IS 教師の一人が月村さん   作:ネコ削ぎ

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3話

 夏休みが残り1週間を切った。

 生徒達が残りの休みを全力で謳歌している間、IS学園の教師達は1ヶ月ぶりに職員室で顔を突き合わせていた。どの顔もまだ夏休みの余韻を残していて、教師の顔をしているものなどほとんどいなかった。

 

「では、これより職員会議を始めたいと思います」

 

 どこかしゃっきりとしない声がクーラーの稼働音に消えていったが、司会進行役の教師は構わずに続ける。

 職員室の空気は最初こそふわふわとしていて、そこで仕事が行われているとは分からなかったが、段々とエンジンがかかってきたのか真剣な空気が流れ始め、教師達の顔も引き締まってきていた。司会進行役の教師の声もはきはきとしたものに変わっていく。

 そんな中で始めから今の今までで、変化を見せていない人物がいた。

 全員が職員会議に真摯に打ち込んでいる中で、唯一頬杖を突きながら周囲の話を聞き流していたのはエミリアだった。彼女は今日の職員会議をサボろうとして、校舎前でUターンしたところを千冬に捕まって職員会議に強制参加させられてしまったのだ。

 参加する気がなかったのに、お節介過ぎる先輩に無理矢理参加させられてしまったのだから、真面目に職員会議に参加する義務はない。

 教師としての義務を当たり前のように放棄して、エミリアはぼんやりと自分の机の上を眺めていた。

 エミリアのふてぶてしい態度をこの場にいる全員は知っていたので誰も注意を寄こすことはなかった。もはや、注意するだけ意味のないことだと諦めていたのだ。エミリアもそれを知っているから遠慮などすることをせずにだらりとしている。そうでなかったとしても関係なくだらりとしていたが。

 ぼんやりと机の上を眺めていたエミリアは暫くするとピタリと視線を一点に縫い付けた。その変化に気がつく者は誰もいなかった。

 エミリアが職員会議そっちのけで眺めているのは淡い黄色の指輪だった。シンプルで目立った箇所のないただの輪でしかないような指輪で、色合いのせいか知らない人が見れば安っぽい玩具にしか見えないものだ。

 だけど知っている人からしてみれば、その指輪は喉から手が出るほどに欲しいものである。それほど価値のあるものだった。人の価値観を考えなかったとしても、実際に並の指輪では相手にならないほど高価で希少な代物であることは間違いなかった。

 何故なら、エミリアの見つめている指輪は数に限りのあるISだからだ。

 

「くくっ」

 

 待機状態のISを指で摘まみ上げたエミリアはニヤリと笑みを浮かべる。隣にいた教師はその横顔を見てしまい、背筋を悪寒が走るのを感じて急いで顔を背けるほど不気味な笑みだった。

 エミリア・カルケイドも周りの教師達と同じく、夏休みは祖国であるイギリスへと帰国した。理由は教師生活の疲れを自国の家族と過ごすことで取り除くのではなく、自身の目的と相手方の目的を果たす為の帰国だった。

 国を同じくするセシリアが一緒の帰国を望んでいたが、残念ながら夏休みになった瞬間から自由を謳歌できる生徒とは違い、教師達は数日遅れての夏休みなのでセシリアの考える理想の帰国はかなえられなかった。

 エミリアとしては誰と一緒だろうと1人だろうと大して変わらないだろうと思っていたので、セシリアの捨てられた子犬のような視線をバッサリと遮断することができた。

 セシリアに遅れて帰国したエミリアは祖国の光景を懐かしむことなく、真っ直ぐに家へと向かって、両親と再会した。家族との再会にエミリアは感動することなく、淡々と自分の目的を達成することにしたのだ。

 エミリアの目的は専用機を手に入れることだった。普通ならば、早々に手にすることのできない専用機であるが今回はタイミングがよかった。

 イギリスで稼働実験を行っていた『ティアーズ』搭載型二番機『サイレント・ゼフィルス』が強奪され、残った『ティアーズ』搭載型三番機の安全確保の為に、装着者としてエミリアが最有力候補に選ばれたのだ。

 最初は資格を蹴ったエミリアだったが、すぐに起きた臨海学校襲撃事件によって考えを改め、専用機を受け取りに来た。

 もちろん、ただIS受け取るだけで終わらない。

 装着者のスタイルに合わせた調整を行わなければならないのだ。エミリアが自身の要望を事前に伝えていて、かつ開発陣がエミリアの戦闘スタイルを知ってたので、大まかな調整は彼女が帰って来る前には既に終わっていた。残りは細かい調整だけで、時間はさほどかからなかった。

