ベル君の身長が203cmなのは間違っているだろうか?   作:長身キャラ大好き

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EP5

 迷宮(ダンジョン)は階層を刻むごとに、その規模や出現モンスターの強度が増していく性質をもつ。

 俺が居座っている第三階層は上層も上層だが、その例に漏れない。当て所(あてど)無く前へ前へと突き進んでいっても中々行き止まりには到達せず、第一階層からの顔馴染み(いつメン)になっているゴブリンやコボルトなどは身体能力が向上しているので、全く気が抜ける相手ではない。

 それでモンスターの発生頻度も高くなっているものだから、俺のように戦闘経験を積みたくて、なおかつ資金調達をしたい冒険者には丁度良い階層(フロア)となっていた。

 

 「これで魔石は十個目⋯⋯午前の時点でこれなら、かなり報酬額は上振れるんじゃないか?」

 

 一人言を呟きながら、たった今討伐したコボルトから魔石を回収、腰に提げているポーチへと収める。

 これまでメインにしていた第二階層よりも発生頻度が少し高いお陰で、ペースは順調だった。

 本当は曰く付きの第五階層にリベンジしたい所だが、エイナさん曰く、あの階層からはガラリと性質が変わるそうで、武器が短刀(これ)では流石に心許(こころもと)ない。

 冒険者たるもの冒険しなければ、とエイナさんに毅然と言い張りはしたものの、二日連続で命を懸けるような真似は控えるべきだと理解している。

 英雄という存在はどんな物語においても、得てして『冒険』をしているが、望んで無謀な挑戦に身を投じ続けているのではない。多くの要因が複合的に絡み合って、そのように導かれているのである。

 今はいずれ(きた)る『その瞬間』に備える時だ。

 四体の死体から魔石を回収し終え、さて次はどちらに進もうかと前方に待つY字の分岐路を眺めていると──左手側の奥に、複数体のゴブリンの姿が現れた。しかもそのうちの一体とばっちり目が合い、雄叫びと共に仲間へ此方の存在を知らされる。

 地面に足を擦るような不器用な足音を立てて突進してくる連中を前に、俺は納刀しかけていた短刀を再び握り締め、地下空間特有のじっとりとした空気を肺いっぱいに取り込む。

 そして、咆哮。

 

 「さあ来いッ!!」

 

 ゴブリンの総数は五体、そのうち一体には顕著に足が早い個体がおり、それが一番槍を務める形で──今、襲いかかってきた。

 

 「ゴブアアァァァッ!!!」

 

 著しい体格差を埋めるべく走行の勢いを乗せて跳躍し、体躯に見合わぬ肥大化した拳を振りかぶってくる。俺は回避行動はおろか防御行動もとらないまま、ゴブリンの渾身の一撃を正面から腹筋で受け止めた。

 ドウッ──!!

 衝撃が腹部から背中にかけて伝播し、鈍痛が広がる。あれだけ勢いを付けていただけあって、ゴブリンと言えども中々の一撃だ。

 だが、こちらとて衝撃は地面に根を張る足腰へと分散し、鈍痛は気合でねじ伏せ、完全に受けきってみせる。──軽い!

 

 「ゴッ!?」

 

 今の俺にとっては、この程度は軽傷にすら入らない。たとえ傷を負っていたとしても、俺は決して認めはしない。

 当然だ、アイズさん(あの人)よりも強くなるのなら、この程度で傷を負っていては話にならない──!

 

 「ぬん!」

 「ブゥッ!?」

 

 雄叫びと共に、腹筋を突き出すように上半身を前方に反発させ、緑の拳を弾き飛ばした。

 ゴブリンの身体が驚愕の声と共に宙を浮く。

 ガラ空きになった胴体目掛けて、右手に握った短刀を真っ直ぐ刺突──切っ先が皮膚を裂き、肉を掻き分け、骨を砕き、内臓を穿つ。

 そしてそのまま、胴体を完全に貫いた。

 

 「ゴ──ブハアッ!?」

 「ふん」

 

 断末魔を上げるその頭を左手で掴むと、短刀を引き抜き、ぐったりとする体を持ち上げる。

 ゴブリン四体が横隊を組んですぐそこまで迫っているのを認めると、俺は魔物の体を肩の後ろへと思い切り溜め──。

 

