過去に戻ったので、破滅する推し箱の未来を変える。   作:匿名

66 / 73
#063 め、召使い……

 目的地が近づくにつれて増えていく人。東京と言っても都心ではないのでそこまでではないですよ、とマネージャーさんは言ってたけど、これでも茨城から乗った時よりもずっと多い。

 

 うう……ついに来てしまった、東京。

 

 電車を利用して東京へ向かうにあたって、道中の危機管理をマネージャーさんから注意深く教えられている。人口が多くて電車利用の機会が多いからこそ、犯行の手口も相応に手慣れているんだとか。

 

 盗難、変質者、拉致、監禁、薬物、人身売買……世紀末人外魔境かと突っ込みたいくらいに話が飛躍してたけど、怖い人がいるのは事実みたいだし、自衛手段として参考になる話も多かった。

 

 いつでも確認できるように簡易的な安全マニュアルみたいなのがpdfで用意されていたのには驚いたし、何故か対人戦闘の心得が書かれたものや、その参考動画のリンク集もある。

 

 とりあえず膝蹴りが一番使いやすくて強いらしい。

 

 ……。

 

 マネージャーさん。南條亜紀人さん。あの人は何を想定してるんだろう。

 

 お盆期間中だし土曜日だしと、人が多いだろうから自宅の近隣駅まで迎えに行こうかと言われたけど、さすがに悪いからと断ってしまった。 

 

 うちらライバーのことを大事にしすぎだと思う。

 

 ちょっと頼んでみたい気持ちもあった。ちょっとだけ。ちょっとだけだ。

 

 到着まであと数駅、この移動ももう少しで終わる。悪い人に出会うというよりも、乗り換えが大変だった。

 達成感で気が抜けてくるけど、でもまさか、ここまで来て乗り過ごすようなミスもしたくないので気を張り直していると、ふと他の乗客の声が聞こえてくる。

 

「そういや今日の昼に例のSP、いたらしいんだよ。ゲーセンでお嬢様と2人」

「夏でもスーツの奴? お嬢様のゲーセン護衛とか、庶民の遊び体験かよ。漫画でしか見たことねーよ。噂とか言って嘘じゃね?」

「今回は知り合いが見たんだよ。実物はサングラスも掛けてるんだって。危険がないか周りを警戒する時、サングラスの隙間から見える目が完全に人()ってる目で……」

 

 うわぁ、東京って怖いんやなぁ……。

 

 南條さんの言っていた通り、危険がたくさん潜んでいるのかもしれない。

 

 そして駅に到着した私は、無事に下車に成功して胸を撫でおろすような思いだった。

 

「お待たせしました。本日はご足労ありがとうございます」

 

 到着したことをLIIVEで報告すると、2分とせずに南條さんは現れた。社会人らしいスーツ姿。土日なのに、しっかりした人だなぁ。

 ビデオ通話をしたときそのままのマネージャーの姿に安心する。

 

 ちょっとだけ見上げる身長で、そうそう、こんなイメージだった。ふふふ。

 

 知らない土地。東京。家から離れていくにつれて実は少しだけ心細かった。少しだけ。

 見慣れた人物と合流できてすごく頼もしく感じる。

 

「お疲れ様です。お好みのものをどうぞ」

 

 ビニール袋の中身を見せるように向けられる。午後に飲むレモンティーを受け取って少し口に含むと、移動で渇いていた喉に染み渡っていく。

 

「インフルエンザなどの流行時期には、うがいをせずに何かを飲んではいけませんからね。こういうのができるのも今だけです」

 

「ふふふっ、昨日の大喜利ですねぇ?」

 

 軽口を交わすようにして笑った後、事務所への移動が始める。

 

 おぉ、荷物持ってくれるんだ。なんか、護衛されてる気分。黒いスーツで見た目もそれっぽいし、執事みたいな。

 

 お嬢様かぁ……ふふっ。

 

 なんかそういう話を聞いた気がするから、そんな気分になってきちゃった。

 

 呑気に歩いていると、南條さんが問いかけてくる。

 

「少し寄り道をしても大丈夫ですか?」

 

 頷くと、南條さんは荷物を一度こちらに返してからコンビニへ入っていった。

 

 なんとなくだけど、うちも付いていきたかったな……。

 

 南條さんを目で追いながらぼんやりしている時に気付いたけど、この大きいキャリーバッグを店内に持ち込むと邪魔になると考えたんだと思う。あの人はそういう気遣いをしそう。

 

 すぐに出てきた南條さん。見た目に変化はなし。たぶん最初に持っていたビニール袋に入ってるのかな。

 

