貸せ、本当のハッピーエンドはこうやる 作:四辻ヨキトキ
詠坂 蓮二郎こと俺は、今日も平和な時間を謳歌してしまった。
いやー、推しが目の前にいる生活ってのは良いもんですね。
今日は仕事疲れで意識を飛ばしかけているにもかかわらず、授業で当てられると即回答するという人外ムーブをかます酒寄彩葉を見てしまった。あとほぼ曲聞いてただけのピアノ楽譜を、初見で最後までミスなしで弾けるのもどうかしていた。
その後は酒寄彩葉と同じバイト先にいって、今日は早上がりなので家帰ってゲームだ。
「なぁ~KASSENやろうぜ」
「ダメだ。今日はアーマードコア8で対戦する。身体は闘争を求めるのだ」
「フロム信者がよ………!」
とか言いつつ、一緒にゲームをプレイする。
なんだかんだ遊ぶのが上手い奴らなので。
わいわい騒いで協力しているだけで楽しいのだ。
あとこいつらいないと酒寄にKASSENで勝てない。
別にプロでも何でもないが、フロム育ちのゲーマー戦力はあまりにも大きすぎる。初期武器縛りノーダメ攻略とかやる変態は貴重なのだ。
ちなみに昨日はボロ負けしたのはボタン配置忘れていただけらしい。
何やってんだ。
『来客みたいですよ』
「ん? 悪いちょっと抜けるわ」
イデアの言葉で、夜だというのにインターホンが鳴った事に気が付く。
なんか宅配でも頼んでたっけ、とか思ってたら。
扉がバンバンと凄い勢いでノックされる。
「うわ、なになになに? 強盗?」
『とりあえず、近くの監視カメラにアクセスしますね。………あっ、扉を開けてあげてください。知り合いです』
「こんなヤバイノックする知り合いいたっけ?」
ビビりながら扉を開ける。
「………あれ、彩葉じゃん。どったの?」
見れば苦学生、酒寄彩葉だった。
いつも通りバイト終わりで疲れた表情。
だが、何やら大事そうに、あるいは大変なものであるかのように抱えたモノが――――――
「――――――赤ん坊?」
見間違いではない。
確かに、目の前の少女は、小さな赤ん坊を大事そうに抱えていた。
「た、たすけて………。蓮二郎………」
ややキャパオーバーで壊れたように泣き笑いの表情を浮かべる彩葉を見て。
俺は原作がいよいよスタートすることに気が付いたのだった。
***
テンパり続ける彩葉をなんとか宥めて、しばらくが経った。
なかなかエグイ精神状態だったらしく、空で竹取物語を詠み始めた時は本気で心配になったが、今は落ち着いている。
「粗茶ですが」
「ありがと………」
俺は転生者で天涯孤独の身だ。
AIのイデアに資産運用を任せてじわじわ利益を出しているのだが。酒寄彩葉ほどではないが、俺も自力で金を稼ぐ苦学生だ。
滅多に出さないちょっと良い茶葉を使い、緑茶を湯飲みに注いで出す。
「………美味しい」
「茶請けもあるぞ、漬物だけど」
「うん、美味しい………」
「浅漬けの素かけただけだけどな」
そんな事を話しながら、俺の布団に寝かしつけている赤ん坊を見る。
ここで転生特典発動。
ステータス看破を使う。
相手の戦闘能力を視抜くみたいな運用が主なアレだが、まあ情報を読み取れるわけだ。
とりあえず赤子の情報を抜き取ろうというわけである。ちなみに彩葉を除くと人類最強クラスのパラメーターを見ることができる。
名称未設定 LV.1
筋力E
敏捷E
耐久E
知力E
幸運E
備考:月の縁者
「まー、名前はないよな」
例の赤子だろう。
かぐやって名前は彩葉が着けるはずだし、名前が無いのは納得だ。
しかし、まさか昨日の今日で物語が始まるとは。
警察に連絡しようとしたが、途中で耐えられなくなってやめた後、ここに来たようだ。
「大変だったみたいだな」
「信じられないよね………。ゲーミング電柱の中から赤ん坊が出てきたなんて」
「え? 信じるけど」
ありがてぇ~!