 「うおらあああッッ!!」

 

 地響きのような踏み込みと共に、連中目掛けて投げ飛ばした。

 ゴウッ──頭を(やじり)に見立てた状態で、ゴブリンの死体が空気を薙ぎ払いながら宙を切る。

 間もなくして真ん中のゴブリン一体に直撃、顔面同士が衝突し、凄まじい衝撃音と共に血飛沫を上げながら吹き飛んでいった。

 

 「「「ゴッ!?」」」

 

 三体のゴブリンが咄嗟に飛来した物体を目で追う。その隙を見逃さずに前傾姿勢でグッと踏み込み──飛び込んだ。

 四歩程空いていた間合いを一挙に肉薄し、その勢いのまま直線上に佇立していた個体を照準(ロックオン)。右肩を前方へと突き出し、ショルダータックルを叩き込む!

 

 「ゴブリャアアッッ!?!?」

 

 巨躯の重みが強烈なエネルギーを伴ってゴブリンの痩躯を破砕する。衝撃で魔石もろとも砕けたようで、奴はその身を消滅させた。

 勢い余って転げていきそうになるのを前方に軸足を突き出して制御する。

 摩擦によって靴底がギャア──と悲鳴を上げ、足腰にずっしりとした負担が伸し掛かるが、無事に静止。

 すぐさまその身を翻して、襲いかかってくる残った二体へと対峙した。

 

 本日の獲得金額──5,400ヴァリス。

 

 ●

 

 「ただいま戻りました、神様」

 「おっかえりー、ベル君!」

 

 夕方。身を屈めながら本拠地(ホーム)へ戻ってくると、神様はそれまで読んでいた本を畳み、両手を広げて突撃してくる。

 

 「おやっ?」

 

 ──あと1m(メドル)の所で神様の動きが止まった。普段は何の躊躇もなくしがみついてくるというのに、今回は何やら目を丸くしている。

 

 「どうかしましたか?」

 「今日はなんだか一段と服が汚れているね、特に胸とお腹辺りが。また何かあったのかい?」

 「ああ、これですか。モンスターの攻撃を受けていたら、こうなってしまいました」

 「へっ?モンスターの攻撃を受けてしまって、じゃなくてかい?」

 「ええ、わざと受けていたら」

 「⋯⋯そうか、なるほど」

 

 なんの得心がいったのか神様は深々と頷くと、「ちょっと失礼」と一言断りを入れてから俺の体によじ登って、なにやら頭を四方からキョロキョロ、髪の乱れを考慮せずにペタペタと触りまくってくる。

 

 「あの、なんでしょうか」

 「おかしいな、モンスターにぶん殴られた形跡がどこにもない」

 「平常運転なんですよ」

 

 ●

 

 ステイタスはその分野の能力を使う事によって意図的に成長させられる。

 【力】は重たい武器を振り回していたら、【敏捷】は兎のようにちょこまかとダンジョンを駆けずり回っていたら伸びやすい、という感じ。

 つまり、モンスターの攻撃をわざわざ受けていたのはそういう訳なんです──と神様に事情を説明した所、「あほぉーっ!!!!」とお叱りを食らってしまった。

 現在はステイタス更新の為、上体を露出させてベッドに横たわっている。

 神様は『腹筋ボコボコにパンチ食らって【耐久】爆上げ大作戦』に対してまだまだお怒りのようで、ヒエログリフを刻む指に時折力が入り、そのたびに爪が肉にぐりゅっと食い込む。

 

 「あの、すみませんでした」

 「おやおや、なにがだい?」

 「先程から爪が食い込んでるので──その、気分を害してしまったのではないかと」

 「あぁ気にしないでくれ、これは君の崇高な理念を叶える為に協力してやってるだけだからさ。わざと攻撃を食らって耐久を上げるんだろ?」

 

 ぐりゅっ。

 

 「うっ⋯⋯。しかし、そうでもしないと到底あの人に追いつけは⋯⋯」

 

 ぎゅうううううっ!

 

 「いたたたたっ!?」

 「するとなにかい、昨日言ってたヴァレン(なにがし)とやらに追いつく為にあんな無茶をしたと」

 「そうですが⋯⋯」

 

 ちくっ!

