IS 教師の一人が月村さん   作:ネコ削ぎ

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6話

 大変な事態になった。エミリアは薄暗い部屋の中で思った。

 旅館内にある大宴会場。その部屋中央に千冬をはじめとした引率の教師全員と、数人の専用機持ちの生徒達が半円を組んで座っていた。大宴会場のほとんどのスペースを持て余していた。

 

「僭越ながらー、私が現状の説明をさせてもらいますー」

 

 緊張感の漂う部屋の中で、1人の教師ののほほんとした声が聞こえてきた。

 

「一時間前ー? 二時間前ー? ハワイ沖で試験稼働中だったーアメリカの第三世代IS『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』が指示を無視して試験領域から離脱しましたー」

 

 間延びした気の抜けるような声で手元の資料を読み始めた。内容を聞いた教師陣から息を飲む音が聞こえてきた。

 エミリアは目の前に浮かぶディスプレイを見た。特に何も表示されていなかった。

 

「ご苦労様です、語奈先生。私が説明を引き継ぎます」

 

 いまいち危機感の足りない説明をする教師に、痺れを切らした千冬が説明を交代した。誰1人として異論はなかった。エミリアも否定する必要もないので黙っていた。

 資料を受け取った千冬はざっと目を通すと、さきほどの教師とは違いきびきびと説明を始めた。

 

「衛星での追跡の結果、『銀の福音』は真っ直ぐにこちらを目指して飛んでいるきていることが判明した。今のところ目的は不明だ。この旅館が目的地なのか、通過地点にしか過ぎないのかは分からない。上層部からの命令で、我々がこの事態に対処することになった」

 

 専用機持ち達がざわざわし始めた。まだ15・16の生徒でしかないのだ、仕方のない話だ。ただ、その中で状況を掴みきれていないのか、一夏と箒だけは訳が分からない顔をしているのをエミリアは見つけた。自身はそこまで集中しきれていないと、エミリアは思った。

 

「相手に戦意があるかどうかは分からないが、今回は三段構えでいくことにする。一機とはいえ、新型であることには変わりはない。万が一のことも考えられる」

 

 何か質問はと千冬が問いかけると、すかさず手が上がる。上げたのはラウラだった。

 

「目標ISのスペックの詳細をお願いします」

 

 ラウラの要求は軍属ならではのものだとエミリアは思った。自分なら何も思いつかずに情報ゼロで対峙していただろう。情報を得ることが大事なことはエミリアにも分かっていたが、そこにかかる労力を考えると面倒になってしまって、行動を怠ってしまう。唯一の救いは全てにおいて、備えをしていなかった時でも切り抜けることができたことだ。ずっとそれが続いたので情報収集の必要性が薄れていることも理由の1つだ。

 エミリアが関心していると、それまで沈黙を保っていたディスプレイがISのスペックデータを映し出した。

 教師達も生徒達も全員がディスプレイを食い入るように見つめて情報を頭に入れる。その輪に加わらずにいた例外が2人いた。千冬とエミリアだった。

 

「エミリア。厄介な相手だ」

 

 足音をさせずに千冬がやってきた。

 

「厄介な相手?」

 

 エミリアは聞き返した。千冬ほどの実力者が厄介と評する相手。おそらく過去のモンド・グロッソ出場者、もしくはそれに準ずる実力の持ち主が装着者なのだろうと当たりをつけた。そこにアメリカの選手というキーワードを入れれば的を絞ることができる。

 残念なことに遊姫以外に興味がなかったエミリアには、アメリカの国家代表選手、及び代表候補生の顔と名前は1つも浮かんでこなかった。情報収集を怠ったツケだった。

 

「ナターシャ・ファイルス。聞き覚えがあるだろう」

「…………」

「覚えていないのか。と、言うのも無理はない。お前は怪我を負って代表から下りたのだから、記憶したくもなかったかもしれないしな」

「……不戦勝のアイツか。偽りのブリュンヒルデ、資格なき戦乙女などと誹謗中傷されたモンド・グロッソ優勝者のナターシャ・ファイルスか」

「そのナターシャだ。奴が『銀の福音』のテスト・パイロットのようだ。はっきり言って、専用機持ちには荷が重い相手だ」

 

 千冬がスペックデータを元に話し合うセシリア達の背中を見た。

 

「教師達にも荷が重い。同じ性能のISならば、山田先生やお前が当たれば事は済むが、今回のこちらの戦力は打鉄とラファール・リヴァイヴが数機、そこに専用機が5機。数では有利だが、全ての機体が性能では負けている。実力差もある」

「束の持ってきたISなら性能では勝っているのではないか?」

「あれは勘定に入れていない。箒の実力では無理だ」

 

 随分と辛辣な言い方だった。しかし、正論であることはエミリアにも理解できた。箒の顔を見ればそれがよく分かった。

 箒はISを手にしたせいなのか、どこかそわそわと落ち着きがなかった。このような緊急事態であるにも関わらず浮かれている、とセシリアは感じた。さすがの一夏も場の雰囲気を完全に理解したのか、真面目な顔で作戦会議に参加しているというのに、箒は輪に入っているのに参加していなかった。

