『愛着の魔法』   作:ヤン・デ・レェ

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耳のみじかいエルフのはなし

 

 

 

 

 

 

 

 

昔々のお話です。

 

あるところに、女神と呼ばれる偉い存在がおりました。

 

彼女はこの世界に色々なものをもたらしましたが、その中には魔法であったり、なんだったり。

 

とにかくいろいろなものを創ったのでした。

 

その中には、当然のようにエルフもおりまして。

 

女神からすれば、全部が優れた種族を造ってみたかったのでした。

 

試しに幾つか試作品を造ってみたところ、耳が長いのと、耳が短いのが生まれました。

 

女神は指輪物語など知りませんでしたが、どういうわけか、耳が長い方が魅力的な印象を覚えたのです。

 

対して、耳が短い方はと言うと、なんというか、何とも言えないというか…コレジャナイ感が凄かったのです。

 

しかし、生みだした手前、なかったことにはできません。

 

それに、その耳の短いエルフの子は、女神にとっての最高傑作と呼んで差支えのない存在だったのです。

 

耳の長さという、造形的な一点だけを除けば。

 

その子は、生まれながらにしてすべてにおいて、他のすべてよりも絶対的に優れていたのです。

 

女神は、自分の指先を無計画にもノリと勢いだけで動かしたことを後悔していましたが、耳が短い点を除けば…そう、エルフとして視なければ、こんなに美しい存在も居ないのでした。

 

全く同じモノは疎か、同程度の素晴らしいものをもう一度と言えど、造れる気はしませんでしたので、女神はその子を遺すことにしました。

 

ぶさかわ…では、桁外れに美しかったので、断じてそうではありませんでしたが、それでも、見慣れてくると逆に優れたものにも見えてきたのでした。

 

段々と、今度は他よりも可愛く思えてきてしまった女神は、この子の特別を、もっともっと増やすことにしました。

 

女神様は、色々な好いモノをその子に与えましたが、その中には女神様も知らぬ間に紛れ込んでしまったものもありました。

 

そして、それは、女神様も想像だにしていなかった、愛着の魔法なのでした。

 

その魔法は、誰にも制御できず、誰にも解けず、誰にも侵されず、誰もが受け取ることのできるものだったのです。

 

その中には、当然ながら女神様もいて。

 

だから、女神様はいよいよ、禁忌をも越える特別を与えてしまいました。

 

ヤバいものだけを詰め込まれた、女神様の愛着の化身は、唯一耳の短いエルフとして、惜しみに惜しまれ尽くされてから、ようやっと地上に降ろされたのでした。

 

美しい…それはもう美しい、耳の短いエルフの子は、最初のエルフの内の一人でしたが、案の定、耳が短いという理由でエルフたちからは同族だとは思われていませんでした。

 

ですがご安心を、エルフたちは彼のことを同族だとは考えませんでしたが、寧ろ、エルフよりも美しい存在として崇め奉り始めたのでした。

 

実際、彼には素晴らしい権能が山盛りでしたから、崇める分には問題がありませんでした。

 

けれど、一つだけ。

 

彼には、女神様も予想だにしていなかった弱点があったのです。

 

それは…ウブに過ぎて、何時まで経っても子孫を残すことができなかったのです。

 

女神様は焦りました。

 

「ヤヴァイ、滅ぶ」と。

 

最高傑作がまさかの一代で絶滅は流石に笑えません。

 

しかし、今さらになって彼の性格まで弄り回すことは、既に今の彼に骨抜きにされていた女神様には到底できない話でした。

 

そこで、女神様は彼を変えないままに、いえ、寧ろ、彼をずっと彼のままにしておくことを選びました。

 

それまでは、彼もほかのエルフと同じくらいの寿命を持ち、どんなに優れていたとしても不死の身ではなかったのです。

 

ですが、千年経っても、万年経っても、繁殖しようとするたびに顔を真っ赤にして昏倒してしまう彼を見て、女神様は考えを改めたのです。

 

「カワイイ…じゃなくて、このままでもいいけど…それはそれとして繁殖できるまでは死ぬのは保留ということで」と。

 

結果、女神様の計らいで、耳の短いエルフの子には、『繁殖できるまでは一瞬たりとも衰えず、また僅かばかりも朽ちることがない』という特性が与えられたのです。

 

とはいえ、女神様はこの愛し子のことでは何の心配もしていなかったのです。

 

