過去に戻ったので、破滅する推し箱の未来を変える。   作:匿名

75 / 86
#072 みゃみの素晴らしい1日

 目を覚ますと、そこは身に覚えのない部屋。

 

 キッチンの見える1LDKの、置かれたソファーにタオルケットを敷いて横になっている。見下ろす床には布団を敷いて眠っている少女たち。

 

 そう、ここは私の所属するVTuber企業、VNIVEARTHの事務所。昨日から私たち所属ライバーはここで宿泊している。事務所と生活空間も兼ねたマンションの一室だ。

 

 時刻は6時。まだ少しだけ早い時間。他の皆さんを起こさないようにゆっくりと起き上がる。

 

 ほんのちょっぴりあくびをしつつも心地良い目覚め。私にはやることがある。心の底からやりたいことが、やるべきことになった時。人はこんなにもすっきりと起床できるのだ。

 

 カーテンを大きく開けると朝日が差し込む。快晴。窓を開けて空気を入れ替えながら、私はキッチンへと向かった。

 

 エプロンを付け、まな板を軽く水で流しキッチンペーパーで拭き取ったらまな板シートを敷く。

 

 冷蔵庫からキャベツ、玉ねぎ、にんじん、それからウインナーを取り出して、それぞれ適量に切り分けていく。

 

 とん、とん、とん。とん、とん。

 

 ふふふ……♡

 

 気分はまるで新妻。朝食を用意するということは、つまり1日の始まりを彩るということ。この朝食で亜紀人さんの1日は始まって、食べたものが日中のお仕事を頑張るエネルギーになるんです。

 

 私が亜紀人さんの今日を支えている、ということになる。

 

 そんなの、嫌でも頑張ってしまうじゃないですかぁ……♡ 今日一日亜紀人さんの身体の中で一緒に過ごす食べ物を、私が作るんです。

 

 軽く油を敷いた鍋にウインナーと玉ねぎを入れ、まず炒めていく。その後は火が通りにくい順番。そんなに変わらない気もするけど、こういうところで横着しないのが料理のポイント。

 レシピどおりに進めないのが料理を失敗する人の理由。亜紀人さんの胃に入るものに失敗なんて許されませんからね。

 

 みやみ、頑張りますよぉ……♡

 

 次ににんじん、柔らかくなるまで火を通したら、水を入れて沸騰させる。そうしましたら弱火にしましてじっくりことこと。にんじんが柔らかくなってきたら最後にキャベツ。

 

 仕上げに市販のスープの素で味を整えて……。

 

 あ、隠し味に愛もちょっと入れちゃいましょうね。

 

 ふふ……♡

 

 みやみの愛と野菜たっぷりスープの出来上がり!

 

 ブロッコリーとじゃがいもも入れてポトフにしちゃってもいいんですけど、朝ですからね。ちょっとあると嬉しいスープとして、手軽に作れてさっと飲める範囲に収めましょう。

 

 レタスをむしって、小皿に盛り付ける。きゅうりとトマトも小さく切って、添えたらサラダも準備おっけー。

 

 あとはトースターで食パンを焼くだけ……ですが、まずトースターを空焼きしましょうね。ここで焦ってはいけません。

 

 中をちゃんとあっためてから入れちゃいます……♡ やんっ♡

 

 トースト、サラダ、スープ。亜紀人さんの1日と健康を守る野菜たっぷり朝ごはんの完成です!

 

 

 ――がちゃ。ドアが開く。

 

「おはようございます、みやみ様。事務所に来たらとても良い匂いがしてきて、それだけでお腹が空いてしまいました。さすがはみやみ様ですね。普段の配信でも料理をされている、日々の賜物ですね」

 

「いえ、そんな……♡」

 

「このVNIVEARTHで一番の、良いお嫁さんだと評判です」

 

「えふふふふふへ……♡」

 

「朝早くからこんなに豪華な朝食を。大変だったでしょう? 感謝しているのです」

 

「いえ♡ みやみとして当然のことと言いますか、亜紀人さんのためならこのくらい普通ですよぉ♡」

 

「みやみ様にはこの気持ちを、どういった形のお礼で伝えたものか……」

 

「で、でしたら、その、『様』付けをやめて、みやみとお呼びください……♡」

 

「みやみ様……いえ、みやみ……」

 

「亜紀人さん……♡」

 

 ――チンッ。トースターの音が鳴る。

 

