9月になった。
9月2日、月曜日。イベントで目白押しだった8月を終えたことによって、
リソースを吐き出し尽くした俺たちは、まるで燃え尽きてしまったかのように、VNIVEARTHには祭りが過ぎ去ったかのような寂しさが漂っていた――
――ということはなかった。
「アンタたち、準備はいい!?
人気投票の、発表よ~~!!!」
:うおおおおおおおお!!
:きた!
:萬屋ぺすと最強! 萬屋ぺすと最強!
:コメントのノリで草
:キョーコ愛してるぞー!!
:wwwww
:せるりちゃん!
:人気投票だああああああ!!!!
月曜日の夜。土日明けというのは現代社会における呪いの一種で、平日進行の人間であれば誰しもが少なからずの憂鬱を感じることとなる。だがしかし、ここにいる人間からはそれをまるで感じさせなかった。
夏企画のテンションをそのままに、弾むような声で号令をかけた萬屋ぺすと。
コール&レスポンス。応えるかのようにリスナーたちもコメントを書き込んでいく。
萬屋ぺすとは社会人だし、彼女を応援するリスナーもほとんどが社会人だと思われる。だが彼ら彼女らからは月曜日の疲労を感じさせない。
それは日中の憂鬱を、帰宅後そしてこの配信で一気に発散しているのかもしれない。
「今日やっていくのは、8月に行われた『VNIVEARTH人気投票』の結果発表よ! まずは自己紹介!
――待たせたわね! VNIVEARTH一期生、
:待ってた!
:いきがい
:仕事の後の癒し;;
:ウキウキぺすいいぞ
「はいっ! 本日9月2日月曜日! リスナーのみんな、学校やお仕事お疲れさまでした!
VNIVEARTH二期生、
:かわヨ
:これは清楚なアイドル歌姫
:せるりんせるりん
:疲れてなくても見ていいだろ!!
「みなさまぁ~♡ ふふふっ♡ あなたの隣で囁く新妻♡ 私の幸せおすそ分け♡
VNIVEARTH三期生、黒宮院みやみですよぉ~♡」
:ウッ
:媚びた声なのに言ってることが何も媚びてねぇ
:普通に刺してきてんのよ
:サイコパスかよ
:頼むやめてくれ……
:その夫は俺、その夫は俺、その夫は俺、その夫は俺
「えぇー、VNIVEARTHの末っ子担当。7人のおにぃおねぇに追い付けるよう、頑張ります!
VNIVEARTH四期生、
:かわいいわんこ
:その見た目で末っ子……?
:このピアスばちばちギャルがお兄ちゃん子なのやべぇよ
:属性が多すぎる
:追いつけるよう頑張る(なお登録者は一番多い)
この配信に参加する4人の自己紹介。一期生から四期生、そこから1人ずつが選出された形になる。
これは単純に人気投票の上位に発表役をお願いしただけのことではあるが、他の女性陣、佐土原恭子と神海まりもは『別に……』という雰囲気だったので未参加だ。夏コラボで積極的な露出があったこの2人だけど、普段のノリで言えばこっちが平常運転だ。
「まず人気投票についての説明ね。VNIVEARTHは8月のお盆中に1日1人、1時間の自己アピール配信リレーをやったのよ。見てくれたって人もいると思うわ」
「投票は2回に分けて受付をしましたっ! お盆の配信リレー期間中を一次投票、配信リレーが終わった後で二次投票を別々に集計。これで1人2票の参加ができたことになりますっ!」
「ふふふ~♡ 皆様は推しに投票できましたか? 私はもちろんエンド様にぃ……こほんっ♡
それでですねぇ、1位になったライバーには記念の賞品があったんですよ~」
「そうなんです! うちの調べではなんと! 人気1位のライバーはグッズ化! アクリルキーホルダーが製作されるんです!!」
段取り通りの滞りのないスムーズな説明だ。誰か1人がさっと言って終わってしまうのではなく、4人全員が主役として台詞を回していくように台本を用意している。
ただの棒読みにもなっていないし、もちろんアドリブを自由にしているが配信を壊すような暴走はせずにそれぞれのキャラクターらしい言い回しに変わっていたりする。彼女たちの平均値は高い。
VNIVEARTHライバーには配信の心得や手本動画も配布していたり、この台本にも発言アドリブの方針アドバイスも多少補足してあったりする。これらが少しでも彼女たちへの力添えになっているといいんだけど……。
その上で、8月のオフコラボを通して団結力は上がったと思うし、順風満帆だ。
