『
俺が紹介した名前に──20歳新規企業社員がなりすました女子高生っぽい雰囲気のminaとかいう無名のイラスト描きが紹介した名前に、現役女子高生歌い手『のめぬあ』は感嘆の声を表現する文章を返信した。
そして同時に紹介していたオーディションのページを見て、彼女は言う。
『ミナちゃん、これオーディション詐欺じゃないの……?』
俺もそう思う。
*
minaには協力者がいて、VNIVEARTHにはそいつが入社したから大丈夫。
という筋書きで説得を試みるも、これが思わぬ関門としてそびえ立ち、自身を苦しめることになるとは、この時の俺は思いもしなかった。
『協力者って、誰? なんて人?』
『エンジニアをしてる人だよ。この人は信頼して大丈夫っ! 私にできることと同じようなことは大体できるよ! 社長はちょっと変な人だけど、この人が手綱を握るから問題なし!』
『ミナちゃんが、信頼してる人……?』
『うん! 問題なし!』
『信頼してるの? 私以外の人を……?』
『うん。大丈夫な人!』
『やりとり、したことある人?』
『うん』
『やりとりしたの? 私以外の人と……?』
『うん』
『その人って、男の人? 女の人? 名前は?』
『うん』
『男? 女?』
『男の人だよ。でも平気、この人は変なことしないよ。むしろ変な人をどうにかするために協力してくれる人だから』
『ミナちゃん騙されてるよ! ミナちゃんに近づく男なんて許せない。ミナちゃんは可愛いから悪い虫が寄ってくるんだ!! 今すぐ逃げて!!』
どうすればいいんだよ。
minaの容姿も実態も知らないはずなのに勝手に盛り上がってる女子高生をなんとか言いくるめ、無事オーディションに参加するよう取り付けた。
そしてオーディションには社長だけではなく俺も同伴させるように社長を言いくるめ、俺はのめぬあのオーディションに臨むことになった。
ぶっちゃけ出来レースだ。
何があろうと俺が必ず合格にさせる。
何がどうなっても、俺の理想の箱には彼女が必要不可欠だとこの変人社長を説得する。
そして将来的に問題を起こす者がオーディションに現れたら、俺が不合格にする。
完璧な布陣。もう何も怖くない。勝ったなガハハ。
「はい。では河井美空さん。よろしくお願いします」
『よろしくお願いします!』
2月。ここはVNIVEARTH事務所。雑居ビルの一室、殺風景だった狭い部屋には簡易的な折りたたみの机と椅子がごく最近に導入され、早速活用されようとしていた。
伊能社長と俺は折りたたみの長机を前にして、横に並んで折りたたみ椅子に座っている。
このオーディションに向けて急遽用意した。危うく俺の椅子がないところだった。
どうする気だったのかと聞けば、『キミが勝手に参加するんだからボディガードの
そんなやつにオーディションを任せたくはないので、俺が進行担当をするとして社長にはとなりで偉そうに構えてもらっている。
営業スマイルかつ優しい声色を発する俺を、面白そうに眺めている。
……印象が悪いから、ニヤついたその
こちらの様子が映るようにタブレットのインカメラを向け、タブレットの画面には長めの髪をポニーテールにした、清潔感を感じさせる優等生然とした女子高生が映る。
──
『のめぬあ』を名乗る歌い手であり、後の詩星せるりの中の人である。
「河井さんは、弐コ弐コ動画で歌ってみたの動画を投稿しているんでしたね?」
『はい。友人と二人で活動しています。私が歌、友人がイラストや編集関係をやってくれていて、編集は時々私も手伝っています』
……ん?
『私の大事な友人で、彼女のおかげで私は歌うことが出来ています。活動を始めた時は一人で、中々再生数が伸びなくて投稿を辞めようか悩むこともありましたが、彼女と出会い、彼女に励まされて頑張ることが出来ました』
んんん??
『今では私の大切なパートナーです。一心同体、一蓮托生、比翼連理、相思相愛、運命共同体』
えーと……?
『今回オーディションを受けたのは彼女の勧めです。私の大事な彼女から、この事務所には信頼できる方がいると聞いています』
「えー、河井さんは素敵な友人をお持ちのようですね」
『はい! 私のかけがえのない友人です!』
あー、あー……。
『それでは私から質問ですが、エンジニアの
ちょっと待てちょっと待てちょっと待て。
頼む待ってくれ。
変な汗が出てきた。なんか事実が
誰なんだこの化物は。オーディションで逆に面接官に質問し始めたぞ……?
いやいや。
歌がとーっても上手で、いつだって落ち着いていて清楚で、女子なら誰もが目指すべき歌姫の姿(13歳少女・談)。じゃないのか?
詩星せるりをこんなにしたのは誰だ?
