過去に戻ったので、破滅する推し箱の未来を変える。   作:匿名

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#057 急に真人間になるな

 

 片や俺より少し大きい成人男性。

 

 片や俺より小さい女子高生。

 

 互いにとって互いが異物。無言のまま見つめ合っているというか視線がぶつかり合って衝突事故を起こしていたんだけど、そんな中、先に動いたのは女子高生、神海まりも。

 

 社長席として置かれているちょっと立派な肘掛け椅子から、流れるような所作で立ち上がり佇まいを整えた彼女はそのまま綺麗に丁寧なお辞儀をする。

 

「はじめまして、伊能社長。

 神海まりもとして配信者活動をさせていただいている新妻(にいづま)(れい)です。この度はお世話になります」

 

 え。誰……?

 

 急に現れた真人間に困惑する。さっきまでそんな感じじゃなかったじゃん。

 

 俺にとってもこの場に異物が増えた瞬間である。

 

「VNIVEARTHの代表、伊能凛だ」

 

 あ、良かった。こっちはいつも通りだ。

 

 いや良くはない。

 

「……」

 

「……」

 

 互いに無言。それしか言わないのかよ。

 

 やがて間も空かない内に2人共がこちらを見る。

 

 そのタイミングはだいたい同じ。もう逆に仲が良いのでは……?

 

「はい。互いに紹介があった通り、神海まりも様と伊能凛様です。同じライバー同士です、どうぞご歓談ください」

 

「……」

 

「……」

 

 無茶振りをしてみる。普通の人なら無茶振りじゃないだろうけど、この2人にとっては無茶振りだ。

 

 いつも無茶振りをされて遊ばれているんだ。このくらいしても良いだろう。

 

 社長という立場なんだから何か言ってくれ、伊能凛。

 

 まりもんvsいのりん。箱の中の問題児(ポケモン)バトルだぞ。

 

 いけ、いのりん! サイケこうせん!

 

 さてどうなるかと俺はPCに向かい作業でもする振りをして様子を伺っていると、神海まりもは荷物から上着──パーカーを取り出し羽織った。決して緑ではない真っ黒。チャックは一番上まできっちり締める。

 

 伊能凛は社長席へ。

 

 そして卓上に伏せてあった、四角くて薄いビニール製のものに紐が付いたものを手に取る。

 

 紐を首から下げ、何食わぬ顔で着席。

 

 その姿を見た神海まりもは顔を背けて震えだす。

 

 四角いものとはつまり──

 

 ──名札である。

 

 

社長

 

伊能 凛

 

 大きく印字された肩書きと名前。

 

 それはおそらくこの男と初めて対峙する神海まりもから見ても、見覚えのあるものだったはずだ。

 

 俯き震える神海まりも。笑いを堪えているのだ。

 

 なにわろてんねん、社長だぞ。

 

 伊能凛という男はほんの一月も前まではそんなもの付けていなかったというのに、最近になって会社内でこの装飾を付けるようになった。

 しかも俺の手書き文字の名札をそのまま拡大して印刷している。

 

 元々服装に無頓着だった彼が、Live2Dで使用されている白いシャツを着ている割合が増えた。

 

 逆転現象。

 

 伊能凛は伊能凛を基にデザインされたのだが、伊能凛が伊能凛に寄せている。

 

 つまるところ、VNIVEARTHという会社の社長であるこの男。

 

 伊能凛は、伊能凛のコスプレをしているのだ──。

 

 曰く、『キミがデザインしてくれたボクだからね』。だからなんだと言うのだ。

 

 ポケットの中でスマホが振動。神海まりもからのメッセージだ。

 

『何あれ?』

 

『社長です』

 

 即返信すると、ジト目が即返ってくる。

 

 悪ふざけもこの辺にするか──と思っていると、伊能凛が収録部屋を指さした。

 

 付いて来いという意味だろうか。収録部屋へ行ってしまうので後に続くと、防音室に入っていく。

 

 いやそこまでしなくても……。

 

 渋々入ると、扉を閉められた。

 

「ボクはキミをなんと呼べばいいんだい?」

 

 ……?

 

 あぁー……。

 

 そういえばそうか、ライバーとしての社長が普段接しているのは、遠藤。みなしごエンドレス。

 今の俺は他のライバーがいる手前、俺は南條亜紀人。

 

 その判断に困ったのか。

 

 まさか、俺の身バレを考慮してくれているとでも言うのだろうか。

 

 この話も、わざわざ防音室にまで入って……?

