IS 教師の一人が月村さん   作:ネコ削ぎ

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5話

 エミリアが集まりに戻って最初に目にしたものは、鬱陶しいものでも見るような目をした千冬によって顔面を掴まれた篠ノ之束だった。体が浮いて砂浜に足がついていないところを見ると、千冬が如何に怪力なのかが分かる。

 じたばたと暴れて、千冬のアイアンクローからようやく逃れた束の顔は特に何とも思っていないようだった。ニコニコと頭の悪そうな笑みを浮かべて、箒の方をくるりと振り返った。

 

「えへへ、久しぶりだね。元気にしてた、箒ちゃん。やっぱり人間っていうのは暫く会わないと成長しちゃうよね、特におっぱいが」

 

 にへらと笑ってセクハラ発言をした束は箒に頭を叩かれた。涙目になって叩かれた場所を押さえているが、表情に陰りは見えない。

 もしかしてそういう趣味の持ち主なのではないか、とエミリアは思った。天才と馬鹿は紙一重という名言があるのだ。目の前の人物は並の天才よりも進んでいるのだから、きっと奇怪な趣味趣向を3つも4つも持ち合わせていることだろう。そう納得して他人の振りをすることにした。幸い、エミリアは血の繋がりのない他人だ。 

 

「あ、えーちゃんも久しぶり!」

 

 他人であっても知り合いであることには違いなかったようで、束が「とう!」とわざとらしい掛け声と共に飛びかかって来た。

 エミリアは向かってきた束を受け止めることも迎撃することもなく、道で人を避ける程度の感覚で射線から外れた。受け止める義理も追撃する労力もない。ただ、一番手軽な方法を選択しただけだった。

 束が砂に頭から不時着するのを見届けたエミリアは、束を助け起こそうともせずに無視した。足があれが勝手に立ち上がるだろう。

 

「ちょっとちょっと、えーちゃん! そこはちーちゃんや箒ちゃんと同じようにしなきゃ駄目だよ」

 

 エミリアの思った通り自分の足で立ち上がった束は、納得いかないと書かれている顔でエミリアへと詰め寄ってきた。顔を近づけてきた。

 

「分かった。邪魔」

 

 身長差のせいで鼻息がかかるまで距離には届いていないが、それでも近くにきた顔を手でぐいっと遠ざける。気恥ずかしさからではなく、言葉通り邪魔だった。

 エミリアは束を押し退けると、そそくさと千冬の隣に立った。いざという時のスケープゴートだ。使い方を誤ると狼に化けて噛みついてくるのだが、その時になれば全力で逃げれば良い。

 エミリアがぼんやりとくだらないことを考えていると、束はひょこひょこと再び箒の方へと向かって行った。既にエミリアへの興味は失ったようだ。

 実の姉を目の前にして箒は口を開いた。

 そして何も言わずに口を閉じた。

 そしてまた口を開いた。

 空気を吐き出す音が聞こえてきた。

 

「それで……頼んでおいた物は?」

 

 感動の再開からは程遠い台詞だった。

 しかし、束は気を悪くした様子もなく悪巧みを考えるような面構えで「ふっふっふ」と笑った。

 

「もちろん準備は完璧だよ。その証拠に大海だか大陸だか大空をご覧あれ!」

 

 3つの選択肢の中から一つ選ばなければならなくなった。エミリアは陸を選択した。束の足元から出てきて、そのまま大空の向こうに消えて行ってほしいと思ったからだ。

 千冬は顔をわずかに海へと向けていた。

 この場にいる全生徒が固唾を飲んで見守る中、束はニヤリと笑って天を指さした。

 エミリアが空を見上げると、太陽光を背にして何かが落下してきた。落下の衝撃を響かせながら落ちてきたのはコンテナのようなものだった。束が指を鳴らすと、コンテナが花弁が広がるように開いて中をさらけ出した。凝った演出をするものだな、とエミリアは思った。

 

「じゃんじゃんじゃじゃじゃんじゃじゃんじゃーん! これぞ世に聞く箒ちゃんの専用機。その名も『紅椿』だよ。全てのスペックが現行のちまっこいISを上回るのだ。きっと、たぶん、おそらく、そうだといいよね、本当にいいよね、いつか」

 

 コンテナだったものの中心に鎮座している真紅の装甲を撫でる束。

 

「早速始めましょう」

 

