IS 教師の一人が月村さん   作:ネコ削ぎ

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18話

 憧れの人に比べればお粗末な速度だ。風と一体化したような圧倒的な速度にはどう足掻いたって及びはしない。

 しかし、シャルロットは風に追従しようと飛ぶ。スラスター内で圧縮させたシールド・エネルギーを小刻みに爆発させて短距離の瞬時加速を連続して行い、相手の周囲を舞いつつ両腕の銃器の引き金を引く。

 圧倒的な速度に肉体が引っ張られ、照準も満足に定められない。何とか自身と敵の位置を把握し、セシリアに送った機動パターンに外れないように動くのが手一杯である。

 だが、それで十分である。敵はがむしゃらにブレードを振るい、ビームを撒き散らす。先ほどまでの強さが嘘のように乱れに乱れている。

 セシリアはそこを突く。暴風の中で動けない相手をレーザーが焼く。

 さすが、セシリア。正確な射撃だよ。

 敵を振り回しつつ、自身も振り回されながらシャルロットは称賛する。エミリアに憧れ必死に腕を磨いている姿の通りに、容赦なく敵を焼き斬っていく。

 たまにシャルロットを掠めそうになるが、それは彼女が自分が描く道のりを間違えてしまったことなので、セシリアを責めることはない。そんな暇など二人にはない。

 シャルロットは自分が何をしているのかもわからなくなる。両の手は銃を握り、指は引き金を引いている。だけど、感覚はない。速度に翻弄されて自分が何をしようとして何をしているのかも判断できず、脳内に描いた自分の先を飛ぶ遊姫に必死に手を伸ばしていた。

 遊姫先生のようになりたい。あの風に乗って一緒に空を飛びたい。

 遊姫が微笑む。こちらを振り返った姿はシャルロットの知る遊姫の姿そのものだった。

 暴風のように空を巡る遊姫が右足を突きだし虚空へと向かって行く。瞬時加速によって世界をも置き去りにしようとするスピード。

 深緑色の閃光が空を突き破って更に更に高みへと加速していく。そして何時しか視認することのできない遠くへと消えてしまった。

 ふわりと頬を風が撫でた気がした。遊姫が破った空からビュウビュウと入り込む風がシャルロットの身体に絡みつき、熱した皮膚を冷やす。

 冷静になった。冷静になれた。頭の中に描いた憧れの人は頭の中を突き破って出ていった。残るのは真っ当な思考と冷静な判断力。いまだスピードに翻弄されてはいるけれど、さっきまでに比べれば思考が正常に戻っている。

 その冷静で正常で真っ当な思考回路が一つの事実を突きつける。もう体力に余裕がない。

 分かっている。シャルロットには全て分かっている。もう妄想する余裕すら残されていないことくらい。

 このままの状況を維持すれば、相手が参るかシャルロットが参るかの二択しかない。

 このままの状況を維持すればの話だ。何も手を打たなければジリ貧。

 でも何か行動に変化を見せれば変えられる。

 エネルギーは残り少ない。

 腕のシールドをパージする。無骨な最終兵器が凶悪な面構えを見せつける。

 グレー・スケール。シャルロットの近接武器の中で一番の威力を叩きだすパイルバンカー。盾の裏側にひっそりと姿を忍ばせ、最後のどんでん返しの役割を待ち続ける勝利の杭を打ち込む存在。

 

「見えない!!」

 

 周りの風景が見えない。見えるのは敵の姿だけ。仲間であるはずのセシリアの姿すら見えてはいない。

 

「見えない!!」

 

 敗北も見えない。遊姫がどうして空を破っていなくなったのか。シャルロットは推論を立てる。きっとまだ飛ぶことができることを伝えたかったのではないだろうか。地面に叩きつけられない限りは飛び続けられる。敗北は倒れ伏すことだ。飛んでいけば敗北じゃない。

 

「見えた!!」

 

 勝利の道筋。何かが命中したのか、わずかに体勢を崩したゴーレムⅢの懐に飛び込む。

 右腕を突きだして装甲に叩きつける。炸薬によって押し出された杭は敵の堅牢な装甲に阻まれ吹き飛ばすだけに終わった。

 

 終わるわけがない。

 

 シャルロットは全てのエネルギーをスラスターにつぎ込む。爆発的な加速力を作り出し、敵機へと肉薄する。

 一秒にも満たない接近。右腕を敵へと向けて自分自身をぶつける。眼前に敵がいっぱいに映り込み衝撃が襲ってくる。

 

「打ち砕けぇ!!」

 

 炸薬と加速によって貫通力を底上げされた鋼鉄の杭が放たれる。尋常ならざる加速はシャルロットの身体のコントロールを奪い照準をぶれさせるが、彼女は左腕で突きだす右腕を固定していた。

 前に押し出された杭が敵の顔面を貫く。装甲を喰い破られ引き千切れたパーツが地面へとばら撒かれる。

 

