ほうじ茶を飲んでホッと一息をつく。今日も保健室は平常運転である。
「遊姫先生」
「何かな、シャルちゃん?」
昼休みの時間に菓子パンを持ってシャルロットが訪ねてきた。私の分まで買ってきてくれたのでありがたくいただいている最中、シャルロットが固い決意の籠った視線を向けてくる。
「僕に遊姫先生の技術の全て教えてください!」
「後でね」
メロンパンを一口食べる。子供の頃はメロンが入っているからメロンパンだと思っていたんだよね。中学生の時にメロンの表面にそっくりだからメロンパンなんだって気がついたけど。最近はメロン味のものがあるからメロンパンの概念も多少変わりつつあるよね。
そんなどうでもいいことを考えながら食べていると、シャルロットが慌てて身を乗り出してきた。
「後でね、って絶対に教えてくれないパターンだよね!?」
遠回しの拒絶がばれてしまった。ばれても痛くもかゆくもないから構わないんだけど。
それよりもシャルロットは急にどうして私に師事を求めてきたのか気になる。脈絡もないからよく分からない。
「うん、教えないけど。どうして教えてほしいのかな?」
「そんなあっさりと拒否しないでほしいんだけど。せめて悩む姿を見せてくれてもいいでしょ」
口をとがらせて抗議をしてくるシャルロット。最近、2人だけになると敬語でなくなるようになってきた。これは親しくなったと取るべきか、それとも敬意が薄れてきたのか判断に困ってしまう。
「下手な希望を見せるのも悪いから。それで?」
「辛辣すぎるよ。えっと、何で教えてほしいかだっけ?」
コテンと首を傾げるシャルロット。別に可愛いとは思わないので話を促す為に相槌を打つだけだ。
「この前の練習試合で、僕もだけどみんな手も足も出ずに遊姫先生に負けちゃって。それでセシリアがエミリアとマンツーマンで訓練するとか言っているのを聞いたんだ。セシリアが強くなろうとしているから、僕も強くなりたいと思って、どうすればいいかなって考えてみたんだよ」
セシリアがエミリアに訓練を頼み込んでいるということは聞いた。エミリアの方から話してくれた。気だるげな表情を浮かべながらも目が嬉しそうだったのをよく覚えている。
その時のエミリアの様子を思い出すと笑みがこぼれてしまう。
シャルロットは自分に向けられたものと勘違いしているようで、調子よく説明を続けていた。
「それでね、僕は遊姫先生のようになりたいと思ったんだ。だから先生の持っている技術を教えてもらいたいんだよ」
「そうか。正直に言えば嬉しいね」
私の後ろをついていきたいと言ってくれる後輩なんていなかったからとても嬉しい。学生時代の中盤から速さで勝負するようになって気がついたら生徒会長なんかになっていた。その直後から後輩から憧れてます、なんてくすぐったい言葉は数聞くようになったけれど、先輩のようになりたいです、なんて言ってくれる子はいなかったね。私の戦闘スタイルがあまりにも常人離れしていることが原因だろう。並を超える高速戦闘に並の体と運動神経じゃついていけない。つまりはそういうことだ。
「嬉しいけど、お断りの意思表示は変わらないよ」
理由はさきほどのものをそのまま流用できる。並を超える高速戦闘に並の体と運動神経じゃついていけない。シャルロットの腕前が問題なのではなく、そもそもの体の作りが違うから無理なのだ。
いくつか理由を述べてもシャルロットは中々引き下がらずにいたので、昼食は彼女を説得する時間に終わってしまった。
私は菓子パンを頬張りながらのことだったからなんてことはなかったが、私に師事しようと必至になっていたシャルロットは昼食を取ることもしないまま昼休みを終えてしまい、空腹に苛まれながら教室へと急いで戻っていった。忙しい子だ。
放課後になると、今度はセシリアがやってきた。聞くところによると今日は射撃部がお休みらしい。ああ、エミリアとの訓練もお休みなのかな。