「あ、焼けたみたいですよぉ♡ 準備しますので、お席へどうぞ♡ 今日はマーガリンでいいですか?」

 

「ああ、いつもありがとう、みやみ」

 

「ぬーりぬり。はい、できましたぁ♡ あーん♡」

 

「あーん」

 

 さくっ。

 

「美味しい……! 完璧な焼き加減だ。これにサラダも、スープもある。今日は最高の1日だよ」

 

「亜紀人さんのために、頑張りましたぁ♡」

 

 私たちはテラスに出て潮風に触れる。波の音。どこまでも広がる海、この開けた水平線のように私たちの未来には何一つの障害など無いのだ。

 

「ごちそうさまでした。それじゃあ、行ってこようかな」

 

「はい♡ 行ってらっしゃいませ、旦那様♡」

 

 私は亜紀人さんに軽く抱き付く。亜紀人さんもまた、私を包み込むように抱きしめた。

 

「こらこら、こんなことされたら、もう離れたくなくなってしまう」

 

「えへへ♡ じゃーあ、今日はこのままでいちゃいますかぁ♡」

 

「そうしたいところだけど、ううん。みやみのために、今日も頑張ってくるよ。昼過ぎには戻ってくるからね。お昼ご飯、楽しみにしてるよ」

 

「はい♡」

 

 今すぐにでもまた抱き付きたい気持ちを押さえて、私は惜しみながら亜紀人さんの背中を送り出す。これでいいのよみやみ。今は耐えるとき。この離れた時間が愛を強くするのよ。

 

 旦那様が出かけている間に家事をこなす。布団の干して、シーツを変えて……。亜紀人さんの匂い、むふぅ。おっといけない。夜まで我慢。

 

 毎日掃除してるから、目立ったホコリもない。掃除機をかけるのは電気代が勿体ないかも。

 

 さてお洗濯お洗濯。亜紀人さんのシャツ……むふぅ。おっといけない。夜まで我慢。

 

 亜紀人さんの下着……むふぅ。おっといけない。夜まで我慢。

 

 10時過ぎ。今日も腕によりをかけてお昼の準備をしましょうか。ふふふ、きょ・う・は~、配信でもしちゃいましょうか。

 

 私は『亜紀人とみやみのラブラブカップルch』で配信を始める。

 

「みなさまぁ~。今日もお越しいただき、ありがとうございますっ♡」

 

:はじまった!

:こんにちは

:みやみちゃん!

:楽しみ!

 

:今日は何するの?

 

「今日はぁ、旦那様のために、お昼ご飯を、作りまぁす♡」

 

:やった

:神回

:幸せそうでこっちも幸せになる

:最高の昼間

:みやみちゃんのお料理教室だ!

:ママ友グループに始まったって呼んでくるよ~!!

 

 

「ふぅ……これで下ごしらえはよし♡ これから煮詰めている間、みなさんのマシュマロを読みましょうか~」

 

:やったー

:読まれるかな、ドキドキ

:恋バナだ~!!

 

「まずこちらぁ~。えっと……『いつも配信お疲れ様です。毎日欠かさず見て、みやみちゃんの幸せオーラ貰っちゃってます。私も毎日ハッピーです!』。ふふふ♡ 皆さまも幸せになっていただけているのでしたら、私も幸いです♡」

 

:私もー!

:悔しいが俺も幸せ貰ってるぜ

:いつもありがとう

 

「では続きを……『みやみちゃんと亜紀人さん、2人の掛け合いは見てるだけで胸がいっぱいになります! VNIVEARTHで……いえ、VTuberで、Yovitubeで一番の幸せカップルですね!』。ありがと~。『ぜひまた亜紀人さんとの出会いのエピソードを聞きたいです!』。

 え~、またですかぁ。週に1回はしてますよぉ♡ みなさんは、どうですかぁ?」

 

:聞きたい!

:リアタイでこそ意味がある

:何度でも味のする最強の恋愛トーク

:3日に1度は聞きたいです!!

 

「えへへ~。私と亜紀人さんはぁ、みなさんもご存知、私の所属しているこのVNIVEARTHで出会ったんです。亜紀人さんはその時の面接官♡ それでぇ……500人もいた応募者の中から、私を見つけてくれたんです……♡」

 

:シンデレラストーリー!

:この時から赤い糸でつながってたんだね

:運命だよ!

