衝撃が襲う。普通なら首が折れてしまうような一撃だが、あいにく今はISを纏っているのでポキリと折れてしまうことはない。
ぐらぐらと揺らいだ視界を何かが掠める。急いでそれを眼で追う。相手のくーちゃんはこちらを超える性能を持ったISだから眼で追うことしかできない。
自分で言うのもなんだけど、かつての私は千冬先輩を超えるであろう国家代表と噂されていたほどの人間だった。分かりやすく言うと強い。この一言に尽きる。
だけど、事故でIS選手を諦めて、IS学園で保健養護教諭として働いていた。その間、ISを使うことはまったくと言って良いほどなかった。腕が錆びついて段々と実力を落としていたのだ。
今年になってようやく正面を向いてISを使いだしたけど、一度ついた錆を落とすのは容易じゃない。夏休み終了の一週間前から自身を取り戻して、この日の為に訓練を始めたけど、一ヶ月にも満たない訓練期間じゃ錆は落としきれていないのだ。つまり、全盛期の力は取り戻せてはいない。
背中に衝撃が走る。斬られたと理解する暇も今はない。すぐさまその場を離脱する。
「逃がしません!」
くーちゃんが接近する。ブレード腕を突き出しながらの接近。加速力を加えた一撃は当たればマズい。
「はいはいはいはい」
だけど、素早いだけの攻撃など対処がしやすい。私はギリギリのところで突き出された腕を回避して、それを脇に挟み込み、両腕でひっ捕らえる。
錆は落としきれないけれど経験がある。身体的についていけなくても実践的な知識が補っているのだ。
私はくーちゃんの腹部に膝蹴りを叩き込む。
くーちゃんも負けじと自由な右腕で斬りかかってくる。
ダメージの比率は私の方に軍配が上がっている。くーちゃんの小さな体躯から出せる力はISの補助があっても限界があるからだ。今までの攻撃は全て『風撫』を超えるスピードがあってこそのもので、密着状態で細腕を必死に振るってもダメージは高が知れる。
条件としては私も同じだけど、私の方は元々脚力が強いのでスピードに乗せていなくても十分な威力がある。
でもね、威力は軽減されてるとはいえダメージはダメージ。それだけでなく、くーちゃんの攻撃が頭に当たる度に視界がぐらぐらする。地味に鬱陶しいから困る。
「密着すれば勝てると思わないでください」
くーちゃんが笑顔を作る。まさしく作ったものと分かる作り笑顔だ。言葉とは裏腹に余裕がないことがありありと分かってしまう。
他人様の子供の腹部に何度も蹴りを入れていると、くーちゃんの背後の視界が動く。どうやら密着状態をなんとかしようと飛び出したようだ。
私としては自分の長所を潰している状態なので、本来なら離れるべきなんだけど、それは相手も同じだから離れてあげる訳にはいかない。むしろこの状態の方が都合がいいから離す気はない。
引き離そうとがむしゃらな軌道で飛び回るくーちゃん。腕を離したら一瞬で置いて行かれると分かっているから、私も離すまいと腕に力を入れる。
くーちゃんがブレード腕を私の首に押し当てる。ゆっくりとした動作で当てられた刃はシールドにダメージを与えることはできない。皮膚に直接あてられたらすっぱりと首が刎ねられてしまうけどね。
油断はしていないと思っていたけどいつの間にか油断してた。
背中全体に衝撃が走る。
何かにぶつけられたと気がついた時には全てが遅かった。
ぶつかった衝撃が私の首に当てられた刃に力を与える。エネルギーをごっそりと持っていかれた。
「はぁぁあぁぁ!」
首にかかった刃にさらに力が加わる。
背中の抵抗が消えた。
フィールドを覆う障壁を貫いてしまったようだ。
くーちゃんは障壁を抜けても減速も方向転換も一切行わない。速く速く真っ直ぐ真っ直ぐと突き進む。
私もくーちゃんの左腕の拘束を続ける。今離すのはマズいと脳が判断しているからだ。
といっても離さなければ離さなければで、私の背中は観客席の壁にぶつけられ、そのまま押し切られて壁を壊して外へと向かって行く。
日の光の下に連れてこられたが、それでも互いのやることは変わらない。
いや、くーちゃんは私を連れて空へ駆けていく。
お互いのエネルギー残量が少ないというのに高度を上げていく。エネルギーが空っぽになったら転落死だ。勝てば生を、負ければ死を与えられる。まさしくデッドオアアライブの状態に持っていかれた。