「地面にっ!!」

 

 身体全体を回転させる。パイルバンカーで貫いたままの相手を渾身の力で振り回して地面に叩きつける。

 胴体と首が衝撃に引き千切れ、配線がブチブチと音を立てる。ゴーレムⅢは数回痙攣すると沈黙した。

 分かったのはそれだけ。

 シャルロットは敵を叩きつけた勢いのままきりもみで地面へと転がり落ちていき、そのまま意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おやおやおやー?」

 

 疑問の声。いちいち人の神経を逆なでしてくる無意識挑発適正を持つ束に、千冬はやけに冷静さを保っていた。普段ならばアイアンクローからの顔面を壁なり地面なりに叩きつけるコンビネーションで沈黙させてやるのだが今は違う。

 両の手に収めた刀の鋭さと冷たさが冷静を維持させているのか。千冬ですら理由を知ることはできない。

 しかし、感情的になって勝てる相手ではないことくらいは知っている。だからこそ、今この瞬間も冷水の中にいるようにクールな思考を保っていることは僥倖だ。

 

「さっきから気になってたけど。ちーちゃんの暮桜……かつて見た時に比べて強くなってる? 明らかに速くなっているよね?」

 

 戦闘中も余裕を崩さない。傲岸不遜な女だ。だからこそ、千冬の繰り出した拳に吹き飛ぶ。まるで楽しんでいるかのような立ち振る舞いだからだ。最後は勝てると踏んでいるからだ。だから、付け入る隙が生まれてくる。

 

「アップデートしたにしては強くなってるね。私の腕によりをかけた打鉄と対等なのを考えるとIS学園の平凡な奴らでも倉持研究所の凡人たちでもなさそうだね」

 

 白々しい。使いの者を向かわせておいて知らんふりか。何が目的なのか察することもできないが、このまま逃がすわけにはいかない。驕って嘲笑うお前の眼下を正確に見れない性格を切り裂いてやる。

 

「うーん。何だろうね。まぁ、取るに足らない案件かな。どうせ、私が勝つのは見えているからね。言ったでしょ、ちーちゃんの最強は所詮は凡人の枠に収められる程度、天才束さんは凡人が当てはめるのは不可能なオーバースペックさ。もはや止められまいて」

 

 刀を振るい、ケラケラと笑う束。一撃一撃は重く、受け止めるよりも受け流す方が負担が少ない。千冬は自身の経験の全てと敵となる束の人となりを思い起こして立ち塞がる。

 

「ざけんな!!」

 

 束の腕を両足で挟み込んで、スラスターの力で振り回して投げ飛ばす。

 千冬は剣道に精を出していたものだが、かと言って剣しか知らない訳ではない。手も出れば足も出るし、投げることだってする。この戦闘はどの試合にも当てはまらないが故にルール違反も存在しないのだ。

 

「たーっのしーねー。楽しいよ、ちーちゃん。やっぱりちーちゃんは強くていいよね。仲間になってほしいくらいだよ」

「無理だな」

「けへへへ。無理なんて言わないでよ。私の力で何でも叶えてあげるよ。なーんだったらいっくんをいっぱい増やしていっくんハーレムを作ってあげてもいいよ」

「倫理観のない奴はでたらめなことを言う」

「ふんふんふんふーん。ちーちゃんには私の心の内が分からないから人でなしな発言ができちゃうね」

「お前に言われるのは屈辱だな」

 

 くーちゃん、月村姫麗。二人は被害者だ。目の前で道化師のように笑う女が作り出した存在しないはずだった被害者。一人は隷属のまま生きることしか知らず、一人はオリジナルによって愛情は与えられているが社会倫理の前に苦悩することが目に見えている。

 

「お前のようなものを人でなしと呼ぶんだ」

 

 ばね仕掛けのように右腕が跳ねる。刃を伴った一撃は神速には遠い攻撃だったが、今は十分だった。

 

「人でなし? あは、ははは。そうだよ、私はひとでなしさ。でもでもでもね、最初に倫理観のないことをしてくれたのは私じゃないんだよ。私は模倣しているだけにすぎなーい。そしてその模倣によってどんでん返しを見せるだけだよ」

 

 笑っている。笑顔を張りつけているように見える。少なくと千冬にはそれが心からの笑顔には見えない。無理矢理形作った笑顔の仮面を張りつけて、本心がどうなっているのかを晒さないようにしている。

 その仮面の裏にある本心はいかようなものか。これまでの行動の全てがヒントに成り得るのだろうか。だとしたら、束は何を求めて動いているのか。

 

「どんでん返しか。大きくでるなよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 予想外だったのは助けが来たことだろうか。

 黒いISに向かっていく四機のIS。そのどれもが見覚えのある顔をしている。時おり保健室に顔見せていたし、散歩と称した束との通信時にも見かけたことがあるし、束から幾らかの情報は持たされていた。

