↑前回6話目にしてこれが主人公の初セリフってマジ?
雑居ビルの一角。一角などというのもおこがましいような狭いワンスペースは、壁にこそ隔たれているものの、
この部屋だけが、VNIVEARTH事務所。そんなスケール。
防音の類は……望めないな。
他に賃借しているテナントの声が聞こえてくる。
もしかするとドアを開けたら防音室があって最新の機材が揃った配信環境が──って可能性があるわけないか。
そんなのがあったらあの未来で誰かが言及してるはず。
言い合いになったときどうしよう。怒号や悲鳴が聞こえたら流石に周りの人も来てしまうだろう。
暗殺術とかは心得てないぞ。
貧相なVNIVEARTH事務所のドアを前に、俺は見据えた。
この先にいるのが社長、伊能凛。
【骨折だってエンタメだ カジノキング(笑) 伊能凛】
俺にとってこの男はなんだろう。まだ見ぬ諸悪の根源について思いを巡らせる。
VNIVEARTHを設立した敬うべき相手か。
俺と少女を精神的に支えて延命した感謝すべき相手か。
あの未来を生み出した恨むべき相手か。
それとも、俺の恩人であるあの少女を殺した呪うべき相手か。
記憶や感情を整理して、殺意8割。
ゆっくりと、ドアを開ける。
「やあやあ。よく来たね、待っていたよ」
簡素でインテリアもろくにない、殺風景な狭い部屋。そこにいたのは、若い男だ。
背は俺より高い、目算180程度。細身。
やや無造作に伸びた髪と、少しくたびれたTシャツから、容姿を飾ることには気を遣わないタイプなのだとわかる。
だが美形だ。もっと小太りのパワハラおっさんかと思ったが、これではミステリアスな長髪美男子と言い表せてしまう。
こちらを射抜くかのように向けられた眼は不敵に細められており、口角はどこか上がって見える。
「──ボクがVNIVEARTHの代表、
「……本日はお招きいただきありがとうございます。
社長との直接の面接。ご多忙の中このような場を設けていただき、感謝いたします。
名乗りつつ、浅く会釈する。
俺が顔を上げた後に、互いに視線を逸らさぬまま数秒。
するとおもむろに伊能凛は俺との距離を詰め、
「なんだ普通の人じゃないか。動画は確認させてもらったよ。素晴らしいね。全部で20本。そこらのVtuberと比較して不足ないどころか、すでに洗練され、完成されている。あのまま投稿するだけで、しばらくの期間使えるじゃないか」
「……っ」
フランクな言動に拍子抜けする。
こちらの肩でも抱えてきそうなくらいのフレンドリーな勢いだが、しかし気は抜かないように意識する。彼の眼は、軽薄そうに細める形を崩していない。
「こんな新規企業に来る人材じゃないよね、キミ。
あそこまで
独特かつ飄々とした雰囲気に垣間見えるのは懐疑。警戒。興奮。
まあ、そうだよな。
流石に俺の送った動画を見て手放しで喜ぶほどの馬鹿ではない。むしろ逆で、それなりの理知的さが感じられる。
外見はその人物の印象を左右する。この男は不気味なまでの、底知れなさを放っている。
「さあ座ってくれ──と言いたいところだが、人が来るとは思ってなかったのでね。椅子はボクのしかないんだ。ここはフェアに、立ったままラフに話そうか」
そういうと、男は部屋に唯一あるパソコンの置かれたデスクへ向かい、その椅子に座らずに、デスクの角へ半ば腰掛けるように体重を預けた。
なんだこいつ。
ないからってないままにするなよ。
人を招くなら用意しろよ。
用意してから呼べよ。
つかお前は立つのに楽するのかよ。
社長が面接で机に座るな。
「スーツで来てくれたのに、こっちはこんな
「なんだこいつ」
「ふっ、ははははは! そんな目で見ないでくれ。キミもこっちに来て机に寄り掛かってもいいし、それかその壁でも使うといい」
なんだこいつ。
「さてさて。あの動画だが、いつから作ってたんだい?」
「半年ほどです。今年の4月ごろから本格的に作り始めました」
「半年か……。恐れ入った。キミはイラストもモデルもBGMも、動画もその企画内容も、声も喋りも全て自前で用意したとのことだったね。
エンジニアやプランナーとしてVtuberに関わる仕事をするために、自分を売り込むための動画を作り貯めていた。便利屋として仕事を募集してもいいが、自分の技術に相応しい会社があれば入社したいと考えている。それで合ってる?」
そういう筋書きでメールを作成した。嘘ではない。
「じゃあ
まあ、そうなる。
というか自覚はあったのか。自分で気まぐれとかこんな会社とか言うなよ。