だって、女神様には自信がありました。

 

「この子は滅茶苦茶可愛いし、カッコいいし、とにかく問答無用で、誰にとっても絶対的に美しいのだから」と。

 

事実、生まれた瞬間から耳の短いエルフの子はモテまくっておりました。

 

もう、それはもう…エライことでした。

 

しかし、究極的な美しさを前にしたり、余りにも強大で堅固な愛情を抱いてしまうと人は、相手を想うあまりに下手なことはできなくなるようで…。

 

いざその時が来ても、それが人間であれ、ドワーフであれ、魔族であれ、エルフであれ…昏倒した彼を襲うことなど出来なかったのです。

 

女神は自分を差し置いて、意気地なしの子供たちに呆れる始末でした。

 

おまけに、当人はいたって普通の感性を持ってしまったようなので、どんなに好意を寄せられても、恥じらいを忘れて獣になってはくれません。

 

では、興奮させる魔法を使ってはどうか…という案も出ましたが、例え彼がそんなことで怒らないことをしっていたとしても、誰もそんなことはできませんでした。

 

加えて、ダメ押しとばかりに女神様が盛りに盛った聖性の所為で、大抵の魔法は無効化されてしまうのでした。

 

そんな、困った彼でしたが、遂に転機が訪れます。

 

なんと、彼は子供を育て始めたのです。

 

実の子ではありませんでしたが、拾い子だとしても子供は子供です。

 

女神様も、周囲の人々も、種族も所属も関係なくしめたものだと思いました。

 

子供を育てているうちに、きっと実の子供を欲しがるようになってくれるだろうと。

 

誰もがそう思い、或いは子育てを手伝ううちに距離を縮めることを考えて、連日連夜、彼の暮らす神殿には訪問客が殺到していたのでした。

 

子供が可愛らしいのでしょう、彼の愛想はいつも以上にたっぷりでした。

 

誰もが、前途は明るいと考えていました。

 

ただ一人、当の子供本人を除いて……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

耳の短いエルフの子には子供がいました。

 

同じエルフの子供でしたが、耳はしっかり長い子でした。

 

冬の寒い日の朝に、神殿の門前にひっそりと残されていたのを、朝の掃除のために出向いた彼が見つけたのです。

 

彼は、子供を育てたことはありませんでしたし、生まれた瞬間から成人の状態だったので、子供時代の体験もありませんでした。

 

それに、これまでにも捨て子も、飢えた子も、彼なら救える子も、数えきれないほど居たはずですが、彼の周りにいる人々は、彼に悲しい思いをさせたくないと考えて、驚くほどの執念に駆られて、これらのすべてを彼から遠ざけ続けてきたのでした。

 

彼は決して、傲慢だったり、無思慮だったり、非情な性質を抱えているわけではありませんでした。

 

その逆で、彼は優しく、穏やかで、非常に共感性の高い繊細な人柄だったのです。

 

しかし、それを知っている人々からすると、彼の権能を当てにした方が素晴らしい結果を得られると知っていても、何でもかんでもその通りにすることなど、矜持にも、愛情にも背くようなことに思われたのです。

 

何もなくとも、彼は純粋で、少なくとも視界に入る困った人のすべてに手を差し伸べる人でしたから、彼が怠惰で、あるいは何事にも無関心な人だったわけではありません。

 

実際、彼が暮らす神殿には、毎日のように困った人が訪れていました。

 

病気だったり、怪我だったり、中には心の不調を訴える人もありましたが、大抵は四半刻も掛からずに癒されていました。

 

ひっきりなしに人が出入りしていて、また遠方からの人も多く、彼は苦いものから遠ざけられつつも、何も知らないわけではありませんでした。

 

それでも、世界は純粋に美しいものなのだと、周囲の人々は、彼には、彼にだけは信じていて欲しかったのでしょう。

 

例え、実際に、彼にだけは世界を本当に美しいものへと整える力が備わっていたとしても、実際に彼を見知った人々にとって、大義のために彼を差し出すことなど不可能だったのです。

 

そんな無菌室のような環境に、どうしてなのか紛れ込んでしまったのが、例の赤子の存在だったのです。

 

周囲の人々は、無菌室を穢した犯人を血眼になって探しました。

 

ですが、誰も、その赤子の親に心当たりはなく、また、夜警に立っていた衛兵や、巡回の者たちの中にも、誰の一人も赤子を遺していったのが誰なのか、心当たりになりそうな出来事の影さえも、思い当たる節がなかったのです。