「そうだ、南條さんってキャッシュレス派なんですね」

 

「よく見てますね。バーコード決済ってやつです」

 

 ゆっくりと歩く中、雑談の1つとして取り上げてみたけど、言われてみればなんで私がそれを知ってるんだという話だ。

 

 つまり、見てたのがばれた。……なんかちょっと恥ずかしい。

 

「……なんか意外ですね。勝手にですけど、クレジットカード使う人かと思ってました。こう……すっと取り出して、しゅびっ」

 

 胸ポケットから抜いて使用する身振りをしたんだけど、それを南條さんがどこか微笑ましそうに見ている気がして、顔が熱くなってくる。

 

 しゅびっ。

 

 絶対子供だと思われた……。これも配信の影響だ。いつも南條さんと通話する時は配信と同じトーンで話すから、波羅劾ざくろのテンションが出てしまう。

 

 VTuberやってるせい。きっとそうだ。そのせいだ。そうに違いない。

 

「電子決済は便利ですよ。このご時世スマホは大体いつも持ち歩きますので、財布やカードを別に持ち歩く必要がありません。カードは落としたら使われてしまいますが、スマホはロック解除されなければ使われませんし」

 

「ほへー。スマホもかっこいいかもですね。……そういえば、最近テレビのニュースになってませんでした? 不正利用があったとか」

 

「大手コンビニの運営するものですね。残念ですがこの初期における(つまず)きは痛いですよ。これからキャッシュレス化は進んでいくと思いますが、この段階で撤退すると信頼に傷が残るので、もう後から再参入するのは厳しいかもしれません」

 

 難しそうなことを言っている。VTuber事務所とはいえ会社の運営に携わっている人だからか、私とは視点の違う話だ。面白い。

 

「南條さんが使ってるところは問題ないんですか?」

 

「問題がないと断言はできませんが……そんなに致命的なものはなかったはずです」

 

「そうなんですかぁ。うちも使ってみましょうかね」

 

「クレジットカードか銀行の登録が必要なので、まだ少し敷居が高いかもしれませんが」

 

「あー。じゃあだめです。うちまだクレジットカード持ってませんし、銀行は難しそうですし、怖いです」

 

「学生ですからね。これももっと普及するようになれば、現金チャージでも使えるようになるはずです」

 

 正直、他の支払い機能と何が違うのかよくわからないけれど、南條さんの口ぶりはこの形態の電子決済を評価しているみたいだった。

 

「……クレジットカードはいけませんね。波羅劾ざくろさん。リボ払いは使ってはいけませんよ」

 

「え?」

 

「小さな積み重ね、軽い気持ちが人生を台無しにしてしまう可能性があります。借金は簡単にしていいものではないんです。なにか困ったら相談をしてください」

 

 南條さんの方を見ると、先ほどまでとは打って変わって真剣な表情をしていた。

 

 何か、良くない経験でもあったのかな。

 

 すぐに南條さんの表情は柔らかいものに戻った。何事もなかったかのように口調も全て元通りだったので、その後も他愛ない話をするようになんとなく話題を出していった。

 

 実際に会うのは初めてになるけど、これまで何度も打ち合わせをしていることもあって、もう慣れ親しんだものだ。

 

 

 人通りの多い道から少し逸れたところで事務所に到着。なんだか怪しい感じがあって、アジトのようでわくわくする。

 

「外観はあまり立派ではないですが、中は綺麗にしているので安心してください」

 

 そして案内された入り口で、まず正面の洗面所を紹介される。

 

「まず、手を洗います」

 

 冗談っぽく言いながら南條さんが手を洗うので、後に続いてうちも洗う。

 

 南條さんから真っ白なタオルを受け取る。ふわふわしてるし、新しそう。

 

 なんかこういうの子供の時以来や。懐かしい。ぽんぽんとタオルを叩く。

 

 南條さん綺麗好きなのかな。と思ったけど、そういえば昨日の大喜利でもかなり衛生面に詳しそうな問題だった。

 問題作成に参加しているのかもしれないし、それか南條さんだけじゃなくて、VNIVEARTHという会社自体が清潔さを大事にしているのかもしれない。

 

「これはなんですか?」

 

 玄関の棚上にあるプッシュボトルが目についたので聞いてみると、アルコールだという。

 

 ……綺麗好きすぎひん?