なら逆に振り込むか。こんな舐めた真似してくれるんだ。多少の無礼講を望んでいると解釈しよう。
「だからこそ、です。
12月に起業、オーディション、正月に所属ライバーのデビュー。正気じゃないと思いました。この人間は──あなたは計画性がなく、無責任で快楽主義な人間であると」
ここまで言って、伊能凛の表情は変わらない。
怒るでも、更に笑うでも、呆気にとられるでもなく、薄笑いを浮かべたまま静かにこちらの言葉を待ったままだ。
「だからこそ。
「やりたいこととは?」
「それ自体は大層なものではありません。ただ私は、VNIVEARTHという場ならやりたいことが出来る。オーナーの意向に縛られず、私のやりたい企画を行うことが出来る。
私のやりたいVtuber事務所をやることが出来る」
そう。ただ普通に、平穏で、無難で、なんでもない。
VNIVEARTHという
ここでしか出来ないことだ。
「ふぅん、なるほど。なるほど。
つまりキミは、ボクの
なるほど。キミの実力だけでこのVNIVEARTHがどこまで通用するか試したいと? キミの実力を振りかざしたいと?
自己顕示欲、いいや少し違うか。言うなれば、キミはキミの──
──存在証明がしたいのか」
なんだこいつ。
言いようのない圧迫感に、たじろぎそうになるのを堪える。
自己顕示欲なら違うと否定した。
だが、存在証明などと言われると、内心で動揺してしまう。
俺が生きた意味。俺が過去に戻った意味。
俺があの少女のためにできること。俺があの少女のためにできなかったこと。
何も成し遂げることのできなかった俺に、せめて今から出来ること。
見透かされたようで、不快だ。
「そう……ですね。概ねその通りです。私は私の力で、VNIVEARTHを好き勝手にしたい。
別に業界最大手を目指すわけじゃない。ただ私の思い描く未来を作りたい。5年後も10年後も続くような、普通の箱を私の手の届くところに置いておきたい。
私の手でそれを、成し遂げたい」
「面白い。キミは面白い男だ」
何が面白いのか、警戒するような嗤いは薄れ、愉快そうな笑いへと変わっていった。
「Vtuberが5年10年続く、か。ボクにはそうは思えないが、そんな見通しは出来ないからこそ一時の遊びでVNIVEARTHを作ったが、キミはどうしてそう思うんだい?」
「続きますよ。5年後も、10年後も」
「根拠は?」
「企業秘密、ですかね」
未来を知ってるからとは言えない。
これから新型コロナウィルスによるパンデミックが起こり、人々は外出を禁止され自宅での待機を余儀なくされる。
そんなこと言おうものなら異常者として見られる。
いやそれもありかもしれない。
他の所属ライバーたちと同じように、この男からおもしれー男として玩具の価値を見出されるのもまた手段だ。
「企業秘密って、キミがボクの会社に入るなら社長になるボクにも共有すべきじゃないかい?」
うるせえ変な揚げ足とるな。
「Vtuberは今もなお数を増やしています。これからも増え続け、一つのジャンルとして定着します。配信と言う文化は生活の一部に組み込まれ、若者を中心に浸透していく──
──賭けますか?」
「賭け、か。面白い。ギャンブルは嫌いじゃない」
男は心底面白そうに目を伏せた。
炎上する自分の会社を放置して金だけ持って渡米、違法カジノで逮捕される男だ。ギャンブルが嫌いなわけない。
「Vtuberとはなんだい? ただその辺にいた配信者が、素顔を隠しイラストの仮面を被る。それだけの小細工じゃないのかい?」
「それだけです。二次元のハリボテを立てて、三次元の容姿を潜める。
ただそれだけの小細工が、親しさを生む。配信という形式は常に変化という新しいを提供する」
あの病室で、あの少女がそうだったように。
「隣人なんですよ、Vtuberは。すぐそこの画面の中にいて、それでいて触れることのできない、遠い存在でもある。生身の人間でないからこそ身近で、いつでも隣にいてくれる。
それは希望であり、夢であり、憧れであり、生き甲斐ともなりえる」
だからこそ、無責任な悪意の言葉が彼ら彼女らを襲う。面と向かって言えないことも、画面の向こうでも生身の人間の顔が見えれば言えないことを、イラスト相手には言えてしまう。
諸刃の剣なのだ。リターンがあればリスクがある。利益には代償が生じる。
「……賭け、ね。ボクが勝ったらどうするんだい? キミが負けたら何を差し出す?」
「なんでも差し出しますよ。私にあるものなら。やれと言われればなんでもやりましょう。死ねと言われれば死にます。殺せと言われれば殺します」