 

 「いってえ!?針使いましたよね!?」

 「おめでとう、これで【耐久】の上昇量が1増えたよ」

 「うっ⋯⋯!?」

 

 明らかに道具を使った痛みに思わず上半身を回転させて抗議すると、神様は周囲の空気を歪めるような暗黒微笑を浮かべていた。喜怒哀楽によって自由自在に蠢くツインテールも、波動のような何かによってふよふよと浮いている。

 

 「ステイタスの更新中は動くんじゃないよ、ベル君っ♪」

 「失礼しました⋯⋯」

 

 なにやら神様はアイズさんの話を聞くと不機嫌になる傾向がある、今後は少し控えておこう。特に神様が刃物を持っている時は。

 その後も十秒に一度くらいのペースで爪を立てられたり皮膚を(つね)られたりしながら、ステイタスの更新は続く。

 背中に熱が宿り終了の兆候が見られると、神様の口から「むうっ!」という声が聞こえた。

 

 「⋯⋯どうでしたか、ステイタスの方は」

 

 恐る恐る尋ねると、神様は手元に置いていた用紙を背中にべちっと叩きつけた。

 ──そう言えば、爺ちゃんが死ぬ直前にこんな事を言ってたな。

 

 『ベル、お前も随分と大きくなったことだから、そろそろこれを教える頃合いだろうな』

 『なんだよ爺ちゃん、また女の口説き方か?この前みたいに案山子(かかし)に向かって歯が浮くような事を言わせるのは辞めてくれよ、気が触れる』

 『ふっはっは!違うな、間違っているぞ。今回のは女と付き合っていく中で一番──ほんっとうに、一番大切な事だ』

 『というと?』

 『⋯⋯怒った女の対処法』

 『確かに一度も聞いたことはないけど⋯⋯今までの話からして、適当におべんちゃら並べて機嫌とってれば良いんじゃないのかよ?』

 『馬鹿者!!』

 『ッ!?』

 『儂がどれ程の思いで口伝していると思っておる!そんな事で簡単に手のひらを返すほど、女というのは甘くないわっ!ああそうとも、あいつときたら何年経ってもネチネチネチネチと⋯⋯

 『爺ちゃん⋯⋯?』

 『んんっ!!よく聞け、ベル。女を怒らせた場合の最善の対処法というのはな──』

 『⋯⋯ゴクッ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 『我慢じゃ!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ⋯⋯なるほど、やっぱり爺ちゃんが言ってた事は正しいらしい。

 

 「終わったよ」

 

 刺々しい声色で短く告げると、神様は背中に紙を置いたまま床へと飛び降りた。

 我慢しろとは言われたものの、恐らくだんまりを決め込むのも不正解だろうし、いったいどうすれば良いのやら。

 寝そべったまま目線で神様の動きを追う。

 小さな体躯で無理矢理どすどすと足音を立ててクローゼットの前に立つと、ガバっと開け放って中に眠っていたコートを取り出し、袖を通した。

 

 「⋯⋯どこか行かれるので?」

 「バイト先の打ち上げに行ってくる。──っ、君もたまには()()で羽を伸ばして、()()()豪華な食事でも行ってくればいいさっ!」

 

 息継ぎすらしないまま怒りを吐き散らかすと、神様は部屋から出ていってしまった。

 

 「⋯⋯爺ちゃんが声を荒らげたわけだ」

 

 げんなりとしながら背中に手を回して置き去りの紙を掴み、目の前に持ってくる。

 

 ベル・クラネル

 Lv.1

 力:G 204→G 286

 耐久:H 156→G 243

 器用:I 96→H 120

 敏捷:I 98→H 112

 魔力:I 0

 《魔法》

 【】

 《スキル》

 【】

 

 熟練度上昇──トータル200オーバー。

 

 「なっ!?」

 

 作戦は大成功⋯⋯しかし、第二弾の実施は金輪際無いのだった。

 

 ●

 

 "英雄の(みやこ)"

 "世界の中心"

 しばしばそうやって呼称されるだけあり、オラリオは夜の帳が下りても煌々としていて雑然とした活気が溢れかえる。たった今差し掛かった道は、まさしくそれを体現した光景が広がっていた。

 メインストリートの一つというだけあって魔石灯を用いた街灯が等間隔で設置され、馬車が揺れないよう滑らかに舗装された石畳を、多種多様な出で立ちの人々がひっきりなしに往来する。今朝は鎧戸を閉じていた通り沿いの店舗も、今は窓から光と活気を漏らしていた。

