かませ貴族に転生した?ごめん、俺はこのゲームを100万回やり込んでるから!鍛えた剣技で勇者をフルボッコにする 作:カザキ
8年―――、俺はひたすらに天井を眺めていた。
◆
――また、この天井だ。
七歳の俺は、豪華な天蓋付きのベッドの上で、死んだ魚のような目で天井を見つめていた。
今回(今生)の俺、レイン・シャルロットは「知恵なし」と呼ばれている。
七歳になっても言葉を発さず、外界の刺激に反応を示さないからだ。
「レイン様は未だに声を発さない。何かご病気なのでは?」
「長男はあれほど精巧に育っているというのに」
「魔力を感じ取れないという噂もありますが……」
「日がな一日寝てばかり」
「何にせよ、レイン様には期待せぬ方が良いということですな」
今のが使用人たちの会話だ。
俺と言う「知恵なし」の現状を的確に表せている。
しかし、俺が何かをやろうという気にはなれない。
端的に言うと、「飽きた」のだ。
100万回も世界を繰り返した。
赤ん坊のはいはいなんて数えきれない程経験した。
成功も挫折も、人が人生で得るべきものは全て手にした。
―――それが100万回。
もはや何も心がかき乱されない。
レイン・シャルロットになるのも初めてではないのだ。
(……ああ、本当に、どうでもいい)
俺は心の中で欠伸を噛み殺した。
今回の俺は、魔法の才能がゼロという大きなハンデを背負っている。
だから、なんだ。
こんな身体だって成りあがることはできる。そして成りあがって何になるというのだ。
全ては一度は見た景色だ。
いいや千回万回は見た風景だ。
あまりにも退屈だ。
俺はそこで最初の周と変わらぬモチベーションを抱ける異常者ではない。俺の精神は結局、普通の人間に形をしていたということなのだろうか。
俺は何のだろう。
何かと問われれば、かつては英雄であり魔王であった何某らの残骸、摩耗した抜け殻だ。
だからこそ、外の世界の全てがそうでもいい。興味がない。
外の世界に見るべきものなんて何もない。
そこは俺が踏破した世界だ。
救い、壊し、導き、反乱され、圧政し、それでも愛して、最後には飽きた世界だ。それが俺にとっての「ユア」
見るべきものはそこにはない。
俺の中にも、見るべきものはない。
何故なら、繰り返すが俺は「抜け殻」だから。
そんな「抜け殻」の俺の部屋に、一人の少女がやってきた。
少女は無遠慮に靴のまま俺のベッドに上がる。
少女と俺の視線がかちあった。銀の瞳が俺を見下ろす。声が出なかった。まあ声なんて何年も出してない。
「ねえ。今日も、空を眺めているだけなの?」
銀髪が陽光に透けて、不快なほどキラキラと輝く。
アリア・ヴェーダ。
この国の至宝、『聖剣』の適性を持つ公爵令嬢だ。
そして、俺が「無能」と判定される前から決まっていた、俺の婚約者。
俺は返事をしない。
彼女がこれから何を言うか、分かりきっているからだ。
どうせ、「元気を出して」とか「お花を持ってきたわ」とか、そんな手垢のついた慰めだろう。だが、アリアは違った。
だが、アリアは俺のベッドの端に腰掛け、覗き込むように顔を近づけてきた。
「ねえ、レイン。あなた、本当はとっても凄い人な気がするの」
(……。……ほう)
「こうして顔を合わせる度にそう思う。この前、私90歳を生きる大魔法使い様にお会いしたのよ。凄い威圧感と不思議と安らげる安心感が一緒になった不思議な方だった。…そして、私はあなたのことを思いだしたの。あの大魔法使いとレインって似てるなって」
予想外のセリフだった。
俺は、ほんの少しだけ視線を動かし、彼女の銀色の瞳を外した・
「……何がだ」
数年ぶりに発した俺の声は、子供のものとは思えないほど枯れていた。
アリアは驚いたように目を見開いたが、すぐに花が綻ぶような笑みを浮かべた。
「喋った! やっぱり! あなたの瞳、ちっとも子供っぽくないもの。まるで……この世界のすべてを知り尽くして、飽きちゃった神様みたいだわ」
「…………」
鋭いな、と思った。
アリアというキャラは天真爛漫な「天然」だと思っていたが、時折こういう本質を突く感性を見せることがある。なるほど、知っていたつもりだが、キャラクターって言うのは奥深い。
「レイン、あなたには……大切な人はいないの?」
「……いたよ。たくさんな」
嘘ではない。
100万回の中には、愛した妻も、守り抜いた民も、共に死線を越えた戦友もいた。
だが、その誰もが、次の周回では俺を忘れている。
積み上げた絆がリセットされる絶望に、俺の心はもうとっくに摩耗して消えた。
「でも、今はもういない。だから全部、どうでもいいんだ」
突き放すように言った。
だが、アリアはめげなかった。彼女は俺の手をぎゅっと握り、真っ直ぐに見つめてくる。
「そんな方々が、今のあなたを見たらどう思うのかしらね!」
「……っ」
心臓を、なまくら刀で突かれたような衝撃があった。
今の、退屈だ退屈だと管を巻き、何もかもを投げ出し、淀んだ目で空を眺めている俺。
100万回の歴史の中で、俺を信じて背中を預けてくれた連中。
死に際に「お前が導く未来が見たかった」と言い残した騎士団長。
「来世でも、また見つけてね」と笑って消えた恋人。
彼らが、今の俺を見たら……。
俺は………。
言語化はできない。
だがその日、俺の中に小さな灯が立った。吹けば飛べような小さな小さな灯だが、俺はこれを守り抜いていきたい。
俺はベッドから立ち上がり、部屋のドアを開けた。