貸せ、本当のハッピーエンドはこうやる 作:四辻ヨキトキ
――――――夢を見ている。
その少年は、次があった。
死んだにも関わらず
特別な七つの力を与えられ、望むがままに生きることができた。それだけの力があったし、少年ももちろんそのつもりでいた。
恵まれた力。
次があるという幸運。
ただ一つの誤算は、
転生者という異端者。
異世界における最大の異物。
その世界の住民からは邪魔者以外なにものでもない。
あらゆる国が、人が少年を殺そうとした。
武器を取り、英雄を差し向け、毒を用い、呪いをかけ、魔術を駆使し、軍で追い詰め、あらゆる手段をもって排除した。
味方はほとんどいなかった。
世界そのものが敵だったから。
追われて、追われて、追われて。
抗って、抗って、抗って。
少年の辿り着いた結末は――――――
***
「―――ん」
暖かな木陰の中で彩葉は、目を開いた。
ここは何処だろう。
何か長い夢を見ていた気がする。
寝惚け気味の彼女を、春風のような心地よい風が肌を撫でる。
柔らかな布団に包まれている。
寝返りをうてば暖かな枕が優しく反発する。
夢の中だとしても、こんなに心地よい微睡みは始めてだ。
特に枕。
とても大きくふかふかだ。
生き物のような温もりに、とても安心感がある。
例えるならそう、とても大きな毛皮を持つ生物に寄り添われているような、素朴な温もりだ。
ああ、ふかふか。
おお、ふかふかだ。
「あっちょ、ヤメテ」
「ワン」
枕に顔をべろべろと舐められる。
早く起きろと言わんばかりに、べろべろと舐め倒される。
やめてほしい、もう少し寝かせてくれ。
「………いや、流石におかしいな」
むくり、と彩葉が身体を起こす。
どうやら寝ていたようだ。
辺りを見回す。
寝床を見れば、キングサイズのベッドのようだ。
周囲を見れば一面木々が生い茂り、木漏れ日が差している。
「ここ、何処………?」
見覚えがなさすぎる。
自分が体調不良でひっくり返ったことまでは覚えている。
「ワン」
「うわ、デカっ。………犬?」
「ワン」
寄りかかっていた枕―――――と思っていたが鳴く。
でかい。
大型犬よりもまだ大きい、彩葉よりも大きそうだ。
というか、犬なのだろうか。どちらかと言えば狼に近いような気もするが。
一瞬身構えるが、狼(暫定)がべろべろと顔を舐めてくるので、襲う気はないらしい。
「ツクヨミ………じゃないよね」
流石に臨場感があり過ぎる。
ここまでの現実味は、まだ技術的に無理なはずだ。
どう考えても現実だ。
じゃあ、どこなんだここは。
頭を悩ませていると、狼がむくりと立ち上がり、掛け布団に頭を突っ込む。
何かを引っ張り出す。
「ぐえ」
「かぐや!?」
見慣れた金髪の少女――――――かぐやが身体を起こす。
「んー、もうちょい寝させ………彩葉!? 彩葉が起きたァァアアアアアアア!!」
「うるさ」
「しんどい? 身体熱くない?」
「むしろ滅茶苦茶調子いい―――そうだ、バイト早く行かないと」
失念していた事実に焦る。
どのくらい寝ていたんだろう。
早く行かないと迷惑が掛かってしまう。
「バイト休む連絡入れといたから、彩葉休んでぇ………」
スマホを見れば、休むことの了解があった。
「………ありがと、かぐや」
「レンジローがご飯作ってるから、もうちょっとゴロゴロしよー」
「うん………ていうかここ何処?」
一番気になるのはそこだ。
見知らぬ場所、デカすぎる犬。
あまりにも彩葉の理解の範疇を超えている。
彩葉の問いに、かぐやが首を傾げる。
「えーっとね、なんかダンジョン? らしいよ」
「なんて?」
「6番目の転生特典による
「蓮二郎………」
「でも、助けてくれたのは本当だよ」
くたびれたジャージの少年が、頭をよぎる。
俗物的なのに、どこか遠いところ立っている不思議な人。
「レンジロー! 彩葉が起きたァァァアアアア!」
「―――はいよ」
ぱん
一拍の手が打たれる音。
気が付けば、見慣れたアパートの一室にいた。
あの巨大な狼も、木漏れ日の差す森の姿形も、痕跡すらも存在しない。
何度かお世話になったあの少年の一室にいるようだった。
幻覚じゃない。
狼の温もりも、森の穏やかさも確かに本物だった。
あり得ない現象だ。
まるで魔法のようだ。