:遠藤、俺の負けだ……

 

「実は亜紀人さん、当時から遠藤様っていうVTuberとしても活動してたんですよねぇ♡ 私は遠藤様最推しでVNIVEARTHに応募したので、遠藤様最推しの私を遠藤様が直接採用してくださったんです♡」

 

:これは一途な

:結ばれて良かった!

:俺らも祝福するしかねぇよ

:遠藤……いや亜紀人、お前ならみやみを任せられる

:みやみの幸せが俺らの幸せ

:わりぃ、ちょっと泣く

 

「ふふふ~♡ 私も亜紀人さんもVTuber。2人が人気絶頂の中での交際発表でしたので、もちろん世間のバッシングもありました。ですがこうして皆さまにも受け入れていただき、VNIVEARTHが誇るカップルとして認めて貰えるようになって、今日もこうして楽しく配信をしております♡」

 

:あのときは叩いてごめん

:悔しかったんだ

:でも今は認めてる

:お前たちがナンバーワンだ

 

「いいんですよぉ~。皆さまも、きっと良いパートナーが見つかります。私たちと一緒に、皆で幸せになりましょう~」

 

:ありがとう!!

:私も亜紀人さんみたいな彼氏欲しい!

:俺は独身でいい。最後までみやみを推すぜ

:恋愛相談送りました!

 

「あ、亜紀人さんが帰ってきました!」

 

「ただいま、みやみ」

 

「おかえりなさいませ♡ 旦那様♡ ちゅ♡」

 

:みゃみ;;

:幸せにな……

 

「では皆さま、配信はこのへんで終了いたします。2人の食事の様子はTvvltterの方を見てくださいね~♡ ご視聴ありがとうございましたぁ♡」

 

 配信を終える。最終的な同時接続数は1万8000人。

 いまや登録者数が300万人を越え金盾にもなった私と亜紀人さんのチャンネルは、いまや若者からママ層までが親しむカリスマ的カップルとして名を馳せていた。

 

「今度の仕事決まったよ。大手炭酸飲料メーカーと、あと今回は結婚式場のPRキャラクターを務めることになった。ゼ〇シィの表紙にもなる」

 

「本当ですかぁ? もう日本公認のカップルVTuberですね♡」

 

 今日の仕事は午前中だけの亜紀人さんと、まったりとした午後の時間を過ごす。

 

 VNIVEARTHの敏腕プロデューサーとして忙しい中でも、亜紀人さんはこうして2人の時間を大事にしてくれている。

 

 みやみは、幸せ者だ。

 

「みやみ、今日はもう……」

 

「やん♡ まだこんなに明るいですよぉ……♡」

 

 情熱的な時間を過ごし、翌日。

 

 今日も私は食パンを焼く。海の見える白い家、テラスで優雅に食事を摂り、旦那様を支えるのだ――。

 

 

   *

 

 

 と、なるはずだったのに。

 

 

 この事務所には──

 

 ──トースターが、ない!

 

 皆さんが起きるまで、亜紀人さんもこっちに来ない!

 

 というか亜紀人さんは和食派だった!!

 

 

 どうして……。

 

 私の想い描いていた、みゃみの素晴らしい1日が……(泣)

 

 うう、うぅぅ~~。

 

 別に登録者なんてなくてもいい。豪華な家じゃなくてもいい。

 ただ亜紀人さんに愛を込めた食事を振舞いたいだけなのにぃ……。

 

 今日の夕食だって、東京散策を終えた後の帰りの道中にちょっと豪華なお弁当屋さんがあるということで、そこで買ったものをいただいてしまいましたし……。

 

 亜紀人さんに家庭的なアピールをするつもりが、もう2日分の機会を逃してしまった。

 

 お弁当はもう、全国チェーン店とは質もお値段も違うだけあって、仕事中のロケ弁と言うにはレベルが高すぎて美味しかったんですけど……。けど、けどけど。

 

 私がここにいられるのも残り5日。そのうちの夕食2回分くらいは配信スケジュールでどうするか決まってしまっているので、それを考慮してどこかで私の腕を披露しないといけない。

 

 明日の朝ごはん! 食パンは焼けなくても、皆さんが起きた後からでもできることを見つけてなんとか滑りこめないでしょうか!? 今からでも入れる保険は~!!

