ブルーアーカイブ入試対策委員会   作:蒼雲しろ

19 / 24
漢文編 キサキと古の教訓を学ぶ
基礎講座


 山海経の奥深く、玄龍門の静謐な書斎。

 パチパチと小さな音を立てて香が焚かれ、微かに蓮の花のような香りが室内を満たしておる。

 

 門主、竜華キサキは、卓の上に広げられた古めかしい書物を細い指先でなぞっていた。

 

「来たかの、先生。ふふ、玄龍門の門主を待たせるとはいい度胸じゃ。……まあ、よい。其方の顔を見れば、その程度の不敬は霧散するというもの。丁度よいところへ来た、しばし妾の講義に付き合わぬか?」

 

「いいの? 私でよければ、ぜひお願いするよ」

 

 キサキは手に持った扇子をパサリと閉じ、悪戯っぽく微笑む。先生が彼女の持つ白文の基礎を記した書物に興味を示すと、彼女は満足げに頷いた。

 

「それで、何についての講義なの?」

 

「漢文じゃ」

 

「おお……漢文」

 

「先生は漢文が苦手かえ?」

 

「まあ、得意ではないかな……」

 

「漢文とは、漢字の羅列に見えて、その実は極めて論理的な『構造体』なのじゃ。返り点という補助輪を外した時、真の姿が見えてくる。……さて、まずは基礎の基礎、文構造から教えよう」

 

「漢文の基本は、主語 + 述語 + 目的語の順に並ぶことじゃ。これさえ見失わねば、迷うことはない」

 

「王飲薬」

 

「さて、先生。この三文字、どう分解する?」

 

「ええと……『王が、薬を、飲む』かな?」

 

「正解じゃ。主語は動作の主、つまり『王』。述語は動作そのもの、『飲(飲む)』。目的語は動作の対象、『薬』じゃな。

 漢文において、述語は必ず目的語の前に来る。日本語のように『薬を飲む』と後ろに置かぬのが鉄則よ。……ふふ、妾が其方に『薬を飲ませる』時も、この順番は変わらぬぞ?」

 

「では、どれが述語かを見分けるコツを教えよう。漢文には、目印になる文字がある」

 

 否定語の下: 不・非・無・勿などの下にある字は、高確率で述語じゃ。

 

 願望・可能の下: 可(~できる)・欲(~したい)などの下も述語になる。

 

「例えば、王不飲薬となれば、の下にあるが述語だと即座に判別できる。構造を掴むには、まずこれらの『目印』を探し、そこから前後の主語や目的語、あるいは補語(場所や時を示す言葉)を特定するのが定石じゃな」

 

「次に、初心者が最も惑わされる置き字についてじゃ。文末の矣・也・焉や、文中の於・于・乎……これらは原則として訳す必要のない、リズムやニュアンスを整えるための文字じゃ」

 

「訳さなくていいの? じゃあ、無視してもいいのかな?」

 

「ふふ、形の上ではな。だが、これらは料理で言うところの『薬味』。

 例えば、文末の也(なり)は断定や強調を加え、文中の於(おいて)は補語……つまり場所や対象を示す目印になる。

 これらは主語・述語・目的語という骨組みの外側にある付着物……いわば、妾の髪飾りのようなもの。無くても妾という存在(構造)は変わらぬが、あった方が『門主としての威厳』が出るというものじゃ」

 

「最後にもう一つ。漢文には一度で二度美味しい……いや、二度読む特殊な漢字がある。再読文字じゃ」

 

「王未飲薬」

 

「先生、このという字に注目せよ。これは一回目に『いまだ……』と副詞として読み、二回目に述語の下で『……ず』と否定の助動詞として読む。

 つまり、この文は『王、未だ薬を飲まず』。意味は『王はまだ薬を飲んでいない』となる。

という一字が、過去から現在へと続く『未完了』という時間軸を文に与えるのじゃ。漢文は一石二鳥を好む、合理的な言語だとは思わぬか?」

 

 キサキは静かに立ち上がり、先生のすぐ傍まで歩み寄った。

 

「先生、漢文の読み解きは人生にも通ずる。枝葉の言葉や、飾り立てた置き字に惑わされてはならぬ。大切なのは、誰が、何を、どうしたのかという、揺るぎない核心を見据えることじゃ」

 

 キサキは不敵な笑みを浮かべ、先生のネクタイを指先で軽く弾いた。

 少しだけ耳を赤くしながらも、彼女は門主としての威厳を保とうと背筋を伸ばす。

 

「ふふ、漢文の基本は叩き込んでやった。次は、この構造を使って古の賢者たちの悪巧みを暴いてやろう。……ところで、先生。解説を頑張った妾を、少しばかり労ってくれてもよいのではないか? 具体的には……そう、その背に負ぶわせてくれるとかの」




返り点が表示するの難しいので、ここは思いきって白文で行きますよ。
白文で読めるようになるのが最終目標なら、白文として始めから読めばいいってね。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。