臨海学校2日目の朝。
IS学園の生徒達がずらりと整列して千冬の説明に集中している中で、エミリアはあくびを噛み殺しながらぼんやりと周囲の動きを眺めている。
それぞれ専用機持ち達の国からやってきた技術者達が、搬入されてきたISのパーツの忙しなく走り回りながら点検を行っている。今回はイギリス・フランス・ドイツ・中国の4ヶ国から技術者とパーツが来ている。代表候補生がこの場にいない国は見当たらない。そして同時に、織斑一夏の『白式』を開発した日本の研究所も来ていない。
サボりだとしたら最低過ぎて反吐がでる。自分の日頃の行いを棚に上げながら、この場にいない研究所を好き放題に罵るエミリア。不真面目な彼女は先ほどから聞こえてくる千冬の説明を音としか認識してない。
「帰りたいな」
周囲に聞こえなないようにエミリアはぼそりと呟いた。
すると首筋に違和感を感じた。その違和感に首を傾げて振り向けば、非難するような鋭い視線を向けてくる千冬がいた。
「真面目にやれ」
「いずれ」
「今やれ」
短い言葉でやり取りをすると千冬は中断していた説明を再開し、エミリアはあくびを我慢しながら辺りを見渡して暇を潰す。
千冬の説明が終わると生徒達はきびきびと動き始めた。監督の教師が教師なので妥当な判断だとエミリアは思った。
エミリアはその場で背筋を伸ばした。今日の自分の役割は手際の悪い生徒達の補助と、危険なことにならないように監視することの2つだ。面倒で仕方がないが、諦めて仕事に従事しなければならない。
ほどほどに頑張っておけばいいか。
駄目教師な考えを持ってエミリアは動き出した。
「エミリア」
誰かの野太い声がエミリアの名前を呼んだ。生徒の中にもましてや教師の中にも男のような野太い声を出す人物は存在しない。外部からやってきた研究者だろう。聞き覚えのある声だったが、エミリアはどうでもいいものとして無視して歩き出した。声のした方向とは逆の方向に。
「おい、こら! 無視をするんじゃない、無視をするんじゃないぞ! お、おい。もしかして無視とかじゃなくて本当に聞こえていないのか? 耳が悪くなってしまったのか? そんな数年会ってなかったとはいえ、そこまで耳が悪くなって俺の声が聞こえなくなるのか? いや、待て待て。きっと変な人に声をかけられたと思って警戒しているだけだ。だけど、それじゃああんまりにも俺が惨めじゃないか。じゃあ、あれだ。きっと照れくさくてツンっとしているだけだ。そうだ、そうでなくては説明がつかない。やっぱり、大人になると恥ずかしくて素直になれなくなるものだな。こういう時こそ、俺の方から歩みよってあげるべきなんだ。よしよしよし、そうと決まれば話は早い。おーい、エミリア! お前の愛する愛するパパだよ! その可愛い顔を俺に見せてくれ! その綺麗で透き通るような声でパパと呼んで、頬を赤らめながらもパパの胸に飛び込んでおいで!」
40代後半と思われる背が高く彫りの深い顔をした男が、周囲の目の気にせずに声を大にしてエミリアに近づいてきた。あまりに目立った行動に生徒達が作業を中断してその男とエミリアに注目した。注目を集めた男は向けられる視線に気づかずエミリアへと接近した。
男の手がエミリアの肩に触れそうになった時、エミリアが振り返った。そして振り返った瞬間に男のこめかみにつま先を突き刺した。
「国に骨を沈めて、2度とその顔見せるな」
こめかみを両手で押さえて痛みに屈みこむ男の肩を、エミリアは足で押して砂浜に押し倒した。
「あぐぅあ! 愛娘の物理的な愛が脳を揺さぶる。未知のチャンネルに繋がってしまいそうだ」
ごろごろと砂浜の上でのたうち回る男。痛みが引いたのはそれから3分程してからだった。その間も周囲から奇異な視線に晒されていたが、それには全く気づく様子はなかった。
「何の用だ、父よ」
エミリアの蔑みの籠った視線を受けて、男は少し恥ずかしさを誤魔化す咳払いをした。
「愛娘に会いに来た!」
「何度も死ね!」
エミリアの蹴りが脇腹にめり込んだ。
「馬鹿! お前、ここにはケータイが入っているんだぞ!」
「知らない。知っていても蹴る」
「素直になれない愛娘も可愛いな」
「誰かIS持って来い! コイツを海面に何度も叩きつける」
「こら! ISでそんなことをするんじゃない!」
言葉と同時に蹴りを放つエミリアに、その蹴りを受けながらも娘が構ってくれていることに喜んでいる男。見ようによっては素直になれない娘と、そのことを知って微笑ましいく感じている父親だ。エミリアの目が軽蔑と殺意に濁っていることを除けばの話ではあるが。
関わりたくと、周囲は距離を置いて様子を窺っている。その中からセシリアが抜け出して渦中の人物達へと近づいて行った。友人達が止めるのも聞かずに2人の手の届く範囲まで接近したセシリアは、恐る恐る口を開いた。