 その中でも一際目立つのは、朝も夜も変わらず『豊穣の女主人』だ。

 

 「さてと……」

 

 眼をそこに定めて歩を進める。

 今朝設置したパラソルは台座もろとも回収されており、店の前は整然として看板だけが立っていた。

 その理由については──遡ること半日前、設置を終えた後の事。

 

 『これでいいでしょうか、シルさん』

 『はい、大丈夫です。初対面にも関わらず親切にしていただいて、ありがとうございます、ベルさん』

 『いえ、これくらいは。それにしてもこの時間から準備してるなんて、この店は酒場⋯⋯なんですよね?』

 『ああ──それなんですけど、うちの店、酒場を始めるのは冒険者さんが増える夕方からで、それまでは一般の方向けにカフェを開いているんです』

 

 なるほど、どうりで制服が可愛らしい訳だ。

 ──とその場で本人に言った所。 

 

 『うふふっ、褒め上手なベルさんにはこれをあげちゃいます』

 『これは⋯⋯?』

 『サンドイッチです、よろしければ食べてください』

 『有難うございます、では早速』

 『え、今なんですかっ?』

 『お恥ずかしい話、朝食をあまり食べていませんので』

 『あっ、それじゃあ──これもどうぞ、賄いですっ!』

 『いいんですかっ!?』

 

 そんな一幕があり、より一層約束を(たが)える訳にはいかなくなっていた。

 それにしても酒場へ入るのは人生で初になるが、一食に掛かる費用はどの程度になるだろうか。

 本拠地(ホーム)の周辺にあるボロい食堂では、50ヴァリスあれば()()()()そこそこ満足できる量の料理を食べられるが、そこと豊穣の女主人とでは内装からしてレベルが違う。冒険者に例えるならばレベル1とレベル6くらい違う。まあ流石にそれは言い過ぎか。

 ともあれ、一日中ダンジョンに籠もって獲得した金(5,400ヴァリスだが、うち2000ヴァリスはファミリアに上納したので3,400ヴァリス)があればよっぽど足りるだろう。

 

 程なくして目的地前に到着。

 すぐそこにある入口からは、(ぼうけんしゃ)の喧騒が絶えず聞こえ続ける。

 頻りに上がるガハハといった豪快な笑い声、夜を象徴するような甲高い乾杯の音色。

 大好きな英雄譚(えほん)に必ず描写されていた風景が、俺を待ち受けていた。

 足を踏み出そうとしたその時──背後に妖艶な香水の匂いと、裸足のひたひたとした足音が。

 

 「お兄さん、そこのカッコいいお兄さん」

 「なんでしょうか」

 

 明らかにこちらへ向けて発せられている言葉に爆速で振り向く。

 同年代と思しき可愛らしい顔立ちをした、ウェーブがかかっている長い黒髪のアマゾネスが、後ろに手を組んで人懐っこい目線を送っていた。

 下着に追加の布地が貼り付けられただけのような服からは、褐色の艶めかしい肢体が惜しげもなく観衆の前に曝されている。 

 うおっ凄い格好、娼婦かな?

 胸や太腿に意識が吸い寄せられそうになるが、俺みたいな背丈の人間がそんな事をしては目線から一瞬でバレてしまうぞと理性に向かって必死に働きかける。

 

 「──っ、ふぅん」

 

 アマゾネスは何かに気付いたように声を漏らすと、腕を前に組み直して胸を寄せてきた。 

 

 「なっ⋯⋯!?」

 

 普通以上巨乳以下の膨らみが神様と同等の双峰へと化け、おまけに浮いた生地の隙間から秘部がチラチラと覗く。しかも近くに伸びている街灯くんが気を効かせて、その洞窟には一切陰が出来ていない状態。

 俺にだけ見える隠し乳房(ダンジョン)が、そこに生成されていた。

 一瞬だけ見えた最奥の秘宝が放つ煌めきに目が眩み、咄嗟に体ごと斜めに逸らして眼中から外す。

 ──スススッ。わざと視界に入り込んできた。埒が明かない。

 幼い頃から据え膳食わぬはなんとやらと教えられてきたが、ここまで恥じらいが無い相手だと流石に頭が痛くなってくる。大して腹が減っていないのに『ほら食えよこの肉!好きなんだろ!』と脂っこい料理を出されても心が踊らないのと同じ。何事も情緒(ムード)が大切なのだ。

