貸せ、本当のハッピーエンドはこうやる 作:四辻ヨキトキ
今日は実に良い一日だった。
深夜に叩き起こされたとはいえ、彩葉とかぐやに極上チャーハンを振る舞えたし。
ヤチヨのミニライブで熱狂し、いよいよヤチヨカップを中心とした物語が始まる瞬間を目撃できた。
今宵の俺は気持ちよく布団に入り、眠ることができるだろうことは間違いない。
実に心地よい達成感だった。
そう、この瞬間までは
「ねぇねぇ、何のお話してたのかな! ヤチヨにも教えて!」
ニコニコ笑うチビ八千代がぴょんぴょん跳ねながらせっついてくる。
助けを求めるようにイデアを見るが、肝心のサポートAIは両手で頭を抱えている。
だよな。
俺だって頭抱えるわ。
ええ、どうすんのこれ。
後方腕組みでしたり顔してる場合じゃなかった。
握手券も手に入らなかったし、イデアと原作感想戦に入ったのが完全に裏目っている。
致命的なことは聞かれてないだろうが、しかし彩葉たち云々で現時点でハッピーエンドがどうこうは不自然に過ぎる。
「あー………、まずは初めまして? でいいのかな?」
「うん、はじめまして! 月見ヤチヨだよー! 貴方達のお名前は?」
原作の流れを遮らない為には、上手い事誤魔化すしかない。
イデアと目配せしあう。
困ったときの、アレで行くことにする。
「我が名はオススメ系ライバーのレンジロウ! 単一で世界を崩壊できる
「そしてその能力の一つから生まれた! やがて人類を
唐突に怒鳴り声でポーズをキメだす俺とイデアに、周囲の人間がビビりながら離れていく。
プランA
やばい奴を装い、ドン引きさせる。
まともな人間なら絶対に近寄らない言動を連発し、これ以上の追求を避ける。
「そうなんだ、じゃあヤッチョと同じライバーだねー。仲良くしよ! ヤチヨって読んでね」
馬鹿な、流されただと。
いや、そもそもヤチヨは超ベテラン対人コミュニケーション強者。
伊達に八千年の時を過ごしていない。、この程度の奇行と言動は許容範囲なのか。
おまけに花が咲くような笑顔まで魅せられてしまった。
くそぉ、好き過ぎる。
イデアも胸を抑えて昇天しそうになってる。
「………ふう、何か用かなヤッチョ。来てもらって残念だけど今日は握手券は持ってないんだ」
「んー、二人が気になること言ってたからねー。私も混ざりたくなっちゃって」
「へえ、何か言ったかな? 覚えてねーや」
「………
「してたよ」
「どうして?」
いろ
彩葉のアカウント名だ。
やはりというか、そこを聞かれるか。
まあそりゃそうだろう。
ヤチヨ当人からすれば覚えのない人間が、一瞬顔を合わせただけの3人に関係を見出している。たまたま耳に入った程度だろうが、ヤチヨからすれば看過できるものではなかったのだろう。
不死ゆえの、八千年の孤独。
物語の終りへと辿り着くために、ようやくここまで来たのだ。
ヤチヨの視線の奥で、不安が揺れ動く。
絶えることのない微笑みのなかで、どこか焦燥のようなものが滲んでいる。
彼女は、安心が欲しいのだ。
なら、俺の回答はこうだ。
「強いて言うなら、予感かな」
「………予感?」
ヤチヨが首を傾げる。
「ああ、アイツらはきっとヤチヨカップを盛り上げる存在になる、そんな予感がする」
「………でも、無名の二人だよ?」
おお、意外といじわるな質問だ。
「公衆の面前で啖呵を切れる奴は、普通じゃねぇよ。後先を省みない、全力で楽しいことをしたいだけ、己の快・不快のみが生きる指針、そういう奴は見てて面白いだろ?」
「ええ~? そうかなぁ」
「俺達は楽しさを求めてツクヨミに来た。だから、こうなったら楽しいって予想をしていたのさ」
とにかく、と区切る。
「アイツらはきっと上がってくる。上がってくるなら、ヤチヨと3人でコラボするところも見れるだろうって、そのくらいの言葉だよ」
「流石マスター! そうですよきっと楽しくなります!」
