まのさば とある少女の事件譚   作:フリッカ・ウィスタリア

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いままで皆を引っ張って行ってくれたホノカを失い、囚人達の活気は目に見えて下がっていた。そんな中、自室でエツコは奇妙なメモを見つける


黒部ホノカの遺言

黒部ホノカの処刑から数日、ついに5人となってしまった牢屋敷の囚人の間には、もう会話はなかった

お互いを警戒しているからではない。皆、今の精神状態だと他者と関わる事に自身の精神のリソースを割く余裕がないのだ

「(みんなゾンビみたいに食事以外は自分の牢に引き籠るようになってもうてから、もう何日経ったやろか)」

感覚的には、いつ次の殺人事件が起きてもおかしくない程にみんな疲弊していた

「(ウチも流石に心が参ってきてもうたな)」

今までなら茶化しでも入れて場の雰囲気を明るくしている所だったが、エツコもそんな気力が無くなってきていた

「(…部屋に戻ろか)」

今日も同じことの繰り返しかとトボトボと地下の階段を下りていく

 

 

監房

「ただいま…って言っても、もうホノカはおらへんもんな」

ホノカは決してテンションが高い方でも愛想がある方でもなかった。しかし、一緒にいてどことなく安心できる雰囲気があった。ここ数日の自身の無気力ぶりを鑑みるに、そんな彼女の雰囲気にエツコも救われていたところがあったのかもしれない

「失って初めて気づくなんて、ウチも馬鹿やなぁ…ん?」

ホノカが使用していた下段のベッドを撫でながら物思いに耽っていると、違和感を覚えた

「なんか、感触が変や」

確かに今自分が触れているのは薄い掛布団のはずだ。だが、手に返ってくるのはまるで紙のような感触だった

手探りで掛け布団を探り、違和感を感じる部分を摘まんでみるとクシャリと掛け布団の一部が形を変え剥がれた

そして、その裏には文字が書かれていた

『この手紙が見つかったという事は、私は死んだのでしょうね。どうか、この手紙が牢屋敷側の人間が先に見つけない事を祈るわ』

「これ、ホノカが書いたんか…?」

『これを見つけたのがエツコ達だったらごめんなさい。皆の気持ちを裏切って。でも、私はこれだけは伝えたかったからこの手紙を残すわ』

鼓動がうるさいほど耳に響く。この先を読めば自分は後戻りできなくなると本能的に分かった。しかし、少しの好奇心とホノカが手紙として隠してまで伝えたかったことを知らなければ絶対に後悔するという気持ちに後押しされ、エツコは続きに目をやった

『氷上メルルに気を付けなさい。その理由は、図書室と医務室にあるわ』

気づけば、エツコは図書室へ駆け出していた

 

 

図書室

「(どこや…美月が残したっちゅう手掛かりは…)」

おそらく先程の手紙同様、何かに擬態させる形で手掛かりを残しているのだろうが、この図書室中の床や壁を闇雲に探すのは骨が折れる

「…エツコさん、何をしてるんですか?」

振り返るとそこにはサクラがいた

「サクラ…ええとこに来てくれたわ。探すの手伝ってくれんか」

「えっと…何を探してるんですか?拙にも説明をしてもらわないと…」

エツコは先程監房で見つけた手紙についてサクラに話した。その話を聞き、サクラも驚きの表情を浮かべたが、すぐ何かを考えるそぶりを見せた

「…分かりました。私も協力しましょう」

サクラは図書室を注意深く見渡し、自身の魔法に引っ掛かる場所がないか探した

「………っ!右から2番目の棚のプレートです!」

サクラに言われたところを探ると、プレートが剥がれ、その下から同じプレートが姿を現した。対して、外れた方のプレートは紙を何枚も重ねて作られていた

「これは…ホノカさんが解読していた本の翻訳でしょうか」

「あと、サクラに頼んどった日記の解読も入っとるで」

「これが何かの手掛かりになるんでしょうか…」

元からかなり厚めの本であったこともあり、翻訳文もかなりのページがあった。二人で分担し、内容を読んでいくと、サクラの方の読む手が止まった

「これって…まさか…」

「なんや、何か情報見つけたんか」

「はい、エツコさんこれ見てください」

サクラが見せてきたのは日記の方の翻訳文だった

『政府の人間が魔女因子を取り除く薬を作ったと言ってましたが、失敗作だったみたい。飲んだ人は目が石みたいになって死んじゃった。これじゃ『魔女を殺す薬』だ。でも、ここで使えなくなったなれはて達を処分するのには使えそう』