 

 「⋯⋯俺に何か用でしょうか、アマゾネスさん」

 「私のタイプだったから声をかけたの。それ以上の理由っているかな、お兄さん?」

 「慎み深さを持つべき理由ならあるでしょうね」

 「えーっ?人の胸をガッツリ見ててそれ言う?」

 「⋯⋯」

 

 そう言われると若干耳が痛い。

 

 「ふふふっ、格好良い顔して初心なんだね、可愛いっ!ねえ、歳はいくつなの?」

 「⋯⋯十四才ですが」

 「ええっ、うっそ!?私より歳下ぁっ!?全然見えないっ、少なくとも同い年だと思ってた!その歳でこれって事は絶対に将来有望じゃん⋯⋯!?うへへ⋯⋯」

 

 口元に手を当てて思いきり驚愕するアマゾネスを前に、俺は唇を真一文字に結ぶ。

 歳下だったらなんだと言うのだ、まったく。

 確かに発育は自他ともに認める程度には恵まれているし、体付きも農作業で鍛えられてきたお陰で偉丈夫手前といった様相だ、年齢が判らないというのも理解できる。しかし、それでも『歳下ならば態度を変えても良い』とはならないだろうが。

 どうにも苦手な手合いにふつふつと感情が沸き起こっていると、アマゾネスの少女は身を寄せて強引に腕を組んできた──!?

 

 「よし、そうと分かればお持ち帰り決定(けってー)!お姉さんがボクの事を優しく手解きしてあげる!」

 

 私達の愛の巣にレッツゴー!と腕を上げて進み出す少女。女性の期待を無碍にする事に心苦しさを覚えながらも、俺は組まれている腕を引っ張り、石畳に踏ん張った。

 

 「っ、さっきから強引過ぎる!少しは俺の気持ちも──」

 

 次の瞬間、ギュインッ──と。重力に吸い寄せられるかの如く足が浮き、体が()()()()()()()。たたらを踏み、転倒しないよう慌てて体勢を立て直してから再度踏ん張るが、無意味。引き摺られる。

 健康的な肉付きのしなやか腕から有り得ないような、半端ではない膂力。アマゾネスは俺達人間(ヒューマン)よりも先天的に身体能力に優れているとされるが、これはその範疇ではない。明らかに神の恩恵(ファルナ)を受けた者の能力。

 それもLv1ではない、彼女は間違いなくLv2以上の冒険者だ。

 

 「ッ!おいやめろ、俺はヘスティア・ファミリアの団員だ!他の連中と節操無く関係を持つ訳には──!」

 「かの偉い人は言いました──『他派閥の人間だけど性欲(あい)さえあれば関係ないよねっ!』──つまりそんな掟はうちらのファミリアには関係なーし!本拠地(ホーム)に連れ込んで服を剥いたら、神も人もみーんな同じってね」

 「さてはお前サキュバスだろ、正体見たりって感じだな」

 「あははっ、男の人に一晩の夢(ワンナイトラブ)を見せてあげるって意味ではそうかもね。──あぁ、どうやって君を堕とそうかな。まずはステイタスに物を言わせた騎乗位攻め(ワンサイドゲーム)でどちらが上かを解らせて、その次は普通(ノーマル)か、邪道に走って薬を使うか⋯⋯あっ、最近出来た『()()するまで出られない部屋』とか良いかも」

 「はっ、はあっ!?なんだそれ!?」

 

 英雄譚(えほん)には到底出てこないような娼婦譚(えろほん)ワードに思わず仰天すると、彼女は口端を吊り上げた不敵な笑みを浮かべて。

 

 「どんな相手でも確実に堕とす為に用意された部屋。私はまだ使った事ないけど、そこから出てくる男達は尽く干からびた状態で出てくるの。中では何が起きてるんだろうねえ、ボク?」

 「⋯⋯っ、そろそろいい加減に!」

 

 この様子じゃ本当に淫魔の巣窟に連れ込まれてしまう。

 女性相手だったのでこれまで遠慮してきたが、拭いきれない悪寒から、いよいよ躊躇無く腕を振り払おうと反対側に体を捻る──。

 