このままじゃ密着するのも危険だ。足に力を入れてくーちゃんの身体を蹴飛ばす。蹴った反動で生まれた推力を元に加速をかけて瞬時に距離を置く。
「意固地になったのが仇です。もう貴女のISにエネルギーは残っていません」
「そっちもね」
「確かに否定できません。ですが、元々の性能差があるので私の勝率は高いです」
性能差は痛いね。考えてみれば一撃必殺の世界じゃないんだよね、ISの試合って。一撃必殺の世界なら性能差なんて一瞬で仕留めれば関係ないんだけど。エネルギーの削り合いになると結局性能差が響いてくる。経験の差も入るだろうけど、やっぱり性能差は大きい。眼で追えるって自信満々で挑んでおいて、今更そんなこと言うのもおかしいけどね。
弱音や敗北の言い訳はやめよう。私は勝利すると宣言したんだ。自分の発言には責任を持つ。
「これ見てみな」
「……何ですか、それは?」
私は西島さんから受け取ったデータチップを取り出してくーちゃんに見せてあげると、くーちゃんは首をコテンと傾げる。その可愛らしさを持ち合わせた人物に命を脅かされる。人間というのは多面性の生き物だと改めて知ることができた。これでまた一つ賢くなれた。この殺し合いで負けたら意味がなくなるけどね。
私はデータチップを握りつぶして破壊した。
「これはね。私の第二の切り札」
「切り札?」
「そう。君との戦いに備えて用意してもらった武器だ」
「もしかして、負けた時に言い訳ですか? 切り札を捨てたから負けてしまうのは仕方がないと」
「そんなずるいことしないよ。仮にも大人なんだから子供相手にそんな真似はしないし、できないよ」
「では、どうして」
「それはね」
とってもとっても簡単な話。第二の切り札は全く必要ないからだ。切り札は一つで十分。私の最初で最後の切り札。エミリアにも千冬先輩にも束先輩にも教えていない最高の切り札だ。
六基の大型フレキシブル・スラスターに残ったエネルギーほほとんどをつぎ込む。
「勝てるからだよ」
やることは単純だ。六基のスラスターに溜めたエネルギーを瞬間的に爆発させて超加速を行う瞬時加速をするだけだ。瞬時加速のスピードは通常の加速とは比べられないほど。使えば彼我の距離なんてあってないようなものになる。
「貴女と一緒に学園祭を回るのは楽しかったですけど、その楽しさをわざわざここにまでもってこないでください」
くーちゃんが冷たい眼で見てくる。私がくだらない冗談を言っているように見えているみたいだ。最初に見せた油断が焦りになったが、必死に抗って今ようやく油断を取り戻している。私の行動と発言に緊張がゆるんでしまったようだ。馬鹿な敵は舐めた言動を見せて挑発している。きっと私が焦っていると考えたのだろう。
そんな油断たらたらなくーちゃんに対して、私はニッコリニコニコと笑顔を向ける。でもそれは一瞬で、次の瞬間には上昇する。
くーちゃんよりも高いところを取る。今からやることで勝利か敗北かが決まる。当たれば勝って生きる。外れれば負けて死ぬ。
くーちゃんが警戒を見せる。どんな攻撃をしてくるのかと。だけど、全体の雰囲気からは余裕が滲み出ている。警戒の裏に隠しきれない油断があるのが分かってしまう。それは付け入る隙でしかない。
私は右足を突き出して蹴りの体勢を取る。
深呼吸を一回。月並みの言葉だが、この一撃に全てをかける。
背中のスラスターにため込んだエネルギーを瞬時に放出して瞬時加速を行う。
視界がぶれる、などと言う言葉では済まされない感覚に襲われる。
「……!?」
耳が何か音を捉えるが聞こえない。聴覚も視覚も置き去りにしてしまうほどの超加速に、私の五感の多くは使い物になっていない。
足に衝撃が走った気がする。気がするだけで実は何もなっていないのかもしれないが。
私自身もどういう状況か全く分からない。分かっていることは並の瞬時加速を超えるスピードで飛んでいることくらいだ。
「ぁぁぁ、ぇぅ……!」
自分自身も声さえもよく分からない。全てがこのスピードに置いて行かれている。
きっと……もっとも速い風は人間には理解できないんだろうね。
それは酷い有様だった。
辺り一面に散らばる破片。幾つかは砕かれたものだと分かり、また幾つかは熔解したものだと分かり、残りの幾つかは切断されたものだと分かる。
破片の散らばる地面には大きな機械の塊も転がっていた。『ゴーレムⅡ』と呼ばれる無人機型ISだったものだ。そのどれもが腕を捥がれ、頭を砕かれ、足を焼かれていて、もはや原型を保っているものは存在しなかった。その有様たるやパーツ同士を合わせても絶対に元の姿に戻すことはできないほどだ。