「この魔女を殺す薬の効果って…」

「ええ。シズカさんの死んだときの症状と全く一緒です」

「じゃあ、カオリはこの『魔女を殺す薬』を使ったって言うんか?」

「その可能性もありますし、もっと最悪な可能性があります」

そこまで言われてエツコの方も気が付いた

「牢屋敷側の奴が薬を使ってシズカを殺したって事か。でも、本当にこんな薬…待ちや、一つ心当たりがある」

「拙も、あの場にいましたから考えているのは一緒だと思います」

「ホノカがゲストハウスの地下から持って帰ってきてた瓶。あの時、確かホノカはメルルに瓶を渡してたはずや」

「あの事件の時、拙達は皆アリバイばかり気にしていましたが、前提が間違ってたんです。もし、牢屋敷側の人間が犯行に及んだとしたら、自由時間外の夜間も問題なく動けてしまうんですよ」

「…これは、少し調べる必要があるな」

「どうやって調べるんです?仮に瓶を見つけたとして、誰かに使うつもりじゃありませんよね?」

「もちろん使うつもりなんてあらへん。でも、回収してこれ以上の被害を減らす事は出来るやろ。それに、ホノカが残してくれた手掛かりや。無駄にしたくない」

「ホノカさんが嘘をついてる可能性もあるというのに…でも、手掛かりを無駄にしたくないのは拙も一緒です。協力しましょう」

「おおきに。じゃあ、ウチがメルルを医務室から連れ出す。その間にサクラは医務室を調べてや。魔法的にもアンタの方が探しもんにピッタリやろし」

「そうですね。分かりました」

 

 

医務室

「メルル、前に看守とお茶してた言うとったけど、どうやって誘ったんや?」

「え?普通にお茶を用意して、一緒に飲みませんか?って声をかけただけですよ」

「あの看守相手にアンタ肝座っとんなぁ…ウチは怖くてようせんわ。でもちょっと気になるし、今日もするんやったらまウチもまぜてくれへん?」

「えぇ、ぜひ。お話と言えるような事は何もありませんけど、なんとなく看守さんも機嫌が良さそうな気がするんです。丁度倉庫から幾つか貰ってきたものがあるので今からどうです?」

「アンタ案外あくどい事しとんな…まあええわ。一緒させてもらおうかな」

エツコから茶会に参加したいと言われるとは思っていなかったようだったが、メルルは上機嫌で茶会の準備を済ませ、エツコ共々食堂へ消えていった

「(あまりにトントン拍子に事が進みすぎて、かえって怪しいですけど…医務室を調べさせてもらいますよ)」

医務室に入ると、誰もいなかった

「監視カメラは…なさそうですね」

手始めにサクラは周囲の戸棚や机、ベッドに至るまで全てを見渡し、隠された物が無いか探った

「(ベッドの下…ない。机…にもない。じゃあ戸棚?…あっ、薬品瓶の横に小さな金庫が置いてありますね)」

戸棚には鍵はかかっておらず、難なく金庫を手にすることが出来た

「…でも、この金庫は『透視』を使っても中を見る事ができませんね。牢屋敷の壁や床と同じ魔法がかかっているんでしょうか」

ならば、鍵を開けるしかないわけだが、暗証番号など知らない

「111とかじゃ…ないですよね」

流石にデフォルトの暗証番号ではないようで、金庫の鍵は開かなかった

「もし使うとしたら…囚人番号でしょうか」

これがメルルの所有物であるならば、メルルの囚人番号を入れれば鍵が開くはずである

「えっと、魔女図鑑によればメルルさんの囚人番号は…645ですね」

錠の数字を合わせると、軽く手ごたえがあり、錠が外れた

「本当に開きましたね…でも、大事なのはここからですね」

金庫の中にわざわざ入れられているものを想像し、サクラは意を決して金庫を開けた

 

 