 

 キャリーバッグを置くのもあってに次の部屋に進んでいく南條さん。また後をついて行くように遅れて進むと、そこには──

 

「まりも様。ご所望のクーリッショです」

 

「感謝」

 

「バビゴとサケレレモンは冷凍庫に入れておきますね」

 

「ご苦労」

 

 め、召使い……。

 

 

   *

 

 8月17日土曜日、この日から波羅劾ざくろこと喜多見明日がオフコラボのためにVNIVEARTH事務所で過ごすことになる。

 

 彼女は大学生であるため夏休みの真っ最中。お盆明けという変則スケジュールにも問題のなかった1人だ。

 

 本当はもっと早く来ることができたらしいが、彼女は今年で19歳の未成年でもあるため他のメンバーが来てからの参加ということになった。

 

 ……というのも建前で、あんまり長過ぎる期間を滞在されても満足できるような環境は整えてあげられないというのが本音だったりする。

 

 それでも別にいいと押し通されたのが神海まりも。彼女こそ特異で、高校2年生の娘を簡単に東京へ送り出した両親もかなりの放任主義と言える。

 詩星せるりの家とは正反対だ。

 

 ──波羅劾ざくろ。

 

 俺だけが知っているであろう、かつてのあのゴシップ系VTuberの面影がちらつく彼女を、この情報の塊である事務所本部に招き入れるのに全くに抵抗がなかったわけではない。

 

 あの波羅劾ざくろだ。何をしでかすかわかったものではない。

 

 ぬ〜……。お兄さん、ざくろちゃんのこと信じるって決めたんじゃないの? 間違ったことをしないように守るんじゃなかったの?

 

 そうだけどさ。普段からなんかやけに上機嫌だし、逆に怖いよ。

 

 もう! ほら! しゃきっとする!!

 

 ……まあ、現状の活動内容を見れば社内機密に手を付けるような動機はないと思うけどさ。

 

 ゴシップ以外の役割を十分に与えているし、現状で手一杯のはずだし、なにより今のVNIVEARTHに隠す機密なんてそれほどないだろう。

 

 所属ライバーの本名や住所だとか、そのくらい。

 

 まあ、あとは俺に関することが山程。

 

 ……。

 

【速報】遠藤とかいう社員ライバー、名前を偽りマネージャーをしていた。【詐欺】

 

 そんな緊急速報配信をしたりしないだろうな……?

 

『はぁ〜……もう、がっかりですわぁ。見下げ果てました。表で狂人ごっこ、裏では使用人ごっこ。良い趣味をお持ちなことで。

 所属ライバー騙してご満悦。人生エンジョイしてはりますなぁ?』

 

 だーかーらっ、変なこと考えないの! 今のざくろちゃんはそんなことしないよ!!

 

 あぁうん。わかったわかった。うっ。いたいたい。ごめんてごめん。

 

 

 午前中にいくつかのタスクをこなしてから、夕方の17時になる頃は波羅劾ざくろからもうすぐ到着とのメッセージが送られてきた。

 

 いくつかのタスクとやらで予想以上に疲れてしまったので、正直マネージャー南條になる気にはなれないが、なる必要があるので、なるしかない。

 

 波羅劾ざくろの乗った電車が駅に来るより先に到着して待機する。彼女から改札を出た報告を確認してから合流地点へ向かった。

 

 駅にライバーを迎えに行くのもこれで4人目。この動きにも慣れてきたものだ。

 

 適当に談笑しつつ、道中で神海まりもから受けたおつかいを消化して事務所へ帰還する。

 

 所属ライバーの護送完了だ。

 

「ご苦労」

 

 アイスも溶ける前に護送完了。

 

 神海まりもからも労いの言葉をいただく。なんでも、オフコラボチャットに参加していない初対面のライバーがいるときは喋るようにしているらしい。

 

 アイスを買ってくる代償として、俺の言いつけ通りゲームを休憩をしていた神海まりもはソファに座っていた。

 

 無駄に背筋を伸ばしたどこか上品な座り方。他のライバーが来るからって、服装もいつものゴシック系セット。

 

 どうせすぐに着替えにいくのだろう。俺は白い目を向ける。

 

「こちら神海まりも様です」

 

「え……神海先輩!? えらい美人……。波羅劾ざくろです、よろしくお願いします」

 

 神海まりもは優雅に軽く頭を下げながら、反して手元は爆速で動きスマホをタップする。

 

 波羅劾ざくろのスマホが振動し彼女が確認すると、オフコラボ用のグループLIIVEに参加人数が増えた。

 

『よろしゅー ٩('ω')و』

 

「神海先輩だ……!」

 

 皆これで納得するんだ……。

 

