IS 教師の一人が月村さん   作:ネコ削ぎ

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ただいま瞑想中です。
よかったらどうぞ。


15話

 確かに今、彼女は幸せだった。

 せっかくの学園祭だというのに二人きりで店巡りができなかったとか、自称天才の公害女に邪魔されたりとか、全てを退けたと思っていたら実はまだいましたなんてふざけられたとかはもうどうでもいい。

 そう、エミリア・カルケイドにはどうでもいいことだった。

 何故ならエミリアは幸せだからだ。今が幸せなら過去の不幸なんてあってないようなもの。綺麗さっぱり消え去ったのだ。

 エミリアは腕に力を入れる。そうすれば温もりが伝わってくる。

 密着すればするほどに鼓動が体に伝わってくる。

 ああ、幸せだ。今日はもう幸せだ。

 エミリアは自分の頬が緩んでいくのを自覚する。表情がだらしなくとろけていって他人には見せられないものになっているだろう。

 両の腕に抱かれて眠る遊姫を見て、エミリアはどうしようもない幸福感に満たされている。

 だからこそ、その幸せの空間を破るように飛び込んできた雑音に瞳が鋭くなる。

 

「これはちょっと予想外だったよ」

 

 空気の読めない束が笑う。いますぐ爆散すればいいのに、とエミリアは思った。

 

「まさか戦闘実験をすることもなくやられちゃうなんて」

 

 確かに予想外だとエミリアも思った。

 四機の『ゴーレムⅡ』を瞬く間に撃破して時間を作ったというのに、更にもう一機新型を追加されたと思えば、背後からきた遊姫によって一瞬で破壊される。どこの寸劇だとツッコみたくなったがエミリアとしては自分の胸に遊姫が飛び込んできたことで全て受け入れることができた。

 後は束がここから消えてくれれば言うことはなしなんだが、とエミリアは『ゴーレムⅢ』の残骸の中で倒れて動かない少女を見る。

 くーちゃん。本名は知らないけれど束が電話で言っていたことから、この少女がくーちゃんなのだろう。遊姫が襲撃された時、現場に居合わせた生徒たちの証言で白髪と幼女体形と言っていたから間違いない。エミリアは何時だったかに聞いた話を思い出して一人頷いた。この場で頷ける人間は一人しかいなかったが。

 

「くーちゃんもやられちゃうし。おかしいよねぇ。ゆーちゃんのISよりも強いはずなのに」

「……へー」

「せっかく作ったのに。まぁ仕方ないよね。やっぱりISが強くても使い手が悪いと駄目だね」

「……へー」

「会話しようよ。寂しくて束さん、死んじゃうよ?」

「………………」

 

 会話しないと死んでしまうようなやわな生き物なら、そのまま死んでしまえばいい。天才の喪失に世界は嘆くだろうが、エミリアはこれっぽっちも困ることはない。むしろエミリアからしてみれば余計な騒ぎを起こす束など世界に必要はないものだ。日常に生き過ぎた刺激は負担でしかない。

 

「篠ノ之束。もう帰れ」

「そんなことで帰ってあげる束さんじゃないよ」

「そうか。じゃあ人質だ」

 

 エミリアはいまだに目を覚まさないくーちゃんにレーザー・ライフルを向ける。束の答えによっては頭を蒸発させるのも辞さない構えだ。エミリアは身内以外にはけっこう非情だった。

 

「うーん……そいつに人質の価値はねぇ」

 

 部外者にも身内にも非常な束。エミリアはやっぱり束は道徳心が欠落していると思った。もちろん自分のことは棚に上げておくのを忘れずにだ。

 

「じゃあ撃つ」

「卑怯だぞ。人質を取るなんて。正々堂々勝負しろ」

「真っ先に見捨てた人間の台詞じゃないな」

 

 それどころか今まで色々卑怯なやり口をしていた奴が言えることじゃなかった。そんなことを言ってもどこ吹く風で無視する束に言っても無駄なだけだが。いや、カロリー消費とストレスの増加という意味では無駄じゃないとエミリアは思い直した。ストレス社会で生きるためにはストレスへの耐性は必要不可欠なのだからこれほど役に立つ人間はいないだろう。エミリアには必要ないが。

 

「で、どうする。人質として認識するのかしないのか」

「したら盾にとって無理難題を要求するんでしょ」

「しないのなら撃ち殺すけどな。罪状は遊姫に唾つけようとしたから」

「えー。それなら人質じゃなくていいや」

「あ、そう」

 

 束の答えを聞くなり、エミリアはレーザー・ライフルの引き金を引いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 意識が戻ったことを自覚できた。目を開けると天井が見える。天井からはあまり情報を得ることができないけど、ここが悪い意味で印象深いところであることは理解できた。