現実なのに空想の中にいるような、そんな不思議な感覚。
けれど、彩葉もようやく。
この驚きの連続が、紛れもない本物なのだと理解できた。
いつの日だったか、少年が口走った単語を口にする。
「………転生者?」
「ん~、良い匂い」
気が付けば、食欲を誘う香ばしい匂いが漂っている。
くぅ、と彩葉のお腹が正直に鳴る。
見ればコンロの前で、火を掛けた鍋を見守る部屋の主。
窓から差し込む夕暮れの日差しで、その姿が妙に眩しく映った。
「よく眠れたか?」
「………うん」
「なら良かった、ちょうどいいから晩飯食ってけよ。つーか食べて、絶対余る」
何でもないようにふるまう言動。
何かにつけて自分に食べさせようとする、いつもの彼だった。
お礼を言おう。
なにが起こったのかまでは全部はわからないけれど、きっとこのお人好しは、なにかと世話を焼いてくれたのだろう。
少年が振り向く。
そして気が付く。
「………んん?」
くたびれたジャージ。
腰ほどにある長い黒髪。
やや低めの身長、透き通る宝石を閉じ込めた様な瞳、ややあどけなさの残る整った顔立ち。それでいて、それなりに起伏に富んだ肢体。
芦花、真美、かぐやともヤチヨとも違う、全く違う魅力の美少女がそこに居た。
まさかと思いつつ、彩葉が少女に声を掛ける。
「蓮二郎、なの………?」
「そだよ~」
思わず頭を抱える。
友達の男子高校生が女になっている。
それもとんでもない美少女になっている………!
「とりあえず飯食おうぜ」
彩葉の苦悩を知ってか知らずか、転生者は愉快そうにケラケラと笑っていた。
***
彩葉を連れ帰って、その後。
彩葉の状態異常を奪った後の経過も見たかったので、6番目の転生特典である『
フィールド全体に回復効果のある
それだけ。
その間に、俺は一人優雅に晩飯の支度をしていたわけだ。
今日は原作に倣い、ネギ味噌ショウガと卵おじやだ。例によって料理に補正が掛かるので絶品に仕上がっている。
かぐやも料理が上手いので、ここまでくると大差ないレベルだが。
え?
じゃあかぐやに作らせろって?
だって彩葉を一人にしたら可哀想じゃん。
とりあえず、三人でおじやを掻き込む。
かなり調子がいいらしく、彩葉が一番食っていた。
元気そうで何より。
「まさか、本当に転生者だったなんてね」
「まあネ、ビックリした?」
「ぶっちゃけ、かなり、理解の範疇超えし転生者って感じ」
そういいながら、彩葉が冷蔵庫にストックしておいたデザートのピノを頬張る。
俺はガリガリ君、かぐやが雪見大福だ。
「で、なんでそんな姿になってんの?」
「あ、気になる? 超絶イメチェンの理由が」
「………もしかして、私が元気な事と関係ある?」
あいかわらず鋭い。
ハガレンならタッカーさんが勘のいいガキは嫌いだとか言い放つレベルだ。
「まず、彩葉の体調が悪かったから、能力使って負担を肩代わりしたんだよな」
「うん、それはなんとなくわかる」
「そしたら負担がデカすぎて、男の俺の身体だと耐えきれなくてぶっ壊れたんだよな。仕方ないから、
ある物語において、誰かは竜に生まれ自由に生きた。
また誰かはゴブリンとなって、底辺から成り上がった。
あるいは聖剣となって人を助けた。
また誰かはスライムとなり魔王となった。
転生譚において、「別の何かに成りたい」あるいは「何者かになりたい」という願い。理不尽と不条理、あるいはしがらみを抜け出すために生まれた、なにものにも縛られない最も自由な異世界転生の
それが第七特典『
別の姿になる際に状態をリセットすることができるというバグじみた挙動だが、実際かなり便利だ。
「それで、その姿なんだね」
「まー、なんにでもなれるんだけどな。性別反転が手軽で一番、元に戻りやすいし」
「………迷惑かけた。ごめん」
申し訳なさそうな表情を彩葉が浮かべる。
「俺は良いよ、転生者だからな。でも心配かけた奴は他にいるだろ? なあ、かぐや?」
「うえ!? あー、でも、かぐやもいろいろ無茶言ってたし………」
「でも心配したよなぁ~? もう死んじゃうかと思ったよな~!」
そうだけど~、ともにょるかぐや。
「ま、頑張るのは止めないからさ。頑張る理由くらいは教えてやれよ。一番傍で見てる奴はつらいんじゃないか」
「………うん、じゃあ今から話す」
ええ?
