先生が『死んだ日』   作:連邦生徒会のモブ書記

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軽水炉(ケイ吸い炉)は最高ぞ


『或る首席生徒の独白』

私の世界は、昨日まで、完璧と言っても過言ではなかった。

 

 連邦生徒会選抜シャーレ出向試験 首席合格。

 

明日からはシャーレに出向し、あの「先生」の最も近くで事務局を統括する。

幼い頃、ニュースの向こう側でキヴォトスの危機を救っていたあの背中。子供心にいつか隣に立ちたいと銃を取り、ペンを握り、血の滲むような努力を続けてきた。

 

出向前夜、私の荷造りは終わっていた。

アイロンをかけた制服、磨き上げた靴、そして、何度も書き直した自己紹介の原稿。

 

ーーーそうか、私はついに憧れの「先生」を支える事に青春を費やせるのか。

 

ガラにもなく浮かれ、眠れない夜を過ごした翌朝。

 

新しい職場となる連邦捜査部 ( シャーレ)へと向かうべく、乗り慣れない地下鉄から出たとき、確かに私の世界は眩んだ。

 

駅前ビルに映し出されたモニターには信じられない、信じたくない内容がキヴォトスの青い朝日に照らされていた。

 

"【速報】シャーレの先生、出帳先で倒れる。容態は不明、歌住サクラコ記念病院に搬送"

 

そこに、駄目押しの通知が届いた。

 

『本日未明、視察中の発作により先生が搬送先の病院で急逝されました。シャーレ出向は取り消し、帰宅し待機せよ。』

 

……嘘だ、と思った。

先生は死なない。色彩を退け、数多の奇跡を起こしたキヴォトスの守護者が、心臓が止まったくらいでいなくなるはずがない。

 

自分にどう言い聞かせても、連邦生徒会からの正式な通知は消えない。

 

私はそのままどのくらいその場で立ち尽くしていたのだろうか?

1時間?2時間?あるいは半日?

 

朧気な意識で帰宅した頃には既に日が暮れており、闇に包まれた部屋に入るなり私はテレビの電源を入れる。

 

「ーー本日未明、シャーレの先生が」

 

どの番組も先生の死に関する速報ばかりで、私の心には悲しみよりも先行して虚無感が漂う。

 

ついに耐えきれなくなった私は、テレビの電源を乱暴に切る。

 

テレビの明かりの消えた部屋は電灯すらつけて居ないせいで窓から差し込む青白い月明かりが差し込むだけだ。

 

行き場のない視線で窓の外を見ると、街の光が一つ、また一つと消えていくのが見えた。

 

いつも夜遅くまで明るかったシャーレの最上階も、今はただの黒い影でしかない。

 

「……一度も、会えなかった」

 

手元にあるのは完璧な成績証明書と、行き場を失った憧れだけ

 

世界を救った英雄は、私という個人を知ることすらないまま、勝手に物語の幕を引いてしまったのだ。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

連邦生徒会、ミレニアム・サイエンススクールを筆頭にキヴォトスが総力を挙げて設営した葬儀会場は、悲しいほどに合理的で、美しかった。

 

祭壇の中央に生徒代表として立つのは、天童アリス。

彼女がセミナーの会長から終身名誉会長になって19年、日数にして約7000日が経過した。

 

人によってはミレニアム (千年帝国)と在任期間である1000週間を掛けて、『1000週帝国 (Thousand Week Reich)』と呼ぶ者も居ると聞いたことがある。

 

そしてその背後で、淡々と式を差配する天童ケイ。

 

二人の姿は、私が幼い頃に見た古い記録映像と何一つ変わっていない。

時間が止まったままの彼女たちは、もはやキヴォトスの生ける伝説そのものだった。

 

会場に響くのは、トリニティで演奏されている鎮魂歌 (レクイエム)

参列者の顔ぶれは、ミレニアムのようにかつての動乱を生き抜いた世代ではないものの、先生と時間を共有した各校の重鎮ばかりだ。

その末席に、昨日まで「首席」と呼ばれていた私が、場違いな迷子のように立っている。

 

「……先生との物語は、ここで一度エンディングを迎えました。」

 

アリス会長の声が、透き通った音となって会場に響く。

彼女の瞳には、私が逆立ちしても手に入れられない「共有された時間」の色彩が宿っていた。

 

「ですが、先生が遺した『クエストログ』は、これからも私たちの日常をささえ続けます。だから、悲しむ必要はありません」

 

その言葉を聞いた瞬間、私の胃のあたりが、冷たい氷を飲み込んだように冷え切った。

みんなは知っているのだ。先生の笑い方も、困った時に頭をかく癖も、コーヒーに砂糖をいくつ入れるかも。

 

けれど、私は何一つ知らない。

 

視界の端で、天童ケイが僅かに瞳を潤ませた気がした。

 

皆、先生を悼み悲しんででいる。

私は、悲しい………でも、この気持ちはなんだろう?