 

「それで振り分けはどうする?」

 

 エミリアが問いかけた。おそらく、箒は作戦には参加することはできなだろう。できたとしても旅館にもっとも近い場所での待機だ。命令違反を犯さない限りは戦闘に参加することはないのだと考えた。エミリアにとって、今の箒は足手まとい以外の何物でもないのだ。

 

「打鉄とラファールがそれぞれ5、専用機も5の全部で15はある。3人編成の5チームだ。第一ラインはお前とオルコットとデュノアだ」

「それで大丈夫なのか?」

「要はお前だ。2人は援護程度しか考えていない。相手が相手だから楽観視はできない」

「代表候補とはいえ、生徒2人をつけること自体、十分に楽観視している」

「お前が敵と真っ向から戦闘。オルコットが遠方からの狙撃でデュノアはその援護だ。幸い、相応の装備があるようだからな」

 

 千冬が2枚の資料をエミリアに渡す。

 資料は今日の為に納入された専用機のパーツのリストだった。1枚はイギリスのもので、もう1枚はフランスのものだった。2つの資料には赤ペンで囲われている部分が一カ所ずつあった。大型試作レーザー・ライフル『スターダスト・シューター』と防戦パッケージ『ガーデン・カーテン』だ。

 

「そのようだな」

 

 エミリアは資料を突き返した。

 

「他の配置は?」

「第二ラインは語奈先生とボーデヴィッヒ、凰のチーム。最終ラインは山田先生と織斑、篠ノ之の三人だ。後は回収班が1チームと、お前たちを第一ラインまで運ぶ輸送班が1チームだ。輸送班は作業が完了次第最終ラインの方に加わる。理想は第一ラインで終わらせることだ」

 

 千冬の理想を実現させる為には、エミリアが頑張る必要がある。

 エミリアは溜息を吐き出すると表情をガラリと変えた。億劫そうな表所は消え去り、代わりにどこまでも真剣な顔が表れる。千冬の為に頑張ろうと気を引き締めた訳ではない。

 エミリアの視線はセシリアとシャルロットの背中に向けられた。

 暫く眺めていたエミリアはふと天井を見上げた。何か頭頂部に違和感を感じた為だ。

 

「ヤッホー!」

 

 天井の一部が外れていて、そこから束が覗いていた。わざわざこちらに向けて手をぶんぶんと振っている。

 エミリアはポケットから淡い黄色のケータイを取り出して、束の底抜けに明るい笑みを浮かべている顔めがけて投擲した。

 

「うぎゃ!?」

 

 手を振ることに夢中だった束はケータイが鼻面に命中して、天井から落ちてきた。ドスンという音を響かせて落ちるものと思っていたが、なかなかどうして束は空中でくるりと一回転して着地した。イラッとしたのでエミリアは足払いをして、束を倒しておいた。

 

「痛いなー、えーちゃん」

 

 赤くなった鼻を押さえながら束は抗議をしてくるが、エミリアは無視してケータイを回収しにいった。丈夫なようでケータイには傷もなければ動作にも問題はなかった。

 

「えーちゃんが無視するよ。助けて、ちーちゃん」

「天井裏で何をしていた、束」

 

 飛びついてくる束の頭を捕えた千冬が問いかける。どこかで見た光景だとエミリアは思った。あれは確か学生時代の時だった。そしてほぼ毎日見ていた覚えがあった。

 頭を掴まれた束は特に痛がる様子もなく、自身のケータイを取り出してえへへと笑っていた。やはり、そういう趣味を持っているようだ。束はいつの間にか異世界の住人となってしまっていたのだ。

 

「電話してたんだよ。これ以上はプライバシーの問題だから答えてはあげられないんだけどね」

 

 束の言葉にエミリアは驚きを隠せなかった。束という非常識な人物は、どうやってかプライバシーという言葉を知っていることに。てっきり他人を思いやれる心を持っていないと思っていたのだ。

 

「どうでも良いから、今すぐ出ていけ」

 

 そう言って千冬は束を解放した。

 

「全員。作戦開始は20分後だ。それまでに準備をしておけ」

 

 千冬が言葉を言い終わると全員が動き出した。

 エミリアは1人でぎゃあぎゃあと構って欲しそうに騒ぐ束を放っておいて、セシリアとシャルロットを手招きで呼び寄せた。

 そして、千冬の作戦内容と2人の役割について話し始めた。

 エミリアは気が付かなかった。

 さきほどまで騒がしかった束が大人しくなったことに。

 箒の名前を呼んで、大宴会場から立ち去ったことを。

 更に箒がそれに続くようにして部屋を立ち去ったことに。

 そして、それを見て不思議に思った一夏がこっそりと後をつけて部屋を出ていったことを。

 エミリアだけではなく、この場にいる誰もが自分のことが手一杯で気が付かなかった。

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