みんなにリンゴ粥を振る舞って以降、オレは定期的に料理を作るようになった。
オレとしても不味い料理はあまり食べたくないし、アンアンちゃんに美味しい料理を食べさせると言う約束の上で不味い料理を食べる約束をしたからだ。
「ふぁ……あ、おはようございます。カレンさん。
またチネリ米? を作っているんですか?」
「おはよ。
確かにそうだが今日は一味違うぞ」
そう言ってメルルさんに見せたのは水晶製のハンドルの付いた装置。
「これは……カレンさんの魔法ですよね?」
「そうだよ〜。オレの魔法で再現したオレ製チネリータ!!」
「ちねりーた?」
あまりにもチネるのが大変過ぎて、他に方法は無いものかと寝たふりして
そしてそれの紹介動画を参考に、本家よりもより高い精度で、その上一度に多くの生地を入れて大量に作れるようにしたもの……それがオレ製チネリータだ。
いやぁ、それにしてもここでもインターネットが使えるのは嬉しいもんだよな。
書き込みは出来ないから外やログインは出来ないため外部にアクセスこそ出来ないものの、あるのとないのとではだいぶ違う。
「これのおかげで短時間で大量に量産出来るようになったからな。
次回からは料理を作る頻度を増やせるぜ!」
「そ、そうですか……」
「あ、チネリ米だけじゃ味気ないし、次はうどんにでも挑戦してみようか……」
(うぅ……、ストレスを溜めて欲しいから美味しくない料理を作って貰っていたのに、これじゃあ意味ありません……。
……でも、カレンさんの料理、美味しいから辞めてもらうのもなんだか惜しいし……ど、どうしたら良いんでしょう大魔女様……)
「あれ? 微妙な表情してるけどどうした────」
「うわぁああああああ!!」
「っ! 今の声って……!」
「この声……アンアンさんです……!」
アンアンさんは食生活が改善したおかげですっかり元気になり、昨日から房に戻っていたはずだ。
だとしたら事件はノアちゃんとアンアンさんの檻房か……!
「オレは行くけど、メルルさんはどうする?」
「も、もちろん私もお供します……!」
◇
その後、檻房を蹴破って現場へと向かうと、そこには既に声を聞きつけたらしいヒロさん、エマさん、レイアさんが駆けつけていた。
「みんな、聞こえたかい!?」
「当然だ……!」
現場にたどり着いて鼻についたのはシンナー特有の刺激臭。
それと同時、全身が痒みによる不快感に襲われる。
ま、まさか……。
嫌な予感がしながらも現場を見ると、予想通りの惨状に思わず頭を押さえてしまう。
「どういう事だこれは……
────ノア!!!!」
「あ、ヒロちゃんだ〜。
見て見て〜、これならいっぱい絵が描けるよね?」
視界いっぱいに広がるのは、それはもう真っ白に染まったノアちゃんとアンアンさんの檻房。
こんなことを出来るのなんて、液体操作の魔法を持つノアちゃんしかいない。
「絵はアトリエで描く約束だろう!!
くっ……正しくない!!」
「でもね、でも仕方ないんだよ?
夜の間はここに閉じ込められてるから、我慢出来なかったんだもん」
「いやいやいやいや……書くにしたってキャンバス持ち込んで絵の具で描けばいいじゃん!!
なんでよりにもよってここでスプレー使うんだよ!!」
「スプレーアートしたかったんだもん」
「だもんちゃうわバカやろ────」
「う……」
あまりにも常識はずれな行為をしたノアちゃんを厳しく咎めていると、部屋の奥からくぐもった声が聞こえる。
「っ! アンアンくん!!」
「はぁ……はぁ……はぁ……」
「アンアンちゃん具合悪そう……」
「と、塗料による刺激臭は体の弱い方には毒なんです……!」
「あ……そういえば、さっき声が聞こえたような……」
「隣で叫んでいたんだ。なぜ気づかない!
すぐに元に戻すんだ!!」
「……ヤダ」
ヒロさんと二人がかりで責めてしまったのが不味かっただろうか、機嫌を損ねたノアちゃんはよりにもよってここで反抗して来やがった。
「ノア!!」
「ヒロくん、ノアくんのことは後にしよう。
まずはアンアンくんを医務室に運ぶのが先決だ!!
カレンくん、手伝ってくれたまえ!!」
「え……え〜……ここに入んの……?」
「嫌がっている場合じゃないだろう!
