前から怪しいとは思っていた。
あの、漫画の中にしかいないような演技掛かった喋り方に、収入のない
南條亜紀人。南條さん。マネージャー。
会話したのは2回目のはずなのに、なんか私のママとも仲良さそうになっていたし、その、なんていうんだろう、取り入る話術? は巧妙だ。
……あの怪しいやりすぎ執事口調が?
えぇと、パパやママの前では違う演技をしてたんだと思う。
私の家のことはともかく。
たぶんミナちゃんは、これに気付いていたんだ。だけど、立場上ミナちゃんでは糾弾できない。南條亜紀人は社員で、ミナちゃんはフリーで依頼を受けている外部委託。力関係は負けてしまうし、私のために発言力を高めようとしてくれているところだから、下手なことはできない。
VNIVEARTH全体に危機が潜んでいるか調べて欲しいと言うのは建前で、南條さんを調べて欲しいって言うSOSだったんだ。
任せてミナちゃん。事務所に滞在するこの1週間で、南條さんのこと……南條亜紀人の事、調べ上げて見せるよ。
まず目の前で行われた取引について連絡を……ううん、曖昧な情報じゃミナちゃんも困っちゃう。ちゃんと全部を調べて、わかりやすくまとめてから報告しよう。このブツを受け取った女の子が、被害者なのか共犯者なのかすら把握できていない。
南條亜紀人の取引相手は、なんと
受け取った袋の中身を見せてもらうと……茎わかめ!?
見たところ私と同じくらいの歳の女の子が、茎わかめ……?
怪しい。
その茎わかめを見るなり、神海まりもさんはなんと南條さんを殴りだした。あ、あんなミナちゃんに負けず劣らずとも可愛い子が、急に暴力を。南條さんはどこか嬉しそうに笑ってるし、この人たちは薬の影響で精神がおかしくなってしまっているんだ。
むむむ、これは他の人にも広がっていないか調べなくては……。
*
残念なことに、神海まりものおつかいは失敗してしまったらしい。
いや俺ちゃんと言ったよ。コンビニだと梅味しかないって。スーパーまで行かないと普通のってないんだよ。
俺がわりと買いがちな茎わかめというのが、一般的によく見る梅味のものではなく、塩味だったり何も書いてなかったりする、梅味ではない茎わかめなのだ。神海まりもに渡して気に入ったのも当然そちらで、梅味だとやはり根本的な趣が違ってしまう。
ぽこぽことふざけて叩いてくる、いわゆるクソ雑魚パンチを笑って済ませながら、俺は
『よろしく ٩('ω')و』
「わわ、この子がせるりちゃん? 声とおんなじで可愛い……」
ちょっと早めにこっちに来ていた神海まりも、昨日から滞在している
女子高生組2人と比べると、京弁大学生が一回り大きいな。配信で晒すようなふんにゃりした妹わんこのイメージがあるから、波羅劾ざくろも小さく思えるが意外と背が高い。
俺の方がまだ背は高いし、そしてもっと高いのが我らが社長、伊能凛である。
「あっ、お世話になってます。河井美空です。社長……?」
美容院にぶち込まれて清潔感がプラスされた伊能凛を見て、詩星せるりは少しばかり困惑した声を出している。2月の面接の時に一度顔を見ているはずだけど、えー先日までの髪が伸びてもっさりしていた浮浪者伊能凛の姿は見ていないはずで、これはどういう困惑だ?
面接時ですら無造作な髪型だったし、素材が良過ぎるのが明確になったからこその驚きか。
……いや違うな、目線的にクソデカ名札だ。服装自体はいつものくたびれた長袖Tシャツだし、こっちも改善しておくべきだったか。
服装は大事なのだ。例えば俺がアロハシャツに短パンでサングラスをしていたら、今のような信頼は得られていない。伊能凛にもきちんとスーツを着せて、威厳を持たせるのが正解なのだ。
スーツは流石に買いに行くのがめんどくさい。行くように申請したら1人で勝手に行ってきてくれないかな。神海まりもや他ライバーに選ばせてくるか……? いや東京まで呼びつけておいてそんな負担はかけられない。もはや勝手知ったる実家のようになっているクソガキまりもんはともかくとして。
意外にも熱心に俺の話を聞いている詩星せるり。一言一句を逃すまいとする姿勢は彼女の勤勉さを体現していた。録音していいかとまで聞かれたけど、そこまですることじゃないだろうに。必要ならあとで資料を作りますと提案。
収録部屋などを案内していると、そこへ
「お疲れ様ですー! ちょっと早く来すぎたかしら?」
大分早い。現在時刻は12時過ぎ。集合時刻として伝えてあるのは19時である。
いつでも来ていいとは言ったんだけど、6時間前集合は予想していない。えらく上機嫌に荷物を置いているし、余程楽しみにしていたんだろうか……。
「え、ええっ!? 社長ですか!?」
騒ぐ声が聞こえてくる。……萬屋ぺすとは、一番汚いときの社長を見ているからな。いやそんな文字通りに汚かったわけじゃないけど、ちゃんと美容院で切る前はかなりだらしなかったから。
「なんだか気合が入ってますね。お昼はどうします?