返せ、返してよ。私のせるりちゃんはこんなこと言わない! (※脳内にシミュレートされた少女の叫び)
表情をそのまま維持し硬直、脳内で問答する俺。
隣の男が、どこかドヤ顔で俺を指で示す。
『失礼ですが、お名前を伺ってもいいですか?』
面接官から個人情報を抜こうとするな。
「えー、河井さん。オーディションはこちらから質問をしますので──」
「
俺の内心必死の抵抗を遮って、ここまで黙っていた伊能が勝手に答えた。
テメェ……!
「こっちは向こうの名前を知っているんだ。答えなければフェアじゃない。キミの名前くらい教えていいだろう。
南と、条例の条に
『南條亜紀人……覚えた』
あれ、こういうのって隣にいるやつは仲間じゃないのか……?
なんで画面の向こうにいる人間と、俺の隣にいる奴が手を組んでるんだ……??
「ボクは社長の伊能凛だ」
『伊能凛さん。ご丁寧にありがとうございます。河井美空です』
なんかすげえ嫌らしく笑ってこっち見てくるんだけど、この社長。
面白い玩具を見つけた時の悪ガキみたいになってるじゃん。
もしかして、もしかしなくても本来のVNIVEARTHはこんな感じで問題児どもを集めていったのか? エンタメ過ぎるだろ。
で、所属させたくせに飽きて放置してあの様になったとでも?
『そうだ、これを見て欲しいんですが……』
のめぬあ──河井美空がスマホを取り出す。
なんだ? 小さくてよく見えないので見守っていると、目当てのものを用意した河井美空はすぐにカメラに近づけた。
『私の大事な友人がデザインしてくれたLive2Dモデルなんですが、合格したらこれを使──』
俺は無言でタブレットの電源を切った。
「何をするんだい亜紀人。大事なオーディション中だぞ。
ところでボクには見慣れた気がする画風のイラストに見えたな」
「社長」
「なんだい? ボクのことは『いのりん』と──」
「伊能社長、すみませんでした。実は嘘を吐いていました。俺は2人組のクリエイターユニットです。俺ともう1人は得意不得意はありますが、大体同じことができます。相方の名前を『mina』といいます。俺とは別々にインターネットで活動している人物です。今回相方が推薦する人物がオーディションに参加しています。黙っていてすみませんでした」
「えぇ……?」
「信頼できる人物からの推薦です。俺は彼女『河井美空』を採用したいと考えています」
「別にそれはいいんだけれど、キミすごい喋るね」
「おっと連絡だ。噂をすれば、minaからだ。少しだけ打ち合わせをさせてください」
ボロが出る前に、俺はとにかくそれっぽいことをでっちあげた。
カバーストーリーとしては問題ないはずだ。あくまで俺は出来レースについて謝罪をした。聞かれてもいないのに、出来レースがばれたと思い込んで謝罪し自白するという、墓穴を掘った体で演技をする。
この行動自体が墓穴を掘っている可能性は否定できないが、しかし、俺が女子高生っぽく振舞って本物の女子高生を誑かしているという事実だけは誰にもバレてはいけないのだ。
俺の知らないところで俺以外が話し合って真実に辿り着いてしまうくらいならば、この場で虚偽を固めてしまう。
それも、俺とminaの出来ることの境界を曖昧にすることで、せるりアバターはmina製・俺の実績アバターは俺製、のようにその時の都合に合わせてどちらの実績だと切り替えられるようにするという妙案だ。
来てもいない連絡を受けたフリをしてスマホを操作。
minaとして、のめぬあにLIIVEを送る。
『ぬあちゃんっ。オーディションどうだった? ちゃんと真面目に受け答えできた?』
返事は待たない。これだけ見れば河井美空も正気に戻るはずだ。
たぶん。
その間、このクソ社長は頬杖をつき上機嫌で外を眺めている。
早くカジノに行って逮捕されろ。
タブレットを点け直し、通話を掛け直す。
「申し訳ありませんでした、こちらの不手際で通話を中止してしまい、不測の事態に慌てタブレットを取り落としたことで復旧に時間がかかっていました。
改めまして、私は南條亜紀人と申します。ご迷惑おかけしたこと、お詫びいたします」
『いえっ! こちらこそすみませんでした! 緊張してたみたいで変なことばっかり──』
正気(?)に戻った河井は、このあと丁寧にこちらの質問へ応答し、まるで先ほどまでの発言が嘘かのような真面目な優等生としての印象を残していった。
無論、合格である。
「相方とやらはあとで詳しく聞くとして、キミの
そんなにボクは信用なかったかい? ボクはキミを友人だと思っているというのに」
勝ち誇ったような腹の立つニヤケ顔で言うこの男を、俺は絶対に許すことはないだろう……。
というかいつ友人になったんだ。
*
歌い手としての活動を休止してVtuberになって欲しい。そう頼んでからというもの、のめぬあは何の
発声、歌唱、雑談。Vtuberとしてとして必要なものを、専門のレッスンではないが俺の知り得る知識や持論で教え込んだ。
現段階でネット上に存在している記事や動画と、俺が未来で見たものの記憶を頼りにしているだけでしかないため専門のトレーナーの指導には確実に劣る。
でも、それでいい。最初からあまりにも上手すぎると、この時代では不興を買いかねない。
Vtuberというものは元々、有志による試行錯誤による技術開拓によって盛り上がり始めていた界隈であるとも言える。
そこへ企業が参入した時は大きな反感を買った。
──俺たちの遊び場を金儲けに利用するな。