「あの、エミリア先生にカルケイド技術主任。周囲の視線が凄いことになっているので……ここで休憩するのはいかがでしょうか?」
セシリアの介入にぴたりと止まる両者。
セシリアがホッと胸を撫で下ろしたのも束の間、強い力で体を引っ張られ、エミリアの胸元に抱き寄せられた。
「近づくな新手の害虫。その鉄錆臭い体で周囲のありとあらゆるものに触れるんじゃない」
「あの、エミリア先生?」
「鉄錆のような臭いなどしない。何故なら昨日念入りに体を洗って香水までつけたからな。鉄錆臭い香水だったらアウトだがな!」
「えーっと、カルケイド技術主任?」
2人に挟まる形になったセシリア。呼びかけても2人だけの世界に入り込んでしまったようで、セシリアの声に反応することはない。
どうすればいいのかと困惑するセシリアに救いの手が伸びた。
「邪魔になっている」
千冬がエミリアの頭を叩いて現実世界に引き戻した。
「貴様、俺の愛娘に手をあげたな!」
男が顔を真っ赤にして千冬に迫ろうとするが、同行していた2人の部下に押さえつけられて、接近することができないまま、千冬が去っていくのを見送ることになった。
「で、愛娘とやらに会ったんだ。要件は満たした。即刻帰れ」
エミリアはセシリアを抱きしめたまま男から離れようとする。
「待て。要件は終わっていない。俺は『ブルー・ティアーズ』の装備のテストをする為に来たんだ」
「本当か、セシリア」
「はい。本国の方から幾つかの装備を試験運用するようにと連絡を受けましたわ。カルケイド技術主任が来るとは言われませんでしたけど」
「お前。ちゃんと指名しておけ。これ以外の人物を」
「俺は主任だ。現場に来るのは当然だ。それに私以上に優秀な輩はいない。愛娘との触れ合いに関してもな」
誇らしげに胸を張る男は次の瞬間に腹に拳を受けて蹲った。
蹲って苦悶の声を漏らす男を見ながら、セシリアは先ほどから何も話が進んでいないと感じた。そして自分がこの場を円滑に進ませなければとエミリアの方をしっかりと見た。
「エミリア先生。その――」
「あん?」
「――なんでもありませんわ」
セシリアは戦いのゴングを鳴らす前に敗北を宣言した。
「で、ふざけるのもここまでにしよう。時間は有限なのだからな」
時間を無駄に消費したエミリアがケロリとした顔で言った。セシリアを解放すると、男は部下にセシリアを任せると、エミリアに向かい合った。
「ちょっと離れるぞ」
男の言葉に怪訝な表情を浮かべたエミリアは、それでも言葉に従って男の後ろをついていった。集団から少し離れた場所に来ると、男は真剣な表情でエミリアを見た。
「数日前、本国で試験運用していた『ティアーズ』搭載型二番機『サイレント・ゼフィルス』が強奪された」
「いきなり何の話だ」
「まずは聞け。『サイレント・ゼフィルス』を強奪した犯人は不明だ。試験運用を任された装着者を躊躇なく殺害したことから、かなり慣れている人物の犯行であることしか分かっていない。おそらくアメリカの仕業だろうと囁かれている」
「何でアメリカの仕業だと?」
「襲撃犯が纏っているISがアメリカの開発した『アラクネ』と同じ形状をしていたからだ。アメリカの方は強奪されたと言っているが、どこまで本当か分からん」
「それとこの状況に何の意味がある」
「本国では次の襲撃を考え、『ティアーズ』搭載型三番機を腕の立つ装着者に任せようとする意見が上がった。その最有力候補がお前だ、エミリア」
エミリアはふんと鼻で笑った。
「要らない」
ISに関わるものなら喉から手が出るほど欲しい専用機を、エミリアは興味がないのか「話が終わりならもう行く」と素っ気ない態度を見せる。
「父親としては、要ると言って欲しいのだが」
「それでも要らない。今は必要を感じないからな」
「月村遊姫とか言ったな。お前のライバルの名前は」
遊姫の名前を聞いてエミリアは男を睨み付けた。この男は遊姫の名前を持ち出してくるのかと。
「彼女と戦うと言っていなかったか? お互いに専用機で勝負をしたいと。この申し出は最大のチャンスじゃないか」
「お互いに今は戦う気なんてない。そういう風ではないからな」
全く表情を変えることなく言ってのけるエミリア。男からしてみれば以外だった。『遊姫』という名前を出せば、即決はしないだろうが、少しは悩む素振りを見せるだろうと思っていただけに予想外の反応のなさだった。
エミリアは男の表情から、これ以上しつこく言ってくることはないだろうと思い、背を向けて歩き出した。何やら生徒や教師達が騒がしかった。
「エミリア。あまり時間はないが考えておけ。お前が本当に要るのか、要らないのかを」
背中に向けられた言葉に、エミリアは反応を見せずに立ち去った。