 

彼女たちは『現実 (リアル)の出来事』として悲しんでいるのに私は、私は、

 

私は、『歴史 (データ)上の出来事』としか悲しめていない。

そんな気がする。

 

歴史 (データ)上の先生 (英雄)は死んだ。

神話は完結し、私はその「終章 (エピローグ)」すら読ませてもらえなかった。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

葬儀の後も私は自宅待機だったが、何もしない事に耐えられずに私が本来居るはずだった場所へと向かった。

 

誰一人居ないシャーレのロビー

こんなことはつい数日前までは無かった。

 

先生が出張で不在であっても、確かに生徒達が交流する場であったのだ。

 

それが今はどうだ?誰かが居たという痕跡が残るだけである。

 

無常にも似た感情を抱きつつ、シャーレの執務室『だった』場所の扉を開く。

 

いつかの密着番組で見たまま、昔からの憧れのままの部屋が、視覚情報だけではなく嗅覚という実像の伴った情報を得て、嫌に現実味を帯びてくる。

 

でも、もうこの部屋にあるじ (先生)は訪れない。

 

誰も居ない執務室に聖域に似た何かを感じていた私だったが、覚悟を決めてある場所へと向かう。

 

それは………

 

『あの日』から私が座るはずだったシャーレの椅子。

そこにはもう、報告書を提出すべき相手はいない。

 

「……ひどいですよ、先生」

 

ついに一度も呼べなかった名前を、私は唇の中で噛みつぶした。

 

その時、私の端末が震えた。

 

連邦生徒会からの、強制的なタスク更新通知。

どうやら明日からは、ここでシャーレの残務整理を行う必要があるようだ。

 

先生がいなくなっても、世界は止まってくれない。

それが、先生が守り抜いた「日常」という名の、あまりにも残酷な遺言だった。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

葬儀が終わった翌日。キヴォトスの空は、薄情なほどに青かった。

 

私は、予定通りシャーレの執務室の椅子に座っていた。

あるじ (先生)を失った机は、綺麗に片付けられている。

 

連邦生徒会の手によって、先生の個人的な「雑多なもの」は所有権の奪い合いとなるため、一時的に連邦生徒会の管轄となってしまった。

 

残されたのは冷たいデスクと、動かなくなった端末だけ。

 

例えそこ (端末)に先生の遺言が遺されていても永遠に凍結されている。

 

近いのに届かない。

 

まるで私と先生を比喩するような状態だ。

 

「……始めましょう。先生が守ったこの街を、今度は私たちが」

 

自分に言い聞かせ、連邦生徒会の端末を開く。

だが、流れてくるログは、昨日までのそれとは決定的に違っていた。

 

トリニティとゲヘナの境界線で起きた、些細な小競り合い。

いつもなら先生がふらりと現れて「まあまあ」と頭をかくだけで、最後には笑い話で終わっていたはずの事件。

 

それが今は事務的な最後通牒と、一触即発の重苦しい通信ログで埋め尽くされている。

 

「……どうして? 規定通りの仲裁案を送ったはずなのに」

 

私の指が震える。

ミレニアムが算出した「最適解」やアリス会長の「仲裁案」も連邦生徒会が提示する「公正なルール」も今のキヴォトスには届かない。

 

先生という、あまりにも不確定で、あまりにも優しい「変数」がなくなった世界。

 

そこでは、正論だけが鋭く研ぎ澄まされ、誰もが自分たちの正しさを盾に、学園規模での睨み合い始めていた。

 

街のいたるところで、小さな不協和音が鳴り響く。

銃声の音色が少しずつ、けれど確実に「青春」の響きを失い、「抗争」の重みに変わっていく。

 

あれだけ先生が大切にし、当然のように守っていた「日常」が消えてゆく

 

「……ああ。先生」

 

私は、自分が一度も座ったことのないこの椅子の冷たさに、ようやく気づいた。

 

先生は、奇跡を起こして世界を救っていたんじゃない。

 

