字だけなら性別はばれないだろうが、今後VNIVEARTHで関わる可能性を考慮すれば実名が伝わったときにボロが出かねない。

 逆に言えば俺は今Mになってしまっている。俺のイニシャルでさえないMを名前にする意味とは……。

 俺に連絡する家族や友達がいなくて良かった。

 VNIVEARTHに入社した後はどうしようか。詩星せるりとは登録済み、他の人からはMが見える。

 ……それは平気か。会社用のスマホくらい支給されるはず。支給されるよな? 仕事で使う道具だぞ。

 

 のめぬあとのやり取りにLIIVEを使う一番の不便が、通話ボタンを誤って押してしまった時への懸念だ。そして隙あらばのめぬあから通話がかかってくることだ。誤って応答ボタンを押して喋っちゃったらどうするんだ。

 

 例のオーディションの不参加も、のめぬあの名前を変えることも、簡単に受け入れてしまったの従順すぎて怖い。

 今の歌い手活動としては休止どころかそもそもなかったことにして、新しくVtuberをやって欲しいって説明しても『わかった!』の即答だったし。

 

 性別を偽って振舞っているツケがいつか回って来る可能性を考えると恐ろしいが、もしもその時が来たらその時の自分に任せるとして、今は見なかったことにしよう。

 

   *

 

 11月。ある程度の素材の準備は出来ている。

 考えるのは、いつ行動に移すかだ。

 

 VNIVEARTHは年末までには設立され、12月後半に公式サイトやTvvltterでオーディションの告知が行われる。伴いオーディションもすぐに行われ、間髪入れずに1月上旬──というか正月に一期生の3人がデビューする。

 なんだその無茶振り。確かに正月休みの視聴者は見込めるけどさぁ……。

 

 VNIVEARTHには代表する炎上四天王がいるわけだが、一期生に四天王やそれに匹敵する問題児はいない。

 良くも悪くもこの一期生の3人は目立たないので大きな問題にはならない。

 

 3人中2人は2年目の夏にはもういなかったし、残った一人は匿名掲示板でVNIVEARTHのネガキャンをしていたくらいの問題しか起こしていない。

 いや、内部情報とか漏らしてたし、問題なんだけどね。

 

 他が強すぎて存在が霞む。人気においても、不祥事の度合いにおいても目立たないのだ。

 

 1月に一期生が3人、3月に二期生が2人、6月に三期生が3人、7月に四期生が2人と続く。

 詩星(うたいぼし)せるりが二期生。

 兵銅(ひょうどう)(カナメ)黒宮院(こっきゅういん)みやみが三期生。

 波羅劾(ハラアバキ)ざくろが四期生。

 

 我らVNIVEARTH不祥事四天王、見参! AA付きで馬鹿にされまくったこの並び。

 もっと言うと2人いる四期生のもう1人は他箱のライバーを妊娠と中絶させた男であり、一年目のこのデビュー面子が大豊作なのだ(白目)。

 

 

 さて、思考を元に戻すと、ここで議題にするのは俺がどのタイミングでVNIVEARTH社長に話を持ち掛けるかだ。

 問い合わせ用に企業としてのメールアドレスは開示されていたはず。そこにリンクを記載したメールを送ることで俺の技術の全てを叩きつけ社長との面接を取り付けるのを最大目標とする。

 

 設立直後にコンタクトをとることも考えたが、流石に悪手だろう。

 VNIVEARTHを起業する男、伊能凛は異常だ。

 予算もなく、後ろ盾もなく。誰かと共同ですらなく。誰からもアドバイスを貰うことなく一人でVtuber事業を立ち上げる。

 

 面白そうだったから、それだけの理由で。

 

 だからこそ所属ライバーの管理が行き届かずに不祥事の温床と化し、あの凄惨な未来を生み出したのだと言える。

 

 そんな企業に、まだライバーをデビューさせていない段階で自分を送り込むのは不審でしかない。

 であれば、少なくとも一期生がデビューした後に感銘を受けただのと取り繕うのが妥当だろう。

 

 詩星せるりがデビューしたのは二期生だ。

 一期生のデビュー後に俺がVNIVEARTHに潜り込み、そこへ彼女が入ってくるのが、彼女をはじめとした不祥事四天王のサポートをしていくにあたって万全な体制と言えるだろう。

 

 ……これVNIVEARTHである必要あるか? ふと冷静になる。

 

 幸いにも詩星せるりとは縁が出来た。

 詩星せるりだけを、将来的に大手になる企業や歌手としての大成する企業に誘導するのが最善なのではないか。

 

 確かに、今ののめぬあの実力が通用するかと問われれば、無責任に肯定することはできない。

 あの未来での歌唱力は、VNIVEARTHに所属する未来で得たものだ。

 登録者数20万人の歌唱力。コロナ禍による巣籠りの恩恵を得たとしても、恵まれているとは言えない会社やキャラクター立ち絵でその数字は、異常なのだ。

 

 詩星せるりがどのような努力をしたのか俺は知らない。

 詩星せるりが、いつどの瞬間に覚醒したのか、俺には知る由もない。

 

 恵まれた環境に置くことが彼女のためになるのか、それとも、VNIVEARTHに所属させることが彼女をあの未来の実力に至らせるのか。

 