早くしなければアンアンくんが……!!」
「カレンちゃん、ボクも手伝うから……!!」
身体の都合で塗料が皮膚に付着するのは不味いんだけど……
危険ってほどじゃないんだけど、地味に困る事態になるからここに入るのは憚られる。
しかしその直後、美味しそうにリンゴ粥を頬張っていたアンアンさんの姿を思い出して……。
「〜っ! 仕方ない、すぐに救出するぞ!!」
「あぁ!」
部屋に飛び込むと、水晶の籠手で塗料が手に付着しない様にしながら、アンアンちゃんを回収。
よし、あとは部屋から脱出すればミッションコンプリート──
「足跡ついちゃったから、もっと白くしちゃうもんね〜」
しかし皮膚に塗料がつかない様にと施した必死の努力も、ノアちゃんが再び部屋にカラースプレーを噴出したことで、泡沫と化す。
オレの足にスプレーがかかってしまったのだ。
「くっ……!」
「か、カレンちゃん!?
大丈夫? なんだか顔色が悪いよ!?」
「だ、大丈夫、すぐに洗い流せば────」
しかしその直後、塗料が付着した箇所にまるで針で刺されたような激痛が走る。
「が……あぁああああああっ!!」
「か、カレンくん!?
い、いったいどうしたんだい!?」
「えっ……え……?
か、カレンちゃん……どうしちゃったの……?」
「す、少し見せて下さい!」
……おいおい嘘だろ?
塗料がついた程度なら痒くなるだけだってのに、なんでこんなに痛いんだよ……?
「と、塗料がかかった箇所が炎症を起こしてます……!」
「え、炎症を起こしてるって……」
「もしや……カレン、君は有機溶剤のアレルギーを持っていたのか!!
どうして黙っていたんだ!!」
「め、めんご……でも、こんな酷くなることは今までなくって……っ!?」
突如、喉が潰されたかの様な感覚に陥り、呼吸をするのが難しくなり始めた。
「ガハッ……ハッ……ハッ……ぅあ、ヤッベェ……」
「カレンくん!!」
あー……最悪、まさか死因がアナフィラキシーショックとか、こんなくっだらねぇ理由であの世行きとか。
死ぬにしても……もちょっとカッコいい……死に方が、良かったなぁ…………
◇
…………。
────ン。
…………あれ、なんか聞こえる……?
──レン。
──あなたは強い子です。この程度で死んだりなんてしないでしょう?
……懐かしい声だ。
中学の途中で引っ越して、そのまま音信不通になってしまったあの子の声……。
──あの子が……エマが魔女になるその時まで。
──メルルと仲良くしてあげて下さいね。
エマさんが魔女になるまで?
それになぜここでメルルさんが……
いったいお前は何を────
「……んあ?」
「あ、カレンさん! よかった……目が覚めたんですね!」
目を開けるとメルルさんとエマさんの顔が飛び込んできた。
近くを見るとヒロさんやレイアさん……そして、諸悪の根源であるノアちゃんまでいる。
「あ、カレンちゃん!
よかった……スプレーでアレルギー症状が出て倒れちゃったんだよ!!」
「…………」
「……カレンちゃん?」
……なんだか懐かしい夢を見たような気がするんだけど……どんな夢だったっけ?
確かあの子が出て来たような気がするんだけど……
しかし、思い出そうとした次の瞬間、全身の痒みと左足の痛みに襲われる。
「ぅあ……かっゆ……これ完全に症状出てますわ……」
「あ、掻いちゃダメですよぅ……」
メルルさんが止めてくるが、この痒さにだけはどうも慣れない。
ムズムズする……掻きむしりたくてたまらない。
あぁ、でも掻きむしったら掻き跡が残りそうだからなぁ……あ。
「よく考えたらメルルさんいるから、怪我大丈夫じゃん。
今度またお礼するから治療よろしく」
「あ、ダメですカレンさん!」
「いいや限界だ! 掻くね!!」
「あ、こ、こらー!!」
流石に悪化する様な行為を保健委員が見逃してくれるはずもなく、普段の引っ込み思案で控えめな性格には思えないほどに強くオレの手を掴まれ、掻きむしるのを阻止された。
ちくしょうめ!