食堂

「…という事があったんですよ」

「…」カタカタ

「(これ笑ってんのか?少なくともメルルの声に反応はしとるけど…)」

医務室を探索するための囮兼、個人的な興味で茶会に参加したエツコだったが、食堂の光景は実に異質だった

茶会とは名ばかりで、出てくる食品は傷みかけの果物と何味かもの分からぬ紅茶

加えてメルルは何やら楽しそうに看守に話しかけているが看守の方は何も発言せず聞き役に徹している

「(でも、少なくともメルルに敵意がないからか、ウチがおっても大人しいな)」

もっとも、この牢屋敷での生活が始まってから誰一人として明確に規則違反で咎められていないため、看守が乱暴な手段をとった所を見た事はないのだが

「そういえば、ホノカ達と前に天体観測したって聞いたけど、やっぱり光がないと星がきれいに見えるんか?」

「はい、とっても綺麗でしたよ。そうだ、今度看守さんもお仕事の後に一緒にどうですか?」

「…」フルフル

「あぅ…そうですか」

「ゴクチョーにあんま慣れあうなって釘刺されとったやんか」

「そうですよね…」

常識的に考えて自分達を監禁している側の存在を天体観測に誘うのは常軌を逸している。しかし、メルルなら誘ってもおかしくないとも感じてしまう

「(あかん…ウチも疑心暗鬼になってしもてる。でも、ホノカが何の根拠もなく他人を疑うなんて考えづらい。何か、何かあるはずや)」

エツコとホノカとの付き合いは互いの今までの人生と比べれば瞬き程度の時間だ。しかし、その短い時間でも彼女の思慮深さ、冷静さはエツコの信頼を得るには十分足りえた

~♪

「(時間か。結局こっちの手掛かりは無しやな)」

ここで時間切れのようだ

「あっ、もう牢に戻る時間ですね。じゃあ、今日はここで解散にしましょう」

「せやな。看守、またな」

看守は手を振るなどという愛想の良い仕草は見せなかったが、メルル達を数秒見つめた後、黙々と食器類を片付け始めた

 

 

次の日

食堂でメルルが朝食を摂っていると、エツコとサクラが近づいてきた

「おはようさんメルル」

「おはようございます」

「お二人とも、おはようございます」

「「…」」

メルルは挨拶を返しただけだというのに、二人の表情は暗かった

「…?どうかしましたか?」

「なぁメルル、アンタに聞きたいことがあるねん」

「聞きたい事?何でしょう」

メルルの返答を受けてもエツコはすぐに話し始めなかったが、意を決したようにサクラの方が口を開いた

「これについて、拙達に納得のいく説明を聞かせてもらいましょうか」

サクラが取り出した物を見て、メルルは目に見えて動揺していた

「それ…は…」

サクラの手に握られていたのは、あの夜、溝倉シズカが念写した写真だった

その写真に写っていたのは見知らぬ白い服を着た女性とその女性に甘えながら穏やかな顔で微笑むメルル。そして…

 

ゴクチョーだった

 

「えっ…あっ…その…」

今までもメルルは表情豊かに色んな顔を他の囚人に見せていた。しかし、今目の前で見せられているような絶望した顔は初めて見た

「メルルさん、説明してください」

「か、返してください!その写真は私の大切な写真なんです!」

「ウチらの質問の答えになってへん。なんでゴクチョーがアンタと一緒に映ってるんや」

「いいから早く返してください!」

今にも掴みかかりそうな剣幕でメルルはサクラに詰め寄ったが、背後からの声にメルルは動きを止めた

「氷上、それ以上神戸に近付かないで」

「私達にも説明、聞かせてくれるわよね」

いつの間にかメルルの後ろにはマドカとサキが立っており、サキの方はメルルに銃口を向け牽制していた

「お二人まで…馬鹿な事はやめてください!きっと何かの間違いです!」

「いいえ、私達もその写真は見せてもらったわ。なんでゴクチョーと貴女が一緒に映っているのか教えて」

「し、知りません…私もシズカさんからもらった時は驚きましたけど、何か魔法の不具合だと思います。もし皆さんに見せたらこんな風に疑われると思って今まで隠してたんです!」

