IS 教師の一人が月村さん   作:ネコ削ぎ

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9話

 保健室に来訪者はいないようだ。

 私はほうじ茶を淹れると、いつものように椅子に座る。ほうじ茶を軽く口に含んで、ため息一つ吐き出せば、体がゆったりモードに移行するのだ。

 

「来客に茶の一つもないようだな」

 

 やれやれ。そう言わんばかりの表情を見せつつ、エミリアはポットの横に置いてあるインスタント・コーヒーの粉末で、自分でコーヒーを淹れて飲み始めた。

 私は保健室に、インスタント・コーヒーなどというものを置いたつもりはない。置くつもりもまたないのだが、今日の朝、エミリアが来訪する際に置いていったのだ。本来ならば、容赦なく排除するのだが、いかんせん今日の朝は注意力散漫であって、置いていったことに気がつくことができなかった。今の今まで。

 

「お茶を飲まない人間に、お茶出すのはもったいないよ」

「お茶である必要はないだろう」

「じゃあ、お茶漬けでも出す?」

「……何故、お茶漬けなど出す?」

「分からないなら、別にいいよ」

 

 どうやら、エミリアはお茶漬けの意味が分からないようだ。

 エミリアが日本に滞在している期間は、IS学園での三年間と教師になってからの二年間。わずか五年しかない。それも各地を放浪していた訳ではなく、IS学園周辺での生活がほとんどなので、日本について知らないことの方が多いのかもしれない。まぁ、エミリアが日本に興味がないのも一因だと思う。

 

「ああ、そういえば。エミリア、知ってる? 来週の月曜日に、一年一組で闘いが巻き起こるんだよ」

 

 真耶ちゃんから聞いたイベントを、私はエミリアに話すことにした。

 

「試合をするのか? 入り始めの素人軍団が?」

 

 少しばかり驚いた表情を見せるエミリア。無理もない。ISのほとんどを知らないような一年生が、一週間足らずで試合をするというのだから。

 

「ISに触るのは少なくとも、一週間後だ。それも少し触れるだけで、初歩的なことはまだ先だろう。それなのに試合を許す。おかしな教師がいたものだな」

 

 千冬先輩がボロクソ言われている。

 

「一年一組の担任が千冬先輩だって忘れてない?」

「知ってる。同時に何を考えてるんだと思っている」

 

 知ってて言っていたようである。まぁ、私もエミリアと同じ意見を言ったかもしれない。それほどまでにおかしいのだ。完全な素人同士の闘いであれば。

 

「対戦者二人の内、片方は代表候補生みたいだよ。それもエミリアのところの」

「イギリスの代表候補が試合をするのか。それで相手は」

「千冬先輩の弟、世界で唯一ISを動かせる男。要するに織斑一夏くん」

「そういえば、一時期騒ぎになった」

「多少は下火になったけど、今も十分騒ぎを起こしているよ」

 

 なにせ、今回の試合は一夏が原因で起こったものだからだ。真耶ちゃんがそう言っていた。

 私はお茶を飲み、エミリアはコーヒーの香りと苦味を堪能する。会話はひとまず終了。お互いに沈黙に身も心も浸して休める。

 心地よい沈黙は、長くは続かなかった。

 来訪を告げる音が、入口の扉越しに聞こえてきたからだ。コンコン、と扉をノックする音だ。

 

「失礼してよろしいでしょうか?」

 

 聞いたことのない声だ。教師の誰かの声ではないのだから、きっと生徒の誰かだ。それも新入生だ。

 

「どうぞ。遠慮なくどうぞ」

 

 残ったほうじ茶を全て飲み干して、私は入室を許可した。

 ガラリと、扉を開けて入ってきたのは一年生だ。リボンの色が赤いので、すぐ分かった。豊かな金髪に、青い瞳。全体的に、高貴な雰囲気漂う生徒だ。

 その生徒は、私を見て、それから室内を見渡した。そして、ある一点を見て動きを止めた。

 純粋に保健室を利用しに訪れた生徒ではないようだ。なら、すぐにでもお帰り願わなければならない。

 そう思って立ち上がろうとして、止めた。女子生徒が嬉しさと緊張を混ぜ合わせたような不思議な表情をしているからだ。

 私は興味を惹かれて、女子生徒の視線先にいるエミリアを眺めた。

 

「エミリア・カルケイド……さん」

 

 女子生徒の口から漏れ出した言葉には、喜びが含まれていた。

 名前を呼ばれたエミリアは、不機嫌そうな顔になっていた。

 

「なんだ? 用がないのなら、今すぐ出て行け」

 

 君がそれを言うのか。

 

「よ、用事はきちんとあります。貴方に会って挨拶したいと思いまして」

 

 この女子生徒、エミリアのファンのようだ。

 

「セシリア・オルコットです。イギリスの代表候補生をやらせていただいています」

 

 セシリア・オルコットという名前を聞いて、私は納得した。どうして挨拶しに来たのかを。

 

「神の眼と呼ばれたエミリアさんに会えて、すごく感動していますわ」

 

 代表候補時代のエミリアに魅せられた人間なんだ。

 エミリア・カルケイドは昔、イギリスの代表候補生の一人だった。多くのエリートを退け、学生時代の最後に代表候補として、イギリスからお呼びがかかった。そこで、彼女は常人を上回る技術と射撃能力で『神の眼』と呼ばれていたのだ。

 セシリアは代表候補時代のエミリアの試合を見て、憧れを抱いたのだろう。

 

「わたくし、貴女に少しでも近づきたいと思って――」

 

 憧れの存在を目の前にして、セシリアは興奮で顔を赤くしていた。話の内容は、如何に自分がエミリアという存在に憧れているかだった。過去のエミリアの試合を、嬉々として語る姿からは高貴さは薄れ、少女らしさが浮かび上がってきていた。

 残念なことに、エミリアは終始鬱陶しそうな表情で明後日の方向を向いていた。憧れの視線に段々と苛立ってきたのか、彼女はコーヒー・カップを私の机に置いた。

 

「で、できれ――」

「うるさい」

 

 セシリアの言葉を遮るようにして、エミリアは口を開いた。

 

「興味も何もないし鬱陶しくて嫌になる。代表候補、邪魔だから出て行け」

「……あっ!?」

 

 エミリアが鋭い視線を向けると、セシリアは体を震わせて一歩後ずさった。憧れている者から拒絶されてしまい、怯えてしまったのだろう。

 エミリアはそれ以上、何も言葉を発することはなく、セシリアに背を向けて、コーヒーに口をつけた。

 セシリアが泣きそうな顔をしながら保健室を出ていくのを、私は失敗したな、と思いながら見送ったのだった。

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