今から?
ちょっと急だな。
「………わかった、ちょっとコンビニ行ってくるわ」
「なんで出ていくのさ。蓮二郎の部屋じゃん」
「いやまあ、そうだけど」
それ、かぐやと二人きりで話す方が良くないか?
原作だと、現在進行形でバッドコミュニケーションしてるお母さんの下りでしょ?
かなり重めかつ重要な情報開示じゃん。
あんまり部外者が立ち会っていい感じのシーンじゃなさそうじゃん。
「聞くだけでいいの。ダメかな」
「……………………………………………………………………………………まあ、そこまで言うなら」
「ありがと」
それから彩葉が話して、かぐやが憤慨して、俺は相槌を打ちながら時間は流れた。
正直大事な場面に立ち会えたのは嬉しくもあったが、かなり立ち入った話ではあったのでやや居心地が悪かった。
やはり聞いた感想だと酒寄一族、全てがハイスペックなのに身内のコミュニケーションだけが致命的に噛み合わないの呪いかなんかだろ。
かぐやいなかったらどうなってたんだコレ。
「蓮二郎はさ、どうして転生者ってことを教えてくれたの?」
「え?」
彩葉の言葉に首を傾げる。
それ、どういう意図の質問だ?
「だって、黙っててもいいじゃん。むしろバレると面倒の方が多くない?」
「ああ、そういう」
少しだけ、考える。
「そりゃ、教える相手は選んでるよ。芦花とか真美には言ってないし」
「じゃあ、なんで私とかぐやは教えたの?」
「力を貸したいと思ったときに、たまたま丁度いい能力があったから」
「………それだけ?」
「それだけ」
結局のところ、それに尽きる。
その場面で、あと腐れなく楽しめるかどうかが、俺にとっては大事な事なのだ。
「私たちが政府にチクって、実験体にされちゃうかも」
「アレは死ぬほど苦しいから黙っててほしいな」
「苦しい?」
「何でもないです――――――まあ経験上、どうせ能力使うなら教えといた方が話も拗れないからな。昔それで酷い目あったんだ」
変に力隠して使って、最大規模の宗教に悪魔認定されるとか普通にあり得るからね。
結果、国一つと全面戦争とか。
まあ、あとは何より。
「知り合いが困ってて放っておくのは、精神衛生上良くないからな」
「それで、失敗してもいいの?」
「良くないけど、納得はするさ。自分の選択に、後悔はしたくないからな」
居住まいを正す。
「改めて自己紹介だ。異世界転生者の詠坂 蓮二郎だ。よろしくな」
「うん、酒寄彩葉です。よろしく」
「月から来たかぐやだよー、よろしく!」
少し面白くなって、三人でにやっと笑う。
「ま、困ったときは声かけてくれよ、転生者なりに協力するからさ」
後々になって、俺はこの発言に後悔することになる。
***
どうしてこうなった。
俺は内心頭を抱えていた。
現在はヤチヨカップ終了一時間前、KASSENのバトルフィールドにて亀の甲羅を模した盾を構えている。
『さあ! いよいよです! 王者ブラックオニキスとかぐや運命を掛けたKASSENが今始まろうとしています!』
実況解説の乙事照琴とオタ公が場を盛り上げている。
上がる会場のボルテージ、下がる俺と彩葉のテンション。
「かぐやっほ~!!」
「ドウシテ、ドウシテ…………」
「どうしてこうなった………?」
何度振り返ってもわからない。
かぐやの大一番。
物語上のある種のピリオド。
何故か、俺はブラックオニキス戦のかぐやメンバーに組み込まれていた。