これは当然の主張と言える。
いつだってそうだ。利益など求めない、趣味で集まった連中が盛り上げた界隈を、人が集まるという点だけに着目しビジネスチャンスとして企業は利用する。
金が生まれることがわかると、更に外部から金儲けを前提とした人間が集まる。
いつだって、金が人を狂わせる。
金というものが無邪気な向上心を殺し、卑劣な下心を生じさせる。
だからこそ、質が高ければ良いとは一概に言えない。
完成品こそ最善であるならば、有名声優を使えばいいだけだ。
だがそうはならなかった。
人はどこかで未完成を求めている。
未完成のものが、少しずつ努力を重ね、成長していくことにカタルシスを見出す。もっとも、その過程を長期間に渡って見守りたいと言う者が少数派であるあたり、人間は矛盾した生き物だ。
つまるところ、この時代のVtuberは最初から完成していてはいけないと言える。
プロとはすなわち企業が持ち込む外来種。高すぎるクオリティは、嫌悪の対象となるのだ。
今後100人以上を所属させる未来の大手企業は、最初こそ『数撃ちゃ当たる』と
視聴者に多くの選択肢を与えることで、その人にとっての好みを見つけやすくする。この意味でもこれは好手となったが、デビューした新人たちにプロ同然の実力があったかと言えばそうではなく、むしろプロでない良い意味での拙さが親しみやすさを生み、その成長に同席することで視聴する側にも達成感を与える。
この感情の移入を捨ててまで、技能の向上を追求することにそこまで意味はない。
だから、とまでは言わないが。
詩星せるりはこれで良い。前回の詩星せるりもそうだった、最初から人気Vシンガーとしてデビューしたわけではない。Vシンガーという分類も最初はなかった。
ひとりのVtuberとしてデビューして、素人同然のトークから始まり、個性のひとつとして歌に触れ、次第に歌に特化したVtuberとなっていった。
俺に出来ることとして、俺が奪ってしまったかもしれない成長を補填する分として、基礎能力の底上げを図った。
本来はあったかもしれない、オーディションへの挑戦と努力。早まったのめぬあとしての活動終了。
その埋め合わせが出来ているか、また過剰ではなかったか。それを確かめる術は俺には無い。
たとえ。
俺のこの補填行為が余計なことだったとしても──
──それで降りかかる悪意があるなら、俺が背負うと決めている。
3月中旬。詩星せるりの初配信が行われた。
本来であれば、VNIVEARTHの二期生は2人。
詩星せるりともう1人。詩星せるりと対になる形でデザインされた、当初は何かとセットにされてグループ売りが試みられていたライバーがいた。
この2人と
俺の記憶にもあまりない二期生の2人目だけど、ひとつ言えるのは、この世界では既にいないということ。
最初から、存在しないということ。
そう多くない応募者だったVNIVEARTH二期生オーディションをすべて終えると、順当に2人に絞り込まれた。
1人目は結局コネ抜きでも選ばれたであろう詩星せるり。もう2人目は、やや消去法であった女性が選出されていた。
しかし。
その日の内に、社長は不採用通知を送ってしまっていた。
『いらないだろう。キミが──キミたちか? キミたちが見定めていた河井美空には釣り合っていない』
二期生は2人の予定じゃないのかと問えば、伊能凛は当たり前のように答えた。
『キミがいるだろう』
クソ社長は、俺を採用したあの日言った。
──アクターをやりなよ。
──キミはVtuberになるべき男だ。
俺という玩具を手にしてもう我慢が出来ず、早速遊びたいらしい。
詩星せるりのデビュー配信が終わったなら、次は俺のデビュー配信が始まる。
Tips:
南條→南→みなみ→みな→mina。ではない。
【誰のビジュアルを先に見たい? VNIVEARTH人気投票!!】現在公式Tvvltterにてシルエット画像を公開中。4期生デビュー後に内容が明らかになりますが、これは制作途中のラフ段階のものです。そこで、本アンケートの結果に基づいて完成させる順番を考慮いたします。皆様の推しにぜひご投票ください!(※なお一期生については、本編では未改修のためネタバレが含まれます)
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萬屋ぺすと
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佐土原恭子
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神海まりも
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詩星せるり
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遠藤
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黒宮院みやみ
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拳藤正義
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波羅劾ざくろ
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4期生の2人目