配信開始時よりその前、待機画面から予兆はあっただろう。
配信回数も、時間も、内容も。彼女にはVTuberとして成功を収めようという野心というものが、ない。
よって彼女を特筆するような要素はないし、質も褒められたものではない。
なんとなく雑談をしているだけであって、クリエイターやエンターテイナーとしての向上心という概念はないのだろう。
そして俺は
元々そういう人物だったのか、VNIVEARTH初期の杜撰さに嫌気が差してやる気を失ったのか、心の奥底にある真意は不明だ。
少し話した感じだと、本当になんとなくオーディションに応募しただけ、という説が有力だけど。
長い茶髪、黒い目。あえてモブをテーマにしたのかと、嫌味として言いたくなるほどに無難すぎるキャラデザ。
同じイラストレーターによって手掛けられた、最初期の
唯一特徴と言えるのは、とってつけたようにつけられたエプロン。だがそれはたった1枚の画像パーツで表現されるハリボテで、身体を隠す面積が多いことによって衣装パーツと作業工程を省略しているようにしか思えない。
質の低いデザインとモデル、計画性のない配信、人気を得ようとしているとは到底思えない活動内容。
ゆえに背景画像もシンプルなフリー素材を表示するのみなのだが、そのはずだったのだが──。
8月15日木曜日、この日の待機画面は違っていた。
:tst
:おや
:ロゴあるやん
:??
佐土原恭子。
これまでの彼女の配信にはなかった、VTuberの配信の配信には大体あるはずの名前ロゴが、やっと実装されたのだ。
それだけではない。
待機中に表示されている背景画像も、今までの白一色や、フリー素材ではない。
シンプルではあるが、植物をイメージした意匠が添えられた、それっぽいオリジナルのものになっている。
配信が始まると、画面が切り替わる。
それは異常だ。革命だ。
彼女を知るリスナーであればあるほど、配信が進む度に驚くだろう。
佐土原恭子の配信中に、画面が切り替わるだなんて──。
待機画面から一転、表示されたのは室内を写す背景イラスト。
なんと。驚くことなかれ。ちゃんとした背景素材なのだ。
そんな本来ならば当たり前のことが行われたのを大げさに表現するのもここまでだ。
彼女のことをある程度理解している者は勿論、なんかVNIVEARTHにいる娘だよね程度にしか把握していない者でも、驚くべき光景が画面には映っていた。
VTuberのライブ配信。それはつまり配信主であるライバーは画面内にいるのが当然だろう。
配信画面中央、そこには。
──ピンク髪!!
──赤い瞳!!
誰も知らない、何者かが……いた!!
:??
:いや誰?
:マジで誰だよw
:ゲスト?
知名度が低いことによる『誰?』と同じような文面のコメントが飛び交うが、込められた意味はおそらく異なる。
心からの、『誰?』。
──そして、何よりも。
:デッッッッ
:うわ
:でかすぎて草なんだ
:顔より大きい
:えっど
──デカい!
何がとは言い難いが、男性向けVTuberのキャラクターデザインとして重要な一部分が、
とにかく、大きかった。
:つか太くね?
:太い
:太くねぇって!
:いや太いから!!
:誰なの……
なぜか佐土原恭子の配信に映り込んだ、派手なピンク色でやたらと色々でかい、サキュバスと言われても納得できる相貌。
謎に戦慄し、緊迫するかのようなコメント欄を他所に、何事もないかのような平時そのものの口調で、その人物は声を発した。
「皆さんこんばんは。佐土原恭子よ。VNIVEARTHのお花屋さんをしているわ」
:草
:マジでか
:お前佐土原だったんか!?
:性的すぎる
:新モデルキターー!!
:別人過ぎじゃろ……
:ヴニどうしちゃったんだよw
そう。
配信画面に映っていたのは、変わり果ててしまった佐土原恭子だった。
あのVTuberらしさが微塵も感じられなかった、リスナーの知っている佐土原恭子の姿は、どこにもない。
:えっど
:これダメだろ
:露出は少ないからセーフ
:ムチムチ過ぎる
:デブじゃね?