 結果、ISを受け取る為の滞在期間はわずか4日ほどだ。短い帰国を終えたエミリアはこれまた真っ直ぐ日本のIS学園へと帰り、昨日まで悠悠自適な生活を送り始めたのだった。

 私だけのIS。私の為だけに調整されたIS。

 指輪を突きながらエミリアはまた笑った。隣からガタッと音が聞こえてきたが彼女は興味がなかったので確認せずに放っておいた。そして職員会議も放っておいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ああ、相変わらず会議なんて知らぬ存ぜぬの態度ね。

 司会進行役を務めている女性教師は気づかれないように溜息を吐き出した。これで何度目の溜息かは彼女にも分からなかった。

 彼女の視線の先には姿勢を崩しているエミリアの姿があった。机の上で何かをいじっているのか、話を聞いている素振りは微塵も感じられない。

 時折、不気味な笑みを浮かべるのが彼女には気になっていた。形はたまに浮かべる笑みと大して変わらないというのに、何故だか不気味と思ってしまう。

 連絡事項などに耳を傾けながら、彼女はエミリアを観察していた。あの質の悪い笑みを浮かべる理由は何なのか。もしかしたら何かが分かるかもしれないと、意識の半分をエミリアの観察に向けていた。

 意識の半分を職員会議とは関係のないことに向けている彼女は、それでも自分のやるべきことを自覚しているので残った半分の意識で会議を進めていく。

 

「では次に月村先生、お願いします」

 

 手元の資料に視線を向けながら、保健養護教諭の名前を呼んだ。彼女は返事を期待してはいなかった。

 月村遊姫という教師は、IS学園で数少ない問題のある教師だった。態度は不真面目、生徒に対する態度も友達教師みたいであまりよろしくないし、最低限の処置しか行わない。会議には基本的に織斑千冬に引きずられてこなければやってこないほどだ。

 そんな不真面目で教師らしからぬ存在など、この場にいる訳がないと彼女は後5秒したら「どうやら不在なので、ひとまず飛ばします」と言おう考えていた。

 だから彼女は冷房の音だけが響き渡る職員室の中に響いた声に疑問を浮かべた。

 

「はい」

 

 彼女は職員室にいる全員の声を聞き分けられるほどの観察力はない。それでも、その声が普段聞き覚えのないものであることは理解できた。

 誰か夏風邪をひいた状態でこの会議に挑んでいるのか。彼女はそう思っていたが、それにしてはおかしいことに気がついた。

 周囲があまりにも静か過ぎる。

 それに気がついて彼女がゆっくりと周囲を見渡すと、視界に映る教師達の視線がある一点に向けられていた。あの冷静沈着な千冬でさえ目を丸くして皆と同じものを見ていた。

 例外は2人。

 まるで当然だと言わんばかりの表情をしているエミリアと、のほほんと笑顔を浮かべているだけの語奈。

 例外2人を除いた全員が唖然と驚愕の二種類の顔を浮かべているのを見て、彼女も視線の先を追って目を見開いて注目の的になっているものを見た。

 彼女の視界に映り込んだのは白衣を着込んだ女性教師だった。ニコニコと笑顔を浮かべて周囲の視線を集めていた。

 彼女はその人物の存在が信じられなくて、一度目を瞑って大きく息を吸い込んでから吐き出した。そうして目を空ければいないはずの人物がちゃんといなくなると思って。

 しかし、目を開けてもそこにはちゃんと人がいた。

 彼女はまだ信じられなくて、間違っていてほしいという思いを込めて口を開いた。

 

「えーっと……月村先生?」

 

 間違っていてほしい。いや、教師なのだから存在していなければならないので間違っていないでほしい。でも、私の彼女に対する評価が崩れ去ってしまうのだから、やっぱり間違っていてほしい。

 そんなぐちゃぐちゃになって判断つかなくなった彼女に答えを指し示すかのように、目の前の人物がニッコリと人当りの良い笑みを浮かべた。

 

「はい、そうですよ」

 

 遊姫の満面の笑みでの肯定に彼女は思考がオーバーヒートしてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 夏休みも残り少なくなってくると、余裕をもって行動することを心掛けている一部の生徒達がIS学園へと戻ってくる。帰郷しないで寮に留まって部活動やISの訓練に精を出す生徒達もいるので、夏休み中だというのにIS学園の寮にはそこそこの生徒達が暮らしていた。

