かませ貴族に転生した?ごめん、俺はこのゲームを100万回やり込んでるから!鍛えた剣技で勇者をフルボッコにする 作:カザキ
私の名はセバスチャン。
シャルロット公爵家に仕えて四十余年。
私、セバスはこの屋敷の栄枯盛衰を全て見てきた自負があった。
だが、今この目の前で起きている「現象」だけは、我が老骨に刻まれた経験則のどれを紐解いても説明がつかない。
かつて、この屋敷の次男坊、レイン・シャルロット様は「知恵なし」と呼ばれていた。
七歳になっても一言も発さず、ただ虚空を見つめるだけの空っぽな器。主人は落胆し、使用人たちは陰で「長男様の出がらし」と嘲笑っていた。
私自身、その無礼を諫めつつも、心のどこかでは「この方は何も感じておられないのだ」と諦念を抱いていたのだ。
だが、あの日――アリア嬢が部屋を訪れたあの日を境に、状況は一変した。
「……セバス。その構えは、左足に重心が寄りすぎている。落ちるぞ」
初めてその声を聞いた時、私は持っていた銀のトレイを危うく落としそうになった。四十年間、誰にも指摘されたことのない私の癖を、何者かが一瞬で見抜いたのだ……。
振り返れば、そこには七歳の子供とは思えぬ、深淵のような瞳をしたレイン様が立っていた。
レイン様が…。
レイン様が……!
立って歩し、喋っている!
それからのレイン様は、文字通り「覚醒」された。
まず変貌したのは、その鍛錬だ。
日の出と共に庭園へ現れた坊ちゃまは、地面に突き立てたわずか親指ほどの太さの棒の上に飛び乗る。
そして、重力を無視したような軽やかさで、次々と隣の棒へ跳躍し始めた。サーカスの曲芸のような、見たこともない鍛錬法である。
やがて、坊ちゃまはその細い棒の上に立ったまま、剣の鍛錬をするようになった。
更に極めつけは、あの日目撃した「剣」である。
魔力を持たぬはずの坊ちゃまが、なまくらの鉄剣を抜き放った瞬間、空気が凍り付いた。
「――『緋憐滅竜剣技(ひれんめつりゅうけんぎ)』。……久々すぎて、指が少し流れるな」
呟きと共に放たれた一閃。それは、この世界のどの騎士団にも伝わっていない、異質の剣技だった。
ただの素振りだというのに、虚空を裂く音が咆哮のように響き、数メートル先の巨岩が、触れもしないのに真っ二つに両断されたのだ。
竜を殺す。文字通り、伝説の種族を「屠るためだけ」に磨き抜かれた、呪いにも似た純粋なる殺技。
それを七歳の子供が、あくびを噛み殺しながら行っている異常性。私は背筋が凍った。
驚愕は武技だけに留まらない。
「セバス、この領地経営報告書は誰が書いた。……三ページ目の徴税計算、六行目に1200ゴールドの誤差がある。あと、東区の開墾計画書だが、土質改善の薬剤配合が間違っている。この比率では三年後に土が死ぬ。正しい配合と、代替の換金作物のリストはこれだ」
投げ渡された紙片を見て、私は絶句した。
そこには、公爵家の顧問文官ですら数日かけて導き出すような、精緻極まる正解が並んでいた。まるで「未来を見てきた」かのような、あまりに完璧な是正案。
知恵なし?
笑わせないでいただきたい。この方は知恵がないのではない。
我々凡俗が一生をかけて得る知恵など、とうの昔に「履修済み」だったのだ。
あの方が天井を見つめていたのは、愚かだったからではない。この世界の全てが、あの方にとってはあまりに「簡単すぎて」、退屈の極みにいたというだけのこと。
私は、己の不明を恥じた。
この幼い姿をした怪物を、私たちは「無能」と蔑んでいたのか。
庭園の隅で、再び棒の上を軽やかに跳ねるレイン様を見上げ、私は静かに膝をついた。
誰に命じられたわけでもない。これは、私の魂が求めた最敬礼だった。
「……レイン様。この老骨、改めて貴方様に捧げると誓いましょう。このセバス、貴方様が目指す『退屈しのぎ』の、せめて最前列に並ぶ影となることをお許しください」
私が膝をつき、その巨大な器に震えていると、庭の向こうから鈴を転がすような声が響いた。
「ねえ、レイン! 今日もその変な棒の上で踊っているの?」
銀髪をなびかせ、無邪気に駆け寄ってくるのはアリア様だ。
「……セバス。いつまでそこに突っ立っている。客人が来たぞ。茶の用意をしろ」
「はっ、ただいま!」
不機嫌そうに、しかし淀みのない口調で命じるレイン様。
アリア様は当たり前のようにレイン様の隣に並び、楽しげに語りかけている。
「さっきの動き、凄かったわ! まるでお空を飛んでいるみたい! ねえ、私にも教えてくださる?」
「……お前には無理だ。骨が折れるぞ」
「あら、冷たいわね! あはははは!」
冷淡にあしらうレイン様と、それを全く気にせず笑うアリア様。
どうやらレイン様もアリア様の前ではその刃のような鋭利さも成りを顰めるようだ。
この幼い主人が、いつかその「本気」を世界に示す時。
私はその最前列で、歴史の目撃者となるだろう。
「ここは今日は寒いだろう。雲が出ているからな。中に入ろう」
「お気遣い、ありがとうございます!」
不機嫌そうに、しかしどこか満足げなレイン様の背中を追い、私は深く、深く、頭を垂れた。
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