:エプロンを押し上げる表現。相当な癖の持ち主と見た
:鎖骨の下にほくろがあるねぇ
:あえてのジーンズか
ピンクの長髪に、赤い瞳。ニットのセーター。
花屋を名乗る由来であったエプロンは、包まれた身体によってパツパツになっている。
ジーンズもまた同様。肌の露出が少ないことに反して、浮き出る身体のラインが一種のフェティシズムを体現していた。
足の太さ、がキャラクターの魅力として広まり始めたのは、2018年頃が一つの区切りだと思う。
現在2019年、これからコロナの巣ごもり需要もあってより浸透する
結局、男という生物は大きい胸部が好きだ。賛否は勿論あるし、邪道とも取られることもあるだろう。
不純で、不潔で、アンチポリコレ主義で、女性に対する差別行為で、犯罪者予備軍の思想であると。罵られることもあるし、争いの火種になることもある。
でも、なんだかんだ本能的に人気となる要素なのだ。キャラクターデザインという分野に関わる以上、この習性を利用しない手はない。
昨日の投票アピール配信では、神海まりものLive2Dモデルが急遽リニューアルされた。
これにより唯一佐土原恭子だけが初期モデルを使うということになってしまい、大喜利コラボでも1人だけが低クオリティのモデルでいることになってしまう。
せっかくアクリルキーホルダーになるというのに、肝心のキャラデザが改修前の仮状態であるというのも、はっきり言って意味が解らないし。
事態を重く見た俺は、大急ぎで佐土原恭子の新モデルも仮実装することにしたのだった。
事態を重く見て、色んなところを重くしてしまったのだ。やかましい。
「このモデルは、ついさっきまで調整をしていたらしいわ。まりもさんが新しいモデルになったから、私だけそのままなのも良くないからって」
:へー
:運営乙やで
:遠藤の作業配信だ!
:それかぁ
:モデルの調整は遠藤の仕事か
:遠藤ナイスゥ!
そうなのである。
今日の昼過ぎから行われていた作業配信は、集中力を切らし始めた俺が気分転換に行なったものなのだった。
お盆だから特別な空気を出したかったのもあったし、宣伝ではないが少しの匂わせとして、ちょうど良い機会だとすることにした。
お盆の昼過ぎ、時々リスナーと会話をしながら、カメラに向かって笑いかける成人男性がそこにはいた。そして画面にはピンク髪のむちむちお姉さんが映っている。
……。
いや無論、トラッキング設定のためである。作業配信中のみなしごエンドレスが動かなかった理由だ。
二期生以降の完成モデルには遠く及ばない仮組みのものではあるが、現在の萬屋ぺすとや神海まりもの使っているものと同じ段階に相当するものを無理矢理でっち上げた。
しかしこのデザインになるまでに、必要な過程を少し飛ばしている。
一期生に新しいモデルをデザインする際には毎回本人にデザイン案を送って了承を得ていた。
だが佐土原恭子の場合、配信をしないから他の人を優先して欲しい、別にリクエストはない、などと言うばかりだったので、とりあえず勝手に作ってみた。
それから、試しに使ってくれという形でモデルを送り、当人に不快感はないようだったのでそのまま実用化となる。予告のないまま配信でサプライズお披露目がなされたのだった。
元はキャラクターとしての個性が少ないデザインだった佐土原恭子。
演じる当人も特に元デザインに愛着があるわけでもなさそうだったので、いっそのことと思いヤケクソで王道(?)な方向に盛りまくってみた。
性欲的に王道、というか。
VTuberのデザインをする上で、よりキャッチーなデザインを模索するための礎とするための、練習とでも言うか。情報収集か。
シンプルイズベストという言葉があるように、元の地味さが良かったという人もいるかもしれない。
それに関しては申し訳ないので、反応を見て戻すかどうかは決めようと思っている。
名前ロゴと待機画面、配信時の背景画像も、ついでに突貫で作成した。
こういった素材も、後回しでいいからと言われていたのに甘えて作成を保留にしていたが、もっと早く作るべきだったな……。
VNIVEARTHライバーが雑談等で使う自室系の背景は、配信をしていく中で印象に残ったものを追加していくというコンセプトになっている。よって最初はわりと殺風景な状態で始まるのだが、佐土原恭子の印象的な配信がないせいで殺風景なまま渡すことになっていて、少し申し訳ない。
:胸が揺れとる
:でっっっっ
:エプロンで巨乳ってちゃんと作るとこんなになるんだな
:某麻雀アニメみたいww
:どんどん胸が大きくなってるあれね
:国士無双和了ってたなそういやw
:同じピンク髪でもデータ麻雀には程遠かったけどな
:みなちゃん壊れちゃった……
……あれ。
コメントを見ている俺の内心に、冷や汗が垂れる。
このモデルをデザインしているとされる人物が、またもや性癖の理解者として認識されようとしていた。
そして──
──淫乱ピンクむちむちのほほんお姉さんをお出しした、と。
名前を借りたとある少女への風評被害が酷い。
VTuberというジャンルが、今後の発展によって地上波の番組でも話題に取り上げられたりするようにもなって、小中学生でも親しまれるようになって、どれだけ一般層に浸透しようとも。
一見の華々しさとは相反してその実、インターネットの不埒な欲望だとか、本来の客層による需要によって、潜在的な下品さが隣り合わせであるという弊害。
:ざくろをデザインしたみなちゃんだぞ
:師匠と呼ばせていただこう
:俺らの同志よ。
:ふっ、おもしれー女
なんか、ごめん……。
え〜……。ちょっと嫌かも。
そうだよな、俺が悪い……。
配信主である佐土原恭子よりも、キャラデザ担当のminaに関する話題が少し続いてしまう。
配信の本筋と関係ないところでリスナーが盛り上がってしまうのは、配信者によっては割と嫌がることではあるんだけど、佐土原恭子の方もまたマイペースなもので普通に投票について話し始めるし、普段通りの配信としてマシュマロを読み始める。
「相談が来ていたみたいね。送ってくれた人は今来ているのかしら……?」
:そもそもいつのマシュマロ?
