セシリアは織斑一夏を選ばれた人間と思っていた。選ばれるに足り得る何かを持っているからこそ、吹き荒れる受験戦争という嵐に巻き込まれることなくIS学園へとやってきたのだと、彼女は期待していた。選ばれた人間が相応にそれ以上に振舞う教室になると、胸を張って宣言できることを。
だが、予想を裏切るような醜態を一夏は晒した。勝手に期待をしたのはセシリアだが、彼は彼女の期待を裏切った。彼女だけではない。一夏は多くの人間の期待に無意識の内に背いてしまったのだ。
二時間目の授業が終わると、セシリアは使っていた教科書を片付け次の授業の準備を手早く行う。それから席から立ち上がり教室の前へと歩き出した。目的地は織斑一夏の席だ。
「ちょっとよろしくて」
一夏の真正面に自分の体を持っていくと、セシリアは極力警戒させないような声音で声をかけた。そのとき無意識に腰に手を当てていた。
「へ?」
話しかけられた一夏は油断していたことがありありと分かる反応を見せた。声の主であるセシリアを見た彼の顔からほんの少しの面倒臭さがにじみ出ていた。
目は口ほどにものを言うとは言いますが、この方は顔すらも口ほどにものを言いますわね。セシリアは内心でそう思った。同時に一夏の態度に少し苛立った。
「訊いています。お返事は?」
「あ、ああ。聞いている、用件は?」
「聞こえているのなら返事をなさい。もしくは相手に聞いていると分かってもらえるような態度を取ったらどうです?」
自分の言葉を聞こえておいて返事をしなかったことを不快に思ったセシリアは、不快な思いを少しだけ表にだしながら忠告をした。今の貴方の態度が他人を不快にしたのだと教える為に。
しかし、セシリアの行動は一夏に苦手な部類の人間だと思わせただけに終わらせてしまった。苦手なものを見るような顔をしていることがその証拠だった。
「悪いな。慣れない環境で疲れてたんだよ」
「それなら仕方がありませんわ」
「で、何の用なんだ」
「先ほど自己紹介しましたが、改めて自己紹介をと思いまして」
セシリアは胸に手を当てて微笑む。
「セシリア・オルコット。イギリスの代表候補生ですわ」
「あ、質問いいか?」
一夏が思いついたように口を開く。
まずは貴方も自己紹介をしなさい、と言いたくなるのを抑えてセシリアは「よろしくてよ」と質問することを許可した。いちいち口を出していたら休憩時間が終わってしまう。
「代表候補生って何?」
その短い質問はセシリアを驚かせるには十分な内容であった。鋭い質問を投げかけられての驚愕ではない。あまりにも稚拙で無知なのだと知らされて驚かずにいられなかったのだ。
セシリアと一夏を遠巻きから観察する女子生徒達も唖然としていた。
「あ、貴方、本気でおっしゃってますの!?」
おかしい、ありえない。こんな男がどうしてISを動かすことができるというの!?