なんとかこの手を振り払おうともがいていると、困った風に頬を掻いていたエマさんの陰からひょっこりとノアちゃんが姿を見せる。
そして気まずそうにしながらもこちらに来ると、萎れた様に俯いた。
「あの……カレンちゃん。ごめんなさい……。
まさかスプレーかけちゃダメだったなんて……」
「……いいや、今回はオレもアレルギー持ちだって言ってなかったのが悪いから」
「全くだ。なぜ命に関わる様な事を隠していたんだ……」
ヒロさんの咎める様な視線から目を逸らす。
もうこの際だ、正直に言おう。オレはシンナーアレルギーを持っている。
カラースプレーのような有機溶剤に対してのアレルギーであり、シンナー入りボンドなどの利用で地味に苦労していた。
ノアちゃんにちょっとした苦手意識を持っていたのもこれが原因。
仮にアレルギーを持ってなかったら、落書きくらい普通に許してたよ。
「本当に悪い……。ここじゃなにがあるか分からないし、ウィークポイントは出来る限り知られない様にするべきかもって考えてたんだよ。
それにオレのアレルギーはそこまで酷くないし、ノアちゃんも適当にあしらえばその場では素直に諦めてたから教えるほどのものでもないって思ってた」
「そこまで酷くない?
重度のアレルギー持ちだから、今こうなっているんだろう」
「……言い訳になっちまうかもだけど、そこまで酷くなかったんだよ。
シンナーを吸う程度なら大丈夫で、溶剤が皮膚に付着したらそこがかぶれる程度……。
呼吸困難でぶっ倒れるなんて今までなかった」
「つまり急に悪化したと言うことか……いや、それにしては症状が出るのが早かった。
……恐らくはノアの魔法が悪い方に作用してしまった可能性があるな……」
ヒロさんの冷静な分析に俯いてしまったノアちゃん。
普段オレにカラースプレーを向けてたけど、もし浴びせていたら最悪死んでいたかもしれないのだ。
そりゃ落ち込んでしまうのも無理はないて。
「本当にごめんなさい……。
わざとじゃないんだよ? でものあ、どうしても絵を描きたくって……」
「わざとじゃなければ許されると言う話じゃない。
自分を抑えられないようなら、絵を描くのはしばらく禁止だ」
落ち込んでしまったノアちゃんに厳しく追求するヒロさん。
しかし絵を描くこと、それはノアちゃんの最も執着を示す事でもある。故に彼女は泣きそうな顔で首を振る。
「や、やだ! それはやだ! のあ気をつけるもん! 絶対に大丈夫だから!
お絵描きしてないと……のあ自分がよく分かんなくなっちゃうんだもん!!」
「同じ事をカレンとそこで寝ているアンアンに言えるのか!」
「のあ、反省してるもん!
カレンちゃんにも、アンアンちゃんにも酷いことしたって思ってるもん!!
二人の看病はのあがやる!
元気になるまでお絵描きしないで、ずっとそばにいるから!!」
シンナー臭で具合を悪くしたアンアンちゃんはともかく、アレルギー症状が出て完治までにはそこそこ時間がかかる。
それを承知で絵を描かずにつきっきりで看病すると言うとは、ノアちゃんもだいぶ反省しているのだろう……。
しかし、それでもヒロさんは納得しない。
「それで済む問題だとでも!?」
「じゃあどうすればいいの!?」
「どうにもなるものか! 犯した事実は取り戻せないんだ!!
もしカレンが死んでしまっていたらどうなっていたと思う!?
君は今頃カレンを殺した殺人犯として……魔女として処刑されていたんだぞ!!」
「え、それやべぇじゃん。生きててよかった〜……」
魔女化した人に殺されてその人が処刑されると言うのならば、魔女になってしまった悲しい宿命と納得する事ができるが、不慮の事故でくたばって、悪気がない子が処刑されるってのは罪悪感で死んでも死にきれない。
「…………くせに」
「なにか言ったか!?」
「ヒロちゃんだって、カレンちゃんを危ない目に合わせたくせに!!」
「な……っ!!」
生きてたことに胸を撫で下ろしていると、もはや喧嘩と言えるほどまでにヒートアップしてしまっていたヒロさんとノアちゃん。
見るに見かねたレイアさんが、ヒロさんの肩を掴む。
「ヒロくん。反省の証にノアくんが看病すること自体は悪くない。
幸いにアンアンくんの状態もそこまで酷くないし、カレンくんは重症だが本人もノアくんの事は気にしてない様だ。
……そうだよね?」
「オレのは自己申告してなかった結果である意味自業自得だしね。
……でもアンアンちゃんの件は普通にどうかと思うし……再発防止に努めてくれるなら言う事はないよ」
「……だそうだ。もうその辺にしてあげられないだろうか?」