「遊姫先生はシャルロットさんのことをどう思っているのですか?」
入ってくるなり備え付けの冷蔵庫から紅茶のペットボトルを取り出したセシリア。一口飲んだ後に唐突に問いかけてきた。
「どうって……親しい間柄の生徒だよね」
「そ、それだけですか?」
それだけって、それ以上の何かを期待していたのだろうか。確かにシャルロットを助けてあげようという想いはあったが、アレは彼女がまだ男装を止める前の話だ。あの頃とは違って強くなった今は、そこまでアレコレと手出しをする必要はない。
「おかしいですわ。遊姫先生とシャルロットさんの関係は、わたくしとエミリア先生の関係と同じものと思っていたのですが」
セシリアは頭を抱えて蹲る。
「あのね、エミリアとセシリアちゃんは国籍と戦闘スタイルがあったから成立した関係なんだよ。君の努力もあったけどね。それに比べて私とシャルちゃんは国籍も戦闘スタイルも違う。ある程度合わせるとか、苦手でも上達するとか、そういう努力だなんだっていう話をする前に、既に素質の時点で無理なんだよ。だから、君たちのような関係性は気づけないんだ」
はい、この話はこれで終わりと手を叩けば、セシリアも取りつくことができないと理解してその話題はなくなった。
「そういえば、もうすぐ学園祭だよね? 一組は何をするのか決めたのかい?」
IS学園も他の大小様々な高校と同じようなイベントを持っており、学園祭もそのイベントの1つだ。普段大人しい子も熱をあげちゃう楽しい一時だ。騒がしい子も普段以上に騒がしくなる上限のない1日でもある。
その日は日頃抑圧されているものを解き放ってしまう生徒が多く、あまりに馬鹿騒ぎしすぎて怪我などが増える1日でもある。きっと、今年も大変だな。
「わたくしたちのクラスはメイド喫茶をすることになりました」
「……ふーん」
喫茶店をするんだ。去年もあったね、そういうクラス。
「そっか、喫茶か。ちなみに一番の売りとかってある?」
「織斑一夏を指名することが可能ですわ」
メイド喫茶なのに男を指名できるって何かな?
一夏くんは店のコンセプトから外れた存在だから裏方専門だと思うんだけど、私の考え方が凝り固まっているのだろうか。
「正直、メイド喫茶なるものに決定した時、わたくしも驚きを隠せませんでしたわ。いえ、メイド喫茶になったことよりも、リセルさんの提案がほぼ全員からの支持を受けたことに驚いてしまいました」
「一組は留学生と日本側の生徒の仲が悪いからね」
「ええ、それでも少しずつ改善しているのですよ。というよりは気づいた時には、それなりに改善されていたと言うべきですが」
「それなら、この前に怪我したアルジゼートちゃんをつれたシェスタちゃんが誇らしげに語ってたよ。縁の下ネットワークが実を結んだって」
「縁の下ネットワーク?」
「シェスタちゃんが言うには、一組の穏健派と秘密裡に接触して色々と活動していたらしいよ。それ以上は聞いていないけど」
私が分かることはシェスタちゃんが一年一組の内部にある不和を取り除いたということだ。時期を考えるとちょうどいい。
メイド喫茶に決定しているようだが、シェスタちゃんはどうして喫茶のタイプをメイドに定めたのだろうか。ここは女子高であり、教師もほとんどが女性であるから、メイド喫茶の需要はあんまりない気がする。
まぁ、一部の特殊な趣味の持ち主を狙っているのかもしれない。狙わなくてもいいのに。
「聞きたいんだけど、どうしてメイド喫茶なのかな」
「……さぁ?」
仮にも自身の所属するクラスでしょうが。
紅茶を飲みながら理由を考え始めたセシリアに、私は呆れながらもほうじ茶を口に含んだ。
1人でうんうんと悩むセシリア。保健室に怪我人が来たから、首根っこ捕まえて追い出しておいた。だってここは怪我人とか体調不良の生徒にとっての聖域であって、健常者の吹き溜まりじゃないのだから。