「ええ、そうさせてもらうわ。そっちの子、達は……?」
彼女が知らない人物といえば、波羅劾ざくろと詩星せるりの2人だ。こちら、誰々。こちら、誰々。と3人にそれぞれ紹介していくと、萬屋ぺすとがはしゃいだように声を弾ませた。
「せるりちゃんに、ざくろちゃん!? いいなぁ~、若い~! まりもちゃんといい、アタシ以外みんな若い子ばっかりで、うう、これだからもう、配信でおばさんとか言われちゃうのね……」
そしてしょぼしょぼとしだした。元気な人である。
他の2人がそんなことないですよとフォローするが、萬屋ぺすとも冗談でやっているので詩星せるりも波羅劾ざくろもどこか笑顔だ。俺の堅苦しい話もこの辺にしておいて、ライバー同士で親睦を深めておいてもらおう。
1人で頷いていると、詩星せるりがこちらを見た。なんだ……?
「私のことはご心配なく、ライバーの4人でお話していてください。こちらも業務に戻りますね」
マネージャースマイルで言うんだけど、なんか怪訝そうな顔をしている気がする。なんだ……?
「……ああそうだ、お昼。昼食はどうしましょうか。外で食べてくるか、出前を取るか。あとはコンビニで買ってくるか、お弁当屋で買ってくるかになります。一応私の方で作ることもできなくもないです。そうめん、ひやむぎ、うどん。そばはありません」
他にもあると言えばあるけどなぁ、と心の中で補足していると、服装も態度も高貴モードのままだった神海まりもが、キラキラとしてエフェクトが付きそうな、どこか優雅で丁寧な所作で取り出した。
――カップ麺を。
しかも当たり前のように取り出したそれ、1個220円のやつじゃん。『
薬局のセール時では1個100円以下で買えてダンボールで貯蔵している、『がつ盛』シリーズで最初は喜んでいたのに、何個か買ってあった
……まあ安いやつの2倍とはいえ、たかが200円だし全然いいんだけど。コンビニ価格のカップ麺の方が余裕で高いし。
いやいや、来客にそんなものを食べさせられるかよ。
神海まりもの行動を冗談として雑に処理して他に何食べますかと聞いてみるのだが、しかし神海まりもが持ってきたダンボールからは、札幌、青森、茨城、埼玉、京都……と次々とバリエーション豊かなご当地味が出て来てしまい、これが3人の興味を惹いてしまった。
「あ、これスーパーでたまに見るやつよね。ちょっとだけお高いカップ麺。あんまり買ったことはないんだけど……」
「へぇ~。こんなに味があったんですね。茨城も京都もありますよ」
「静岡はかつおラーメンなんですか。えっ。さ、
それサンマじゃなくてサンマーメン、あんかけを使ったとろみのあるタイプのラーメンですよと唐突に21歳スーツ姿の男がシュバりつつ、この流れを断ち切るために画策する。
くっ。なんか危うくカップ麺品評会が始まってしまいそうな空気になりかけたけど、
「それでしたら、この滞在中に企画としてライバー全員で食べ比べでもしてみましょうか」
と提案することでなんとか免れた。
事務所に来て早々、昼間からライバーにカップ麺て。もっと少しでいいからまともな物を食べさせたい。
「で、出前なんて悪いわよ……、まだ配信で稼いでもないんだし」
と年長者が委縮し始めたので選択肢が1つ減る。まあ出前を取るなら今夜を想定していたので、それなら外食か――とそれも同じ理由で辞退。
コンビニ飯も雑な気がするし。自分で言ったことなんだけど、実際に会うのが初めての相手に囲まれながら料理を振舞うというのも恐ろしくなってきた。