 織斑一夏も篠ノ之箒も更識楯無も知っている。一人知らない人間が混ざっているが、敵でないことだけは確かだ。

 姫麗は地べたに座り込んで荒い息を整えようとする。疲れ切った。身体の芯の力が抜けて支えられない。呼吸する度に胸に亀裂が入るように痛む。

 考えてみれば、遊姫の為に頑張っているのはこれが初めてだ。

 ずっと甘えっぱなしだった。生まれて暫くはやることがなかった。暗い研究室の中で何をするでもなく存在していた。

 名前なんてなかった。姫麗よりも先に造られた少女は便宜上くーちゃんと呼ばれていたが、姫麗には呼ばれる名前がなかった。

 転機はくーちゃんが倒された時だった。

 束の命令によって一つ薬を持って遊姫の居る病院へと向かった。そこにいる遊姫に薬を渡すのが目的だった。

 しかし、そこで告げられたのは束に捨てられたという事実。

 それと同時に頭を撫でまわされ、最後は同じベッドで眠るという分からない出来事。

 それからはずっと嬉しかった。

 名前を与えてもらった。それも遊姫は考えに考え抜いて彼女の母親を呼び寄せてまで名前を考えてくれた。

 朝一緒にご飯を食べて、いっぱい遊んでいっぱい勉強して、一緒にお昼ご飯を食べてお昼寝していっぱい勉強して、一緒に夕ご飯を食べて一緒にお風呂に入って一緒に眠る。

 幸せだった。とっても幸せだった。

 でも今は辛い。

 何故なら遊姫の役に立とうと躍り出たのに、結果は地面に這いつくばって息も絶え絶えだった。

 姫麗は黙って俯いたまま動かない。頭上では五人の戦いが続けられている。四人が必死に食い下がっているが、相手のスピードに翻弄されて何もできずにいた。

 オープン・チャンネルから四人の息遣いが聞こえてくる。チャンネルをシャットアウト。回復にだけ集中しろ、それが今の姫麗にできることだ。

 エミリア・カルケイドは嫌いだった。姫麗にとっては遊姫を奪い取ろうとする不届き者だった。だから、保健室にやってくるエミリアを無視していた。仲良くなる気はなかった。仲良くすればその隙に母様を盗られてしまう気がしたのだ。今この時だって嫌いなのは変わらない。

 篠ノ之束も嫌いだ。とにかく嫌いだ。母様を困らせるから嫌いだ。

 だから、姫麗んいとっては篠ノ之束の命令によって動くくーちゃんも嫌いだった。聞けば一度は遊姫を傷つけたこともあるという。そんなのをどう好きになればいいのだろうか。

 

「いつまで這いつくばって。こちらから行きますよ」

 

 四人を蹴散らして空から雷のように落ちてくるくーちゃん。両腕のブレードを構えて落ちてくる様は断頭台の刃に通ずるものがある。頭を垂れる反逆者の首を落とす無慈悲な刃。ギラリと鈍く煌めく。

 姫麗は頭上から迫る殺気に天を仰ぐ。太陽光のように降り注ぐ殺意に、身体が震えあがり口角が吊り上がる。

 雷のように真っ直ぐ落ちずジグザグ軌道に迫りくる敵を前にして姫麗は諦めた。

 

「死んでくださぁぁぁぁああああっ!?」

 

 もしかしたら遊姫が助けにきてくれるかも、という期待を諦めて、姫麗は人口雷に身体中の力を集約させて蹴りを繰り出した。

 敵は加速に加速を重ねた接近。

 姫麗は姫麗でハイパー・センサー『エミリア』を使用し、敵の接近タイミングに合わせて身体中のスラスター『遊姫』とブースター『千冬』を噴かせて上昇。迎撃ミサイルさながらに飛び出した彼女の蹴りが雷を蹴り飛ばす。

 三強の力を憑依させた一撃が雷を打ち消し、纏っていた束のクローンの身体を蹴り上げ続ける。足踏みするように敵を蹴り上げていき、天井のシールド・バリアーに叩きつける。

 

「蹴り上げキック!!」

 

 両足をきっちりと揃えて敵の腹部に突き刺す。もちろん姫麗はブースターで威力の底上げを行う。揃えた両足の先に硬い何かにぶつかり押し切るようにへこませた。

 

「しょ……しょうりぃの~ぶいぃ」

 

 限界だった。意識を失うことはなかったが肉体疲労はラインを超えてしまっていた。後は落ちていくだけの存在。

 姫麗に続いて落ちてくるのはISを失ったくーちゃん。このまま地面に叩きつけられれば助かりはしないだろう。

 

「キャッチ!!」

 

 落ちゆく姫麗を楯無が空中で受け止める。近くでは箒がくーちゃんを抱きかかえていた。

 

「……そのまま落としておけばよかったんですけど」

 

 ぐったりとしつつも姫麗はきちんと悪態をついた。

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