この殺戮劇を行ったの人物は残骸たちの中心にいる。
「呆気ないな」
近くにあった腕と思われる残骸を蹴飛ばしてエミリアが呟く。
無人機とはいえ一対四の状況を打破したエミリアは、特に疲れた様子も見せていなかった。実際に彼女は疲労していなかった。
呆気なさ過ぎて、本気で足止めする気があるのか。それとも戦闘実験と言っていたから、そこまで強く作っていなかったのか。エミリアは『ゴーレムⅡ』の弱さについて真剣に考えてみたが、途中でどうでもいいことだとして思考を放棄した。今のエミリアにはそんなことよりも気にするべきことがあった。
遊姫の方は終わったか? 終わったら、今度こそは二人だけで学園祭を楽しもう。
世界中が探し求める篠ノ之束に襲われたというのに、エミリアの頭の中にはその事実は些細な事として処理されていた。もはや、そんなことはどうでもいい。今もっとも重要なのは遊姫と学園祭を楽しむことだ。
「やるねぇ、えーちゃん」
束からの通信が入った。まだいたのかとエミリアは思った。
「もうちょっと時間かかると思ってたんだけど。よぉし、新型一体追加しちゃおっか」
束が嬉しそうに宣言する。その宣言はエミリアにとっては迷惑以外の何物でもなかった。
せっかく早く終わったというのに。このままではせっかくの学園祭が終わってしまう。
今日は遊姫と一緒に同じものを楽しんで、同じ物を食べて同じ想い出を作るはずだった。そう思って今日と言う日に挑んだというのに、朝から邪魔者ばかりだ。西島といい、白季といい、デュノアといいセシリアといい。とにかく邪魔者ばかりだ。
いや、午前中はそれでいい。まだ、午後があったからな。チャンスはある。エミリアはそう思っていたが、それさえも他のことによって潰された。
遊姫の事に関しては仕方がない。遊姫決めたことだ。一番の理解者として許してやるべきだ。
実際に一番の理解者かどうかは分からないが、エミリアはそのことに胸を張った。
しかし、面倒事を持ってきて遊姫を傷つけ自分との時間を奪う真似をする束の存在は、エミリアにとって沸点を大きく超える邪魔者だった。
午前だけでなく、午後の時間まで奪うのか。怒り心頭に発したエミリアは、追加されるであろう無人機ISを惨たらしく破壊することに決めた。正義も義務も頭の中にはまったくなかった。
「かもーん。ゴーレムⅢ!」
エミリアの視線の先で何かが現れる。それはゴーレムⅡに似た人型のISだった。違いがあるとしたら右腕がブレード、左腕がビーム砲になっているくらいだ。
それで、とエミリアは思った。武器腕が変わったくらいで新型と呼ぶなんて、なんて手を抜いた新型なんだと思ってしまった。きっと束は財政難で新型を作る余裕もないのだろう。そう思うとエミリアは、目の前の新型を壊すのがほんのちょっぴり申し訳なく感じだ。感じただけだ。
「さぁ、実験開始だ」
束の声を合図に『ゴーレムⅢ』がビーム砲をエミリアに向ける。
応えるようにエミリアが『インターセプター』を構えて接近しようとするが、『ゴーレムⅢ』の向こう側に見える景色に思わず止まる。
『ゴーレムⅢ』の後ろ。障壁を超えた先にある観客席の壁が吹き飛ぶのをエミリアは見た。エミリアの眼を以てしても速いと感じてしまうほどのスピードを持った何か。それが障壁にぶち当たったかと思うと、抵抗すら見せずに突き破り、軌道上にいた『ゴーレムⅢ』を巻き込んで、エミリアへと向かってくる。
「……は!?」
エミリアには『ゴーレムⅢ』がありえないスピードで接近してくるように見えた。腹部を突き出すような、ともすれば吹き飛ばされているような格好で距離を詰めてきたようにしか見えなかった。
そのスピードはエミリアの動体視力でも捉えきることはできず、『ゴーレムⅢ』とその後ろから突き進んでくる物体の体当たりを受け、そのまま巻き込まれた。
ようやく止まったのはフィールドの壁に激突した時だった。障壁を突き破るほどのスピードも『ゴーレムⅢ』とエミリアの参加で減速してしまい、壁を突き抜けることはできずに、激突と言う形で停止した。
壁にぶつかった時、エミリアは踏まれたカエルのような悲鳴をあげた。
意識が一瞬途切れるような感覚。エミリアが眼を開けた時には視界いっぱいに深緑色が飛び込んできた。