萬屋ぺすとのそうめんは振舞えたけど、あの詩星せるりにそうめんは振舞えない。
俺の心の中で誰かがダメだよそんなのって言っている気がする。
「あー……すみません、こちらから事務所に呼びつけておきながら、まともなおもてなしもできず」
「いいのよ! なんかこういうのって、楽しいじゃない!? 前も言ったけど、まさに今発展中の、事務所の最初の頃、って感じで!」
「わかります。会社の人と会うっていうよりは、配信者仲間として、友達と会うみたいな感覚がするといいますか。楽しいですよ」
「む、むしろあんまりちゃんとされてしまうと恐ろしいというか。うちなんかまだデビューして1ヵ月ですよ。あっ! に、荷物持ちますよ!」
「大丈夫ですよ。力仕事は私が請け負います。滞在中、男手が必要になったらいつでも呼んでくださいね」
結局、全員でコンビニに買い出しに行くことになった。俺が買い物カゴを持って、支払いも持つ。
萬屋ぺすとがパッケージ裏のカロリーを見て悩んでいたり、波羅劾ざくろがサラダだけでお腹いっぱいになるとかいう小食さを見せたり、詩星せるりが惣菜のレバニラを見つめていたので俺が勝手に購入決定したり、神海まりもがカップ麺を買おうとしたり。
これだけでも各々の個性が見えて、配信の話題になりそうだった。
アイスやジュースはまた後で買いに来るとして、ひとまず帰宅。俺は仕事があると伝えて伊能凛を連れて外出。女性4人で仲良くしててもらおう。
「フフ、なんか久し振りだね。こうして2人で並んで歩くのは。盲点だったよ、ライバー全員が揃ってしまったら、キミは彼ら彼女らに付きっ切りになってしまうと思っていたけれど、むしろ他のライバーが揃った方が都合がいいなんてね」
よくわからんことをぶつぶつ言っている。
「ボクたちはどうするんだい? ラーメンでも行くかい?」
「行きませんよ。なんで俺たちの方がライバーよりいいものを食べてくるんですか。……これから服を買いに行きます。もう少しマシな服を着てください」
「服か……。わざわざ着飾る趣味もないが、キミが言うならそうしよう。誰かと服を買いに行くのは初めてだ。こういう時はそう、キミが選んでくれるのかい?」
選ばねーよ。ならアロハシャツ着させるぞテメー。
*
無難な服屋に行き、ついでに古着屋を覗いた俺たちは、道中でやはりコンビニに寄って適当に軽食を買いその場で簡単に胃に押し込んで、事務所に戻る。
「キミとする買い食いというのも面白い。チキンの類も種類があるんだね。亜紀人はよかったのかい? 期間限定と書いてあったよ」
「期間限定なんていつもやってますよ。月に1回はなにかしら、そうやって目新しいものを常に入れ替えて顧客の関心を惹き続けるのがコンビニエンスストアの経営です。
……VTuberというのも同じですからね。常にリスナーにとっての新鮮さをたやさないように、企画や試みを考えていかないといけないんです。毎回同じゲームをだらだらするようではリスナーも飽きてしまいます。俺たちは個人勢じゃなくて企業としてやっているんです。事務所の名前をそれっぽく出してしまっている時点で、リスナーから期待されるハードルは上がります」
「さすが、亜紀人だね。ボクの信頼できる親友。VTuber事業への造詣の深さには感心させられるよ。キミに言われるようになってから調べる機会も作るようにしたけれど、そういったノウハウがまとめられているようには見えなかったね」
……。
え。
社長が、知的なことを言っている……!?