まさか物語開始の記念すべき邂逅シーンに立ち会えるなんて。ファン冥利に尽きるってもんである。
写真撮っていい?
できれば赤ん坊と酒寄の2ショットで。
ダメ?
そっか。
ごめん。
ちょっとがっかりしていると、彩葉が驚いたようにこっちを見ていることに気が付く。
「………いやいや、自分でも自覚あるけど、かなりありえない話してるよ?」
「言っただろ? 超常現象とかなら相談乗るって。ゲーミング電柱は、まあ超常現象よりだろ」
「でもさ、やっぱりありえないよ。普通じゃない」
でしょうね。
俺だって原作知らなかったら正気を疑っている。
過密を超えたスケジュールに、畳みかける様な異常事態。
どうしよう、と呟きながら途方に暮れる彩葉の背中はかなり小さく見えた。
「まあ、他の奴は知らないけど、少なくとも俺は信じるよ。信じるね」
「どうして? なんでそう言い切れるの?」
自信なさげに揺れる瞳。
「理由は簡単だ。彩葉がそう言ってるからな」
「私が………?」
困惑する彩葉に頷く。
「いいか、客観的に考えてみろ。学生生活では成績優秀、友人も多く、教師からの信頼も厚い。親から離れて上京して一人で自炊生活ができて、アルバイトで社会経験も積んでおり、なんなら学費すらも自分で稼いでいる。順調にいけば東大ストレートの可能性まである。こんなに頑張っているやつが他にいるか?」
「結構いるんじゃないかな………?」
「ま、いるかもな。だが誰でもできる事じゃない」
もっと遊びたい。
美味しいものを食べたい。
ゆっくりと眠りたい。
そういった当たり前の欲求を律し続けて、いまの酒寄彩葉がある。
才能だけではなし得ない、血反吐を吐くような努力の果てに、彼女は今の場所にいるのだ。
「その努力を、俺は肯定する。ただの事実として、酒寄彩葉は誰よりも努力している。だから信じている」
「私の、努力を」
「頑張ってる奴ってさ、応援したくなるよな」
酒寄彩葉を間近で見てきて、思うことは多々ある。
この少女は頑張っている。
そして、頑張っている人間は報われるべきだ。
「信じる事に必要なのは、内容の正確さじゃない。話す奴が信じたいやつかどうかだろ」
「―――――――――」
「だから俺は信じるよ」
酒寄彩葉はもう、何も言わなかった。
ただ、胸を抑えるようにしてずっと俯いている。
………え? もしかしてコミュニケーションミスった?
いや、冷静に考えればかなり恥ずかしいこと言ってる気がするな。
ちょっと待って、急にいたたまれなくなってきた。
なんでゲーミング電柱の話から、こんなに痛々しい言葉を長々と語ってんの? 肯定するって何様だよ。推しに失礼だろ。認知の外から支えさせてください、だろ。
「あ、あー。ごめん今のなかった事にしてくれない?」
「―――うん、無理っ」
パッと顔を挙げた彩葉が笑みを浮かべてこちらを見る。
お茶を飲み干し、漬物を掻っ込み。
思い立ったように、赤ん坊を抱えて部屋を飛び出す。
「ちょ、酒寄さん!?」
「ちょっと元気出た! じゃ、また明日相談するからヨロシク!」
バタンと、部屋が締まる。
残されたのは推しの前で醜態をさらした俺のみだ。
スマホから青髪AIのイデアの声が響く。
『ちゃんと録音はしてありますよ、再生して反省会でもしますか?』
「マジでヤメロ」
その日の晩。
俺は布団の中で叫び声を上げるのだった。