塀方面
「二人とも、こっちよ」
牢屋敷を脱出し、どこに向かうべきか迷っていたサクラとエツコだったが、意外にもサキが答えを出してくれた
「ここは…外壁やな。でも何でここなんや」
「ここ、木が多くて監視のフクロウも飛んでないから脱出しやすいの」
「まさか、塀の下を掘り進めるつもりですか?」
「ううん、この塀を登るのよ」
「いや待ちいな。この塀はそんな簡単に登れへんで。結構高いし、掴める所もないやん」
「これを使うのよ」
サキは草むらの陰から金属の輪をいくつも取り出してきた
「こんなもんどこで拾って来たんや」
「マドカが前に作ってくれたの。いつか脱獄するつもりだったから、二人ででこっそりとね」
「二人だけなんてズルい事考えてんなぁ」
「でもそのおかげで今は助かってるでしょ?」
「とにかく、早くそれを組み立てて登りましょう。看守が追いかけてきてしまいますよ」
「組み立てるのはすぐよ」
サキが金属の輪に触れると、磁石のように次々と輪が繋がり、棒のように一本になった
「『電磁力』で即席の梯子を作ったわ。早く登って」
「ええんか?先にウチらが行って」
「この梯子を私が持っておかないと電磁力が切れちゃうからね。上から持ってても良いけど、私が手を滑らして放しちゃったら貴女達がおしまいよ」
「そうなんですね。なら、お言葉に甘えましょう。拙が先に行きますね」
サクラは最初の数歩は躊躇いながら登っていたものの、思いの外感触がしっかりしていることを確認するとスルスルと梯子を昇り外壁の上まで移動していった
その姿を見て、エツコも急いで外壁を昇った
「(よし、あと…少し)」
エツコが塀に手をかけようとした瞬間、突然足元の感触が失われた
「…え?」
塀を掴もうとした手は空を切り、支えを失ったエツコは空中へ投げ出された
「エツコさん!」
サクラはその手を咄嗟に掴んだが、狭い塀の上では碌に踏ん張りも出来ないため、ズルズルと上半身はずり落ちていった
「サクラ、離し!アンタまで落ちてまう」
「でも、せっかくここまで来たのに!」
「あぁもう面倒なやっちゃ!」
エツコはサクラが掴んだ腕を振り払い、自ら塀の内側に落ちていった
「ったぁ…サクラ、そっちは無事か?」
「え、えぇ、何とか落ちずに済みましたけど…」
「追い掛けれるか分からんけど、アンタは先に逃げとき。どうせそこにおっても何もできへん」
「…そうですね。分かりました」
エツコの言葉を覚悟と取ったか諦めと取ったか、サクラはそれ以上の問答をせずに立ち去った
落下の衝撃で痛む背中をさすりながらサキがいた場所に目をやると、背中に矢を受けたサキが倒れていた
おそらく、梯子を支えている所を背後から射られたのだろう
「ごめ…なさい。手を…放しちゃった」
「ええ、もう喋らんとき」
こちらを向くサキの眼は既に光が失われつつあった
直後
ドシュッ
「あっ…」
木の陰から一本の矢が飛んできて、サキの命の灯火を吹き消してしまった
「やはりここにいたんですね」
声の主を確認したエツコは自身の目を疑った
「メル…ル?」
木の陰からボウガンを手に姿を現したのは、牢屋敷内でサキに頭を撃ち抜かれ死んだはずの氷上メルルだった
「アンタ…頭撃ち抜かれとったはずやないか…何で生きとるんや?」
「あぁ、皆さんには隠してましたね」
メルルは初めて会った日と同じように柔らかく笑っていた
「私は『魔女』ですから死にません。しかも、貴女達のように『なれはて』にはなりません。私は『原初の魔女』ですから」
原初の魔女というのはよく分からないが、つまりメルルは元から魔女であり、死ぬことはないという事だろうか
「(ちょっと待て…何か引っかかる。今の話なんか変やなかったか?)」
メルルの言葉に違和感を感じたエツコであったが、何に対して違和感を感じたのかまでははっきりしなかった
「エツコさん、さっきはごめんなさい。急に殺すなんて言って」
今しがたサキの命を奪っておいて、今更平然と謝罪を述べるメルルにエツコは耳を疑った
「さっきは私も写真を撃たれてカッとなってしまったんです。でも、魔法で直せたのでやっと頭が冷えました」
「なら、何でサキを撃ったんや!写真が直ったならサキを殺さんでもよかったやないか!」