「そっか、ありがとねレンジロー、イデア」
安堵した表情のヤチヨ。
だが同時に晴れやかな表情でもない。
極論、別に今すぐにでも正体を明かすことは出来るのだ。
しかし現時点において、ヤチヨは自身の正体を彩葉に明かしていない。
八千年の時の経過を、彩葉が受け入れられるのかという不安。
永い永い時の中で、彩葉という少女との思い出だけを頼りに生きてきた彼女にとって、拒まれた時を思うと動けない。
いつだって人生は楽しい事ばかりではなく、喜びよりも苦難に満ちており、そして成功よりも失敗は多い。
その事実が、ヤチヨの自信を蝕み、そして動きを縛る。
故に、八千年の呪縛。
「レンジロー、最後に一つだけ質問してもいい?」
「もちろん、俺に答えられることなら」
「………ヤッチョは幸せになれるカナ?」
たはー、と張り付けたような笑みで、茶化すように俺に問う。
幸せ。
思い出す単語はハッピーエンド。
かぐやが彩葉と約束した景色。
「なれるね、なんならハッピーエンドだって行けるね」
「どうして? なんでそう言い切れるの?」
「幸せを知らない人間が、誰かを幸せにすることはできない。逆説、誰かを幸せにできる人間は幸せであるべきだ」
「………強引だなぁ、思想が強いって言われない?」
「ははっ、少なくとも、俺は推しのライブに出れて幸せだぜ」
ケラケラと互いに笑う。
「幸せにしてくれる誰かにも心当たりがあるんじゃないか? 思い切って声掛けてみたらいいんじゃないか?」
「んー、どうかなー。ヤッチョは臆病者なのです」
ヤチヨが微笑む。
先ほどよりも幾分は気分が晴れたようだった。
早く原作進まねーかな。
ヤチヨの心底笑顔が見たいぜ。
「だいぶ時間貰っちゃったねー、感謝感激雨アラモードなのです!」
「むしろ推しとの問答なんて大歓迎だね、ま、あの二人は現実でも隣人でね、応援してるってだけさ」
「そうなんだー、って隣人?」
今思えば、完全に失言だった。
余計なことを言う前に、さっさとログアウトすべきだった。
ただ、当然の結果として、起こりうることが起きたというしかない。
「――――――彩葉と同じアパート?」
「ん?」
「詠坂蓮二郎、高校は同じ………はあり得る、でも隣室? ………戸籍も住所もある、でも過去の記録がまっさら? 」
「ちょちょちょ!?」
もしかしなくても個人情報ぶっこ抜かれてない?
やべーぞ、身分の偽造は済んでるけどよく調べれば不自然しかないのだ。調べれば調べるほど俺という存在に怪しさしかないことが証明されてしまう。
流石は事実上の電子生命体。
個人情報に余裕で貫通して調べられるのか。正直ヤチヨの能力を侮っていた。
終わったか?
「あれ? アクセス制限? 誰かにリアルタイムで妨害されてる?」
イデアがぐいぐい服を引っ張る。
どうやらイデアが情報をシャットアウトしているらしい。
ナイスすぎる。
「じゃあ俺はこの辺で、さらば!」
「同じくこれで、楽しかったですよヤチヨ!」
これ以上、ボロが出るのは勘弁だ。
戦略的撤退。
俺達は、ツクヨミから即座にログアウトしたのだった。
***
「じゃあ俺はこの辺で、さらば!」
「同じくこれで、楽しかったですよヤチヨ!」
「ちょっと待って!?」
ヤチヨが引き止めるよりも早く二人の姿が消える。
残されたのはヤチヨだけだ。
「蓮二郎」
月人の彼女は全てを覚えている。
彩葉との出会いも、ボロけたアパートでの生活も、輝くようなライバーの日々も、彩葉との別れも。八千年の時の全てをヤチヨは記憶している。
故に、気がつく。
気が付かないわけがない。
「貴方は、だれ?」
過去に、彼はいなかった。
詠坂 蓮二郎なんて隣人はいなかった。
だというのに、彼は間違いなく、事実として存在している。
「あなたは、だれ」
ヤチヨが呟く。
答えるものはなく、ただ無情に電子の海の泡となって言葉は消えた。
誤字報告本当助かってます。
神々のみんなに感謝。