 

そうこうしているうちに、赤子は彼の腕の中に抱かれておりました。

 

彼は満面の笑み…いえ、温かい微笑を浮かべておりました。

 

周囲の人々は、もういっそ自分が赤子になりたいだとか、その赤子は自分の子供なので今日からは夫婦ですね…だなんて、益体のないことを考えておりました。

 

まぁ、要するに、ゲームセット。

 

彼は集まる視線に気づいて顔を上げると、にっこり笑って言いました。

 

「こうして僕のもとに来てくれたのも何かの縁でしょう。折角、訪ねてきてくれたんですから、自分の道を選べるようになるまでは、僕に育てられてもらいましょう」

 

周囲の人は全肯定するしかありませんでした。

 

得体のしれないエルフの赤子は、こうして彼の子供になりました。

 

子供になるにあたって、彼は子供に名付けを行うことにしました。

 

「この子に相応しい名前は、どんなものが好いだろう」

 

「気負わずに名乗れて、けれど長く寄り添ってくれる、そういうものが好いよね」

 

名前は何がいいだろう…、彼は考えました。

 

彼自身の名前は、彼が生まれた時から頭の中に転がっていたモノを、そのままに名乗ったものでした。

 

その名前自体は、女神様にも身に覚えがないものでしたが、彼にはしっくりきたのでした。

 

「…」

 

その時、彼はふと、自分がいなくなった後のことを考えました。

 

彼にとって、時間は決して長く感じるものではありませんでした。

 

これまでも、これからだって変わらずに、斯く在ることでしょう。

 

ただ、彼にも、いつかは終わりが来るはずなのです。

 

でなければ、どうして時の流れに寂寥を覚え、また過ぎ去る時間の中に焦燥と、同じくらいに愛着を見出せるというのでしょう。

 

彼には、不器用ながらも『今』を生きている感覚がはっきりとあるのです。

 

代り映えのしない毎日にこそ、彼は喜びを、愛着を、美しさを感じ続けているのですから。

 

「何者にならずとも好い。何も変えられずとも構わない。ただ、元気で、健康に生きていてくれたら。それだけでいいのに」

 

彼は、自分がまた残されるとしても、将又、自分が遺していくことになろうとも。

 

それでも、変わらずに続く流れの中に、大きくなった彼女の横顔を見た気がしたのでした。

 

「『続いて』いけ。『さらに遠くへ』と…」

 

自分の名前と並べるのに、なんとぴったりの言葉が生まれてきたことでしょう。

 

「ゼーリエ」

 

彼は、赤子に呼びかけました。

 

「君の名前はゼーリエだ」

 

眠る赤子には聞こえるはずもありませんが、何も持たずに、されど握りしめられている、赤子の小さくふくよかな手が、よりいっそう強く握られたような気がしたのです。

 

気のせいでも構いませんでした。

 

彼は、女神印の祝福を、かつてないほどに満々と込めて、その唇を柔らかく、眠るゼーリエの額に捧げたのでした。

 

周囲にいた人々は、ゼーリエがほのかに光っていることに気づいていましたが、常に輝いているような状態の彼だけは気が付きませんでした。

 

彼自身は、それは純粋に、彼女の前途と誕生と、なによりもこの出会いに捧げられた祝福だったので、特別な力は何一つ発動していないつもりだったのです。

 

しかし、こういう時に限って、あろうことか彼は、お決まりのように自身の最大最高の魔法を、過去最強の火力でぶっ放してしまっていたのです。

 

とはいえ、この事は、まだ誰にも露と知れぬこと。

 

ここから先、耳の短いエルフの子は、周囲の手を借りつつ、慣れないながらも愛情いっぱいにゼーリエを育てていくのでした。

 

 

 

 

 

 

 

『魔法使い』

 

それが現れたのは何時の頃からだったのでしょう。

 

定かなことは置くとして、ゼーリエの物心がつくころには、既にそれなりのものがあったことは想像に難くありません。

 

使い手の絶対数は決して多くはありませんので、溢れ返っているわけではなかったかもしれませんが、他の子どもよりは、うんと魔法との距離が近い暮らしをしておりました。

 

何を隠そう、彼女の育て親は女神印のとんでも魔法使いでありましたから、他の魔法っ子とは比べ物にならない機会の上での有利があったことでしょう。

 