「それはダメです。直ったとしても、私の大事な宝物を壊したことは許せません」
彼女なりのボーダーラインがあるのだろうが、エツコにはさっぱり理解できなかった
「でも、エツコさんとサクラさんは違います。お二人は私の事を色々詮索したりはしましたが、大魔女様を侮辱したり、宝物を壊したりはしませんでした。なので、お話をしに来たんです。サクラさんは何処ですか?」
そう聞いてくるあたり、先程のサクラとの会話は聞かれていなかったようだ
「さあ知らんな。各々逃げてるもんやから、途中ではぐれてもうたんかもしれんな」
「そうですか…なら、とりあえずエツコさんにだけ聞きますね」
塀の外 断崖
「ハァ…ハァ…ハァ…」
塀の外も牢屋敷と地続きであったため、すぐに柔らかそうな地面を見つけることが出来た
見事塀の外に脱出することに成功したサクラであったが、崖に沿って進んでも一向に波止場と思われる場所に辿り着く事は出来なかった
「(見渡す限り海しか見えない。なら船で人や物資を行き来しているはずなのになぜ…)」
ここに来た初日にゴクチョーは『この島』と言った。その言葉通り、サクラの視界は見渡す限りの海だった
空路を使用している可能性もあるが、その場合ヘリポートが必要となる。少なくとも牢屋敷内にはヘリポートになるような平坦で開けた場所は花畑周辺しかなかったし、直近で離着陸した痕跡もなかった
「どこ…どこなの…?」
「お探しの物は見つかりましたか?」
「メルルさん…やはり貴女が…」
「意外です。エツコさんのように驚かないんですね」
「塀の上から林を透視した時、貴女が木の陰に隠れているのが見えましたから。拙は…エツコさんを見殺しに…」
「あぁ、やっぱりそうでしたか。エツコさんがやけに私を引き留めるので、何か意図があるなとは思いましたが」
「やっぱり、貴女は彼女を…」
「私も心が痛かったです。仲良くなれると思ったのに、彼女にとっても長生きできる一番良い提案だったのに、彼女は自分でその道を拒んだんです」
おそらく牢屋敷側につけば最低限度の安全は保障するといったような提案をされたのだろう
一見それは牢屋敷に捕らわれた少女達にとっては最善の方法かもしれない。しかし、つまりは死ぬまで延々とこの狂った魔女裁判に参加し、死にゆく少女達を見続けなければならないという事だ
「自分の思い通りにならなかったから殺したんですか!貴女は!」
「否定はしません。でも、どうせここを抜け出せたところで政府に殺されます。だから、せめて楽に死ねるようお手伝いをしたんです」
メルルの言っている事は本当なのだろう。そうでなければ過去幾度となく各所で少女が行方不明になっているのに大きく話題になっていないわけがない。仮にこの島から逃げおおせた所で既に戸籍はなく、政府に捕まり闇に葬られるのが関の山だろう
「だから、これが最善の方法なんです。サクラさん、逃げ出すなんて諦めて大魔女様を見つける手伝いをしてください」
もうこれ以上は何を言っても無駄だろう。メルルは大魔女を見つけるという目的に捕らわれている
「いやです」
「皆さん強情ですね。だったら…」
メルルがボウガンを構えた
「でも、ここで殺されたら拙も結局は看守にされて貴女の手下にされてしまいますね」
サクラは一歩下がった
「っ!何を…」
「さようなら」
サクラは真っ直ぐ崖下へ落ちていった
急いでメルルも駆け寄ったが、遥か下にサクラが見えたかと思うと、次の瞬間にはサクラの姿は海の中へ消えてしまった
「そんな…サクラさん何で…」
海面に叩きつけられた瞬間、全身が弾ける様な激痛が走った
視界は真っ赤に染まり、すぐに真っ暗になった
「(真っ暗は…嫌です)」
しかし、全身の痛みも次第に感じなくなってきた
「(あぁ…拙、死んだんですね)」
何も映さない瞳が自然と閉じられていき、サクラは永遠の眠りに誘われた
「(……?)」
ふと、先程まで何も感じなかった手に何かが触れた感触があった
「(な…に…)」
目を開くと変わらず真っ暗な視界だったが、次第に薄ぼんやりとしていき、鮮明になっていった
「(さか…な?)」
サクラは砂浜の上に寝転んでいたようだ。だが、そうなると必然的に手に触れた魚は浮いている事になる
「(違う…ここ…海底だ)」
