エージェントたちの日常   作:番匠屋芭蕉

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1話

 三門市。

 ある日突然異世界への門(ゲート)が開いた街であり、界境防衛機関ボーダーが現れた街でもある。近界民(ネイバー)の驚異はあれど、ボーダーの働きにより、三門市の人々は現在も普通の生活を送っている。

 ただし。それは、裏を返せば三門市以外は見捨てられている、ということでもある。

 三門市はある種呪われた都市でもあると同時に、「近界民の侵略を公然と防衛することを国家が許した唯一の場所」でもある。それ以外の、小規模、一過性、証拠が残りにくい近界民による被害は、「自然災害・事件・事故」に処理する他なく、“近界民の仕業”としては記録されない。三門市以外でも近界民が出現するということは、そういうことだ。

 三門市でボーダーが活動を開始し、近界民に関するこれらの事実がボーダーから国にもたらされ、三門市に門が集束する事実に、少なくとも国は安堵した。些少な犠牲は出るにせよ……近界民が全国に出没する可能性があることが明るみになれば、日本国全体が常時近界民の侵略に晒されている事実を暴露することになる。それは、政治と国防の根幹を揺るがす痛恨事であり、三門市に拠点を構え、近界民を大規模に誘引、迎撃するというボーダーはまさに救世主に他ならなかった。これで近界民に対する責任問題は沈静化する、と当代の閣僚たちは胸を撫で下ろしたものだった。

 しかし、国の中枢にも、その実情を良しとする日和見主義者、事なかれ主義者ばかりではなく。とりわけ、近界民及びボーダーに関する報告及び政府閣僚の対応を耳にした当代天皇のご息女、緋芽子殿下は盛大にキレた。

 キレた彼女が起こした行動は、迅速であった。具体的には、使える手立てと権力、人材をすべて使い、極秘裏に皇宮警察内に近界民対策にあたる一部署を設立。これまでの学生生活において、自らの身分と関係なく信頼関係を結んだ者を所属エージェントに抜擢。ボーダーから極秘裏かつ多少強引にトリガー技術提供を取り付け、近界民から護られざる国民を護るひと振りの剣を拵えた。

 名を、皇宮警察警備部警備第9課――一般市民、ボーダー一般隊員はおろか、多くの政府幹部すらその存在を知る由もない。表向きは皇宮警察の一部門としてその存在を隠匿しつつも、宮内庁直轄の「対近界民特務機関」として国民を脅かしうる近界民事件を未然に察知、あるいは発生した場合には、その根源から迅速かつ徹底的に排除する。

 三門市を近界民との戦場の最前線とするならば、彼らの活動は、文字通りの「国防」の最前線に位置している。

 

 

「……なんで誰もいないのよ」

 静かなオフィスのど真ん中…淹れたてのコーヒーを片手にたった一人ペンを走らせる男の前で、腕を組みながら憮然と言い放ったのは、この部署の立役者である緋芽子殿下その人。ペンを停め、優男が苦笑を深めた。

「……貴重なエージェントは遊ばせられませんからねぇ。皆々出払っておりますよ」

「……わかってるわよ」

 口を尖らせてそっぽを向いた殿下に、優男……9課長である城崎はペンを走らせる片手間に出力したばかりの報告書を手渡した。

「エージェント各位はそれぞれ所定の任務を終え、現在こちらに帰投中です。現行の移動用トリガーが一方通行のうちは、仕方ないですね」

 報告書を受け取り、一瞥してから、言いたいことを先に言われた緋芽子は憮然とした表情を崩さずにそれを突っ返した。

「だから、別に文句言いに来たんじゃないわよ。日頃馬車馬のように働いてるあんたたちをちょーっとでも労おうと思って、こうして忙しい中に顔出してるんじゃない」

「さすが、国家権力で我々を引っ張り込んで馬車馬のように働かせてるお方は言うことが違いますね」

「張り倒すわよ」

 言葉だけでなく有形力で様々に行動を起こすこの姫殿下をよくよく知っている城崎は、言葉より先にすでに振り上げられていた右手に両手で降伏のサインを出した。しかしそんな降伏など意に介さないのがこの殿下であって。そんなものを百も承知な城崎の顔は苦笑に歪み、しかしそんな彼を救ったのは、ドアが開くやいなや「あーつかれた!」と飛び込んできた声だった。

