「はい、あーん」
5人掛けのテーブルに座って、ケーキの欠片が乗ったフォークを持ち上げて隣に座る人物へと近づける。誰かが不平の声をあげたが気にしない。だって、このケーキはただ1人の為にあるのだから。
「あーん」
ぱくり、とケーキが食べられる。こう言ってはなんだけど気分は餌付けだ。
「美味しい?」
「……美味しい」
モグモグと口を動かしてケーキを味わっているシャルロットを微笑ましいものとして見る。
中性的な美しさを持った顔を泣き腫らした姿は守ってあげたくなる。そう周りの目が言っている。私は特に守ってあげたいとは思わない。
「ゆーきせんせー」
「はいはいはいはい」
催促されたので私はフォークでケーキを切り崩してシャルロットの口の中に放り込む。
強面の守名との衝撃的な出会い。恐怖に耐えられず公共の場で恥も外聞もなく泣いてしまったシャルロットは、何があったのか幼児退化してしまった。
恐いっていうのは良くないことだね。おかげでシャルロットの心のケアをする羽目になってしまった。まったく、友達なんだから自分がケアしてあげなよ、セシリア。
シャルロットに餌付けをしながら、ちらりとエミリアの座っている方を見ると、殺気の籠った目をシャルロットに向けていた。
そのエミリアの隣にはセシリアが立っていて、必死にとあるメニューを進めていた。
私達が座るテーブルは5人掛けだ。私、エミリア、西島さん、守名さん、シャルロットが椅子に座っているので、セシリアは自動的に立ちだ。そもそも接客する人間が客と同じテーブルに座るなんてことはあってはいけない。そういう店ならしょうがないけどね。
じゃあ、シャルロットも立っていなければ駄目だろって話になるけど、シャルロットが幼児退化してしまったのは私達のせい――正確には守名さん1人のせいだけど――なので座ることを許してあげたのだ。このままの状態じゃ接客も何もないだろうしね。
シャルロットが椅子に座っている理由はもう1つある。
このご奉仕喫茶一番のメニュー『執事にご褒美セット』だ。
この執事にご褒美セットは名前の通り、一夏とシャルロットの2人しかいない執事店員にご褒美をあげるというものだ。それも客がお金を払って。
執事に食べさせる関係上、もちろん執事が一緒のテーブルにつかなくてはならない。だからシャルロットは客と同じテーブルに座っているのだ。
ちなみに、本来の執事にご褒美セットの内容はアイスハーブティーと冷やしたポッキーだ。だけど、テーブルにはポッキーなど存在せず、代わりにイチゴのショートケーキが置いてある。シャルロットに同情したクラスメイトの配慮らしい。
「ゆーきせんせー」
「はいはいはいはい」
ケーキを一欠片シャルロットの口の中に放り込む。さっきから私もシャルロットも同じ言葉しか発していない。
「エミリア先生。この、この『メイドにご褒美セット』がおすすめですわ! ぜひ、ぜひご注文ください」
「お前のせいで、あんな奴に遊姫を取られた! 屋上から飛び降りて謝罪しろ」
「うっせぇ! 自分に魅力がないことを棚に上げて俺を非難するんじゃねぇ!」
「お前だって魅力の欠片もないだろう。諦めてそこらの平々凡々の女の尻でも追っかけ回してろ」
必死になってセシリアがメニュー表の一角を指さしている。可哀想にエミリアは完全無視を決め込んで守名さんに暴言を吐きまくっている。
「や、中々美味しいですね。たまにはハーブティーも飲んでみるものですね」
周りの惨状もなんのそのと1人喫茶を味わっている西島さん。さすが社長、周りに流されることのない意志をお持ちで。
「ゆーきせんせー」
「はいはいはいっと」
「聞いてください。このメイドにご褒美セットを、このセットを頼んでください。日頃頑張っているご褒美も兼ねて」
「勝負するか。私はIS、お前は生身で」
「惨殺の未来予想しかできない試合なんてできるか!」
「や、青春ですね」
他のテーブルに比べて明らかに騒がしい。まぁ、楽しいのならそれでいいのかもしれない。
「遊姫」
守名さんが私の名前を呼ぶ。
「お前はどっちを取る?」
「はぁ?」
脈絡のない質問に私は疑問の声をあげる。何を言っているんだろう、守名さんは。
「そうだ、どっちを取る」
よく分からない質問に便乗してくるエミリア。君も何を言っているのかな?