 

 少し疑わしいが、なんだか俺の良心が呵責を起こしそうだ。罪悪感が湧き上がってくる気がする。

 

 急に真人間になるな。

 

 いや、だってさ。詩星(うたいぼし)せるりの面接のときにはご丁寧に俺の名前を紹介してくれていただろうに。

 そして笑っていたことを。俺は忘れてないぞ。

 

 というか事務所に戻って来たときにもう亜紀人って呼んでたし今更じゃないのか。

 

「まあ、今の俺は南條亜紀人なので、そう呼んで問題ありません。このスーツ姿は詩星せるりにも見せていますし、初対面の神海まりもにもそう名乗っているのでもう変えられません」

 

「ふむ……。ならボクはこのオフコラボ期間中、亜紀人と呼ぶ普段通りの接し方でいいんだね?」

 

 普段通り。いやそれは駄目なんだよ。

 

「一度説明したと思いますが、社長──ライバー伊能凛が配信で普段の俺との感覚で接しているのは、遠藤。みなしごエンドレスです。

 今の俺は総括マネージャーの南條亜紀人ですから、全く同じ接し方ではいけません」

 

「そんな……!

 

 つまり、つまりだ。今日から8月末まで、ボクはキミと普段通り接してはいけない、他人行儀でいろと言うのかい??」

 

「そうですね」

 

 なんか深刻そうな顔をしてるけど、今更だろう。それに別に他人行儀でも問題ないだろうに。

 

「作業中のキミへ話しかけるのは?」

「そのくらいは別に」

「肩に肘を乗せる」

「駄目です」

「昼食を一緒に食べる」

「控えてください」

「散歩は……」

「あまりよくありませんね」

「で、出前を取るから夕食を一緒に……」

 

「あ、それなんですけど。神海まりもの分も一緒に頼んで、かつ社長とは会話を控えることになります」

 

「オフコラボは中止にしよう……!」

 

 いや、何を今更この男は言っているのだろう。

 

「ゆ、夕食の間も神海まりもがいると言うのかい?」

 

「食事の面倒はある程度見ると親御さんにも伝えてありますし、彼女が不要と言わない限りは同伴しますよ」

 

「8月はボクとキミのお泊りコラボじゃなかったのかい……!?」

 

 何言ってんだこいつ。

 

「まあ不便はないはずです。わざわざ会話を控えるような状況にはならないです。

 神海まりもがどこかに行きたいと言えば俺も付いていくことになるんですし、社長とは別行動──」

 

「何を言ってるんだい!?」

 

「彼女は未成年ですし、1人で東京散策なんかさせられませんよ。事件に巻き込まれたらどうするんですか」

 

「ボクだって事件に巻き込まれるかもしれないだろ!?」

 

 しごく真っ当なことかのように主張する成人男性がいるんだけど。俺がおかしいのか……?

 

 あれ、俺なんかやっちゃいました?

 

「ともかく。会話の機会が減るならボロも出ない、それでいいじゃないですか」

 

「オフコラボは中止だ……」

 

 未練がましく呟く男を置いて俺は防音室を後にする。

 

 オフィス兼リビングに戻ると、神海まりもがまだ笑っていた。

 そんなに伊能凛の姿がお笑いだったのだろうか。

 

 困った未成年のまりもんと、困った成人のいのりん。

 

 オフコラボまでまだ1週間以上。他のメンバーが来るまでこの生活が続く。

 

 誰か、早く来てくれ……!

 

 

   *

 

 人気投票のためのプレゼン配信は、2日目を黒宮院(こっきゅういん)みやみが担当。

 

 1日目を担当した萬屋(よろずや)ぺすとからバトンを引き継ぎ、リスナー帯は異色である感染者から、これまた異色である哭泣員へと移り変わる。

 

 VNIVEARTHの2大癖強リスナーの持ち主だ。話題の最大風速で勝るこの2人でまず勢いをつける。

 

 逆に2日目に失速させない配役が思いつかなかった。

 

 詩星せるりは配信内容とスケジュールの都合で最終日の来週日曜日に固定。登録者数が多いとはいえ新人の波羅劾(ハラアバキ)ざくろには荷が重い。

 

 神海まりもの無言配信。

 未だに誰? と言われる佐土原恭子。

 男性不遇を払拭できていない拳藤正義。

 大喜利でターンを消費する俺。

 アンチ量産機の伊能凛。

 

 となると、黒宮院みやみ以外に萬屋ぺすとの起こした勢いを保てるライバーがいないのだ。

 

 良いように使って申し訳ない限りだが、彼女は人が良く「いいですよ〜」の二つ返事だった。

 

 とても真人間に見える。

 

 真人間のままでいて欲しいので、この埋め合わせはあとで何か必ずしよう。

 

 黒宮院みやみのためになることと言えば……。

 

 まあ、すぐには用意できそうにないか。

 

 *

 

 黒宮院みやみの配信は、人気投票についての補足と感想があったことを除けばいつも通りの内容。

 

 彼女の配信が終わった後は、某鬼刈り漫画のバズるきっかけとなった回が放送され俺の記憶通りSNSのトレンドとなった。

 

 一部界隈だけで見ればトレンドに掠りそうな黒宮院みやみでは、簡単にかき消されてしまうような勢いだ。

 