:※前は平然と2か月前のを読んでました
:おもしれー女
まあ、モデルを変えて待機時間や画面の切り替えを教えたところで、中身の企画がすぐ充実するわけでもない。
それからのんびりと、特に変わりのないまま話をして盛り上がることもなく、彼女のターンは静かに終了した。
……その顛末に反して、ファンアートは微増することになる。
黒宮院みやみ:キョーコちゃんが……;;
*
不規則に揺れる電車の中。なんとなく落ち着かないまま座席に座っているアタシの目に映るのは、車窓の外に広がる慣れない風景。
この電車が向かう先は、アタシにとって初めて訪れる場所。
不安や憂鬱とかはない。期待や昂揚感にちょっと高鳴ってる胸。なんか思ったより乗り換えもないし、もっと早く来ればよかったわね。
そわそわ。
頭の中に擬音を思い描いてみる。これが配信中だったなら、萬屋ぺすとであるアタシは落ち着かない様子を身振りで表現しながら、耳と尻尾を愛らしく揺らすのだろう。
目的の駅に着くまでの間。ふと他の乗客の声が聞こえてくる。
「この辺たまにSPがいるんだよな」
「知ってるそれ! クソ暑いのにスーツで、お嬢様の護衛してる奴がいるって」
「そ。めちゃくちゃこえーんだってさ。近づくとありえんほど睨んでくるんだとか。睨むだけで人を殺せるくらい、絶対アレ系の人らしい」
へえ、そんなのもいるのね……。気をつけないと。
やがて駅に着く。電車を降りて、現在地を改めて確認。スマホを操作し、メッセージを送る。
『着きました!』
宛先はマネージャー。すぐに返信は返ってきた。
待ち合わせに適した目印になる場所を指定され、そこで合流する。
「お待たせしました。本日はご足労ありがとうございます」
暑かったでしょう、そう言ってペットボトルの麦茶と紅茶を差し出される。通話で見て聞いていた彼のイメージ通りの、丁寧な雰囲気がそのまま目の前にあった。
実際に会うのは初めてね……。
南條亜紀人。アタシの頼れるマネージャー。
え、若くない……?
ビデオ通話の映像よりはっきりと見える容姿に、驚く。
待って、えぇ……。ア、アタシのいくつ下かしらこれ……。声は若々しいと思ってたけど、そんなには変わらないと思ってたのに……。
というかこの真夏でもスーツなのね。普段の印象的に違和感はないけど。
「では、事務所へご案内します」
「ええ。よろしくね」
わ。これってあれね、平然と車道側を歩いてる。なんか、すごいわね……。
8月16日金曜日。今日この日、アタシはついに、VNIVEARTHの事務所へ訪れた。
お盆休暇も終盤だけど、ようやく親族の付き合いが終わったところでこうしてオフコラボの下見として事務所へ向かうことができたのだ。
移設前の事務所は、自宅からだともっと行きにくい印象があったけど、ここなら仕事のある日でも無理なく来れるくらいね。
日帰りも視野に入る範囲だし、今日はこのまま事務所の配信機材で大喜利コラボに参加してもいいかもしれない。
駅から歩いて十数分。話しながらだったので、あっという間。
「ここがVNIVEARTH事務所です」
着いたのはマンションの一室。
なんだかドキドキするわ。大通りからは離れてるちょっと穴場みたいな立地。隠れ家みたいな。ここが、VTuberとしてアタシの所属する、事務所……!
手を洗う場所としてまず洗面所を紹介されて、まあ当然洗うわよね。不衛生な人と思われたくないし。次はいよいよオフィスへ──!
「──神海様、こちら頼まれていたミルクティーです。それから、良さそうなロールケーキもあったので一緒に買ってきました」
「ありがと」
「柿の種と、あたりめ。あと茎わかめも入っています。他になにか欲しいものはありましたか?」
「くるしゅうない」
み、貢いでる……。
【誰のビジュアルを先に見たい? VNIVEARTH人気投票!!】四期生のデビューにともなって、二次投票の受付を開始します!! 現在公式Tvvltterにて公開されている画像は、制作途中のラフ段階のものです。そこで、本アンケートの結果に基づいて完成させる順番を考慮いたします。皆様の推しにぜひご投票ください!(※なお一期生については、本編では未改修のためネタバレが含まれます)
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萬屋ぺすと
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佐土原恭子
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神海まりも
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詩星せるり
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遠藤
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黒宮院みやみ
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拳藤正義
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波羅劾ざくろ
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伊能凛