毎日根を詰めて解読に没頭するホノカを気にかけてかメルル達が息抜きに誘ってくれた
夕 図書室
「この文字列はどっかで…『殺す』か。こっちは…」
一人で集中して解読をしているが、いまだ終わりは遠そうだ
「…氷上メルル、何か用かしら?」
「ひゃい!?…なんで分かったんですか?」
「さっきから貴女があちこちの本棚の間をうろうろしてたからね。ただ真後ろに立ってるだけなら気づかなかったでしょうけど」
「あんなに集中していたのに、私の動きまでよく見えましたね」
「いや貴女結構キョドキョド動いてる方よ?それで、結局何の用なのかしら?あっ、もしかして今朝頼んだ薬が何か分かったの?」
「あっ、いえ、それはまだ分かってないんですけど…シズカさんに外に行かないかと誘われたので、ホノカさんもどうかなと」
「あら、そうだったの。分かった、すぐ行くわ」
玄関ホール
本を片付け玄関ホールに行くとシズカ、メルルの他にカオリとマドカもいた
「珍しい組み合わせね。特に樋口マドカ。貴女も一緒に行くのかしら?」
「違うわ。サキと作ってた物が完成したから渡しに来たの」
マドカが取り出したのは小銃だった
「…何のつもりかしら」
「勘違いしないで欲しいわ。これは火薬銃。まあ、徒競走の時のあれよ」
「つまり実弾ではないと」
「当たり前でしょ。言っちゃなんだけど、殺し合いするかもしれない人に実銃なんか渡すわけないじゃない。これはむしろ誰かに襲われた時に鳴らして他の囚人に気付いてもらうための物よ」
「なるほど、確かに非殺傷なら誰の手に渡っても問題ないし、万が一の時に助かるかもしれないわね」
「そういう事。私はそれを渡しに来ただけ。だからもう自分の牢に戻るわ」
マドカは小銃をその場の4人に渡すと地下への階段を下って行った
「(打ち解けたのか、卜部サキの影響か、初日と違って樋口マドカも協調性が見えてきたわね)」
少なくとも今の会話の中でマドカに敵意や猜疑心を抱くことはなかった
「それで、どこに行くつもりなのかしら。私、行き先をまだ聞いていないのだけれど」
「今夜はー、星を見ようって話をしてたんだー」
「ここ、外は薄暗くて気味が悪いですけど、逆に街頭類がないので星がきれいに見えるんですよ。天体観測なんてどうですか?」
大方、今朝の喧嘩に対しての仲直りか。だが、2人だけというのも気まずいために私達2人を巻き込んだというところだろう
「いいわね。こんな所で生活するのはいい加減気が滅入っていたけど、逆に環境を利用してやろうって心意気は私も嫌いじゃないわ」
「はい、多分とっても綺麗に星が見えると思います」
メルルも提案に乗り気なようだ
春とはいえ、夜の外はまだ肌寒い時期ったが、少女達の予想通り、周囲に光源の無い場での天体観測は壮観だった
「あれがデネブですかね?」
「えっと…分かりませんけど、今は春なので違うんじゃないですかね?」
「あれは何座ー?」
「私は星座には詳しくないから分からないわ。溝倉シズカ、分かるかしら」
「ごめんなさい。私も星座は詳しくないんです」
驚くことに、天体観測に乗り気だった4人だというのに、誰一人まともに星座や星の出る時期を知らないのである
「…フッ、アハハハ!何それ、誘ってきたから解説でもしてくれるのかと思ったら、全員星に対する知識はからっきしじゃない」
「フフッ、そうですね。でも、こうやってお友達と過ごす時間が楽しいので、私は良いですよ」
「誰かと一緒に、何かをするって事が大事なんだよー」
「そうね。良い息抜きになったわ。連れ出してくれてありがとう。3人とも」
「いいえ、私はお二人の話を聞いて声をかけただけで…」
「私もカオリさんとの仲直りにお二人も同伴してもらったら気が楽だと思って誘っただけなので、気にしないでください」
こんな環境で出会わなければきっと彼女達とも仲良くなれただろう。しかし、この牢屋敷ではほんの小さな心のヒビがみるみる広がって、昨日まで仲良くしていた間柄の二人が殺し合いをするような場所なのだ。
腹を探り合って生活するのは心苦しいが、先の2つの事件で痛いほど分かった。生きて帰りたければ、自身の禁忌を晒さないだけでなく、他者の禁忌に足を踏み入れないことも重要なのだと。
