地面がやけに冷たく感じる。
緊急事態だというのにエミリアは迫真の演技でふざけているのだろうか。もしもそうならば、いくら私であっても怒ってしまうレベルのおふざけだ。
頭の中でエミリアの行き過ぎた行為に対しての憤りを感じているが、身体の奥底が妙に熱を持つ。骨を折ったのかも。
落ち着く必要がある。起きていることを冷静に見極めなければならない。
深呼吸。肺の中に入り込む空気が熱い。血を沸騰させてしまいそうだ。
「騙して悪い? 確かにおかしな要請だったよ。この場所は配置にないからね」
「でも来た。やはりお前は来たんだ。きっともしかしたら、と思うんじゃないかと思ってな。結果はその通りになったみたいだ。嬉しいな。私は月村遊姫という人物を正しく理解することができている」
レーザーライフルを消し去り、ウットリと微笑むエミリア。その表層の笑みは嘘偽りの欠片もありはしない。本心からのものだ。つまり、彼女は自らの意志でやらかしているということになる。
「嘘までついて何をする気かな? 事と次第によってはマズいよ。非常にね」
「覚悟の上……と言いたいけど、ちょっとした事情があってな」
「事情ね。気になるよ」
「私の父親が人質に取られた。篠ノ之束に脅された。遊姫を足止めしろとね」
「……言うのは悪いかもしれないけど、肉親を人質を取られて屈するタイプに見えないよ」
「お察し。さすが遊姫。私をよく知っている。でも今私が乱している理由はそういうことになっている。脅されて仕方なく。不可抗力だ。どうにもならない……という流れだ」
「じゃあ聞くけど、本当の理由は何かな?」
表向きの理由は人のせい。でも本当の理由は酷く利己的なものじゃないだろうか。エミリアが他人の為に動くことなんてあまりない。ないとは言わないけど。
右足を庇いつつ、なんとか体勢を整える。左足だけでは次の攻撃は避けきれないから意味はないけど。
「理由? 聞かなくて考えついたと思ったけど、そこは鈍いんだな。少し考えれば分かるはずだ。私がお前を騙してまですること。そのために篠ノ之束の名前を使った理由。さて、顧みろ
。それが私の動機に繋がるはずだ」
エミリアが楽しそうに返してくる。答えは自分で探し出せという。この非常時に遊ぶ気はないというのに。
「もしかして、私の仕事を邪魔したいとか?」
そんなわけない。その程度の理由でエミリアがこんな真似するはずがない。そもそも毎日のように邪魔みたくしているから今更すぎる。
少し考えれば分かる。顧みれば分かる。それが私の動機に繋がる。
私の動機か。
「もしかして、私をあぶないところに向かわせないために足止め?」
うぬぼれだね。こんなダメダメな理由。相手の心離れを察せない駄目女か。
私の動機。顧みれば私の動機。
顧みることによって分かること。つまり、私とエミリアの仲だからこそ振り返れば分かる動機。
エミリアの動機。
私がどこかで何かで見聞きしたことだろうか。
それとも……なんだ。
私の動機?
月村遊姫の動機? エミリア・カルケイドの動機?
二人がこうして向かい合う動機とは?
この第六アリーナで向かい合う動機とは?
そもそも私とエミリアの関係は?
疑問ばっかりだ。
エミリアの言うように顧みて答えてみるのが一番かもしれない。
幸いなことにエミリアは腕を組んで、私が適する答えを吐きだしてくるのを待っていてくれる。その好意に甘えなければ答えは浮かび上がらない。
「私とエミリアは同学年だった」
「そうだ。最初は互いを意識していなかった」
「そうだね。エミリアは的確な攻撃と紙一重で回避してみせる予知能力みたいな力があった」
「ただ目が良かっただけだ。それだけなのに、一時期未来予知の持ち主だって馬鹿みたいに騒がれていたときがあったな」
「私も当時はエミリア・カルケイドという女子生徒が超能力が使えるんじゃないかって思った。できたら分けてほしいなんて思ったほどに」
「お前は勉強はともかく実技は下手だったからな。近接も銃撃も下手で、どうしてIS学園に居るのか不思議に思ったほどにな」
「でも才能はあった。キャノンボール・ファストがターニングポイント。あの時の爽快感は忘れられないよ。泥沼から抜け出せたかのようなあの気持ちは今もあるくらいにね」
「そして、お前は専用機を得た」
「風撫。西島重工によって造られた私だけのIS。私という人間のためだけに造られたISさ」
「気がつけばお前は目の前にいた。ただの劣等生だったお前がな」
「だね。気づけばエミリアの目の前にいた。今年度一番強いと言われたエミリアの目の前に」
エミリアと共に過去の確認をしていく中で、私の中にある熱が高くなっていく。お腹が痛くなってきた。やっぱりどこか怪我してしまったのか。
でも、私は過去を思い出しつつ、エミリアとの掛け合いを続ける。なんとなく私の動機の答えが見える気がしてきたから。
「私は試合を通してお前に興味を持った。私の目を引き離そうとするスピードに」
「私は試合を通してエミリアと渡り合えていることが嬉しくなった。あのエミリアでさえ私を捉えきることができていないことに」
「興味が親しみに変わって、私はお前を好きになった」
「私も自分自身の劣等感を拭い去ってエミリアをエミリアとして見ることができるようになったかな。友達になれた」
「そして、最後に私たちは一つ約束を交わしたはずだ」
エミリアが目配せをする。その次はお前が言え、と言っているような気がする。もう思い出したのだろう、と告げているような視線を向けられた気がする。
そして、私の中の熱も全身に行き渡り、不思議な活力を巡らせてくれている。今なら、駄目になった右足も動かせるのではないかと錯覚してしまいそうな生きる希望に溢れた肉体に、私は自分の想いを思い出せた。忘れてはいけない大切な想いでもあり、私が嘘としてしまったことでもある。
「決着をつける……だったね」
何が、誰が、なんてことは言わない。過去から遅れてやってきた大切で大事でかけがえもない約束に私は緊急事態を忘れてしまいそうになる。
「無理だった。遊姫のことは愛しているけど、雌雄を決する想いだけは薄れずにいた。この機に乗じてまでも果たしたい!」
吼えるエミリア。感情的だ。それほどまでの願望に、私も抑えられない気持ちが再沸騰する。この想いを吐きだしてしまわないと先に進めない。もう、知覚してしまったが故に抑えられない。
「私も……エミリアともう一度戦いたいな。それにほら、このまま何もせずにいると、また嘘つきになっちゃうしね」
「だな。お前は昔から約束は守るタイプの人間だったからな。おかげで学生時代は良く好かれていた。あのクソ女共が」
「急にどうしたの」
「なんでもない。過去はいいことばかりじゃないと気がついただけだ」
こほん、と場の雰囲気を変えようと咳払い。エミリアは真剣な顔を見せる。
それだけでよかった。
瞬間に起きるのは頬を掠めるレーザーと、私の突きだした左足のブレードがエミリアの頬を掠めるという結果だ。
「最後の最後の試合だ。勝つ!」
「こっちも勝つを取る。負けないよ、エミリア!」
ISを身に纏い、私たちは私闘を開始した。