 

 男性陣を率いてそろそろ自宅に退却しようかという流れになっている亜紀人さんに、そっと沿うように身を寄せた。

 

「あ、亜紀人さん……? あのぉ、私、よろしければ明日、朝食を用意しようかと思うのですが……。

 皆さんが起きてこっちに集まった頃に、おにぎり♡ とか、食べてくださいますかぁ……♡」

 

「え、いいのですか? それはありがたいことですが……。しかしこちらは無理を言って東京まで集まっていただいた身、むしろ私の方が用意するべきなのでは……」

 

「い、いえ! その、そう! は、配信外もここでは私たちはVTuber。黒宮院みやみらしく過ごすのが当然と言いますかそれなら普段の私らしく料理なんかしちゃって皆さんに振る舞うのがこのみやみというもの。Tvvltterにも配信にも今日はこんなお料理しちゃいましたぁトークをするためにも必要なんです」

 

「そ、そうですね……?」

 

「はい! ですのでぇ……皆さまの朝食を作らせていただいてもよろしいでしょうかぁ……♡」

 

「わかりました。お願いしてもいいでしょうか?」

 

 や、やった!

 

 許可とった! これで明日の亜紀人さんの身体は私が作れる!!

 

「……ですが、あまり材料とかはないと思います。米と、調味料。そうめんと、パスタ、あとはカップ麺しか……」

 

「ですので、簡単に。おにぎり♡ にぎらせていただこうかと……」

 

 亜紀人さんは和食派。これにお味噌汁を付ければ完璧だ。お味噌汁の具の好みなら、変わり種でほうれん草を入れると喜んでくれそうなのは事前調査済み。灰汁取りで亜紀人さんのためにお手間かけましたアピールもできる。

 

 こっそり買い物には行かないといけないけれど、これで完璧な和食を用意して驚かせるんです。

 お野菜が足りないので漬物も買ってこないと。

 

 いや待ってみやみ。きゅうりを刻んで塩昆布といっしょにジップロックに入れて漬けるんですよ。

 なんちゃって自家製お手軽漬物。どこで買ったんですか → 作りました♡ 作戦!

 

「あ……そうだ、みやみ様」

 

 小さく呟いてから、顔を寄せてくる亜紀人さん。え、何!? キス!?

 

「おにぎり、朝の軽食としてこの大人数でも食べやすい良い考えだと思います。そこで少々言いにくい話、お気を悪くしないで欲しいのですが……おにぎりには素手で作るかラップを使うかの好みが人によってありまして、今回はラップで包むようにしてください。

 みやみ様が火傷してもいけないので、そこにあるキッチンペーパーもラップの上から……」

 

 

 ――みやみ様が、

 

 ――火傷しても、

 

 ――いけないので。

 

 

 はぅん♡

 

 私は、大事にされている……!

 

「……ああいや、失礼しました。普段どう作ってるかも聞かずに不躾でしたね」

 

 お顔近い、声近い、これがガチ恋距離……♡♡

 

「みやみ様?」

 

「あ、はい。ラップですね。もちろんです♡」

 

 そういえば、他人が素手でにぎったおにぎりは食べられないって人もいるんだった。あぶない、私の手でにぎったおにぎりを亜紀人さんが食べるということにしか意識が行っていなかった。

 

 ……。

 

 ……。

 

「亜紀人さんはぁ♡ 素手だとぉ……駄目な派ですかぁ?」

 

「私は特に。料理前に手をちゃんと洗っていれば、そんなには。

 あ。みやみ様のように、見知った顔であれば全く問題ないですよ」

 

 やった!

 

 勝った!!

 

 つまり──

 

 ──亜紀人さんのは……素手でにぎっていいって、ことですよね♡

 

 私がにぎるなら問題ないって、言ってましたよね……♡ 私だから、良いよって……♡

 

 

 これで明日の亜紀人さんの身体は、私のものだ。

 

 男性3人が事務所から出て行ったあと。私は1人、おにぎりの具材とお味噌汁の用意のためにとここからはちょっと遠いスーパーへ向かうのだった。

 

【誰のビジュアルを先に見たい? VNIVEARTH人気投票!!】四期生のデビューにともなって、二次投票の受付を開始します!! 現在公式Tvvltterにて公開されている画像は、制作途中のラフ段階のものです。そこで、本アンケートの結果に基づいて完成させる順番を考慮いたします。皆様の推しにぜひご投票ください!(※なお一期生については、本編では未改修のためネタバレが含まれます)

  • 萬屋ぺすと
  • 佐土原恭子
  • 神海まりも
  • 詩星せるり
  • 遠藤
  • 黒宮院みやみ
  • 拳藤正義
  • 波羅劾ざくろ
  • 伊能凛
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。