 「何をしてるんですか、ベルさん?」

 「おわあっ!?」

 

 心臓が口から飛び出しそうになる。

 捻った先に──目の鼻の先に、シルさん(約束相手)が立っていた。

 今朝話していた時と同じ、けれどもどこかおっかない笑顔。喉からではなく腹の底から響いてくる重厚な声。さっきも本拠地(ホーム)で見たような光景。

 ⋯⋯完全に、怒っていた。

 背後での出来事にアマゾネスの少女も足を止めて振り返ってくる。

 

 「んー?ねえボク、この女知り合い?」

 「あ、ああ──」

 

 本来行く予定だったこの店の店員だ、と続けようとした瞬間、シルさんが軽やかな足捌きから一瞬でこちらの懐に飛び込み、空いている方の腕に絡み付いてきた。

 

 「あっ、ちょっと!この男は私が先に手を出したんだよ!?横取りなんて許さな──」

 「楽しげな所に水を差すようで心苦しいのですが、ベルさんとは未来を約束した仲なんです。だから今回はお引き取り願えませんか──」

 

 

 

 

 

 

 

 

 淫売の女(アマゾネスさん)

 

 

 

 

 

 

 柔和な表情に慇懃(いんぎん)な態度、しかしそこには相手に対する著しい嫌悪感が滲み出ていて、俺は思わず絶句した。

 アマゾネスの少女がそれと同じ物を、はたまた別の物を感じ取ったのかは定かではないが、彼女はゴクリと喉まで出かけていた言葉を呑み込んだ。

 

 「⋯⋯ちっ」

 

 悔しげな声と共に、褐色の腕が離れていく。

 こちらを──シルさんを睥睨すると、アマゾネスの少女は微塵も名残惜しさを見せないまま足早に夜の雑踏へと姿を消した。

 

 「大丈夫ですか、ベルさん。あの人から変な事とかされてないですよね?」

 「──っ。ええ、特には。お陰で助かりました」

 「良かった。ベルさんは格好良いんですから、夜出歩く時は気をつけてくださいね。じゃないと、ああやってアマゾネス(へんなひと)に連れ去られちゃいますから」

 「はは⋯⋯」

 

 この台詞を言うのは普通逆の立場だと思うが⋯⋯。

 

 「しかし女性に力負けした挙げ句、シルさんの手を煩わせるなんて⋯⋯面目無いです」

 「気にしないでください。相手の方も神の恩恵(ファルナ)を授かっているようでしたし、きっとレベルが上だったんでしょう?でしたら仕方無いですよ」

 「ですが⋯⋯」

 

 心の奥に疼いている屈辱を言い表せずにいると、シルさんは腕をぐっと引っ張って前進し始めた。

 

 「それよりも、早くお店の中へ。きっとお腹もペコペコでしょう?」

 「⋯⋯そうですね、お邪魔します」

 

 肩の力を抜き、シルさんの隣に同伴するような形で店内へと足を踏み入れる──。

 フェンスゲートを抜けた瞬間、視界が一気に開けて湾曲していた喧騒がストレートに鼓膜へと届いた。

 ダークブラウンの木材を基調としたシックな空間。暖色に光る魔石灯がわざと暗所を作るように照らし出し、重厚な高級感を醸成している。

 向かって正面にはカウンター席があり、そこに立つミアさんが圧倒的な存在感を放つ。周りにはテーブル席が近すぎず遠すぎない間隔で配置されており、この店が客を詰め込むだけ詰め込んで稼いでやろうという魂胆でないのが見て取れた。

 ゴールデンタイムにも関わらずとある一帯が不自然にガラッと空いているのは、恐らく予約している団体がいるのだろう。

 

 「お客様一名はいりまーす!」

 

 シルさんが溌剌とそう発すると、店内をぱたぱたと忙しなく動き回っていた女性の給仕達が咄嗟に身を翻し。

 

 『いらっしゃいませ!』

 

 阿吽の呼吸で一斉に出迎えてきた。

 柔和な表情を浮かべる人間(ヒューマン)、元気一杯に口を開く猫人(キャット・ピープル)、美麗な顔を僅かに緩めるエルフ。

 悉く見目麗しい彼女らの存在は、店内が本来もつ雰囲気と、冒険者という荒々しい客層の間に生じている懸隔を縮める事に大きく貢献しているように感じた。

 彼女ら──特にエルフの女性に微笑み返していると、カウンターから声が。

 