なんだかすごい久々な気がする。最後にこういう真面目な話をしたのはいつのことだっただろう。
「調べ方の問題でしょう。というか調べることでもないんです。VTuber自体は2017年に新たに生まれたジャンル、と見ることもできます。経営する側へ向けた専用の記事というのは、もっと情報が一般化してからです」
事務所を立ち上げて、業界に参入しようとする人間というのが、もっと増えるようになってから。VTuberが広く普及して、金になると確信してからが本当の群雄割拠が始まるときだ。それは良い意味で群雄割拠している今のバランスが崩壊していくということだけど、余談か。
経営する側の人間が増えてきてからやっと、経営する側へ向けたコラムや記事が増えてくる。記事を書く人間だって、なにも趣味で書いているわけではない。大半は広告などで収入に繋がるからやっていることなのだから、需要が低いうちに好き好んで経営指南などあまりしないのだ。
「ただ、VTuber自体は全く新しいものではなく、結局のところタレント事務所です。そうなれば、後は知識と照らし合わせて、おそらくそうだろうで方針は立てられます。後は実践してみてですね」
「その知識が膨大なんだろうね。あるいは質が良いか。それは誇ることだろう? ボクはボクの服装がVTuber事務所に影響するなんて考えなかったよ」
それは――
それは社会人としてどうかと思う。
*
17時を過ぎた頃、
「えッ、ええッッッ!? 社長!!???」
そして社長を見て驚愕の声を上げた。服もまともになって、変わり果てたからね。服が変わっただけだけど、4人の女性陣も反応を示した。やはり服装は大事なのだ。
神海まりもだっていつものだらけた部屋着に戻っていない。これから全員が集まるからか、なんかお嬢様
今のお前、カップ麺激推しお嬢様になるけどいいのか……?
――だがしかし、そんなエセお嬢様も心折られる瞬間が訪れる。
事務所の手前に黒塗りの高級車が停まった。おいゴルァ! 降りろ! 免許持ってんのか! ではない。俺が言うまでもなく、運転席からスーツの男が降り、後部座席のドアを開いた。
「お疲れ様です」
どこか気品のある風体でのんびりと言うのは、
新たなライバーが到着するが、迎えには行かないということで不思議そうに俺の後を付いて出てきていた神海まりもが、呟いた。
「ま、負けた……」
何と戦ってるんだよ。
力なく寄り掛かってくる神海まりもをちゃんと立たせて、運転手の方を見る。初老のスーツ姿の男。同じスーツを着るものとして対抗心が……ない。俺まで戦おうとするな。
にこやかにこちらを見てくるが、お嬢様に何かがあったら殺すぞと言っているように見えた。
詩星せるりの両親で回避したからもう無いと思ってたけど、佐土原恭子で食らうとは。
そして18時。9人目、最後のライバーを迎えに駅へと向かう――。
*
駅のホームから出た私を、迎えるかのように歩み寄る1人の男性。
「お待ちしておりました、薫様」
ああ、待っていたのは、私の方。この時を、こうしてインターネットという隔てをなくして会えるこの日を、この1ヵ月の間、どれだけ待ちわびたことか。
――推しとオフ会!
――生声!
きゃ~~~~~~~~~~~~~~~!!!!
い、今まで、亜紀人さんと出会う前にもちょっと声良いなぁって他の配信者さんに靡くことはあったかもだけど、実際に会話をしたり、会うだなんて初めて……♡
こ、こんなに近くに……♡
亜紀人さん。南條亜紀人さん。旦那様。
私との会話を覚えてくれてて、薫って名前で呼んでくれてる……!
きゃあ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!!!
「ここまでご足労ありがとうございます。お疲れでしょう。差支えなければ、お荷物お持ちします」
当然のように持ってくれる荷物。紳士……! 私の、執事様……!?
――声良い!
――顔良い!
きゃあ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!!!!!!!
「お飲み物をいくつか用意しています。お好みのものがあればお取りください。落ち着いたら事務所へ移動しましょう」
あひゅ、ふへへ……♡
「あ♡ ちょ、ちょっと、ペットボトルの蓋が開かなくて。お……お願いしていいですかぁ?」
「え、ああ。すみません、配慮が足りず。失礼いたします」
あゅぁゃ、ひぁぁ……♡
事務所までの道中、何を話したかよく覚えていない。ただ、夢のような時間を過ごしたことだけは覚えている。
これ、車道側歩いてくれてる……♡
自転車からさり気なく守ってくれた、大事にされてる……♡
そして。
事務所に着いたところで、私は目撃してしまう。
「神海様、ご注文の茎わかめです」
「ありがとパパ」
パ、パパ活……。
【誰のビジュアルを先に見たい? VNIVEARTH人気投票!!】四期生のデビューにともなって、二次投票の受付を開始します!! 現在公式Tvvltterにて公開されている画像は、制作途中のラフ段階のものです。そこで、本アンケートの結果に基づいて完成させる順番を考慮いたします。皆様の推しにぜひご投票ください!(※なお一期生については、本編では未改修のためネタバレが含まれます)
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萬屋ぺすと
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佐土原恭子
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神海まりも
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詩星せるり
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遠藤
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黒宮院みやみ
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拳藤正義
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波羅劾ざくろ
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伊能凛