しかし、そうは言っても当人にやる気と才能がなければ、如何ともしがたいのも事実。

 

その点、ゼーリエは素晴らしいものを持っておりました。

 

なにせ、一桁歳の段階で彼女は初歩的な魔法を使いこなせていたのですから。

 

それはほとんど本能なのか、或いは、見たまま、描いたまま、聴いたままを見事に再現する能力が高かったのやもしれません。

 

彼女が魔法を使うところを目撃した彼はというと、自分のこともそっちのけで、その超人的な才能に驚きを隠せませんでした。

 

「うちの子、天才かもしれない」

 

なんて、親馬鹿に定番の言葉なんかも零してしまうほどでした。

 

けれど、彼はゼーリエに特別、魔法を教え込んだりしようとはしませんでした。

 

魔法について、彼もまた感覚のみを頼りに、自分の身体を思うがままに動かすのと同じ要領で行使していたのであって、人に教えられるほどに体系化された代物ではなかったからです。

 

なにより、彼にはそんなものは必要がなかったが為に、不要な、おまけに気付いてもいないものなど発達するはずもなかったのです。

 

ですが、自分から教えることはなくても、ゼーリエの方から学びたいと言われれば話は別でした。

 

ゼーリエの最初の言葉は「ヴァイター」でしたが、二番目は「まほう」だったほどで。

 

その生まれながらの素養通りに、興味関心の大半を魔法に捧げるような子供だったのです。

 

彼…育て親であるヴァイターは、息を吸って吐く様な要領で、ありとあらゆる女神印の魔法を行使できる程度には素晴らしい魔法使いでしたが、教えることに関してはダメもダメ。

 

到底、愛娘の希望に応えられるような水準ではありませんでした。

 

そんな彼でも、魔法を見せるだけなら誰にも負けません。

 

『やって、見せる』という最初の一歩だけは、娘の指標となる存在だったと言えるでしょう。

 

しかし、結果的にこの最初の一歩こそが、ゼーリエの運命を狂わせる要因になったことは異論の余地がありませんでした。

 

それは何故なのか。

 

それは。

 

それは、彼の魔法があまりにも…

 

 

 

あまりにも、『美しい』ものだったからなのです。

 

 

 

そう、彼は加減というものを知らず、そもそも必要がない魔法使いだったのです。

 

幼いゼーリエの、稚い物心の底に刻まれた、万年経っても癒えようがない、終わる必要のない道へと。

 

彼は、その、物珍しさの欠片もない魔法一つで、まるで魔法を掛けるように、彼女を導いてしまったのでした。

 

彼が見せた魔法には、名前というものがありませんでした。

 

それは、一見すれば何も起こらないからです。

 

しかし、彼はその魔法をこそ好んでいました。

 

その魔法は、ただ、あたたかくて、なんだか優しい気持ちにしてくれるのです。

 

好い匂いがして、和らかくて、そしてとっても落ち着くのです。

 

ただ、それだけなのです。

 

痛くもなくて、冷たくもなくて、熱くもなくて、強くもなくて。

 

何も斬れません。

 

何も変えられません。

 

何も視えません。

 

何も、奪いません。

 

何も。

 

何にも、換えることができません。

 

代えることは、できない。

 

そんな魔法なのです。

 

神殿の裏手にある、二人の家の庭先から進んで、近場の森にある広場の真ん中で。

 

「ゼーリエ、この魔法はね、僕が一番好きな魔法なんだ」

 

「僕はね、この魔法以外は、例え、なくなったって構わない」

 

「でも、もしもそうなっても、許されるのならば、この魔法だけは、誰しもが持つものであって欲しいんだ」

 

「誰にも使ってもらえていないけれど。使える人が今までいなかっただけで、僕だけじゃなくて、皆が使える日が来て欲しいんだ」

 

「ゼーリエなら、なんだかできちゃう気もするから…だから、君に教える最初の魔法に、僕はこれを選ぶよ」

 

そう言って、ヴァイターは、ゼーリエを優しく抱きしめました。

 

すべての悪しきものから彼女を守るように。

 

ただ、優しさと温かさとやわらかさだけが、君の世界に満ち満ちていることだけを願い。

 

例え、そんなことが許されずとも、せめて、すべての悪しきものから、君が自らの力で、自らの心と体を、そして、自らの大切なもののすべてをも守り通せる力に恵まれていることを望み。

 