「そう。じゃあ」

バァン

サキが短い一言を吐いた次の瞬間、彼女の手に握られたライフルが火を噴いた

「あっ…あぁ…」

ライフルの弾は写真を撃ち抜き、破けた半分がサクラの手から床へ落ちた

「さ、サキさん、急に撃つことないじゃないですか。びっくりしましたよ」

「ごめんね。でも、こうでもしないと本当の事を話してくれそうにないから」

「私、言いましたよね…?これは私の大切な写真だって」

床に落ちた写真の欠片を呆然と見つめながら、メルルは震えていた

「許せない…許せない許せない許せない!」

普段温厚なメルルからは想像もつかない程にその言葉には殺気がこもっていた

「サキさん!」

立ち上がり、サキへ向かってメルルは殴りかかった

「やめたほうがいいよ。慣れない事はするもんじゃないわ」

その拳をサキは軽く躱し、再び距離を取った

「ゴクチョー達との関係を吐いてくれないなら、私も少し強引な方法をとるよ」

「大魔女様の写真を壊した貴女のいう事なんて聞きたくありません!」

「チッ!ならっ!」

バン!

「うっ、ぐっ…!」

弾丸はメルルの左足を撃ち抜いた

「ちょっ…サキやりすぎやで」

「こうでもしないとこの娘喋らないよ。大丈夫、急所は外してるわ。…大丈夫。うん…大丈夫」

そう言うサキの手は震えていた

当然だが、人を撃ったのは初めてなのだ。というより、練習で缶などを撃ったことを除けば初めて銃を実践で使ったのだ。一歩間違えば目の前の少女の命を奪ってしまう。

当てる為の物。だが、当てれば命を奪いかねない物。その意識が覚悟を揺らがせてしまうのだ

「痛い…痛いです…大魔女様…助けて」

「さっきから言ってる大魔女様って誰なの?早く言わないとその傷でも致命傷になるわよ」

傷を押さえうずくまるだけのメルルに詰め寄るマドカだったが、エツコは違和感を覚えた

「(メルル、なんで自分の魔法で傷を治さんのや?自分には使えへんみたいな事言うとらんかったのに)」

その時、うずくまるメルルの懐に何かきらりと光る物が見えた

「マドカ!メルルに近付いたらあかん!」

「えっ?…」

刹那  メルルが突然立ち上がり、マドカを一閃した

「くっ…そんなの持ってたのね…」

エツコの一声で踏み込みが浅かったことが幸いし、メルルの脇差はマドカが咄嗟に構えた右腕を軽く切る程度に留まっていた

「私は…こんな所で立ち止まるわけにはいかないんです!」

「それは私達も同じよ。こうなったら力ずくで…も」

メルルを睨む視界が揺らいだ

「(何この感覚…焦点が定まらな…い)」

「マドカ?どうかしたのマドカ!」

気づけばマドカは床に倒れていた

「体が…言う事…きかな…」

最後まで言葉を言い切ることは叶わず、マドカの眼から光が失われ、眼球が鉱石の様に変化していった

「これって…まさかトレデキム!?」

「まさかとは思いましたが、トレデキムの事まで知られちゃったんですね。だったら、もう貴女達を生かしておくわけにはいかなくなっちゃいました」

「メルル…貴女マドカを!」

「そうです。大切な物を壊される気持ち。相手を殺してしまいたいほど憎いでしょう?さっきの私もそうだったんですよ」

「うるさい!」

バァン!

先程までと違い、殺意に支配された今回の発砲は躊躇いがなかった

その弾丸はまっすぐメルルの脳天を直撃し、そのままメルルは床へ倒れ伏した

「マドカ…マドカ…」

マドカの方へ向きなおり、サキはマドカの体をゆするが反応はなかった

「すみません…拙がもっと早く脇差に気が付いてたら」

「ううん…二人は悪くないよ。私も油断してたんだから…」

「悲しんどるとこ悪いけど、メルルが牢屋敷の人間だったんなら多分そろそろ看守達が駆け付けてくるで。はよ逃げんと」

「…そうね。私達だけでも生き残らないと。マドカ、ごめんね」

名残惜しそうにマドカを見つめた後、サキも立ち上がり、二人の後を追った

 

To Be Continued

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