 病院。

 怪我したり病気になったりしたら向かう場所で、症状が酷いと数週間から数ヶ月住み込みで専門的な治療を受けることのできるとても社会の為になる施設だ。同時に私の嫌いな場所でもあるんだけどね。

 病院は私が自分を偽ることになった場所だから嫌いだ。自分の弱さが鮮明に思い出せてしまうから。

 さて、しみったれた話は終わりだ。過去の話は今に持ち込まない。心の中のちょっとした想い出としておくだけでいい。

 上体を起こす。ああ、これは不味いかな。

 見渡すとベッドは私のやつが一つだけで同部屋の人は存在しない。個室のようだ。個室しか空いてなかったのか、それとも私を病院に運んでくれた人が金持ちだったか。

 どっちだろうか。そう考えて右を向くと金髪が見えた。どう見てもエミリアだった。すぅすぅと小さな寝息を立てている。それも立ったまま壁に背を預けている状態で眠っていた。

 

「寝るなら所定の場所で寝なよ」

 

 呆れればいいのか関心すればいいのか分からなかったので、とりあえず注意をすることにした。眠っている人間に注意しても無駄なんだけど。

 そう思っていたらエミリアがゆっくりと目を開けてこっちを見てきた。

 

「おきてるけでぉ……ふぁ」

「寝てた人間の反応だよね」

 

 すぐばれる嘘をついてきた。喋りすぎて自滅するタイプの犯人みたいだ。

 

「起きてたぞ……ふぁ、よく寝た」

 

「よく寝たって白状しちゃってるよ」

 

「遊姫には正直に生きると決めてるから」

 

「ほんのさっき嘘ついたばっかりだよね」

 

「知らない」

 

 正直って何だろうね。素晴らしい言葉だということは覚えているんだけど、エミリアのせいで分からなくなった。

 壁から背を離すエミリア。ぐーっと身体を伸ばしてからベッド脇の椅子に腰を下ろした。それからはいつも通りの愛想の欠片もない顔を向けてくる。

 私も相変わらずの顔で向き合う。

 

「束からの伝言があるけど……言わなくてもいいな」

 

 一人で納得して口を紡ぐエミリア。伝言なのに検閲にかけられ相手に届けられることなく握りつぶされた。きっと重要なことじゃなかったんだろう。もちろんエミリアにとっての重要であって私のではない。情報統制の被害者だ。

 

「他に報告することはあったか?」

 

「伝言の中身の報告がないけど」

 

「ああ、あの豆襲撃者のことがあった」

 

「農家を襲撃した人物に心当たりないんだけど」

 

「アイツは殺した」

 

 事もなげに発言するエミリア。ふぁ、とあくびをする。

 私も「あ、そう」と言うだけで口を閉じた。

 くーちゃんはどうやら死んだらしい。死因はともかくとして他殺。それも加害者はエミリアのようだ。

 こうやって何事もなく起きているけど、私が気を失った後に何があったんだろう。推測できることはエミリアが束と何かしらの会話をしたことと、くーちゃんがあの後ちゃんと生きていてエミリアと遭遇したこと。エミリアの言う正直が適応されているとしたらくーちゃんは本当に死んだということだ。

 ちょっと悲しいかな。最初は酷いくらいにボロボロにされたけれど、戦う直前の時間つぶしで学園祭巡りをした時は、妹がいたらこんな感じかなぁ、なんて楽しく思えたのに。

 エミリアのせいではないかな。だってくーちゃんは明らかに襲撃者であって敵だった。私を殺したいとも思っていたようだしね。

 

「あの天才が人質の価値がないという。つまりは何も情報を持ってないってことだ。そんなかさ張るだけの奴なんて存在する意味ないだろ」

 

 後悔の色もなく淡々と語るエミリア。どうしてか私の頭に手を置いてくる。

 

「とにかく休め。まだ疲れているだろ」

 

「もう十分休んだよ」

 

「そう思っているのは遊姫だけだ」

 

 クールを装いながらも無理矢理休ませようとするエミリアに、私は気遣いと時間稼ぎの気があると感じ取った。きっとエミリアは恐れているんだろう。私がちょっと前まで私に戻ることを。

 でも、それはまったく必要のない恐れだ。私はもう変わらない。

 

「エミリア、もう分かっているよ」

 

 私はできるだけ柔らかい声で言葉を投げかける。びくりと肩を跳ね上げるエミリアを見て、笑いが込み上げてきた。だって初めて見たんだ、エミリアが悪いことがばれて怯える子どもみたいな反応をするところを。

 くすくすと小さく笑って、私は先ほどやられたようにエミリアの頭に手を置いて撫でてあげる。

 

「私の右足。もう動かないんでしょ」

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