そんなものが、そんな硬くて冷たい強さが、決して必要とされない場所で、叶う限りの長い時間を過ごせますように。

 

と。

 

ただ、それだけを詰め込んで。

 

静かな、穏やかな心音がゼーリエの頬を撫ぜ、清浄な吐息が、その長い耳を擽りました。

 

祝詞は、静かに。

 

沈黙の内に告げられた、詠まれた聲は、音ならずとも届き、ただ、優しく沁み込んでいきました。

 

その魔法は、ピカピカに光ってくれるわけでもなくて。

 

けれど、ヴァイターの乞いに応えるように、ゆっくりとゼーリエの世界を、彼女が歩む遠く遥かな未来に至るまで、優しく、けれど何者にも侵されない強さで、確かに包み込んだのでした。

 

彼の言葉の通りに。

 

それはあたたかく、やさしく、好い匂いがして、やわらかくて、そしてとっても落ち着くのでした。

 

ゼーリエの身体を、身も心をも温もりの絹で守るように、それは覆いました。

 

それは。

 

小さな。

 

まだ小さな。

 

世界のことなど、まだ何も知らない稚いエルフの少女が知るには、あまりにも強く、巨大に過ぎるものでした。

 

そう、それは余りにも大きく、少女には持て余すほど強い、分不相応な愛情を注ぎこまれた瞬間だったのです。

 

名前のない魔法に、その日、名前が付けられました。

 

『幸せの魔法』。

 

ゼーリエは、心の中で、そう名付けました。

 

彼女の身体の奥底からは、嘘みたいに、そう、まるで本当の魔法に掛かったみたいに、無尽蔵に力が湧いてきたのです。

 

その人を見れば。

 

その人の横顔を見れば。

 

彼女は何も怖くなくて、他のすべてより優れているような気がして、それを本当のことにしてしまえるような気がしてならなかったのです。

 

欲しいものをすべて手に入れることだって難しくないと、そう思うようになったのです。

 

そして、その為には魔法が必要だと、彼女は考えたのです。

 

魔法が、ありとあらゆるすべての魔法が。

 

彼女が欲しいものは、彼女が生まれた時から彼女だけのものだったのかもしれません。

 

しかし、彼女が結果的にすべてを手に入れたのと同じ手順で、いずれ、彼女が大きくなってから、すべてを搔っ攫っていく者が現れることを、一体どうして否定できるでしょうか。

 

だから彼女は、自分のすべてをこの先も、永遠に、ずっとずっと、自分のすべてのままにしておくために、自分だけのすべてにしておくために、自分に出来ることを、恵まれた才能のすべてをつぎ込んで成し遂げることを誓ったのです。

 

そうして、ゼーリエはその日から、寝ても覚めても、朝から晩まで魔法に打ち込むようになりました。

 

そんな彼女の姿を見て、ヴァイターは娘に好きなことが出来たと喜んでおりました。

 

ですが、そんな寝ぼけたことを言っていられるのも今の内でした。

 

なぜならば、これまでの誰とも違う、目的を達成する為には手段を択ばずに断行するタイプの肉食獣が、よりにもよって、彼自身の手で世に放たれてしまったのですから。

 

「何があの子をそんなに惹きつけたんだろう?」

 

だなんて。

 

まさか自分自身が餌だとは夢にも思っていない阿呆が一人、そんな言葉を溢しておりました。

 

とはいえ、まだ何も起こることはなく。

 

しばらくの間だけは、ヴァイターも親として子供の頑張りを応援し、ゼーリエも子として素直にこれに応える期間が続くのです。

 

乾いた大地が慈雨を貪るように、数段飛ばしで成長を続けるゼーリエを見守るヴァイターは子煩悩に。

 

応援されるたびに勢いを増すゼーリエは、褒められるたびに彼から同意を取り付けているような煩悩に。

 

それぞれ、片や微笑ましい喜びに巻かれるように、片や激しい情動に衝き動かされるように、一見すると平板な毎日を暮らしていくのでした。

 

 

 

 

 

 

 

今はまだ親子の関係性でいる二人は、これから先も、その関係性自体は変わらずに残り続けるものの、決してそれだけでは済んでくれそうにない、などということは、火を見るよりも明らかなことで…。

 

果たして、二人の明日の行方や如何に。

 

耳の短いエルフが、愛したり愛されたりする御伽噺が、いざ、こうして幕を開けたのです。

 

 

 

 

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