「………中々出ないな、化け狐とやらは」
「もう暫しご辛抱下さい。まもなく、目撃情報が特に多い時間帯の筈です」
その日の夜、エニシは城下町の北東に位置する森にて、化け狐捕縛を狙い、護衛の武士を連れて木の陰に隠れて待機していた。既に夜が更けてからかなりの時間が過ぎており、間もなく噂の時間帯に差し掛かるという。
「しかし、若殿は中々良い作戦を立てましたな。戦の才は、歴代にも引けを取らないかと」
「よしてくれ。人を傷つける才能なんて俺はいらん」
「お言葉ですが、戦とは何も人を傷つけるだけのものではありませぬ。民を守るためには、必要なものでございますよ」
戦いというものをあまり好まないエニシにとって、戦術を立て、それを行うという才能はいらない物だが、武士の言う”守るために必要であるもの”という言葉も理解しており、複雑な表情を浮かべる。
………そんなエニシが立てた作戦とは、噂の性質を利用したものであった。
まず、噂によると妖狐は人に見つかると、必ず北東の森に消える。そこで、あらかじめ北東の森の入り口付近で待ち伏せする。そして、街ではエニシの配下の武士達が手分けして妖狐を探し出す。そうすれば、逃げて来た妖狐をエニシ達が罠で足止めし、追いかけてきた武士達と挟み撃ちにし、妖狐を捕らえる、といった寸法だ。
「………ともかく、今夜で必ず捕らえるぞ。皆の笑い合う天之国、妖怪なんぞに水を差されてはたまらん」
「御意」
エニシが決意した、その時だった。
「───若殿、あれを!」
「おぉ、上手く誘い出したか………!」
武士の指差す方向は、まさしく城下町の方角であり、大きく揺れる青白い炎を追いかけるように、配下の武士に持たせていた松明の光が、少しずつこちらに近づいてきている。炎の揺れ方からして間違いなく持ち主は走っており、作戦が成功したと見て間違いないだろう。
エニシはすぐに木に仕掛けていた装置の元に駆け寄り、いつでも作動できるよう、縄に手をかける。
色の違う2つの炎はだんだんと近づき、かすかだが足音も聞こえる距離まで迫ってきた。
(………足音は2人分。つまり妖狐は2つ足で走っている。子供のいたずらか、それとも本当に妖か………)
炎はすぐそこまで迫ってきた。炎によって、妖狐の影も少し見えてきた。もう1人の武士も反対側の縄に手をかけ、今か今かと待ち構える。
そして、妖狐が森に入ろうとした、その瞬間─────
「─────今ッッッ!!!」
合図によって、エニシと武士はそれぞれ縄を力の限り引っ張り、罠が作動する。2つの木を支柱に、そのの間に網───本来は海で漁をする際に使われるもの───が張られる。
「な、ななななんじゃあっ!?」
進行方向ぴったりにいきなり障壁が出現し、妖狐と思われる人影は素っ頓狂な悲鳴を上げながらあわてて急ブレーキをかける。
「させぬッ!」
しかし、後ろから妖狐を追っていた武士が急ブレーキ中でがら空きの妖狐の背中に思い切り体当たりを敢行、人影は勢いを殺しきれず、網に思い切り突っ込んでいく。いつの間にか青白い炎は消えており、妖狐と思わしき人影は、網に体を絡ませた状態で素っ転んでいる。
「ぁうぅ…………痛たたた………た?」
「ここまでだ、妖狐め」
妖狐が痛む体をゆっくりと起こし、目線を上にあげると、既にエニシが刀を抜き、その切っ先を眼前に向けていた。目だけを動かすと、周りの武士たちも妖狐を囲み、自身の獲物を向けていた。既に、逃げ場はなかった。
「………ぼ」
「ぼ?」
「暴力反対じゃぁ………っ」
………妖狐のか細い震え声は、すぐに森の静けさに消えていった。
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「………では若殿、我らは周囲の見回りに行って参ります」
「あぁ、頼んだぞ。妖狐は俺が見ておく」
武士達は松明を持って、各々その場を離れていく。そうしてエニシと護衛に残った槍持ちの武士、未だ網に絡められたままの妖狐の3人がその場に残された。