31日の土曜日にVNIVEARTH甲子園を行った。そして1日は日曜日。であれば催し事は土日に行ってしまうという選択肢もあったが、今回はあえて月曜日に実施した。
大喜利に甲子園と続いて金土日の3日間連続でコラボにしてもよかったのだが、甲子園を夏の締め括りにしたかったので1日空けることに。余韻を持たせるのも大事だ。
これによって、月曜に学校や仕事を終えた後の楽しみとして機能することにもなる。
ライバー自身のスケジュールに無理がなければの話。一番大変だろう萬屋ぺすとがやたら元気だったので、問題はないと判断した。
……黒宮院みやみも、オフコラボを終えてからずっと上機嫌すぎていて気になる。
なにかよほど良いことでもあったのか、まさかオフコラボ中の禁欲明けに摂取した薬が効きすぎているとか、東京に集まったことで薬を入手してしまったのかなど、半ば冗談だとしても、思ってしまうくらいには彼女は浮かれている。
いや本当に。頼むぞ黒宮院みやみ。本名
「グッズ化よ! グッズ化。アクリルキーホルダー! じ、自分のグッズなんかできっちゃたりしたらぁ、もう嬉しいわよね」
「でも1位の1人だけ……。私たちは戦うことを運営さんに決定されました……」
:おお!
:絶対欲しい
:ぺすを1位をするんだよ!!
:でも……?
:人気で優劣とか酷いよな
:1位だけとかなんて残酷な運営なんだ……
「そこで~。私たちは話し合ったんです、どうにかしてグッズ化の枠を増やすことはできないか。例えば私とエンド様が同じ票数で1位だったら、ベストカップル♡ として2人分のグッズができないのか……」
「うちらは争いたくないんです。運営さんの指示とはいえ、うちらは仲良しグループでいたい。手を繋いでみんなでゴールしたい。どうにか、どうにか全員が同時に優勝できないものか……みなさんで集まって話し合いました」
:話し合いました(雑談枠)
:茶番やねw
:最後に裏切りそうなこと言ってる
「――そしてアタシたちは運営に直訴したわ! 遠藤、どうにかならないの? ってね!」
「遠藤さん心は痛まないのかって」
「エンド様、信じてますからね……♡ って」
「お願いおにぃ、と。……あ、いやこれは嘘です。ごめんなさい」
:草
:運営が身近すぎる
:1人の男に集まるクレームの嵐!!
:俺らも文句言いに行きました
:わからせよう
:ライバーの意見を聞き入れてくる良い事務所
「そんなこんなあって、アタシたちは遠藤との勝負に勝ってグッズ化の枠を上位9人に増やしたのよ!」
「やりました……っ!」
「VNIVEARTHの結束力です~♡」
「大盤振る舞いですね」
:多すぎて草
:wwww
:上位9人!?
:お前ら9人だろww
「そんなわけでVNIVEARTHには平和が訪れたわ! これから始まるのは誰も悲しまない人気投票の結果発表! ざくろちゃん、お願いね!」
「はい! 情報屋のタレコミに、人気投票の結果が来ています。極秘資料ですよ、いいですか、みなさん……?」
画面上に、直撮りされた茶封筒の写真が貼り付けられる。『極秘!』の手書き文字。俺が用意して送った画像だ。
:おもしろ
:この寸劇がVNIVEARTHなんよな
:茶番を愛せ
:これがエンタメよ
俺が企画しがちなノリに順応してくれているリスナー達で、コメント欄のボルテージは高まっている。
ただし。
順位発表自体に面白みはない。本当だったら最下位の発表を1位の直前にして、社長です! あーあ、残当、社長なのにw、というのが俺の想い描く筋書きだったのだけど、あいつ拳藤正義を軽く抑えて8位になりやがった。
改修モデルの実装と大喜利回がなければ、佐土原恭子と神海まりもに肉薄してたとか何かがおかしいだろ。
エンゲージリングとかいう男性×男性の
ごめん正義くん。
配信前に一声かけたら、全然いいっすよと笑ってくれた。
で。下から発表したらわかりきってしまうので、5位からの発表。そしてこのやり方でも予定外の波乱が巻き起こっていた。
「ではまず、第5位の発表です!! 第5位は――
――黒宮院みやみ先輩! 846pt!」
第5位と大きく書かれた立ち絵つきの画像が大きく表示され、ライバー達が拍手をする。
「はぁ~い♡ みなさま、ご投票ありがとうございます♡ ふふふ~、これで私もアクリルキーホルダーになっちゃいますねぇ……♡ どこへ行くにも、一緒です♡」
「えっ」「あれ!?」
:おめ!
