東方結縁録 作:結び屋
夕方の人里は少し静かになる。
烏の鳴き声が遠く響く。
通りの人影も少なくなってきた。
結成は買い物袋を片手に、ゆっくりと路地を歩いていた。
袋の重みを少し持ち直す。
米と少しの野菜。
それから縫い糸。
今日の仕事はもうほとんど終わっている。
店に戻ったら、少しだけ刺繍を進めるつもりだ。
路地の奥に、見慣れた建物が見えてくる。
入口にはパッチワークの暖簾が掛かっている。
小さな木造の店。
結成庵。
「さて」
そう呟いて戸に手を伸ばした、その時だった。
背後で、突然声が弾けた。
「わっ!」
結成は少し肩を揺らした。
野菜が転がる。
「驚いた?」
振り返ると、そこには少女が立っていた。
大きな傘を持った、少し奇妙な格好の少女。
結成は一度、少女の大きな傘を見てから、
「……おぉ」
結成は少しだけ瞬きをした。
少女は指を突きつけ、声をあげる。
「おどろいてない!」
ふふっ。
結成は口元をほころばせる。
「いえ、驚きましたよ」
少女は口を尖らせる。
反応を見て結成の口元が緩む。
「ほんとかなー?」
結成は少し考えてから言った。
「本当ですよ」
結成は屈んで野菜を拾うと暖簾をくぐる。
ぱた、と暖簾が音を立てる。
少女は不思議そうに立ち止まっている。
「よいしょ」
荷物を置いた結成は暖簾を捲り手招きをする。
「どうしたんですか?入ってもいいのですよ」
傘が揺れる。
少しして傘を畳んだ少女が入ってくる。
店の中は、まだ夕方の光が残っていた。
布棚。
作業机。
足踏みミシン。
机の灯りに火を灯す。
両手を広げ振り返る。
「ようこそ、結成庵へ」
少女はきょとんとした顔をした。
「……え?」
「わざわざうちに来たということは、お客さんですよね?」
少女は言葉に詰まった。
「いや、私は……
驚かしに来たんだけど」
結成は頷く。
「そうなんですか」
少し考えたあときらきらした小物が並ぶ棚を指し示す。
「でもせっかくですし、何か見ていきます?」
少女はしばらく店の中を見回した。
布の匂い。
糸の匂い。
窓から夕日が差し込んでいる。
症状が呟く。
「……変な店」
結成は棚に近付く。
「よく言われます」
結成は棚を探り始めた。
布の山の中から、小さなものを取り出す。
赤い布。
結び目。
少し形が歪んでいる。
「これは?」
少女が首を傾げる。
結成は少し眉を下げる。
「試作品です」
結成は差し出した。
「りぼん?」
少女の目が少しだけ輝いた。
「いいの?」
すぅ、と一呼吸。
「ええ」
結成は柔らかく微笑む。
「うちに来てくれた、最初の妖怪のお客様ですから」
夕日の光の中で、赤いリボンが少し光る。
少女はそれを受け取った。
「……かわいい」
少女は少し考えてから言った。
「私、多々良小傘っていうの」
背筋を伸ばして頭を下げる。
「結成です」
「知ってる」
小傘がリボンに苦戦しつつ背後を指さす。
「さっき暖簾に名前書いてあった」
結成は少し笑った。
「そうでしたね」
「よければお手伝いしますよ」
リボンを受け取る。
優しく手を取って姿見の前に移動。
「こちらにどうぞ」
座布団の上に座らせ正面に向かい合う。
「よしと言うまで、目を閉じておいてください」
その場で右手をあげる小傘。
「はーい」
確認もそこそこにリボンを結び始める。
自分よりも短い髪。
しかし迷いなく手は進む。
少しして手が止まる。
「よし、いいですよ」
姿見を見た小傘の目が見開かれる。
キラキラした目で見つめる。
「……かわいい!」
小刻みに飛び跳ねて喜ぶ小傘。
それを見て微笑む結成。
「似合っています」
灯りに照らされた小傘の影が踊っている。
遠くから鐘の音がひとつ。
小傘が少し慌てたように傘を手に取る。
「りぼんはありがとう。大事にするね」
そして扉に向かって歩き出す。
入口に手をかけ、
暖簾をくぐる直前振り返った。
「また驚かしに来るから!」
結成は頷く。
「はい、お待ちしています」
小傘は一瞬だけ戸惑った顔をした。
「……やっぱり、変な人間」
そう言い残して、路地へ消えた。
夕方の風が吹く。
通りから夕餉の匂いが漂ってくる。
暖簾が静かに揺れた。
結成は机に戻る。
「さて」
ミシンに手を置く。
「続き、やりましょうか」
カタ カタカタカタ
「賑やかなお客さんでした」
あの少女に思いを馳せる。
店の中に静かなミシンの音が戻った。