 「おっ、ようやく来たね、白髪頭の坊主!」

 「当然。女性との約束を違える訳にはいきませんので」

 「はっ、調子のいいこと言っても値引きはしないよ。そら、デカい図体で突っ立ったら邪魔になる、そこに座りな」

 

 指し示されたのはカウンター席の端の方で、間接照明がギリギリ当たる位置だ。予約客の邪魔にならないよう、だろうか。ド真ん中だと馬鹿目立ちするので、どうあれ有り難い配慮である。

 腰を下ろし、怒涛の出来事で疲労した心を落ち着かせていると、シルさんが渋いワインレッドの革でカバーされている小冊子を抱えてやってきた。

 

 「ベルさん、こちら当店のメニューになります」

 「どうも」

 

 差し出されたメニュー表を受け取り、どれどれと目を通す。

 

 パスタ各種    300ヴァリス

 チキンステーキ  450ヴァリス

 ポークステーキ  500ヴァリス

 ビーフステーキ  600ヴァリス

 旬肴のフライ   550ヴァリス

 

 「──!?」

 

 メニュー一覧はまだまだ続くが、思わずそこで目を止めた。

 ──いくらバベルに近い立地とは言え、高すぎるだろ!?

 

 「一杯種類があるのでびっくりしますよね。因みにオススメのディナーは──」

 「【ミア母ちゃんのオススメ】だよ、坊主」

 

 目の前に出来た大きな陰に冷や汗をかく。

 

 「⋯⋯因みにどんな中身で?」

 「今日はミートスパゲティとビーフステーキ、そこに葉物野菜のサラダとビールをつけてぽっきり1000ヴァリスさ」

 「な、なるほど、それでも1000と」

 「冒険者なんだからその程度の額、気にしてるんじゃないよ!そら選んだ選んだ!」

 「⋯⋯分かりました、ではミアさんのオススメでお願いします」

 「あいよぉっ!──今日のオススメ一つ、パスタ大盛り肉大きめ!」

 『ニ゛ャ゛ア゛ア゛!』

 

 ミアさんが厨房に向かってオーダーを伝えると、半ば悲鳴のような勢いの返事が聞こえてきた。趣のある店内の雰囲気に対して過酷な労働環境が垣間見え、苦笑する。

 なにやら自動的に大盛りディナーになっていたが、まあそれはヨシとしよう。どうせ食べ切れる。

 それにしても冒険者というのは武具の値段といい、酒場の値段といい、完全に足元を見られていて日々世知辛さを感じるようだ。

 こんな贅沢をするくらいなら神様も一緒に連れてきたかったが⋯⋯。

 たった今出された水で喉を潤していると、薄鈍色の髪がひょこっと視界に入ってきた。

 

 「──お料理がくるまで、お話を聞かせていただけますか?」

 「シルさん。お店の方は良いんですか?」

 「はい、ミアお母さんから許可はもらっていますので」

 

 そうなんですか、と目線を向けるとサムズアップで返してきた。

 

 「でしたら喜んで」

 「やった!じゃあまず、年齢から──」

 「え???」

 

 ミアさんから既に聞かされていそうなものだが。

 シルさんの質問に目を丸くしていると、外から集団の気配。もしやと思いシルさんから視線を切り、入口を注視すると──案の定、入店。

 朱色の髪を後ろで結わえている糸目のスレンダーな女性──女神を先頭に。

 小さな体躯から威風堂々とした空気を放つ小人(パルゥム)の男性。

 王族の象徴たる翡翠の髪を揺らし、超然とした美を宿すエルフの女性。

 豊かな髭で顔半分を覆い隠し、地の底から掘り起こされたかのような頑強な肉体を持つドワーフの漢。

 誰しもの目を引き、畏怖を与える圧倒的な四人。その後ろには、彼らに負けず劣らずの存在感を放つ男女がずらりと連なっている。

 その中で、金色に輝く長髪がふわりと揺れた。

 

 「⋯⋯!!」

 

 ──アイズ・ヴァレンシュタインの姿が、そこにあった。

 




まるで短編とは思えない進行ペース⋯⋯
既に一万字を越えていて流石に長過ぎるので、一旦区切ります
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