 寮で暮らしつつISの訓練や部活での鍛錬などをしていると、大なり小なりどうしても怪我をしてしまう。特に血気盛んな十代女子の集まりで、学園も長期休暇で多少の怪我をしても支障がないからか、学園が通常運転している時は負わなかった怪我を作ってしまうのである。

 新学期が始まっていないので、閑散としている廊下を1人ポツンと歩く少女もまた、そのような油断から怪我をしてしまった。擦りむき傷程度のものであったので少女は大丈夫だろうと思っていたが、友人達が口を揃えて保健室に行って治療してもらってこいと追い立ててるので、仕方なく保健室を目指していた。

 少女は保健室があまり好きではない。

 保健室そのものが嫌いという訳ではない。その保健室にいる先生が好きではなかったのだ。

 月村遊姫。彼女のへらりと笑っているだけで、献身に生徒の怪我を治療しない態度が嫌いだった。そして、いつも保健室を訪れてきているエミリアが怖いという意味で苦手だった。

 去年の夏休みでは遊姫もエミリアも帰郷せずに保健室に駐在していたから、何かと理由をつけて保健室を拒否していたが、今回は渋々保健室に行くことを決めた。理由は分からないが遊姫が保健室から出て、帰郷したと噂で聞いたので、足取りが重いながらも保健室へと向かうことができた。

 これも噂だが、今の保健室には恰幅の良いおばさん先生が駐在していると聞いた。

 千載一遇のチャンスを逃す訳にはいかない。保健の先生らしい人に治療してもらうなら今しかない。そう意気込めば少女は自然と早足になる。

 保健室の扉の前に立った少女は、見たことのない恰幅の良いおばさん先生の柔らかいであろう笑みを想像しながらノックした。今にも扉の向こうから歳を重ねた分の落ち着いた声が聞こえてくる。

 

「どうぞ」

 

 想像していた声と若干の違いがあるが、声と見た目は完全に一致するものではないだろうと、少女は気にすることなく扉を開いた。

 

「え!?」

 

 扉を開けると見えてきたものに、少女は驚愕を浮かべて固まってしまう。

 保健室が先日の小さな襲撃のような悲惨な状態を晒しているということではない。むしろ、襲撃の傷跡は全て消されて襲撃があったという事実そのものがなかったかのように綺麗だった。

 少女は保健室に噂で聞いた恰幅の良いおばさん先生が影も形もなかったことに驚いていたのだ。それだけなら、少女もそこまで驚かない。

 少女が驚愕するほどの動揺を見せたのは、部屋の奥でニコニコと柔らかい笑みを浮かべている遊姫が当たり前のように存在したからだ。聞いていた情報と違っていたのだ。

 

「どうかしたの?」

 

 遊姫の言葉に少女はハッとなって保健室へと踏み入った。動揺を悟られまいと今更ながらに平静を装ったが、遊姫にはバレバレだったようでクスリと微笑ましいものを見るような視線を向けられた。

 自身の動揺を見透かされたことで欠いた冷静さを取り戻そうとしていた少女は、久しぶりに訪れた保健室に違和感を感じた。正確には遊姫に対してだが。

 

「どんな用件かな?」

 

 言葉に言い表せないがどこかおかしいと少女は思った。

 

「肘を擦りむいてしまったので治療をお願いします」

 

 返ってくる言葉はきっと「そのくらいの怪我なら大したことないよね。治療は自分達で勝手にやっておいてね」だ。少女は過去に言われたことを思い出していた。

 

「そうか。じゃあ怪我を見せてね」

 

 遊姫は億劫そうな表情も見せることもなく、部屋の端っこに立てかけてあるパイプ椅子を引っ張ってきて少女の前に置いた。

 

「……っ!?」

 

 少女は信じられないものを見て半歩後ずさりしてしまった。

 

「ほら、座って座って。立ったままだと疲れるでしょ」

 

 誰ですか、この月村先生は!?

 内心で目の前の人物に疑心を向けながらも、正直にパイプ椅子に座って大人しく治療を受ける少女。治療の間、遊姫が色々と話しかけてきていたが、少女の頭は混乱していて自分がどんな言葉を返していたのか分からなかった。

 少女の思考が正常に戻った時には保健室から退出していた。後ろを振り返ると保健室の扉があった。

 何があったかをまだ正常に判断することができない少女は、それでもこの不思議な体験を誰かに話す必要があると思って、すぐさま廊下をダッシュした。

 少女は友人達の待っている場所に向かって行き、途中で段差に足を取られて膝を擦りむいていて、再び保健室の扉を叩くことになった。

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