みんなが「明日も笑って銃を撃てる」程度の、ささやかな日常を繋ぎ止めていただけだったのだ。

 

そこまで考えて自分の間違いに気づく。

 

私達が今日、甘んじて享受していた『ささやかな日常』が明日も確実に来ることが

 

 "先生が紡いだ奇跡"

 

だったのだ。

 

その奇跡の糸が彼という結び目を失って、バラバラと解けていく。

 

モニターに映るアリス会長の表情は、無機質なほどに静かだった。

 

彼女は知っていたのかもしれない。先生がいなくなった後の世界が、これほどまでに「儚く残酷」になってしまうことを。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

巨大な宇宙戦艦のハッチが開く音が、冷たく響く。

宇宙戦艦『ミレニアム・ファルコン号』

 

ミレニアムの誇るエンジニア部が技術の粋を集めて竣工させたキヴォトス唯一光速を超える事が出来る航宙艦である。

 

破局は突然であった。

『それ』がミレニアムの天文台に『観測』されたのは先生の葬儀からそれほど経たない頃だった。

 

並行宇宙から『色彩』クラスの破滅的実体の襲来

 

このままでは1年ほどで破滅的実体はキヴォトスに来襲する。

 

この事態に直ちに反応を示せたのはミレニアムのみであった。

他学園は先生の墓所や遺品を巡る政治闘争の最中にあり、連邦生徒会すらも介入能力を失う始末。

 

ミレニアムのアリス会長がミレニアムの墓所誘致辞退や遺品関係の権利放棄を材料に交渉しても空振りに終わった。

 

私は、銃を抱えたまま影に潜んでいた。連邦生徒会から派遣された、形ばかりの「協力」という名の宇宙港警備。

 

歩いてきたのは、アリス会長と側にに寄り添うケイだ。

二人の足取りに迷いはない。全学園が背を向けたこの戦いに、彼女たちはミレニアムの誇りと、自分たちの命を賭けて挑もうとしている。

 

「……アリス」

 

ケイの、いつもと変わらない無機質な声。けれど、その響きには微かな「揺れ」があった。

 

「解析結果を報告します。……今回の作戦における、私たちの帰還成功率は、限りなくゼロに近い。作戦実行そのものが非論理的です」

 

「わかっています、ケイ。でも、アリスは行かないといけません。勇者なら……先生ならきっとそうしますから。」

 

アリス会長の声は気丈だった。けれど、彼女がふと立ち止まった時。

私の位置からは、彼女の震える指先が見えた。

 

「……ケイ。ここに先生がいてくれたら、どんな言葉をアリスとケイにくれたのでしょうか?」

 

その問いに、ケイはすぐには答えなかった。

 

「『無理はしちゃダメだ』と……あのひとはそう言って、私たちの前に立って、結局無茶苦茶な作戦で全員を救ってしまったでしょうね。ふふ……あのひとはそういう『バグ』のような存在でしたから」

 

「……そうですねケイ。……だからこそアリスは怖いんです。」

 

アリスの声が、幼い子供のように掠れた。

 

「前に宇宙戦艦に乗った時は、モモイやミドリ、ユズ、ユウカにミレニアムのみんなが居ました。」

 

「そして先生を信じて、みんなで同じ目標向かって……みんなが横に居て、先生が後ろで見守ってくれていればどんな冒険でもクリアできる気分でした。」

 

「だけど…………」

 

「先生がいないだけで、この世界はこんなに広くて、こんなに冷たかったんですね。……先生が居ない世界で戦うのが、こんなに心細いなんて、アリスは思いもしませんでした。」

 

アリスの肩が震える。

 

「……私もです、アリス。」

 

暗がりのなかで、二人が身を寄せ合う気配がした。

 

今の2人はミレニアムを統べる最強の「勇者」と「従者」ではない。

ただ、大好きだった人の記憶に縋る小さな少女たちに過ぎなかった。

 

「いきましょう、ケイ。……先生がきっと待ってくれています。クエストをクリアしたら絶対に報告しましょう!」

 

「はい、アリス。あのひとにもう一度会えた時は2人で褒めてもらえるように」

 

ハッチが閉まる。 

轟音と共に、彼女たちは空へと消えた。

 

それが、私が最後に見た「勇者」の姿だった。

彼女たちは二度と帰らず、キヴォトスには、本当の意味での「終わり」が訪れた。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

先生が死んだあの日、世界が終わったわけではなかった。

本当の終わりは、その後にやってきた。

ミレニアムの伝説、あるいは勇者と呼ばれたアリス会長。そしてその従者ケイ。

 