:?
:なんかあった?
:5位なの?
:あー!
萬屋ぺすとと詩星せるりが驚いたことで、リスナーも気づき出す。この配信にいるのは、VNIVEARTHでも人気の女性ライバー
:え?
:んん?
:足りないのか
「そうなんです、なんと。TOP4には、この場にいない誰かが入っていておられるんです!」
「そんな……! 誰かしら、まりもちゃん!? 恭子ちゃん!?」
「気になる第4位は――
――みなしごエンドレス! 1,152pt!」
……そうなのだ。ここに俺が入り込んでしまった。
:!?
:呼び捨てで草
:遠藤じゃないんだw
:そっちの名前で呼ばれるの悪意あるww
誤算、というかこれに関しては俺は悪くないと思う。
男性ライバーを視聴する客層がまだまだ少ないこの時代。本当ならこの4人が上から順当に収まるはずが、司会もしていたせいか、あるいは不本意だけど社長とのカプ推しのせいか、男性ライバーとしては地味に高水準の反応を得られているのだ。
俺が集めるべき支持じゃないだろうに。そういう意味でもごめん、正義くん。俺は俺じゃなく拳藤正義にこのポジションを与えるべきだったのだ。
実験台として奇抜な行動を繰り返したこともあって、データもないところから拳藤正義に同じことをさせられたかというと難しいところではある。
そして黒宮院みやみ。本来なら彼女が俺より上の順位であるべきだったのに、おそらく彼女は普段の俺を燃やす持ちネタで損をしている。登録者数も初動に反して他の女性ライバーに比べて伸び悩んでおり、俺を下回る。
「エンド様と並んじゃいましたぁ〜♡」
それだよ。そういうこと言ってるからだぞ。
「ここにいない遠藤先輩からはですね、コメントをいただいております」
小さいウィンドウで動画が再生される。
『ようこそ! 俺の名前はみなしごエンドレス。VNIVEARTHの王になる男だ』
:?
:声ww
:こいつさぁw
動画全体にモザイクをかけ、音声は加工してドキュメンタリー番組の容疑者風に編集。なんか混入してしまった男性ライバーとしてせめてできることは、こうしてみなしごエンドレスとか言う訳わからん名前で発表して、ボケ倒して誤魔化すことだけだ。
『「みんなありがとう」「フン」「神に感謝」「くっ、遠藤に負けた……」「順当な順位ですね」』
:ボーボボw
:人気投票あるあるネタ
「えー、配信が終わった後、無修正版が遠藤先輩のTvvltterに投稿されるそうです」
:無修正!?
:エッ
:それもう裏垢じゃん
:はいコンプラ違反
:いやちがうだろww
:需要をわかってる
:助かる
:お前のアクキーも買ってやるからな
コメントもコントのノリに乗ってくれている。これでいいのだ。
「第3位は──
──波羅劾ざくろ! うちです! 2,141pt!」
:おめ
:3位かぁ
:お前ら投票してないのか!?
:意外
:登録者数は一番多いのに
「おめでとーざくろちゃん!」
「おめでとうございます!」
「ざくろちゃ〜ん♡ おめでとうございます♡」
「ありがとうございます! これはありがたいことですよ。投票してくださった方々もありがとうございました!
これでうちも無事にグッズ化できます!」
:全員するだろw
:買うよ!
「2位! ──
──VNIVEARTHの歌姫、詩星せるり先輩!! 3,067pt!」
「ありがとうございます! これでみなちゃんに私のグッズをプレゼントできます! リスナーの皆さんとも……お揃いですねっ!」
:これは清楚
:ブレねぇ
:応援してるぞ
「そして!! 第1位は──
──VNIVEARTH起源のライバー、萬屋ぺすと先輩!! 10,412pt!!」
:うおおおおおおお!!