 服装に振る舞いと、謎に気取った空気を作ろうとする神海まりも。

 波羅劾ざくろもなんだか圧倒されているけど、その雰囲気を壊すようにして、ソファ端に置かれた大きな海老のぬいぐるみが異様なオーラを放っていた。

 

「これはなんです……?」

 

 海老を指差す波羅劾ざくろ。

 

 神海まりもは海老を両手で持つと、こちらに放り投げた。うっ。やめい。言いながら受け止める。

 

「なんか、ええなぁ……」

 

「では波羅劾様に任せましょう。投げますよ」

 

「えぇっ!? こっち来るんですか!?」

 

 軽く放り投げると、海老を受け止める波羅劾ざくろ。海老が好きなのか。

 

 海老のぬいぐるみ。それは今日の収穫物だった。

 

 今日は外出する予定があったので、ついでに比較的近場のゲームセンターまで行って神海まりもを遊ばせて来たのだ。

 

 行くならライバー全員で行った方が良かったとか、人の少ない平日にしろとも思わなくもなかったけど、人数が多いと何かがあったときに守れないかもしれないし、全員で行っても身バレの危険もあってはしゃげないだろう。

 

 俺は嫌だよ。気づいたら神海まりもがいなくなっていたとか、VNIVEARTHライバーが集まって遊んでたとSNSに盗撮動画が上がってるの。

 

 そんなわけで俺は、荷物持ちだのクレーンゲームの止まる合図しろだのアンパンヒーローのポップコーン回せだのと、神海まりもに振り回されて来たのだ。

 

 けれども、精神的に一番疲れたと思うのはその前のことだった。

 

 その元凶が、この部屋に侵入する──

 

「えっ、もしかして社長ですか?」

 

 ──そう、元凶とは社長。伊能凛。

 

 男を見て波羅劾ざくろが一体何を思うか。

 

「え、嘘、社長もえらい格好いい人ですね」

 

 出たか、京都弁特有の嫌味──ではなく、これは俺でもそうなる感想だった。

 

 この場に現れた伊能凛。彼は──

 

 正に今朝、美容院に行って髪を切ってきたところなのだ。

 

 服は別に拘ってないが、普通にイケメンがそこにはいた。

 

 VNIVEARTHのライバーが全員集合するオフコラボ。そこに社長がみすぼらしい格好で参加するなど、控えめに言ってあり得ない。

 

 俺は社長を説得して無理矢理にでも美容院に行かせることにした。予約の都合で開店直後に行くこととなり、社長を美容院に預けてから、ついでに神海まりもと遊んできたのだ。

 

 これの何が疲れたのかと言えば、

 

『待ってくれ亜紀人。今のボクはボクだけのものじゃないんだ。キミの描いてくれたボクと、今のこのボク。この繋がりを断ち切るなんて残酷なことを、キミはしようと言うのかい?』

 

 する。した。

 

 意味不明なことを宣っていたが、そんな抗議は当然受け付けるわけがない。

 

 今日この日は、伊能凛改造計画の実行日と決めている。

 

 直前になってもゴネていた成人男性を普通にみすぼらしいからと罵倒して、美容院にぶち込んだ。

 美容院の人は雑談で職業を聞きがちなので、絶対にVTuber事務所とは言わないようにと言い含めて。

 

 そして汚い伊能凛は、綺麗な伊能凛になったのだ。

 

 20時になれば人気投票のためのプレゼン配信が始まる。そして今日は、ちょうどこの伊能凛の番であった。

 

 本人にこういう配信がやりたいという意思がまるでなかったので、俺がこの配信をプランニングしており、本人には配信の内容をまだ伝えていないままでいる。

 

 俺に丸投げしたのが運の尽きだと思ってもらおう。今日の配信を通して、伊能凛の現状を少しでも改善しようと、試みるのだ。

 

 そのためには、伊能凛。

 

 

 この男には少しだけ──

 

 

 ──地獄を見てもらう。

 

 




 大袈裟なこと言ってるだけ──★

【誰のビジュアルを先に見たい? VNIVEARTH人気投票!!】四期生のデビューにともなって、二次投票の受付を開始します!! 現在公式Tvvltterにて公開されている画像は、制作途中のラフ段階のものです。そこで、本アンケートの結果に基づいて完成させる順番を考慮いたします。皆様の推しにぜひご投票ください!(※なお一期生については、本編では未改修のためネタバレが含まれます)

  • 萬屋ぺすと
  • 佐土原恭子
  • 神海まりも
  • 詩星せるり
  • 遠藤
  • 黒宮院みやみ
  • 拳藤正義
  • 波羅劾ざくろ
  • 伊能凛
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。