段々と太陽の位置が高くなり日の光が強くなっていく。こうなると、みんな勉強に手がつかなくなる代わりに、遊びにばかり夢中になっていくことだろう。
きっとそれは、競争社会という厳しさに身を浸すIS学園の生徒達も例外じゃないはずだ。
だから学校というものは長期休暇というものを設定している。年中無休で勉強なんかしたってストレスが溜まっていくばかりで健康に悪いとでも考えたのだろう。適度な自由がないと教師も生徒も身がもたないから。
夏と言えば夏休み。学校生活で最も長い休みじゃないかな。他校は知らないけど、IS学園の中では一番の長期休暇は夏休みだ。
みんな大好き夏休み。好きな人と海に出かけて泳いだり、山へキャンプしに行ったり、ちょっとした旅行に出かけたり、冷房の効いた自宅でのんびりゴロゴロと過ごしたり。人によって様々な楽しみがある夏休み。
そんな楽しくて嬉しい夏休みを、私はみんなよりもちょっとだけ早く満喫している。本当は許されないことなんだけど、職員室で土下座をした、更に色々なことを言って、ようやく許してもらえたのだ。代わりにその場にいた全員に何かしらのお土産を買ってくることになってしまったが、我が儘を聞き入れてもらったのでそれくらいなら喜んで持っていこうと思う。
照り付ける太陽によって熱せられた地面を歩いていく。スニーカー越しに足の裏が地面の熱を感じる気がする。つまりはそれくらい熱いということなのだろう。
熱中症に警戒して、定期的にスポーツドリンクを口に含みながら、夏の空の下を歩いていく。
「良い天気だ」
皮肉じゃなく、本当に良い天気だと思う。こんな太陽の輝く明るい日に外をのんびり歩くとは何と贅沢なことか。まぁ、天気の悪い日でも別に構わないだけど。雨の日なら雨の日の、雪の日なら雪の日の良さというものがあるので、天気の良し悪しは特別気にしてはいないのだ。
絶好の散歩日和に、シャルロットやセシリアは冷房の効いた教室で授業を受けているに違いない。そして、昼休みには保健室に出向いて、知らない人がいるのを見てさぞ驚いていることだろうな。帰ったら謝った方がいいかな。
ゆったりと景色を楽しみながら歩いていく。目的地は私が生まれ育った家だ。
夏休みの予定は実家で過ごす。
それだけならば、別に前倒しに夏休みを取る必要はない。だけど、私は土下座してまで夏休みを求めた。人はそれに何かしらの意味があると思うかもしれない。
実際に意味はある。
私はできるだけ早く実家に帰ってのんびりとしたかったのだ。
実家でのんびりとして、かつての私と向き合うことにしたのだ。
自分で言うのもなんだが、昔の私は周囲から頼られるほどに責任感があり、約束を破るようなことはしない人間だった。周りには結構な人が居た。気づけば生徒会長なんて御大層な役職に収まっていて、色々な相談に乗ったり、何かを手伝ったりしていた。時にはエミリアが一緒に手伝ってくれていた。自分から手伝うなんて言っておきながら、その顔は不満たらたらでよく笑ったものだ。
昔の私はどんな約束も破ることはしなかった。たった1つを除いて。
「次のモンド・グロッソが決戦の舞台だよ」
エミリアとの約束。切磋琢磨を繰り返した親友との戦いを望んでの一言だった。何度もぶつかって何度も勝って何度も負けて、そうして卒業することには勝敗は同じ数になっていたから、お互いに世界中の人々を証人としてモンド・グロッソで最後の試合を行うつもりだった。
だけど、その約束を私は破った。
不慮の事故という言葉で済ますことができたけど、私はそう捉えることができなかった。事故によって足が動かなくなり、心が疲弊してしまっているところに、その約束が頭の中に浮かんできて、もうどうすることもできないと思ったんだ。足が動かなくなり、約束を破った。
私が約束を破った代償はエミリアが失明という形で背負うことになった。いや、私が背負わせてしまったんだ。
たまたま不幸が重なっただけかもしれないけど、過去の私は全て私がもたらしたものだと思い込んでしまったんだ。
だから、私はその責任を背負うことを恐れて、無責任であることを求めた。
責任が私を追い詰めると、本来の私に造り上げた私を被せて誤魔化すことにしたのだ。
エミリアには通じていなかったようだけど。
とにかく、私は過去を捨てて新しい自分として生きることに決めたのだが、やはり本来の自分と違う生き方をするのは難しく、シャルロットを助けたり、セシリアにアドバイスを送ったりと度々本来の私が出てきてしまっていた。
それだけのことなら騙し騙し生きていけたかもしれない。というよりはそう思いこむことができたかもしれない。
この前の襲撃事件と、エミリアのお見舞いが私に気づかせてくれた。
今の貴女では私には勝てません。
そうだ、偽ることしか考えていない今の私じゃ勝てない。
生きる為に、約束を守る為に。
そうだ。エミリアとモンド・グロッソで決着をつけると約束したのに、関係のない相手に負けることなんてあってはならない。そんな相手に負けることなんて認められない。
エミリアとの約束を覚えているから、負けを認めたくなかったんだ。
その事実に気づいてしまうと、もう自分を偽って生きていくことはできないし、したくない。
そもそも私は偽るということをうまくできるような人間でないので、いずれは正直になって歩き始めることだろう。それがちょっと早まっただけ。
「はてはてさてさて、簡単なことだったんだよね」
私は歩調を速めて実家へと急いだ。