 はたして。あの不祥事が形成される過程がなくともあの未来の実力に至るのか。

 

 俺に正解がわからない以上、後は本人の意思が決定権を持つ。

 

 あとは、彼女を導こうとしている俺の願望次第だ。

 

 あの病室で虚無に暮れていた俺に、VNIVEARTHの姿は確かに輝いて見えた。

 2年目の夏の合同コラボ。あの時間のVNIVEARTHにあった楽しそうだと思わせる空気は偽物じゃないと断言できる。

 出来ることならあの場所を再現したい、そう思うところはある。

 

 俺にVNIVEARTHを布教した、俺にとって恩人であるあの少女との思い出を大切にしたいという想いと、あの未来で少女が好きだったものをせめてここでは守り抜きたいという想い。

 

 俺の願望を優先するならば、俺なんかの願望を優先して良いのならば、VNIVEARTHには出来る限り本来の成り立ちであって欲しい。もちろん、不祥事の類は取り去った上でだが。

 

 

 だから、結論から言って俺は詩星せるりにVNIVEARTH以外に入るよう勧めなかった。

 俺が先んじてVNIVEARTHを設立してしまうという手段もあったが、葛藤の末にそれも選ばなかった。

 

【骨折だってエンタメだ カジノキング(笑) 伊能凛】

 

 掲示板で擦られ続けていたこの名前の持ち主が、VNIVEARTHに必要不可欠な人間なのかを、俺は見極めなくてはいけない。

 

 

   *

 

 そして12月。俺の知るようにVNIVEARTHはいつの間にか設立されていて、急なオーディション告知が行われていた。

 Vtuberという新しい(新しく見える)文化の波に乗ろうといくつもの企業が参入する中のひとつでしかないVNIVEARTHにどれだけの応募があったのかは知らないが、無事オーディションは行われ正月にはデビューを果たした。

 

 ──この一期生の3人、彼女たちは一体どういった心境だっただろう。

 

 憧れの第一歩なのか、ただの暇つぶしがてら金儲けのつもりだったのか。

 

 前者であれば、期待を裏切られ辞めてしまうのも無理はないのかもしれない。

 低予算のモデルに、薄いサポート。しばらくすれば、3Dモデルでもないのに怪我をするような企画や、昆虫食をさせるような企画が社長によって推し進められるようになる。

 ……むしろ一人は居残ってまで情報漏洩してネガキャンし続けたのすごいな。滅茶苦茶恨んでるじゃんこれ。

 

 つかVNIVEARTHこそオーディション詐欺みたいなことしてないか?

 むしろホームページの完成度は、のめぬあに送られてきた例のサイトよりこっちの方が低いし怪しいぞ。

 

 無事メールアドレスの記載はあったのでメール文をしたためる。

 アドレスがなかったら、東京の雑居ビルにあるらしい狭い事務所へ特攻するところだった。

 

 メールにリンクを載せ、俺の持ち得る全てを叩きつけることで俺に価値があると思わせる。直談判、社長との直の面接に話を持っていければ重畳だ。

 東京の事務所にまで出向きます。交通費自己負担です。平日でもそちらの都合に合わせます。そこまで言えばやべー熱意のやつとして覚えられるだろう。

 

 逆に必死すぎて、他に生き場がないやつだと思われるか?

 

 言葉選びには気を付けよう。

 

 出来る限りの誠実さとやる気が伝わるように文章を構成し、少しでもリンクを開くきっかけが生まれるようにする。

 

 返事がなければ何度も送るし、それでも駄目なら事務所へ特攻だ。というか東京に事務所を借りる金があるなら所属ライバーのサポートをちゃんとしろ。食用の虫なんか買うな。

 

   *

 

 

「テーマパークに来たみたいだぜ。テンション上がるなぁ~」

 

 2019年1月7日(月)。

 俺はVNIVEARTHの事務所があるという雑居ビル前に来ていた。13時。本日晴天。

 

 というか5日(土)にメールを送ったのに、翌6日(日)に即メール返してくるなよ。

 企業らしく平日対応で月曜日に返せよ。

 

 いつでもいいとは書いたけど、じゃあ明日来いは馬鹿だろ。

 

 俺が試すつもりが、実はこっちが試されてるのか……?

 

 そんな気がしてきた。

 

 ああいいよ。乗ってやる。

 

 骨折だってエンタメだ。

カジノキング(笑)

【 伊能 凛 】

 

 どんなろくでもない奴なのか、拝ませてもらうとしよう。

 




 
※これで完全に失望したら主人公は火を放って帰ることになります。
 

【誰のビジュアルを先に見たい? VNIVEARTH人気投票!!】現在公式Tvvltterにてシルエット画像を公開中。4期生デビュー後に内容が明らかになりますが、これは制作途中のラフ段階のものです。そこで、本アンケートの結果に基づいて完成させる順番を考慮いたします。皆様の推しにぜひご投票ください!(※なお一期生については、本編では未改修のためネタバレが含まれます)

  • 萬屋ぺすと
  • 佐土原恭子
  • 神海まりも
  • 詩星せるり
  • 遠藤
  • 黒宮院みやみ
  • 拳藤正義
  • 波羅劾ざくろ
  • 4期生の2人目
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