「おう、知らん」
恥じることをまるでしない堂々とした態度の一夏に、セシリアは無理矢理思考回路を正常にまで戻した。笑顔など忘れて拳を握り締める。
「だ、代表候補生は国家代表のIS操縦者の、候補生として選出される人のことですわ。テレビなどで耳にする機会があるでしょうに。それに少し考えれば分かることでしょう!」
「おお、そう言われればそうだな」
最後は怒気を込めて言い放つセシリア。教室全体が彼女を味方するように頷いていた。
周囲に漂う雰囲気にセシリアは自分が言いたいことを口にし始めた。
「大体、貴方ISについて基本すら知らずによくも入学することができましたわね。唯一の男性でISを扱うことのできると聞いていましたから、わたくしは相応の態度を見せてくださると思っていたのに、期待外れでがっかりですわ」
先の時間に一夏が晒した醜態がセシリアの頭の中で再生される。それは彼女の不満を吐き出される為のエネルギーとなっていった。
「俺に何かを期待されても困るんだが」
「期待されても困る? ならばいますぐ此処から立ち去ってはいかが? この教室に珍しいだけの存在などまったく必要としていませんので。そもそも、どうして事前学習もまともにしてこなかったのですか? 動かせてご満悦というわけかしら?」
セシリアの叩きつけるような強い言葉に一夏は困り果てた表情を怒りへと一転させた。
「こっちだって入学したくて入学した訳じゃないんだよ!」
「それが本音ですか。入学したかった訳ではないと。……別にその声を否定するつもりはありませんわよ」
「は?」
一夏は呆気に取られる。責め立ててくるセシリアが自分の叫びを肯定してきたからだ。
セシリアは一度目を閉じてゆっくりと深呼吸をする。そして咎めるような鋭い視線を一夏へと向ける。
「否定をするつもりはありませんが、貴方の今の態度は許されるものではないと言わざるを得ませんわ。貴方が今現在在籍しているIS学園は多くの中から勝ち上がってきたひと握りの人間だけしか受け入れません。努力に努力を重ねてきた人達が大勢いる中でたったひと握り。貴方のいる場所には本来貴方以上の方がいるはずでした。それをISを起動させられるというだけで、何の努力もしてこなかった貴方に奪われてしまったのですよ」
「俺は別に奪ったつもりはない。何でか動かすことができたんだ。それで大した理由も教えられずにIS学園に連れてこられたんだよ」
一夏は自分が現状を望んでいなかったこと訴える。
セシリアは目の前の男の言葉に何を言っても意味がないような気がしてきた。
意志があったかどうかを問いかけているのではない。一夏の置かれた状況は、できるできない嬉しい嬉しくないに関わらず重いものなのだ。
ああ、もう時間がありませんわ。せっかくの休憩時間を捨ててしまう結果になるなんて。
知識ゼロ、自覚ゼロ、向上心ゼロ、改める気ゼロ。結論、織斑一夏は状況に流されるだけで抗おうとはせず、沈んでいくだけで浮かび上がろうとしない男。セシリアは一夏に対してそうラベリングする。
「そろそろチャイムがなりますので、お話はここまでにしておきますわ」
これ以上話をしても無駄だと思いますので。内心で一夏への期待を捨てて、セシリアは自分の席へと戻っていった。
三時間目開始のチャイムが鳴り終わると、千冬と真耶が教室へと入ってきた。千冬が教壇に立ち、真耶が窓側のパイプ椅子に座った。この授業の進行は千冬だった。
「これから授業を始めるのだが、その前にクラス代表者を決める」
クラス代表者。千冬の口にした言葉に周囲がざわつきはじめる。
セシリアはその状況には加わらずにいた。
周囲がざわついていることにも関わらず千冬は口を開く。そうすれば騒音は瞬時に収まるのだから彼女がいかに恐れられていることか。
「クラス代表者はその名のとおり、クラスの代表者だ。基本的なところは、諸君等が小中学校で見たもしくは経験した内容と大差ない。再来週行われるクラス対抗戦にでなければいけないことを除けばだ」
ホワイトボードに『クラス代表』と書いた千冬は教室内をぐるりと見渡して「希望者は挙手」と言った。それに対して、クラス代表の座を欲して手をあげるものは誰もいない。
セシリアは一度手をあげようとして引っ込めた。頭の中でメリットとデメリットを考えたからだ。
セシリアは国家の代表候補として、新型ISの実働データを取るために学園へとやってきた。技術向上のために来たのだ。クラス代表になることによって発生する職務に時間を取られるのは面白くない。
結論を導き出したセシリアは静観して、このクラスに潜んでいる、上に立つことを良しとする人間の出現を待つことにする。
「自薦他薦は問わない」
その悪魔の言葉に一人の女子生徒が生贄を放り投げる。
「織斑くんが良いと思います」
一番祭り上げやすい存在であり、罪の意識を感じにくい相手である一夏。誰か一人が口にすれば、それを援護するように周りから同意の声があがる。
「お、俺!?」
自分の名前が候補にあがったことに驚いて立ち上がる一夏。
それはセシリアも同じであった。あれほど自分と一夏のやり取りを聞いていたのに、一夏に責任が絡む職務を押し付けるなんて。
「そのような選出は認められません!」
思わず机を叩いて立ち上がってしまった。