放課後。部活動へと向かっていく生徒達に混じって、セシリアは歩を進めていた。活動場所である射撃場には向かわず、それとは全く違う方向へと行く。
第三アリーナ。今日のセシリアの目的地だ。代表候補生らしくISの訓練を行うのだ。彼女も国家代表選手に選ばれるように、日々精進することは忘れていない。
山田先生があんなに強いとは思っていませんでしたわ。
一年一組副担任、山田真耶。担任教師である千冬や、やけに馴れ馴れしい、悪く言い過ぎれば教師を舐めきっているとしか思えない生徒達に振り回されている真耶。生徒相手にされるがままな彼女を見て、セシリアは場違いな教師だと感じていた。いつかの授業の時、真耶が元代表候補生だったことを告げられたが、正直セシリアは嘘だと思っていた。仮にそれが本当であっても、下から数えた方が早い程度の実力だと考えていた。
百聞は一見にしかず。授業中に行われたセシリアと鈴対真耶の試合。現役代表候補生2人と圧倒的有利な試合だ。セシリアからしてみれば、手を抜いても構わないような状況だった。
だが、実際はセシリアの甘い考えを打ち砕くものであった。
2人がかりだというのに遊ばれている。攻撃が当たらず、逆に敵の攻撃は命中していく。何故当てられない。苛立ちが更に精度を下げていくことにも気がつかず、トリガーを引いたセシリアは数分後にはエネルギーが底を尽きていた。
あれが、代表候補生の実力なのですね。わたくしが本来たどり着いていなければいけない場所。今の実力では到底たどり着くことのできない場所。
改めて、鍛錬しなければならないことを認識した。射撃はこれまでのように射撃部でエミリアに教わればいい。しかし、ISまでもエミリアからは教わることはできない。一度だけ頼み込んだが、その熱い想いは一蹴されて無残に消え去った。ならば、遊姫ならどうか。そう思って訪ねてはみたが、頑張ってと言われただけだった。
結果、今のセシリアにはISでの師がいない状況なのだ。だから、友人達と少しずつ強くなっていく以外の選択肢はない。
今日、訓練を一緒にしてくれるのはリセルとルベリーだ。他の友達は、部活動やら勉強やらで参加を辞退した。
専用機持ちではないリセルとルベリーは、ISを使用する為に貸出申請に向かっっており、この場にはいない。ミシャがISを借りに行く度に、借りるのが面倒だ、などとぼやいていたが、貸出申請などしたことのないセシリアには、それがどれほど面倒なことかは理解できなかった。だから、リセル達がどのような思いで、ISを借りにいったかも分からなかった。
別れる間際、リセルに場所を取っておくように言われたセシリアは、素直に頷いて第三アリーナへと向かっているところだ。
第三アリーナにたどり着くと、セシリアはISスーツに着替えてフィールドへと出る。事前に空いているという情報を手にしていたので、フィールドの人気のなさに特に思うところはなかった。
「絶好の練習日和ですわね」
練習することを目的とした第三アリーナは通常のアリーナに比べるとかなり広い。少人数ならば、ぶつかることも気にせずISで飛ぶことができる。
早く、リセルとルベリーがやってこないだろうか。広いフィールドの中を、セシリアはISを展開してふわりと浮かんで待った。
時折、流れ弾が飛んでくるが、遠方からのものなので、早々命中するものでない。セシリアが気に止めることはなかった。
友達を待っているセシリアへと近づいてくる人影があった。ぼーっと空中を漂っている彼女はまったく気がついていなかった。空咳が聞こえてきたが、それでもセシリアは気がつかなかった。
「奇遇ね! こんなところで!」
怒鳴り声に近い声音に、セシリアは何事かと視線を向ける。そこには、不機嫌を隠そうとしない鈴がいた。
「……奇遇ですわね」
「明からさまに嫌そうな顔するんじゃないわよ!」
「そんなことはありませんわ。それよりも、どのようなご用件で?」