「あっ、そうだ。今朝お騒がせしたお詫びに私から一つプレゼントを用意しました」
しかしシズカの手には何も握られていない
「プレゼント?なにかくれるのかしら」
「はい、私の手を握ってください」
言われるまま私はシズカの手を握ると、握った手の間で淡く光が漏れた
「少々お待ちください」
シズカがポケットから小さな紙を取り出すと、紙にその淡い光が移り、紙に何かが映し出された
「これは…っ!ナノちゃん!」
そこに映っていたのは、下校途中の電車で他愛のない話をしていたある日の私とナノちゃんの姿だった
「映し出されたのは貴女が大切に思っている人です。ここでの生活は辛い事も多いですけど、お互いこれを励みに頑張りましょう」
「…ありがとう。最高のプレゼントだわ」
「フフッ、どういたしまして。次はカオリさんですよ」
「え?私もー?」
「今朝は八つ当たりしてしまいましたから…」
「そっかー、じゃあ、ありがたくもらおうかなー」
同様の手順を踏んで紙に映し出されたのは、カオリに似た女性だった
「お母さん…グスッ…早く会いたいよぅ」
普段から間延びした言動の彼女は幼く見えるが、母を求める姿は一段と幼く見える。おそらく母親に大事にされてきたのだろう
「でもシズカちゃん、ありがとー。大事にするねー」
「喜んでもらえて良かったです。さぁ、最後はメルルさんですね」
「は、はい」
シズカの手を握るメルルはやけに緊張していた
少しの静寂の後、映し出された写真を受け取ったメルルは顔を綻ばせていた
「大…好きなお姉ちゃんと私の写真です。ありがとうございます!」
どんなお姉さんなのか興味を引かれたため、見せてもらおうとメルルに近付くと写真を隠されてしまった
「どうしたの?お姉さんの顔を見せてもらいたいのだけれど…だめだったかしら?」
「あっ、いえ、ちょっと写真の中の私、油断してる顔してて恥ずかしくて…」
「写真あるあるだねー」
「さぁ、もうそろそろ牢に戻る時間ですし、帰りましょう」
「そうね。もう時間も遅いしそうしましょう」
牢屋敷に帰ろうとしている中、なぜかシズカが動こうとしなかった
「今のって…」
「…?溝倉シズカ、どうかしたの?」
「え?あっ、いえ、何でもないです」
私の声に少し驚いた様子でシズカは牢屋敷の中に戻っていった
「どうしたのかしら…」
シズカの様子に少し違和感を覚えた私であったが、その正体は分からず私も自身の牢へ帰っていった
朝 食堂
「おはよう」
「おはようさん、今日は遅い朝食やな。ウチはもう食べてもたわ」
相変わらずハツラツとした態度のエツコは既に朝食を終え、どこかへ行こうとしているようだ
「昨日は自由時間ギリギリまで天体観測をしていたの。それで少し寝坊してしまったわ」
「なんか昨日遅くまで帰ってきいひんなって思ってたけど、そないな事してたんか。次はうちも誘ってや」
「そうね。星座には詳しくないけど、ここでの数少ない楽しみになりそうだわ」
「おはようございます。何の話をしているんですか?」
私達が話していると、別テーブルで朝食を摂っていたサクラが話に混ざって来た
「おはよう神戸サクラ。昨日溝倉シズカ達と天体観測をしていたのだけれど、貴女も今度一緒にどうかしら?」
「あー…拙は遠慮しておきます。お恥ずかしい話、暗い所がダメでして…」
「あら残念。でも暗所恐怖症ならしょうがないわね」
「はい…トラウマという程ではないんですが、拙は人より見える物が多い故、反対に何も見えない暗い所は人一倍怖くて…」
「まあ普通に暗い所って不安になるもんやしな。そういえば今更なんやけど、透視の魔法は常時発動なん?それとも集中したら透けて見えるん?」
「一応注視してたらボヤーっと透けてきて瞬きすると戻る感じですよ」
「それでよう壁とかにぶつからんな」
「それは慣れなんじゃないかしら?皆発現の時期はバラバラでしょうけど15年間連れ添った体だし」
「それもありますけど、この牢屋敷は特別ですね」
「というと?」
「外の外壁も牢屋敷の壁も、魔法が掛かってるみたいで拙の魔法を使っても透視できないんですよ。何度か試してるんですけど、置いてる物は透視できるのに壁や床は透視できないんですよ」