「ふふふ。いや、やめておこう。勝ち負けはこの話の趣旨じゃないし、キミが勝った時に支払えるものがない。それに──
──キミに何が見えているか気になる。これはハッタリなんかじゃないね。キミの目は嘘を吐いている目じゃない。キミには本当に何かが見えている。
キミに断言させるまでの根拠が、そこにはあるんだろう」
……。
そろそろ疲れて来た。俺も大概だけど、こういう中二病みたいなやり取りが好きなんだろうか。俺はもっと経営戦略とか配信方針について理論を語るつもりで来たんだけど……。
「確認だが、ボクに個人的な恨みがあってここを潰そうとしているだとか、先日デビューしたライバーを手籠めにしたいわけではないんだね?」
「もちろんです。私の思い描く未来に不祥事は存在しません」
まあ、個人的な恨みはあるけど。VNIVEARTHを潰す気は微塵もない。
「Vtuber業界の頂点を目指したい、というわけではないんだね?」
「はい。私が目指したいのは、普通の箱ですから」
「普通の箱のためなら、努力は惜しまない?」
「はい。VNIVEARTHを普通の箱として、存続させていくためなら──
──俺はなんでもする」
「いいね。いいよ。面白い。キミがどこまでやるのか、どこまでやれるのか、何を為すのか、成し遂げるのか。興味がある。キミの言う『普通の箱』がなんなのか、ボクに見せてくれ。
VNIVEARTHの社員として、ボクに余計な手間がかからない範囲で。
このVNIVEARTHを好きにするといい」
愉快そうに、大胆不敵な手ぶりで、伊能凛は俺に採用を告げた。
よし。これで第一関門は越えた。
俺はVNIVEARTHの内部から、これからVNIVEARTHに起こる問題へ向けての対処ができる。
「ところでキミ、一人称は『俺』って言うんだね」
「……」
「いいじゃないかいいじゃないか。社長だとか気にしなくていい。もっとラフなタメ口で結構。タメ口で構わない、タメ口にしてくれ。
そう歳は変わらないだろう。ボクは友達がいないんだ。ボクのことは『いのりん』と呼ぶといい」
いやマジで肩組んできたんだけど。
マジでなんなんだこいつ。
この男の脇腹に拳を叩き込みたくなるのを抑え、距離をとる。
絶対そんなあだ名で呼ばないからな。呼ぶわけがない。
底知れない男なのか、本当に無計画なだけの人間なのか。
本当に能天気な馬鹿でないことだけは理解したが、この男にVNIVEARTHを任せておけないことだけは確信した。
今この瞬間から、VNIVEARTHを救うための俺の苦難の道は始まる。
VNIVEARTHを守るため。
あの少女が愛した箱を守るため。
あの少女と見たあの光景を守るため。
失われた未来の、続きを見るために。
たとえそこに、これから作る未来に、あの時の少女がいなかったとしても。
これから破滅する
──そのためだったら俺はなんだってする。
「あ、そうだ。キミ、エンジニアじゃなくてアクターをやりなよ」
「……は?」
「キミはVtuberになるべき男だ」
【誰のビジュアルを先に見たい? VNIVEARTH人気投票!!】現在公式Tvvltterにてシルエット画像を公開中。4期生デビュー後に内容が明らかになりますが、これは制作途中のラフ段階のものです。そこで、本アンケートの結果に基づいて完成させる順番を考慮いたします。皆様の推しにぜひご投票ください!(※なお一期生については、本編では未改修のためネタバレが含まれます)
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萬屋ぺすと
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佐土原恭子
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神海まりも
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遠藤
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拳藤正義
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波羅劾ざくろ
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4期生の2人目