「おかえりなさい、楠くん。今回も大儀でしたね」

 ああ助かったという雰囲気を一切包み隠さず、そんな城崎をきっと睨む目線を一切意に介さずに帰還したエージェント……楠百合奈(くすのきゆりな)に応じる。

「ただいま城崎さん。…ってあれ、ひめちゃん殿下じゃん。なにしてんの暇なの?」

「暇じゃないわ。あんたたちを労いにきたのよ。この寛大な心遣いに感謝なさい?」

「うーわ、高校時代に身分隠して将来の家来候補を探してたやんごとなき方は言うことがちがいたいいたいいたい!! こーぞくが一般市民に暴力とかいたたた縮む! 縮んじゃうから!!」

「よく言うわ!! そのまま、縮んで、なくなりなさい‼」

 百合奈が言い終える前に、その頭を掴み、つむじの辺りをぐりぐり押し込む緋芽子。皇室関係者が見れば憤死ものの光景だなぁ、と城崎はどこか他人事のように目の前の騒ぎを眺めながら少し冷たくなったコーヒーを啜る。

 百合奈が緋芽子を振りほどいて、正面からの取っ組み合いに移行する1秒前、さも思い出したかのように城崎が聞く。

「そういえば楠くん。今回の横浜の件はいかがでした?」

「え⁉ あー、はい、ほら、しっしっ…えっと、はい。これにいつも通り」

 一足先に正気に戻った百合奈が緋芽子をまるで犬をあしらう様に押しのけ、ポケットから記録用スティック型トリガーを取り出して渡す。緋芽子はいまだ不機嫌そうに舌打ち、城崎は満足げに頷いた。

「取り上げたトリガーはもうラボに投げてます。あとはいつも通り、ふん縛って連中の帰還用の門に放り込みましたよー」

「上出来です。素晴らしい手際でした」

「にひっ」

 褒められて素直に喜ぶ百合奈と、腕を組んで憮然とする緋芽子。

「……なんでそのまま突っ返すのよ。拘禁でもしとけばなんかこう、使い道でもあるんじゃないの?」

 なにかしらの悪意がないことは分かっていながらも、いつも通り皇族のそれとは思えない過激な物言いに、二人の顔が引き攣る。

「なによ」

「いえ。…まあ、拘禁といいますか、捕まえておくのに単純にリソースが足りないというのもありますが…複数人のトリガー使いを拘留すれば、最後の手段に出られるリスクも無視できなくなりますから」

「……黒トリガー」

 城崎の言葉に続いてぽつりと出た言葉に、緋芽子の顔が引き攣る。

「…言いたいことはわかったわよ」

 軽く肩を竦めて、そのままおもむろに出口に足を向ける緋芽子。

「お帰りですか?」

「わたしも、結構忙しいのよ」

 えー、とかなんとか言う百合奈の言葉を背中に受けながら、そのまま出ていく緋芽子。何しに来たんだか、いや彼女いつもあんな感じだと百合奈も同じように肩を竦めてもう見えない背中を見送った。

 百合奈たちにそれぞれの戦場があるように、緋芽子にもまた、彼女の戦場がある。実際、彼女がいなければ、百合奈たちエージェントが国民を守るために立ち上がることすら出来はしないのだ。

 ……それはそれとして、彼女がいなければこんな面倒なことにはなってなかったと、彼女らは口を揃えて言うだろうが、それはそれとして。

 百合奈のスマホと、城崎のPCに同時にテキストメッセージが二件着信。揃って内容を確認し、百合奈の顔が綻ぶ。

「海斗くん、16:50に羽田空港着ですって。るーちゃんは、14:46着の新幹線かぁ」

「ですね。二人が帰ってくるまで、楠くんは待機しててください。あ、タクシーと新幹線の領収書、忘れずに出してくださいね」

 

 

 エージェントと呼ばれるトリガー使いが3人しかいない、ボーダーとは比べ物にならない規模ではあるが。

 これは、影から国を、国民を守る彼らの日常だ。

 

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