――銃声が鳴り響いた。
そして妙に遠くまで届く音響…
腹を撃ち抜かれた感触。
肺が軋み、視界が傾く。
それでも"鬼の副長"と呼ばれた剣鬼はなお…倒れなかった。
(……まだだ)
剣を握る力だけは、最後まで離さなかった。
新政府海軍… 西郷隆盛率いる最新鋭の武器を装備した軍勢を1人残らず斬り落とすまでは…
――そのはずだった。
「…なん…」
ドサッと言う音と共にその男…土方歳三は雪の上に倒れ込んでいた。
本来の土方歳三なら…いや土方歳三を知るものならこう答えるだろう。
「歳さん?あの人は砲弾で撃たれても死にやしないさ!何回修羅場潜り抜けてきたと思ってんのよ!」
…としかしこの時の土方は二週間前…
沖田や芹沢が現存しない今自他共に"最強"を冠するに最も近い男… 殺気や気配を全く感じさせない剣「音無しの剣」を遣う高柳又四郎との死闘で決して軽くない重症を負っており、体調的にも身体的にも万全な状態とはほど遠かったのだった。
そして今雪の上で何を思うのか…
雪の上に、血が滲む。
赤は、すぐに黒へ変わった。
土方歳三は、仰向けに倒れながら、空を見ていた。
函館の冬空は、やけに澄んでいる。
(……ああ)
肺に空気が入らない。
腹の感覚が、もうない。
――散りどきだ。
長年戦場を渡り歩いた結果ようやくそれが理解できた。
「……」
唇を動かそうとして、力が入らない。
声も出ない。
脳裏に浮かぶのは、戦友の顔だった。
近藤勇。
沖田総司。
永倉新八。
他の同じ隊長格の英傑たち。
そして名もなく斃れた隊士たち。
(……すまねェ)
謝罪なのか、報告なのか。
自分でも分からない。
だが、悔いはなかった。
(俺は……咲き誇ることが出来た)
最後まで。
前に。
――それだけで、十分だ。
視界が白に溶ける。
音が消える。
そして土方歳三は、蝦夷の地にて――
確かに、戦死と伝えられたのだった
◆
暗い。
狭い。
だが、暖かいようなこの空間。
(……何だ、ここは)
意識はある。
だが、身体が動かない。
耳に届くのは、鼓動。
自分のものではない。
(……どこだここ…俺は確か…)
妙な感覚が胸を満たした。
(……目が見えねぇ…)
自分がどこにいるのかすら理解できないままそのまま意識を再び闇の中に落とすのだった
ーーそれから長い時間が通り過ぎた
大正の初め。
山あいの町に、一人の子が生まれた。
産声は、控えめだった。泣かないわけではない。
ただ、必要以上に声を張り上げなかった。
更に母親から見ても我が子の目がこの歳から据わっているのは明らかであり、普段から何か探っているような眼差しは異常であった
これは土方歳三自身が転生したと言うことが大きく関係している。いくら乳飲み子の年とはいえ魂は"あの土方歳三"なのだ。
そしてそんな息子を母親が気味悪く感じ始めるのはそう遅くなかった…
母は、最初こそ「変わった子だ」と笑っていた。
だが――それは、長くは続かなかった。
泣かない。
いや、泣くには泣く。だがそれは本能的なものだけで、感情に伴うものではない。
目が合う。
その瞬間、母は何度も言いようのない寒気を覚えた。
(……この子は、何を見ているの?)
赤子の目ではない。
何かを“測っている”ような、値踏みするような、そんな目。
抱き上げても、縋りつかない。
ただ、じっとこちらを観察するだけ。
「……気味が悪い」
ぽつりと漏れた言葉は、やがて確信へと変わっていく。
夜、目を覚ました母が見たのは――
暗闇の中、音もなく天井を見つめる赤子の姿だった。
(……寝て、いない?)
その目は、まるで戦場で夜を越す兵のように冴えていた。
――限界だった。
◆
ーー冬の夜
山は静まり返り、雪が音を吸い込んでいる。
そんな中――
一つの小さな影が、寺の前に置き去りにされた。
「……っ」
布に包まれたその子は、泣かなかった。
ただ、じっと夜を見ていた。
(……捨てられた、か)
状況は理解できる。
理由も、なんとなく分かる。
(……まぁいい)
感情の揺れは、ほとんどなかった。
それよりも――
(……寒ィな)
肉体の感覚の方が、よほど現実だった。
ギィ……と、寺の戸が開く。
重たい足音。
雪を踏む音。
そして――
「……南無阿弥陀仏」
低く、静かな声。
その男こそが、後に“柱”と呼ばれる僧――
悲鳴嶼行冥だった。
彼は、何も見えていない。
だが――分かる。
そこに、命があることが。
「……こんな夜に、置き去りにされたのか」
ゆっくりと膝をつき、赤子に手を伸ばす。
その瞬間――
(……でかいな)
土方の内側の意識が、僅かに反応した。
ただの僧ではない。
纏う“気配”が違う。
(……強ェ)
それは、言葉にすればそれだけだった。
だが確信だった。
戦場を知る者だけが分かる、“生き残る側の人間”の匂い。
「……まだ乳飲子の赤子ではではないか」
悲鳴嶼は赤子を抱き上げる。
その腕は、驚くほど優しかった。
「大丈夫だ。ここには、おまえと同じように行き場のない子供たちが集っている場所だからな」
◆
寺子屋。
そこには、十数人の子供たちが暮らしていた。
飢えた者、捨てられた者、家族を失った者――
様々な事情を抱えた子供たち。
その中に、土方歳三は紛れ込んだ。
「新しい子だよ!」
「ちっちゃいなー」
「名前は?」
子供たちが無邪気に覗き込む。
だが――
「……」
(…ちっ!…ガキの真似事なんてやってられるかよ)
その赤子は、やはり泣かない。
ただ、じっと見返すだけ。
「…今はまだこの場所に慣れていないだけだ…いずれ慣れれば仲良くできるさ」
悲鳴嶼が静かに言う。
(…仲良く…ねぇ)
内心で、僅かに嗤う。
(俺が、か)
剣を振るい、人を斬り、戦場を生き抜いた男。
“鬼の副長”と恐れられた自分が。
(……笑わせる)
だが――
その日から。
土方歳三は、“守る側”としての人生を、もう一度歩み始めることになる。
それが――
鬼と、人が交わる時代へと繋がっていくとも知らずに。