確かに、神戸サクラは何度か外壁の近くで他の囚人に目撃されている。本人も見回りだと言っているのに外壁や牢屋敷について何かが見えたという成果を聞いたことはなかった
「特別な素材なのか、別の魔法が使われているのか…やっぱり、ここの事を知るためには例の書籍を解読するしかなさそうね」
「今日は拙も一緒に解読作業に加わりますね」
「ありがとう。助かるわ」
図書室
「私はこっちの書籍を解読するから、神戸サクラはこっちの日記を解読してもらえるかしら?」
「分かりました」
「ウチは何を解読したらええ?」
「そうね…今この文字で書かれてる文書はこの二つだけだし、他の文書とか文献とかがないか探してもらえるとありがたいわ」
「分かった。ほな気ままに探しとくわ」
図太いのか、はたまた自身を隠すのが上手いのか、彼女はこの牢屋敷に来てから変わった様子は見られない。口では精神に来ているような発言があるが、他の囚人たちと違い苛立っている様子が見られない
「(ああいう子ほど壊れ始めるとすぐなのよね。気にかけてあげないと)」
下世話な考えを浮かべつつ私は視線を書籍に戻し、解読作業に入った
数時間後
「ホノカさん、日記の解読終わりましたよ。とはいっても、部分的にですけど…それに大したことは何も書かれてませんでした」
「自由記載の物だもの。あまり期待はしていなかったわ。ちなみにどんな内容だったのかしら?」
「えっと、私が解読した部分だと、300年前に大魔女というのがいて、この筆者はその大魔女から日記を引き継いだみたいですね。その後は定期的に拙達みたいな少女を攫って大魔女を復活させる方法を探っていたみたいです」
「大魔女を復活させる方法…サバトでもしようとしたのかしら」
「さぁ?方法までは書かれてませんでしたね。というより、自分でもよく分かってなかったんじゃないんですか?」
「まだまだ謎は多いわね」
「そうですね…あれ?」
「どうかしたの?」
サクラの方に向き直るとサクラの顔は強張っていた
「ホノカさん。今、何年の何月ですか?」
「ここに連れて来られる時にどれくらい眠ってたか分からないから正確じゃないけど…2024年の4月頃じゃないかしら?」
「そう…ですよね」
「どうしたの?何かに気付いたのなら私にも教えて欲しいわ」
「この日記、最終記載日が今年の2月なんです」
「それって…」
「ええ、この日記、最近…いや、現在進行形で更新されてる可能性があります」
「つまり、その筆者はまだ生きていて、この屋敷に潜んでるってことよね」
「もっと言うなら、拙達囚人の中に紛れてる可能性があるって事です」
「ゴクチョーや看守が書いている可能性も捨てきれないけど、管理者側を名乗っている人がここに出入りして日記をつけているとは考えづらいし、文面で隠す必要がないものね」
「一応、この事は二人の秘密にしておきましょう。皆さんを疑うのは心苦しいですが、桐本姉妹と柊木さんの事件もありますし、もし本当に私達の中に潜んでるなら情報公開は危険かもしれません」
「そう言って貴女が私を秘密裏に処分するつもりだったりしない?」
敢えて冗談めかして言ったのが功を奏したのか、サクラの方も気を悪くした様子もなく苦笑した
「本当にそうだったらわざわざホノカさんに言いませんよ」
「それはそうね」
ピピッ ピピッ
そこで帰室時間10分前のアラームが鳴った
「そろそろ拙達も戻りましょうか」
「そうね」
監房
図書室から戻り階段を下りてくると、監房の方が何やら騒がしかった
「なにかあったのかしら」
「分かりませんが、行ってみましょう」
どうやら騒いでいるのはカオリの様だ
「天音カオリ、どうかしたの?」
「あっ、サクラちゃんにhの珂ちゃん!シズカちゃんが…シズカちゃんが息してないの!」
「何ですって…」
何があったのか問いただしたいところであったが、私達はシズカの下へ走った
シズカの牢を覗くと既にメルルが来ていて、心臓マッサージを行っていた
そして当の本人は、心臓マッサージを意にも介さずベッドで安らかな顔で眠っていた
しかし、その少女に触れた手から感じたのは温もりではなく、陶磁器のように硬く冷たい感触だけだった
To Be Continued