 束の言葉など無視してISに近づく箒。周囲がブツブツと文句を言っているが聞こえていないようで、足取りは一切の乱れがないように見える。エミリアの眼には箒の歩みにあるわずかな乱れを映っていた。それは、周りを囲む生徒達の嫉妬からの乱れではない。自分だけの専用機を手にすることができることで生じた気持ちの浮つきが生んだ乱れだ。エミリアにも経験があることなのですぐに当たりをつけることができた。

 束の先導によってISが完全に箒のものになるには5分と必要しなかった。

 あっさりとしたものだ。映画のように命に係わるような重大な異常があって、それを切り抜けてISを手に入れれば少しは盛り上がるのに、とエミリアはあくびを噛み殺しながら眺めていた。

 作業にひと段落つけた束が次の標的に定めたのは一夏だった。

 

「いっくん。『白式』でも見せてよ。とりあえずの暇潰しに」

 

 いちいちに癇に障る言葉使いだった。だけど、一夏は慣れているのか、2つ返事で了承してISを展開した。

 

「データを見せてね。……ふー、目に毒な内容だよ」

「何でですか!」

「さぁ、見てないから何とも言いようがないよ」

「見てないんですか」

「実は見ました。あんなところやこんなところまで……じゅるり」

 

 束と一夏の即興漫才。誰もくすりとも笑っていない。

 

「ところで束さん。どうして男の俺がISを動かすことができるんですか?」

 

 一夏の質問に全員が聞き耳を立てる。エミリアも多少の興味があるので神経を集中させて束の言葉を待った。

 

「んー、どうしてだろうね? 不思議だよね? 謎だよね? 神秘的だよね? 原型を留めないまでに分解すればいつかは解明する気がするよね」

 

 束のあからさま過ぎる言い回しに、エミリアは何か知っていると感じた。

 

「じゃあ、最初からワンオフ・アビリティーが使えるのは何でですか?」

「ん? 何を寝ぼけたことを寝ぼけ眼で言ってるのかな、寝坊助くん?」

「滅茶苦茶睡眠キャラみたいに言わないでください」

「えー。いっくんのいけず。ここは素直に「寝坊助さんなんだぜ、ぐー」って言わなきゃ駄目なんだよ。これが現代社会を円滑に進める秘訣の1つなんだよね、えーちゃん」

「振るな、社会不適合者」

 

 エミリアは砂を掴んで束の顔面に投げつけた。目に砂が入った束は服が汚れるのも気にせずにゴロゴロと転げ回った。エミリアに後悔など欠片もなかった。

 

「あー、ごほんごほん」

 

 存在を示すかのように箒が大きな咳払いをした。

 

「あー、ごめんごめん。構ってあげられなくてごめんね、箒ちゃん」

「別に構ってほしくて咳払いをした訳ではありません」

「つまらないなー。せっかくお姉ちゃんが目の前にいるんだから甘えてほしいのが姉の心理なんだよ」

「知りません。何ですか、それ」

「恥ずかしがらなくてもいいのに。夜はまだまだ長いんだから」

「目が腐りかかっているようですね。まだ昼にすらなっていませんが。そうではなくて、こちらはまだ終わらないのですか?」

「ぴっぴっぴー! おめでとうありがとう。今まさに終了したよ。なので早速試運転でもしてみようか。さぁ、恐れずに勇気を出して。この青空に飛び込むような青春の1ページのような心で」

 

 束が大仰な動作をしていた。言っている内容が馬鹿過ぎて、周りは天才への認識を改めていた。エミリアは束のことを少しは知っていたので特に改めることはなかった。隣にいる千冬も同じようだった。

 束に促された箒が教師の許可も得ずに飛翔するのを見て、千冬は束に鋭い視線を向けた。

 エミリアはその視線が何を思って向けられているのかは分からない。一夏のISよりも性能が高いことに嫉妬でもしているのかと考えたが、そんな小さいことでとやかく言う人物ではないのでありえないだろう。

 あるとすれば、天才篠ノ之束の開発した新型ISの存在が引き起こすかもしれない面倒事について考えているのだろう。

 なるほど、面倒な事態な事態になるかもしれない。エミリアはそれでも自身にそこまで関係する話ではないだろうと、興味をなくして旅館のある方向を見た。ちょうど誰かが走ってこちらに向かってくるところだった。

 エミリアは遠目にあっても、その向かってくる人物の焦りを張り付けた顔がよく見えた。

 砂に足を取られながらも、精一杯走ってきたのは真耶だった。小型の端末を胸に抱いていた。

 

「た、大変です! 織斑先生!」

 

 切羽詰まった顔の真耶に、エミリアは少しだけ嫌な予感がした。その予感が束の持ってきたISが引き起こすことであるとは分からなかった。

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