「もちろん、メイドにご褒美セットに決まっていますわ」
絶対に話を聞いていないセシリア。誰も気にも留めていない。
「どっちを取るって何の話?」
言葉の足りない質問になど答えられるわけはないので詳しく聞くことにした。問題は2人がちゃんと説明してくるからどうかだ。
「決まっているだろう、私とこの低俗ヤンキーのどちらを選ぶかだ」
「そうだ。この社会不適合者と俺のどっちを選ぶ」
選択肢がエミリアと守名さんの2択であることは理解できた。だけど、それ以外のことはまったく判明していないので、結局答えることはできない。嫌がらせなのかな?
「保留って選択肢は?」
「ない」
「そうだ、ない」
なんだかんだ仲良いよね。
「ところで質問の意味が分からないんだけど」
さっきから思っていたことを言うと、エミリアがキョトンとした目をする。別におかしなことは言っていないんだけど……おかしいな。
「遊姫は私とこのむさ苦しい男のどちらと一緒にいたい?」
「あー、そういう質問」
「なら、きまってるよ。僕と一緒の方がいいよね」
何故か乱入してくるシャルロット。君は話をややこしくするのが好きだね。
「小娘は引っ込んでいろ!」
「学生が邪魔すんな!」
子供相手に大人げない大人の対応。それに片方は教師だ。
「あぅ。……ゆーきせんせー」
一瞬で再び幼児退化してしまったシャルロット。もうケーキはないので、私は溜息を吐きながらセシリアに執事にご褒美セットを頼んだ。セシリアは嫌そうな顔を隠そうともしなかった。
「セシリア」
重い足取りで席を離れるセシリアの背中に声をかける。
「エミリアがメイドにご褒美セットをだって」
セシリアがピタリと動きを止めた。
「かしこまりました!」
次の瞬間には軽い足取りになってテーブルを離れていった。何とも分かりやすいな。きっとそこが良いところなんだと思う。
幼児化して白衣を掴んでくるシャルロットの頭を撫でながら、私は執事にご褒美セットが来るのを待った。別に執事に飢えている訳ではないことだけは弁解しておく。
「……楽しいね」
エミリアと守名の答えの強要に耐えながら私は溜息を吐き出した。
楽しいけど、疲れるね。
結局、ご奉仕喫茶にはお昼前まで居座ってしまった。客の回転率を悪くしていたことは想像に難くない。そんな罪悪感があったので、西島さんと2人で色々と注文してお金を落としてきた。
まぁ、別にお金を落とそうが落とさまいが関係なく受け入れられていたみたいだ。曰く、教師がいてくれたおかげで面倒な客が来なかったからありがたいとのことだ。
さて、昼になったのでご飯を食べようということになったが、正直な話ご奉仕喫茶で十分に食べたから私は
ここでみんなと別れることにした。
エミリアが不満そうな顔をしたが、午後に来客が来ることを伝えたら渋々納得してくれた。なので、ついでに保健室には立ち寄らないでほしいとも伝えておいた。
「くそ、じゃあ分かった。私は適当なところで時間を潰すから後で連絡しろよ」
そう言って背中を見せるエミリアを見送る。どうやら来客を帰した後に連絡しなければいけなくなったようだ。
「了解。ちゃんと連絡するからケータイに注意を払っておいてね」
私の言葉に淡い黄色のケータイを振って応えたエミリアは、着信に気づいてそそくさといなくなった。
「ようやくいなくなったか」
エミリアがいなくなるのを見届けた守名さんがやれやれと視線を私に向けてきた。その後ろでは守名さんの態度に西島さんがやれやれと首を振っていた。呆れているみたいだ。
「よし。ナイスな嘘であのエミリアを追っ払ったんだ。遊姫、次はどこを見て回る?」