IS学園から電車に乗って2時間ばかし揺られると、ようやく私にとっての地元にたどり着くことができる。ここから30分歩くと実家だ。往復5時間の道のりなので、学生時代も長期休暇でしか帰ってこれない。
事故にあって入院して、足が動かなくなったことに絶望していて、そこをどのような理由で訪れたのか分からないが束先輩に救われた。退院して実家に戻ってすぐに1人暮らしをしたから、長いこと実家には戻っていない。一度でも戻れば仮面が割れて、二度と偽れなくなると思っていたから。
まぁ、そんな決意も今日この日にガラガラと崩れ去ってしまうけどね。
そうこうしている内に目的地についた。月村と書かれた表札がかかっている二階建ての家。ここが私の目的地である実家だ。数年前に見た時と変わらない形をしている。
日本特有の塀に囲まれた家を前にして、喉の奥から何かがこみ上げてくるのを感じた。目頭が熱くなる。
敷居を跨ぐと、懐かしい香りがするような気がした。実際には何の特別な香りなど漂っていないのだけど、私の嗅覚はそれを感じた。数年ぶりの帰郷ということもあり、五感が麻痺しているのかもしれない。
扉の横にあるインターフォンを押そうとする指が震える。
怯えてはいない。ただ、困惑しているだけだ。どのような顔をして家族と会えばいいのかと。
だけど、私はインターフォンを押した。
ピンポーンと来客を告げる音が鳴る。扉越しに足音は聞こえてこない。
もう一度鳴らすが、やはり足音は聞こえてこない。家の中に人の気配を感じることができない。
もしかして、今家に誰もいないのだろうか。だとしたら帰ってきたタイミングが悪すぎる。
出直すべきか、このまま玄関で突っ立って家族の帰りを待つべきか。判断に迷う状況だ。
扉に意識を集中させたままどうするべきかと考える。
意識を集中させ過ぎているせいで、普段の私なら見逃すことのない微かな気配に気づかないでいた。周囲に対する注意力が散漫になっているところを、横から誰かが走り寄ってきた。
地面を踏み鳴らす音に、ようやく人の気配に気がついた私が左側に顔を向ける。
「遊姫!」
名前を呼んで向かってきたのはエプロン姿で頭にタオルを巻いた主婦だった。
「母さん」
その主婦は私の母だった。見ない間にちょっとだけ老け込んだようだが、それでもまだ十分歳よりも若い見た目をしている。
私が体全体を母の方に振り向かせると、母は待ってましたと言わんばかりの表情を浮かべて、地を蹴って飛びかかって来た。
……はぁ?
歳も考えないような行動に私の反応は遅れてしまう。それだけで十分だった。飛びかかって来た母の勢いを受け止めることもできずに、2人して無様に地面に転がった。背中が暑く、また母が抱き着いてきたのでお腹も鬱陶しいくらい暑かった。
「もう、今までどこで何をやっていたのよ!」
照り付ける太陽。背中を熱する地面に、お腹に回された人肌の体温。三重苦に私は何も言えないほど疲労していた。
「就職は地元で家から通える範囲にしなさいって言ったの覚えている?」
覚えている。学生最後の年のほぼ卒業前に言われた言葉だ。そういえば、この母は子離れできない人だったことを今思い出せた。
「それなのに、誰にも何も言わずに急に1人暮らしなんか始めて。お母さんね、寂しかったのよ!」
そこで心配したのよと言わないところが母らしい。あまりに自分本位なものの言い方だけど。
「まぁ、何の因果かお兄ちゃんが代わりに帰って来たけど」
パッと明るい笑顔を見せる母に、こんな幼稚な性格だから私はこんな性格になったのかなっと思ってしまった。
熱に浮かされながら母の話を聞いていると、ふと聞き捨てならない言葉を聞いた気がした。
「兄さんが帰ってきた?」
「そうなのよ。自衛隊になるって飛び出していったのに帰ってきてくれたのよ。もう、お母さん嬉しくって嬉しくって」
そこは悲しむべきところじゃないだろうか。なのにこの人ときたら息子が仕事を辞めて帰ってきたことを喜ぶなんて。
「だけどね、毎日毎日サバイバルゲームだ、モデルガンだ、ミリタリーだなんてことばかりしていて、家を空けることが多いのよ。もう、困ったわね。お母さんは別に無理に積極的に外に出てほしいなんて思っていないのに。どちらかというと仕事と最低限のこと以外ではずーっと家にいてほしいくらいなのに、あの子ときたら」
「いや、仕事もしてないんなら外に出て色々しててくれた方がいいんじゃない?」
「えー!?」
何を訳の分からないことを言っているのだこの子は。母の視線にはそんな言葉が隠れているような気がした。おそらく、気のせいじゃない。この母は自分本位で子離れができない母親なのだから。
「もう、そんな酷いこと言わないの」
「酷いことを言ってる自覚はこれっぽっちもないんだけどなあ」
「それよりも、遊姫ちゃんも仕事を辞めてお母さんのところに戻ってきたの?」
嗚呼、私まで仕事を辞めて家に帰ってきたのだと思われている。
「そうよね、やっぱり社会って難しいよね。1人暮らしは辛かったわね。お母さんのところに戻ってきたくなったのよね。大丈夫よ、お母さんは分かってるから。頑張ったねって言ってあげられるから。少し休憩してから家から通える範囲で次の就職先を探しなさい。もしくは、ずーっと家でお母さんの手伝いをしてちょうだいね」
ね、と優しく私の顔を覗き込んでくる母。感動的な台詞だけど、貴女の願望が見え隠れしているので幾らか減点したい。母らしい言葉なので、私は少しだけ安心した。この人には湿っぽいのは似合わないから。泣かれるより、いつも通りに状態で迎えてもらえる方が、私としても嬉しい。
ちょっとだけ感動的な家族の再会を憧れたんだけど……それはもういいや。