「リベンジよ」
「リベンジ?」
はて、何のことだろう。鈴の言葉にセシリアは首を傾げた。鈴の言うリベンジが自分のことを指しているのは、セシリアにも分かる。だが、リベンジされるようなことをした覚えがまったくない。
「理由がありませんが」
思い当たることがないので、素直にそのことを話す。だが、鈴は「理由ならあるわよ」と言って、『双天牙月』の切っ先を向けてくる。
「あの試合で、アンタが邪魔しなければもっと上手くやれてたのよ」
あの試合。その言葉を聞いて、セシリアは鈴とタッグを組んでボロボロにされた『あの試合』に行き着いた。そして、セシリアも不愉快なものが溢れ出てきた。
「それはこちらの台詞ですわ。貴女が不容易に突撃するせいで、こちらが上手く狙いをつけられなかたのですから」
「はぁ? 元々の下手さをあたしのせいにするんじゃないわよ。むしろ、アンタの考えなしの狙撃で、せっかくのチャンスが全部潰れたんだから」
「流れを見る眼がなかったのではなくって?」
売り言葉に買い言葉。セシリアも鈴も、お互い睨み合って責任の擦り付け合いをする。
「……詮無い話ね。一番確かな方法で決着をつけようじゃない」
手にした『双天牙月』をバトンのように振り回して構える鈴。もはや、闘いを避けることはできない状況だった。
だが、今のセシリアには闘いを避けるという選択肢はなくなっていた。むしろ、これは好機なのではないか。自分と同等、一定の部分においてはそれ以上の力を持つ相手、それが目の前にいる。
「リベンジが何処に行ったのかが気になりますが、受けて立ってあげますわ」
セシリアもレーザー・ライフルを構えて、臨戦体勢を整える。
そのまま、暫く睨み合う。どのような初手を打つのかを頭の中でシュミレーションをする。お互いに相手の武装はある程度把握しているのだ。それらの武装でどう動くのか、それを考えれば、自ずと対処方も浮かび上がる。
後は試合開始の合図を待つだけだった。合図は何でもいい。誰かのくしゃみでも、一瞬の強風でも、遥か遠くからやってくる弾丸でもいい。
相対する相手だけを視界に収めた2人を動かしたのは、一発の弾丸だった。それは流れ弾などではなく、睨み合う視線を切り裂くかのように視界に映りこんで、そのまま抜けていく。
故意に放たれたであろう弾丸は、試合の合図にはなり得なかった。セシリアはレーザー・ライフルを弾丸の飛んできた方向へと向ける。
鈴も同じタイミングで両肩の衝撃砲を向けた。
2人の視線が捉えたのは漆黒のISを纏った銀髪の少女。左目を覆う眼帯と見下すような右目。雰囲気と合わさって冷徹さを醸し出していた。
「いきなりぶっぱなして、誰よアンタ?」
鈴は無礼を働いた少女に攻撃的な視線をぶつける。だが、残念なことに相手はそれに全く動じることはない。滑稽なものでも見たかのように嘲笑を見せつけてきた。
「何あれ、ムカつくんだけど」
「わたくしに言われましても。それよりも、確かアレは三組のラウラ・ボーデヴィッヒですわね」
「三組? ああ、転校生が入ってきたとか言ってたわね。興味がなかったから忘れてた」
「情報収集も代表になる為に必要なことですわよ。それで、どのような御用かしら?」
言い終わると同時にレーザー・ライフルのトリガーを引く。収束された熱線が撃ちだされ、ラウラの左耳のすぐ傍を走り抜けていった。先ほどのことに対してのお返しだったが、それでも、ラウラは冷静さを崩すことはない。
「大したものではないようだな」
鼻で笑うラウラ。その言動に不愉快なものを感じたセシリアだったが、冷静な部分はあれが挑発行為であることに気がついて、感情のままに引き金にかける指を止めた。
何が目的なのか。顔色からでは何も判断ができないラウラを、視界に収めつつ考えようとした。
「上等じゃない!」
だが、隣にいた鈴がものの見事に挑発に引っかかってしまったのだった。