:やったぜ
:桁違って草
:不正だろww
「ありがとうねアンタたち! ちょっとずるい気がするけど……それもあって、運営さんは私たち全員がグッズ化することを認めてくれたのよ」
:うわ
:感染者さぁ
:ごめんな;;
:よくやった
:俺たちがやりました
:自重しろよな
「本当に対策するなら、電話番号認証とかでもっと厳しくできたみたい。今回はお祭りだから、誰でも投票できるようにって。優しいわよね」
この運営へのフォローはアドリブである。そんなに気を使わなくてもいいのに。
そして栄えある1位の萬屋ぺすとには、これを期に重大な発表を行ってもらう。
「いつも応援してくれて、ありがとうね……。みんなの応援のおかげで、ついにアタシも──」
──収益化よ〜〜〜!!!」
コラボの場、それもいい機会だからというのもあるし、不正投票かのように見られる彼女の人気が本物であると示すための材料でもある。
VNIVEARTH初の収益化。そう言われれば箔はつくだろう。
本当はもう少し慎重にリスナーに伝える場を考えていく予定だったが、事務所のためになりたいという本人の意思を尊重して広告をオンにするためにここで発表してしまう。
ただし投げ銭──スパチャは記念配信までしないとリスナーには説明をする。
……このライブ配信プラットフォームという文化は、日本のネットにおいては某スマイルの印象が強い。
そこで配信に触れていた者には、ネットに活動は趣味で行うという認識があって、その配信で収入を得ようとする行為に対する嫌悪感というものが発生する。
歌い手がCD販売で叩かれた時期があったのだ。
収益化ですぐにスパチャを求めない。これによって少しでも営利目的への嫌悪感を避けることができればいいんだけど……。
というわけで、夏のリザルト。
箱の看板として俺もとにかく彼女を推した企画運営をしており、それに応える本人の頑張りもあって、萬屋ぺすとが登録者3,500人に到達。
7月で2,000を上回ったあたりだったので、大躍進である。
詩星せるりも、俺──もといmina──の伝えたセオリーを徹底して堅実な配信を行い、彼女自身の固有の武器として歌ってみたにも取り組むことで順調に数字を伸ばし、2,800を3,600まで持っていった。
見事に伸び悩んでしまったのが黒宮院みやみ。原因は明白、平たく言えば、俺のせい。
リスナーを誘惑するような言葉で引き寄せつつも、他に想い人がいるかのような口振りで脳破壊プレイを嗜む黒髪着物お姫様。
男性ライバーの名前を頻繁に出すというVTuberリスナーの
本人がこの芸風でいいなら俺は止めないけど、さすがに内容が未成年に見せられない方向へ進んでいくようなら制止の声をかけることになる。
あるいは積極的な活動を望むなら、それに沿った案を出すつもりだ。
一方で、1人だけ突出した数字の暴力となっているのが波羅劾ざくろ。
耳もへそも舌もピアスばちばちの金髪おねーさんとしてビジュアルでまずバズった。
それでいて真面目な新卒社員のような口調で配信が始まりつつも、油断するとへんにゃり京都弁の妹系わんこになってしまう。
VNIVEARTHの情報屋として広報も兼ねているという明確な配信コンセプトも、チャンネルに登録して配信を見る理由になる。
最近はこのキャラデザのくせに自らお兄ちゃんっ子属性まで名乗り始めたため、ギャップ属性の大渋滞で話題を絶やさず、最初の勢いだけで終わらずにファンもファンアートも増やし登録者は脅威の6,000人だ。
この4人が、今のVNIVEARTHを代表するライバー達。
そしてこれが4人となると、巷ではとある名前で呼ばれるようになる。
──四天王。
これが、某インターネット掲示板でリスナーの議論の末に決まった、彼女たちの二つ名だった。
あの世界で、あの未来でも存在した『四天王』。
それは大罪四天王だったり、厄災四天王だったりと、ネタで呼ばれるだけの良いものではなかった。
だが。
あの未来においては名を連ねなかったはずの一期生も加わり、この世界では本当の意味で、箱の『四天王』と呼ぶに相応しい面子となった。
──そして。
箱内に、突出した女性ライバーが4人いて、彼女たちが『四天王』と呼ばれるのならば。
3人いる男衆にも、それに準じた名前が付けられることとなる──。