松明の光が見えなくなった所で、エニシは話を切り出す。
「それで、結局お前は何者だ?何故俺の国の民を脅かすような真似をする」
「脅かす?馬鹿を言うでない!儂はただ人里の様子を見に行っていただけじゃ!この身なりのまま昼に行けば、人間はおどろいてしまうだろう………」
そう言われてたエニシは、網に絡め取られた妖狐の体を改めて観察する。
小柄な身体に、天之国では見かけないぴっしりとした黒装束を身に纏い、顔には淡い黄色に白を差し色に入れた、狐面のような被り物を付け、顔全体を覆っている。面の狐耳の後ろには隙間が設けられており、その隙間からは本物の狐耳に見えるものが飛び出している。
確かにこの人相では気味悪く思われるな、と呑気に考えるエニシとは裏腹に、護衛の武士は妖狐への警戒をますます強めていく。
「………というか、声からして、お前女か?」
「あぁ、自己紹介がまだだったの。儂は聖・ネーティル。気軽にネーティルと呼んでよいぞ♪」
「ねーてぃる?個性的な名だが、もしや
「おい、儂は名乗ってやったというのに、そちらは名乗らんのか?随分と傲慢になったな、お主は」
「っ貴様!!無礼であろう、若殿にそんな口を───!」
考え込むエニシに、ネーティルは挑発するかのように語りかける。それを横で聞いていた槍持ちの武士は激昂し、今にも槍を刺さんと構える。ネーティルはあっマズったか、と小さく呟くが、武士の構える槍を、エニシがそっと手で制す。
「よい。………部下がすまなかったな。俺は結 エニシ。天之国次期当主だ。貴様がどのような出で立ちかは知らんが、一先ず城に戻って話を聞こう」
エニシは優しくネーティルに優しくそう言い、座り込む彼女に手を差し伸べる。ネーティルは驚いたのか、少しの間狐耳をぴんと伸ばして固まっていたが、やがてもぞもぞと体を動かし、網から片方の手を抜く。そしてゆっくりとその手を取り、エニシは引っ張って立ち上がらせる。
そうして、見回り中の武士達を呼び戻そうと、腰にかけた法螺貝に手をかけた─────
─────その時だった。
「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!?!?」
「「「ッ!?」」」
森の奥から、見回り中の武士だと思われる男の悲鳴が聞こえてきた。
「行くぞ!お前たちもついて来いッ!!」
「御意!」
「わ、儂も!?っておいこら引っ張るなぁぁぁぁぁぁ!?」
エニシはすぐに刀を抜き、左手に網の端を握り、悲鳴の聞こえた方向へ駆け出す。それに引っ張られながらもネーティルもそれに続き、槍持ちの武士もネーティルの後ろから追いかける。
やがて、彼らは森の中の拓けた場所にたどり着き、その奥に尻餅をついたまま固まっている1人の武士を見つける。
「おい、無事か!何があった!?」
「っ若殿!?き、来ては駄目です!!!」
エニシは急いで駆け寄るろうとするが、武士はエニシ達を見つけるや否やそれを止める。慌てて足を止め、いきなりどうしたと思うエニシだったが、武士の少し上を見ると、すぐにその疑問は解消されることになった。
何故ならば─────
「なん、だ、こいつは」
薄黄色と白色の、大きな狐のような何かが、まるで狛犬のように、静かにその場で座り込んでいたのだから。
「なんじゃ、やっぱりこれに反応してたのか」
驚きの余りほとんど声が出ないエニシを横目に、いつの間にか縄抜けならぬ網抜けを果たしたネーティルは、方向でなんとなーくは分かっとったがの、と呟きながら、その巨体に近づく。
「大丈夫じゃ、これは今のままじゃ動かぬ。少なくとも儂を乗せぬ限りは、な」
「………お前は 、何者だ………?」
エニシがその問いを投げかけた直後、ネーティルの顔面を覆っていた狐面が、カシャンと音をたてて上にスライドする。
仮面の下には白いマスクを付けたネーティルの素顔があり─────
「儂は聖・ネーティル。このでかいのの神経であり、頭脳であり、そして………死神じゃ」
─────琥珀色の目が、妖しく光っていた。
次回
第二章 妖狐覚醒