 ……この考慮は正直できていなかったな。

 

 最初の方の盛り上がりが控えめな期間になるどころか、むしろこの不遇を丸ごと押し付けてしまった形になる。

 

 全然気にしてませんよ〜、その代わりに配信企画の手伝いをしてくださいね。と言われる。

 

 手伝いの内容は、俺にとって別に苦ではなかった。

 最近の黒宮院みやみは料理に嵌っているらしく、作った料理を配信中に食べたりSNSに上げている様子が見られる。

 

 プレゼン配信でも料理に関するパートがあったし、哭泣員も若妻ムーヴに大歓喜だ。

 

 そしてなぜか写真に2セットの皿が並んでおり、露骨に匂わせ……というか俺──みなしごエンドレスの画像を印刷したものが置いてあって哭泣員は嘆き、コメントを見て黒宮院みやみが笑ういつもの近距離からかい配信。

 

 で、オフコラボ中は少し大掛かりなものを作るかもしれないので、消費を手伝うというのが俺に提示された埋め合わせ。

 

 つまり余った残りはお前が全部食え、って言われただけなのだ。

 

 彼女の配信を見て神海まりもも『これ食べたい!』と同じ部屋にいるのにLIIVEを送ってきたし、常識の範囲内なら食べるくらい容易なはずだ。

 

 まさかとは思うけど昆虫食とか用意しようとしてる……?

 社長じゃないんだしそんなことしないでくれ。

 

 ただし、俺が虫を食わなかったせいで黒宮院みやみのストレスがピークに達し薬に手を出すと言うのなら、食べるしか選択肢はない。

 

 覚悟を決めろ南條亜紀人。

 

 むしろ埋め合わせと言うならその材料費を出すし、何か手伝うことだってやぶさかでなはない。

 野菜の皮剥きくらいならできそうだし、皿洗いでもいい。黒宮院みやみもそれをお詫びとして受け入れてくれた。

 

 料理に対して俺は専門外だ。それどころか、一人暮らしの間に自炊というのをあまりしていない。

 

 カップ麺と米が食事の基本。過去に戻ってからは総菜や、市販のサラダにカット野菜を頻繁に食べるようにしてはいるが、あまり手間暇かけて食事を準備する気にはなれずにいる。

 

 レシピさえあればどうにでもあるんだろうけど、どうにもやる気が出ない。

 

 料理をする人間である黒宮院みやみ。彼女に少し尊敬の念が芽生えた。

 

 神海まりももいるしどうしようということで今日の夕食は外でラーメンを食べて来た。伊能凛はお留守番だ。

 まあ明日以降も総菜や弁当、カップ麺でどうにでもなるだろう。

 

 俺がよく食べる、がつ盛りシリーズがダンボールでいくつかあるのを見て神海まりもの目も少し輝いていたし、まあ学生の彼女もたまにはジャンキーな生活ということでここはひとつ。

 

 

 この翌日は拳藤正義の配信。

 

 そして配信後に事件が起こる。

 

 月曜日の夜。神海まりもが見せてきたスマホの画面には衝撃の光景が映っていた。

 

 この日、コミケの4日目に頒布されたという──

 

 ──『伊能✕遠藤』の完売報告である。

 

 コメントで見てからというもの、俺がいくら検索しても見つけられなかったのも無理もなく、いわゆるコピー本であり、ラフ程度のものをコピー機でモノクロ印刷してホチキスで留めた、手作りのもの。

 

 作画や製版の時間を考えれば、伊能凛のデビュー日を鑑みれば当然なんだけど。

 

 10ページ程度らしく、さすがに内容は投稿されてないけど……まあ、そういうタイプの表紙だった。

 

 作者に運営として交渉したら貰えないか聞いてきた神海まりも。中身が気になる気持ちはわからないでもないけどさ。怖いもの見たさというか。

 

 頒布されたのは20冊。サークルとしてのメイン参加はメジャーな大手で、VNIVEARTHはおまけ。

 価格は100円。他の同人誌を2冊買えばおまけで渡すという気前の良さ。宣伝効果という意味では本当にありがたい。

 

 内容さえ、俺と社長の2人でなかったのなら……。

 

 このやりとりを聞いていた伊能凛が、嬉しそうだったのは解せない。

 

【誰のビジュアルを先に見たい? VNIVEARTH人気投票!!】四期生のデビューにともなって、二次投票の受付を開始します!! 現在公式Tvvltterにて公開されている画像は、制作途中のラフ段階のものです。そこで、本アンケートの結果に基づいて完成させる順番を考慮いたします。皆様の推しにぜひご投票ください!(※なお一期生については、本編では未改修のためネタバレが含まれます)

  • 萬屋ぺすと
  • 佐土原恭子
  • 神海まりも
  • 詩星せるり
  • 遠藤
  • 黒宮院みやみ
  • 拳藤正義
  • 波羅劾ざくろ
  • 伊能凛
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