良い笑顔を見せる守名さんに、ああこの人は私がエミリアを遠ざける為の嘘を言ったんだと思っていると理解した。言い方は悪いがおめでたい人だ。
「えっと、さっき話は西島さんと守名さんにも適応されるんですけど」
「何だと!?」
「や、そうでしょうな」
普通に聞いていれば分かっていたことなのに何でそこまで驚くのか。
「そんな……まさか俺以外の男と逢引するつもりか?」
「来客の話ってしましたっけ?」
「や、ちゃんとしていましたよ。僕はしっかりと意識してきいていたから間違いはないはずですよ」
「なら、どうして守名さんには聞こえていないんでしょうか?」
「や、きっと白季くんのことですから居眠りして聞き漏らしたのでしょう。彼は時折、大事な話を居眠りして聞いていないことがありますから。そろそろ暇を出そうかと思っているですよね」
「社長と社員の仲が良くても会社の事情はつきものなんですね」
「や、そんなことはありませんよ」
2人してけらけらと笑うと守名が悔しそうな顔をする。
「ま、そんな訳ですから。すみませんが、男2人で仲良く見学していってください」
ニッコリと笑って2人に背を向ける。
「月村くん」
保健室に向かって歩き出そうとすると、西島さんに呼び止められた。
何だろう。なんて一瞬思ったけど、そういえば夏休み中に頼み事をしていたことを思い出した。
私がくるりと振り返ると、西島さんが困ったような笑顔をしていた。何でそんな顔をしているのかは、頼み事をした私にはよく分かる。私の人生のターニング・ポイントとなる事件を引き起こしたものだからだ。
「正直な話、こんなものは渡したくないのですけど。しかし、当時問題があった風撫も改善されましたし、月村くんも過去と向き直ったようですから……………大丈夫だとは思うんですけど」
西島さんがこんなにも心配そうな顔をするのも珍しい。彼にとってもそれほどのことなのだろう。だけど、私はそこまで不安には思っていない。自分でも不思議なくらいだ。
「大丈夫だとは思うんですけど、アレもきちんと設計を見直して問題個所を改善できるだけしましたが、やはり心配の念はぬぐえませんね」
「私は西島重工を信頼していますよ」
「や、その信頼を裏切ったのも僕達なんですけどね。だけど、分かりました。信頼してもらっている以上、僕も月村くんを信頼することにしましょう」
うん、と自分の心の中にある不安を打ち消すように頷いた西島さんが、スーツのポケットから1枚のデータチップを取り出す。
「我が社の唯一のIS操縦者であって、最強の一角に数えられるほどの腕を持っている月村遊姫を信じて渡します」
西島さんが私に向けて腕を伸ばすので、私も腕を伸ばしてそのデータチップを受け取った。重さを感じないくらい軽い物であるはずなのに、何だか重く感じた。
「じゃあ、西島さん。今日は学園祭を心行くまで楽しんでいってくださいね」
私は安心させるように満面の笑みを浮かべてその場を立ち去った。
守名さんが「俺に黙って何の話をしていたんだ」と西島さんに詰め寄る声が聞こえてきた。もしかして、『風撫』の担当の1人である守名さんに黙って行動していたのだろうか。蚊帳の外だね、守名さん。
西島さん達と別れた私は寄り道せずに真っ直ぐに保健室へと帰っていった。
保健室の扉を開けると、待ち人が既に来ていたようで私の愛用のキャスター付きの椅子に小さな体を預けて、興味深そうに保健室の中を見渡していた。
「ごめんね。待たせてたみたいだね」
私は後ろ手で保健室の扉を閉じると、来客に飲み物を出すことにした。何を好んでいるのか分からないので、ほうじ茶を出すことにした。
「学園祭にようこそ、ウサギちゃん」
私は嘘偽りのない笑顔を伴ってほうじ茶を白髪赤目の少女へと差し出した。