なぜ自分がこんな所にいるのか考えたが、思い当たる理由が一つしかなかった
「(崖から飛び降りたから…なら、拙は今…)」
何故死んでいないのか
そしてなにより
何故海底で息が出来て、周囲が見えるようになっているのか
その問いに当てはまる答えをサクラはある文献から知っていた
「拙、『魔女化』したんですね」
海の中だというのに、鮮明に自身の声が聞こえた
「(魔女化の兆候はほとんどなかった。個人差があるとは書いてありましたが…)」
思えばここ数日の間に友人が殺人を犯し、脱獄を誓った友人を黒幕に2人も殺された
その挙句に飛び込んだ先は自身の嫌う真っ暗な海底
死の間際になって急速に魔女化が進行したのだろう
現状に違和感はあるが、納得もしてしまった
鏡がないため今の自身の姿は確認できない。しかし、直感的に確認すべきでないとも感じた
「(手に水かきがありますね…人魚になったんでしょうか)」
どちらかと言えば魚人だろうかなど、異形と変わり果てた事など気にも留めずサクラは海底の闇に消えていった
「結局回収できたのはエツコさんとサキさんの遺体だけですね。すんなり看守になってくれればいいですけど」
「死んだ人間は『なれはて』にならないので看守には出来ないと以前伝えたと思いますが…」
「え?そうでしたか?じゃあお二人は何のために…」
「無駄死に…というやつですね。おぉ、可哀そうに」
牢屋敷内に帰って来たメルルの背後には桐本姉妹のなれはての他にもう一人なれはてが付き従っていた
「じゃあ、もうお二人の遺体はいりませんね。
「メルル様、『マユリ』さんと『ホノカ』さんですよ」
「あぁ、そうでした。私、どうにも人の名前を覚えるのが苦手ですね」
「よくまあそれで普段は間違えないものですね」
「もう会わない人ってどうしても記憶から抜けちゃって…」
「(薄情な人ですねぇ…)」
「あっ、ホノカさん、サキさんが持ってた銃も処分しておいてください」
ホノカと呼ばれたなれはては首だけメルルの方に向けゆっくりと頷くと、サキの遺体をマユリに任せ無言で銃を手に取り、牢屋敷の中に消えていった
B1F 監房
メルルから銃の処分を言い渡されたホノカだったが、彼女はなぜか監房にいた
「……」カタカタ
ホノカが壁に触れると一部がめくれ、壁材に空洞が現れた
「……」カタカタ
銃をその空洞にしまうと壁は再び凹凸の無い無骨な見た目に戻った
2F 廊下
フラフラと2階までやってきたホノカは空き部屋の前で立ち止まると、扉に手を当てた
「……」カタカタ
すると、時空が歪んだように扉の取っ手が消え失せ、一枚の板の様に変化した
本来、魔法少女の残りカスである『なれはて』は魔法を使う事は出来ない
しかし、彼女は確かに今、自らの魔法を使用し扉を隠蔽した
ホノカはまだ完全になれはてとなっていないのか、はたまた、なれはてには知性がないため魔法を扱えないだけで魔法自体はまだ残っているのか。それはホノカ本人しか分からぬ事であった
「あっ、ホノカさん、こんな所に居たんですね。勝手に歩き回っちゃいけませんよ。貴女はもう私の部下なんですから」
メルルに呼び止められ、窘められるホノカは分かっているのか分かっていないのか顔色一つ変えずメルルを見据えていた
「次の13人の準備もしなければいけませんし、ラウンジに行ってください」
コクリと頷くと美月は階段を下って行った
「あぁそうそう、今の看守さんは一度催眠をかけ直さなくちゃいけないので、次とその次の回は貴女に看守になってもらいますね。うっかりお名前で呼んでしまってはいけませんし、今から慣れるために貴女も『看守さん』って呼びますね」
メルルの言葉に一瞬立ち止まったホノカであったが、すぐに歩みを再開し、ラウンジへと消えていった
「次の魔女裁判も頑張らないといけませんね。沢山ホラー映画とか味の悪いお料理とか調べなきゃですね」
少女達にストレスを与えるためのアイデアの発想が若干ズレている様だが、メルルの表情は見た目通りの少女らしい笑顔だった
「ハァ…大魔女様、早く会いたい」
The End
今回の魔女裁判では大魔女を発見することは叶わなかった。大魔女を呼び出すことなど本当に出来るのだろうか。大魔女がビ出されない限り、今後も被害者は増えていくのだろう