彼女たちが、全学園が背を向けた脅威に単独で立ち向かい、宇宙の塵となって消えた時。キヴォトスに残されたのは、感謝ではなく「責任」の押し付け合いだった。

 

各学園の幹部たちは、自分たちが保身のために彼女たちを見捨てた事実を隠蔽するため、恐るべき合意に達した。

 

「ミレニアムの独走であり、あれは救済ではない」

「記録を抹消せよ。彼女たちの存在は、学園間の均衡を乱す独断専行であった」

 

責任を負う者の不在は時にして悲劇をもたらす。

彼女達の後のミレニアムの代表は、誰も彼女達を守らなかった。

 

翌日から、彼女らの話題はキヴォトスから消えた。

翌月から、教科書から彼女たちの名が消えた。

記念碑は夜のうちに破却され、ミレニアムのアーカイブからは「勇者の記録」が物理的に削除された。

 

先生が愛し、彼女たちが命を懸けて守った「日常」は、今や生存競争に狂った少女たちの怒号で埋め尽くされている。

 

私は、暴動でガラスが割れたシャーレのオフィスビルにいた。

足元にはかつて私が誇りとしていた「首席」の記章が転がっている。

 

インフラは死に、供給される電力も途絶えた。

聖域であるはずのシャーレですらご覧の有様だ。

 

暗闇の中で私の胸中に到来するのは、あの日の宇宙港で聞いた「最後の子どものような弱音」の記憶だ。

 

「……先生がいない世界で戦うのが、こんなに心細いなんて」

 

脳内で何度もリピートされるアリス会長の震える声。

 

それは、今やこの世界で私だけが知る「真実」になってしまった。

 

彼女たちが守ろうとしたキヴォトスは彼女たちの存在を拒絶し、到来する脅威どころか自ら崩壊の道を選んだ。

 

先生が死に、アリス会長たちが消え、そして少女たちの「心」が死んだ。

 

窓の外、赤く焼けた空を見上げる。

サンクトゥム・タワーは無残に折れ、かつての青い空の面影はない。

 

「……ああ。先生」

 

私は、動かなくなった端末の真っ暗な画面に問いかける。

 

「あなたが死んだ日は、あの日じゃなかったんですね」

 

先生が本当に死んだのは、彼が愛した「生徒たち」が、仲間を忘れ憎しみ合い、その精神を自ら捨て去った、まさに『今日』なのだ。

 

私は、手記の最後に震える字で書き加えた。

 

『――勇者は、忘却という名の二度目の死を遂げた。そしてキヴォトスもまた、その罪を抱えたまま、間もなく息絶えるだろう』

 

私はゆっくりと手を動かし、一度も会えなかった「先生」と誰も覚えていない「勇者」に最後の手向けとして、その名をペンで記録した。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

……ペンを置く。

指先の感覚はもうない。冷たい静寂が、ゆっくりと部屋を満たしていく。

 

ふと、思い出した。

シャーレへの派遣が決まったあの日、私は新しい名札を注文していたのだ。

先生の隣に立つ時、胸に掲げるはずだった、誇らしい私の名前。

 

「……先生」

 

一度も呼べなかった。

一度も、その瞳に映ることはなかった。

 

私の家には、古くから伝わる言葉がある。

二羽の鳥が翼を並べて飛び、二本の木が枝を合わせて一つになる。

互いに欠かせない半身として、永遠の絆を誓うという、あまりにも幸福で、独り善がりな願い。

 

でも私の父と母がそう願って名付けてくれた名前、

 

「私の名前は、……比翼 (ひよく)レンリ、といいます」

 

誰も居ない暗闇に向かって、初めて名乗る。

 

寄り添うべき(せんせい)は折れ、共に羽ばたくべき片翼 (天童姉妹)は、あの日、遥か宇宙 (そら)の彼方で生命を散らした。

 

キヴォトスという巨大な家族が、互いの手を離し、憎しみの中でバラバラに解けていく。

「……皮肉ですね」

 

誰もいない。

誰も呼んでくれない。

誰も私の名前を聞いてくれない。

 

私は、この「結ばれるための名前」を抱えたまま、誰とも結ばれることのない終焉をたった独りで迎える。

 

――先生。

せめて夢の中でだけは。

あなたの隣に、この名前を刻ませてください。

 

そして、私はもうすぐあなたの………もと……へ…

 

 

 

 

 

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