「…………」
「キミ達は今一緒にいない方がいい。互いに冷静になれない様だし……
私達は少し外に出て落ち着こう。エマくんも一緒に──」
「あ、エマさんは少し残って。
メルルさんともども相談したい事があって……」
「え? わ、分かった」
「……行こうかヒロくん」
「……あぁ」
レイアさんに連れられて医務室を後にしたヒロさん。
オレのあの場での介入は状況を悪化させただけだった為、喧嘩を仲裁する事が出来なかった。
今回はレイアさんに助けられたな。今度お礼を言っておかないと……。
「えっと……カレンちゃん。相談したいことって?」
「あ、ごめん。あれは嘘だ」
「え……」
「……ヒロさんは君の事を嫌ってるっぽいからね。
一緒にいない方が落ち着くと思ったんだよ」
「…………」
「エマさん……」
オレの言葉に悲しそうな表情を浮かべるエマさんにメルルさんがくっつく。
エマさんには本当に申し訳ないが、今回の一件で一番精神にダメージを受けてるのはヒロさんなんだ。
流石に今日くらいは遠慮してもらおう。
そんな事を考えていると、ヒロさんと言い争っていたノアちゃんはアンアンちゃんのベッドに突っ伏してしまった。
拗ねて不貞寝でもしまったのかと思ったが、グスン、グスンと鼻を啜るような音が聞こえる。
……彼女は泣いているのだ。
「なんであんなこと言っちゃったんだろ…………」
「「「……」」」
オレ達は彼女の小さな背中をたださすってやる事しかできなかった。
◇
《sideレイア》
ヒロくんを医務室から連れ出してから数時間後、ヒロくんにより今回の一件は牢屋敷のみんなが知る事態となった。
「うげ〜……カレっちがダウンってことは、当分はあのマッズイごはんか〜……」
「彼女のご飯が食べられないのは困りものね……。
最近は助かっていたのだけど……」
「え〜、牢屋敷のご飯も案外いけると思うんですが〜」
「それはあなただけでしてよ。
……こうなったら医務室に行って、カレンさんにレシピを聞いて来ようかしら……?」
「氷上…………。
チッ、城ケ崎め。絵くらい我慢しろってんだ……!」
「でもでも、あの子ってバルーンなんでしょ?」
「バルーン?」
「あ、私知ってます! 世界的に有名なストリートアーティストですよね!
正体不明でその姿を見た者がいないって有名なんですよ!!」
「そーそー、そのバルーンの絵とノアっちの絵ってなんだか似てるんよね〜。
そんで前に聞いてみたらノアっち認めたんだよ〜!」
「あ、あの方ってそんなに有名人だったんですの!?」
「ハッ! 世界的なアーティスト様は、絵の為なら誰かを犠牲にしていいってか……」
「住んでいる世界が違うんだもの。考えが私達と違うのは仕方がないわ」
「まー、あてぃしはコラボできればどうでもいいけどね〜」
それからはカレンくんとノアくんの話題で持ちきりだ。
なにせカレンくんは牢屋敷の食事事情を可能な限りの改善に貢献している上、ノアくんにいたっては世界的なアーティスト。
話題にならない方がおかしいと思う。
……しかし、みんなが二人を話題にするのはなんだか気に食わない。
私は牢屋敷に来てから拙いながらもみんなをまとめていたつもりだ。
なのになぜみんなは私を見ない? なぜあの二人を見る?
…………あの二人を亡き者にすればみんなは私のことを見てくれるだろうか。
「……なにを考えているんだ私は」
今でこそ喧嘩しているが、ノアくんは私を支えてくれているヒロくんにとって大切な存在。
カレンくんも破天荒な性格ではあるものの、ヒロくんと共に私について来てくれている。
片や相棒と言っても過言でない存在。片やもう一人の相棒の大切な子。
そんな二人を殺すなんて私には…………
────目立っているあの子を殺さないと、一番になれないよ?
────かわいそうに
「っ!!」
……そうだ。その通りだ。
私は一番じゃないといけない、みんなにレイアの事を見てもらう為にも……
お母さんに私のことを見てもらう為にも……
その為には…………!!
「ごめんよ、カレンくん、ノアくん。私はキミ達を殺さなければならない……。
恨むのなら……そうだね、私より目立ってしまった自分を恨みたまえ……」
二人を殺して……私が一番になるんだ!
「は、はわわ……殺すのはノアさんだけでいいんですよ?
カレンさんはまだ殺しちゃダメですよぉ……!!」←(レイアに犯行を囁いた黒幕)
「えらいこっちゃ。
レイアさんがオレを狙ってるなんて……」←(医務室を抜け出して料理を作りに来た人)
※カレンは黒幕の囁きまでは聞いてません。